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38 騒乱の夜 3

「…はぁっ!!」


セレスの声と共に数多の光線が夜の庭を薙ぎ払う。

リアムの膨大な魔力を燃料にしたその破壊力は、まさに戦略兵器級だった。

魔物の群れは次々と蒸発し、植物本体を守る防壁も削り取られていく。


「全く、こんなにでたらめな魔力…制御する身にもなってよね」


セレスは額に汗を浮かべながら、悪態をつく。

口では余裕そうに振る舞っているが、実際は必死だった。

背後から送られてくる魔力は、濁流のように荒々しく、少しでも気を抜けばセレス自身の回路を焼き切るほどの勢いだった。


「ぐっ…」


背後からリアムの苦悶の声が漏れ聞こえてきた。

背中に感じていた温もりが背を撫でながら離れていく。

同時にセレスへの魔力供給も急激に減っていく。

限界が近づいていた。

それは、リアムの魔力が枯渇したわけではない。

むしろ逆だ。

目の前の惨状、魔力制御への緊張、周囲の人々の恐怖または、戦う際に生じる強い感情。

それらにあてられ、リアムの中には絶えず莫大な量の魔力が生成されていた。

これまでリアムが経験したものとは違い、複数人の感情が渦巻くこの場では、その生成スピードは比べ物にならないほど速かった。


(だめだ…このままでは、制御できなくなる…!)


リアムの脳裏に、かつて魔力暴走を起こした時の記憶が蘇る。

制御できない魔力が溢れだし、周囲を傷つける恐怖。

このまま流し続ければ、セレスに危害が及ぶ。

自分の感情にも左右されるこの力は、未熟な私にはまだ…


(あぁ、こんなふうに感情を持ってしまうから危ないんだ…)


分かっている。

前のように、感情を殺してしまった方が良いなんてことは。

でも、もう捨てられない。

あの、温かなものを手放したくない。

これ以上は、危険だ…。

限界だ…。

リアムの手はいつの間にかセレスの背から離れてしまっていた。

魔力の譲渡を止めた手が、地面の芝生を撫でる。

絶えず流れてきていた魔力と背中の温もりがなくなったことに気づいたセレスが後ろを振り返る。


「ちょっと!何してるのさ」

「…すまない。もう限界だ…」


苦しそうに俯くリアムを見つめ、眉を顰める。

リアムは無能だと言われるのを覚悟していたが、その言葉が飛んでくることはなかった。


「…そう、じゃあ邪魔にならないようにするんだね」


予想外な言葉にリアムは弾かれるように顔を上げる。

セレスは特に気にした様子もなく、残っている魔力で戦っていた。

しかし、それも長くはもたない。

セレスの手から放たれていた光の濁流が、途切れ始める。

光が途切れた庭には、再び闇が蘇り始める。

生き残っていた数体の魔獣が、好機とばかりに牙をむいた。


『グオォオオオッ!!』

「くそっ……!」


セレスが慌てて防御魔法を展開しようとするが、リアムからの供給が途切れた今、彼の中にはほとんど魔力が残っていない。

展開できる防御魔法は薄い光の盾くらいだ。

魔獣たちは、魔力が尽きかけているセレスと、膝をついたリアム——ではなく、そのさらに後方。

屋敷のテラス付近に立っていた存在に狙いを定めた。

それに気が付いた彼らはすぐに屋敷に目を向ける。

そこに立っている人物が誰なのかに気づき、リアムが目を見開く。


「—っ!なんでヴィオレッタが!」


魔獣が向かっている方には屋敷の中に居たはずのヴィオレッタが居た。





 ♢





ヴィオレッタは、兄のリアムが飛び出していった後、どうしてもじっとしていられず、外まで追いかけてきていた。

魔獣と戦う兄たちの姿。

武器と爪がぶつかる音、かすかに感じる血の匂い、唸るように響く魔獣の声。

そのすべてが彼女を過去に縛り付けた。

足がすくんで動けない彼女を、魔獣の赤い瞳が捉える。


「ヴィオレッタ様!」


シルヴァン先生も気づいたのか叫ぶが、先生自身も複数の魔獣に阻まれ、すぐには動けない。

魔獣が、ヴィオレッタに向かって跳躍した。

鋭い爪が、月の光を反射して煌めく。


(あ、死ぬ——)


ヴィオレッタの思考が凍り付く。

逃げることも、声を上げることも出来ない。

迫る死の恐怖に目を閉じた、その瞬間。

ザシュッ!

肉が裂ける鋭い音と、温かい何かが頬に飛び散る感触。

けれど、痛みはない。


「…え?」


恐る恐る目を開けたヴィオレッタの視界に映ったのは、魔獣の爪ではなく、見慣れた背中だった。


「——ぐ、ぁ……っ」

「お、お兄様……?」


リアムが、ヴィオレッタを庇うように覆いかぶさっていた。  

魔力制御の反動で動けないはずの彼が、妹の危機に、限界を超えて体を動かしたのだ。

その背中には、魔獣の爪による深い裂傷が刻まれ、鮮血がボタボタと地面に滴り落ちていた。


「お兄様…!? あ…そんな…」

「……怪我は、ないか……ヴィオレッタ……」


リアムは、口から血を吐きながらも、妹を安心させるように弱々しく笑った。

その体から力が抜け、ドサリとヴィオレッタの上に崩れ落ちる。


「お兄様… …お兄様!!」


ヴィオレッタの服が、兄の血で赤く染まっていく。

魔獣は、獲物を仕留めそこねたことに苛立ち、再び爪を振り上げた。

セレスも先生も、間に合わない。

大切な人が、自分のせいで怪我をした。

その事実が、ヴィオレッタの心を粉々に砕き——そして、奥底に眠っていた「何か」を呼び覚ました。


(嫌……死なせない……誰にも、私の大切な人を傷つけさせない!!)


「やめてぇぇぇぇぇぇッ!!!」


ヴィオレッタの絶叫が響いた瞬間。

キィィィィィィィン……。

世界から、音が消えた。

ヴィオレッタの体から、美しい光の波動が爆発的に広がった。

それは攻撃魔法ではない。

触れたもの全ての「害意」と「魔力」を強制的に鎮める、絶対的な『鎮静』の波動。


『……?』


振り下ろされようとしていた魔獣の爪が、空中でピタリと止まる。

魔獣たちの赤い瞳から狂気が消え、代わりに困惑の色が浮かぶ。

まるで、戦う理由を忘れてしまったかのように。

植物の暴走も、瘴気の噴出も、全てが凪いだ水面のように静まり返った。


「これは……」


シルヴァン先生が目を見開く。

その波動は、リアムの傷口からも血を止め、痛みを和らげていく。


「……すごい」


セレスが呆然と呟く。

その光は、まるでこの世界を包み込むような優しい力だった。

皆がその光に目を奪われる中、ヴィオレッタは、意識を失った兄を抱きしめたまま、涙に濡れた瞳で魔獣たち を睨みつけていた。

その姿は、守られるだけの少女ではなく、大切な人の命を守るために戦う気高い少女の姿だった。

あけましておめでとうございます。

年末に「毎日更新を目指す」と意気込んでおりましたが、毎日はおろか、隔日での更新もままならない結果となってしまい、申し訳ございません。


実際にペースを上げようとしてみて、コンスタントに物語を紡ぎ続けている作家様たちの凄まじさを、身を持って痛感いたしました。


不甲斐ないスタートとなってしまいましたが、本年も私なりに、この世界を大切に描いていきたいと思います。 どうぞよろしくお願いいたします。

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