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22 リアム視点 2

数日後、白衣をまとった数人の研究者が、私の部屋に現れた。

彼らは私の目の前で、様々な実験器具を並べ始めた。

薄暗い部屋の中で、器具の金属が鈍く光るのが見えた。

彼らは、私の持つ魔法の特性を徹底的に研究し、精神的な耐性を測り、その魔力を制御させることを目的としているようだった。


「さあ、坊や。君のその素晴らしい力を見せてくれ」


彼らの言葉は甘く、だが底知れぬ冷たさを帯びていた。

その声を聞くたびに、私の肌には鳥肌が立った。

彼らは、私の精神を極限まで追い込むため、あらゆる手段を講じた。

母の死を想起させる言葉、私の力が国を滅ぼすという脅迫、私自身の存在を否定する罵倒。


心がぐちゃぐちゃになるたびに、私の内側で、どろどろとした感情の塊が膨張し、魔力となって暴走する。

部屋の石壁はひび割れ、実験器具は粉々に砕け散った。

それは、私の心が嵐のように荒れ狂うのを、そのまま具現化したかのようだった。


だが、彼らはそれに怯むことなく、その反応を興味深そうに記録し、時に目を輝かせて「成功だ」「素晴らしいデータが取れた」と呟く。

彼らの目には、私は人間ではなく、ただの実験動物、彼らの探求心を満たすための道具としか映っていないことを、幼い私にも痛いほど理解できた。

私の苦しみは、彼らにとってただの「データ」でしかなかった。


さらに、私の持つ魔法は、自分の感情だけでなく、他者の感情も読み取り、魔力を生成する特性があることを、彼らは突き止めた。


「これは興味深い。彼の感情の揺らぎだけでなく、周りの人間の感情すらも魔力へと転化している…!」


それからは、より過激な実験が増えた。

彼らは、私に様々な状況を与え、周囲にいる彼らの感情が、私の魔力にどう影響するかを観察した。


私の目の前で人を殴り、蹴り、最後には殺した。

鈍い肉の潰れる音、骨が軋む嫌な音、そして、もはや人間とは思えない苦しみに喘ぐ絶叫が、薄暗い部屋に響き渡る。

飛び散る赤黒い飛沫が、鈍く光る実験器具に生々しくこびりつき、甘く鉄臭い匂いが鼻腔を焼いた。

彼らの瞳から光が失われ、肉体が痙攣を繰り返した後、無残に転がる。


死を前にした彼らの苦しみ、痛み、憎悪。

それら全ての感情が、まるで濁流のように私の精神に流れ込んできた。

背筋を這い上がる冷たい悪寒に全身が震え、心臓は警鐘のように激しく脈打つ。

喉の奥が潰されているかのように痛い。

呼吸が浅くなり、視界が涙でぼやける。

内臓がねじれるような激痛が身体中を駆け巡り、意識が遠のいてく。

そして、喉の奥にこみ上げてくる吐き気と、制御不能なほどの憎悪の黒い塊が、私自身の感情と混ざり合い、私の内側を激しく揺さぶる。

まるで、彼らの絶望が私自身のものとなり、私を内側から食い破ろうとするかのようだった。



自分の感情だけでも制御しきれないのに、他者の感情までが奔流のように押し寄せ、魔力を暴走させる要因となる。

それは、まさに地獄だった。

制御不能な魔力の奔流に飲み込まれ、目の前の彼らの命を奪ってしまったことが、一度や二度ではなかった。

その度に、私の精神は深く抉られ、壊れてしまいそうだった。


いや、とっくに壊れていたのかもしれない。



母を失ったあの日から───






やがて、私は感情を殺すことを覚えた。

これ以上、僕の力で誰かの命を奪いたくない。

この制御不能な力が、僕自身の感情に引きずられて暴走するのだけは、避けたい。

そう強く願った。


怒りを感じても、それを顔に出さない。

心の奥底で沸き立つ激情を、まるで鎖で縛りつけるかのように押し込めた。

悲しみで胸が張り裂けそうになっても、涙を流す代わりに、瞳の奥にその悲しみを閉じ込めた。


屈辱や絶望が体を支配しても、表情一つ変えずに、ただ、彼らの言葉に頷いた。

彼らの期待する反応とは違う、無表情な私を見て、研究者たちは苛立ちを見せた。

彼らは、より過激な言葉を使い、時に肉体的な苦痛まで与えようとした。

だが、私は耐えた。

感情を塞ぎ込み、心が擦り切れるまで、自分自身を研ぎ澄ませていった。



どれほどの月日が流れたのか、正確な時間は覚えていない。

ただ、私は感情を完全に操れるようになっていた。

いや、操るというよりは、自分の感情そのものを、深い心の奥底へと封じ込めるようになったのだ。

そうすれば、制御すべきは他者の感情だけになり、ほんの少しだけ楽だった。


しかし、それは、自分の存在を失うことと同義であった。

私の心は、まるで虚無の中に置き去りにされたかのようだった。


そして、私は、他者の感情を読み取る能力を使って、彼らが何を求めているのか、何に喜び、何に怒るのかを完璧に理解した。

そうして得た情報をもとに、私は完璧な「仮面」を作り上げたのだ。


表情一つ変えずに、言葉一つ乱さず、完璧な「笑顔」を貼り付けることができるようになった。

どんな時も、冷静で、物腰柔らかく、誰からも非の打ち所のない人物を演じ続けた。

それは、演技ではなく、もう第二の人格と化していった。

私は、完璧な仮面の下で、感情を失った人形になったのだ。

それは、私が生き残るための、そしてこれ以上誰も傷つけないための、唯一の方法だった。


そうして、ようやく私は、あの冷たい石の部屋から解放された。







私は「公爵家の嫡男」としてエピステーメ侯爵家に迎えられ、新しい家族ができた。

エピステーメ家には、私より二つ下の娘がいるらしく、私は義兄となった。

私はただ、これまで通り完璧な「兄」を演じればいい。

それだけを考えていた。


「完璧な紳士」を演じ、高位貴族としての教育を受け、使用人たちからの評判も良かった。

最初は、他の者と同じように、私の仮面に騙されるだろうと思っていた。

私の完璧な笑顔の裏にある、底知れない冷たさに、すぐに気づくはずないと。


だが、彼女は違った。

私の完璧な笑顔の奥を、何かを見透かすような瞳で、まっすぐに私を見つめてきた。

その瞳には、恐怖ではなく、好奇心と、まるで迷子の子どもを見守るかのような、不思議な優しさが宿っていた。

そして何より、その瞳の色は、亡き母と同じ、深い灰色をしていた。

その瞳が、私を捉えるたびに、抑え込んでいるはずの感情が、ほんの少し揺らいでいる気がした。


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