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21 リアム視点 1

私の世界は、五歳か六歳の頃、唐突にその色を失った。

それまでは、鮮やかな絵本のように、喜びや驚き、時には小さな怒りでさえ、はっきりとした輪郭を持っていたはずだ。

だが、あの日を境に、全てが灰色に塗りつぶされた。


その日、私の身に起こったのは、エピステーメ侯爵家に稀に現れるという感情魔法の発現だった。

代々、当主のみがその存在を知り、固く口を閉ざしてきたという秘匿された力。

攻撃、防御、ありとあらゆる魔法を使え、その魔力は際限なく生成できるという、強力無比な能力。

だが、その力の真の顔は、あまりにも制御が難しい、危険極まりない代物だった。

それが公表されず、分家の者たちでさえ、その存在を知らぬ理由も、私はすぐに身をもって知ることになる。

それは、この侯爵家の、強大な「力の証」であると同時に、触れてはならない「呪い」でもあったのだ。


私の体から、初めて魔力が溢れ出た時、屋敷全体が凍り付くような恐怖に包まれた。

廊下を歩く侍女の足音はぴたりと止まり、庭で遊んでいた兄弟たちの笑い声は悲鳴へと変わった。

屋敷中のありとあらゆる恐怖の感情が、まるで目に見えない波動のように私の幼い心に直接流れ込んできた。

彼らの震える心臓の音、肌を粟立たせるほどの、生々しい絶望の気配。

それは、私自身の感情と混ざり合い、増幅され、とめどなく魔力を生成し続けた。

幼い私には、その奔流を止める術など、あるはずもなかった。


「リアム様…ッ!」

「化け物だわ……!」


怯えた侍女たちの悲鳴が、耳に突き刺さる。

彼らの瞳には、露骨な恐怖と嫌悪が宿っていた。

周囲から向けられる、憎悪と恐慌が入り混じった視線。

彼らが私から一歩、また一歩と遠ざかるたびに、私の心は鉛のように重くなった。

まるで、私という存在そのものが、触れてはならない厄災であるかのように扱われた。

幼い私は、ただただ混乱していた。


なぜ、みんな僕から逃げるの?

この力は一体何なの?

なぜ僕に発現したの?


その混沌の中で、唯一、私の傍にいたのは、優しい母上だけだった。

母上は、私の荒れ狂う魔力の中心へと、迷わず飛び込んできた。

その慈愛と心配に満ちた瞳で、私を見つめ、どんなに私の力が暴走しても、決して私の手を離さなかった。

母の温かい手が、私の頬を撫でるたびに、私は束の間、人間らしい温もりを感じることができた。


「大丈夫、リアム。貴方の力は特別な才能。いつか、きっと貴方を守る盾となるでしょう」


母上の声は、その身が震えながらも、不思議なほど確かな響きを持っていた。

その言葉だけが、この呪われた力が、本当に「才能」であると信じさせてくれる唯一の光だった。


母上だけは、私を守ろうとしてくれた。

父上も、周囲の使用人も、誰もが恐怖に支配され、私から距離を取ろうとする中、母上だけが私を抱きしめ、必死に語りかけてくれた。


しかし、その光も、長くは続かなかった。

私の内側で、形容しがたい感情の奔流が渦巻いていた。

廊下を通りがかった時、偶然、父上と母上の話し声を聞いてしまったのだ。

普段ではありえないほど大きな声で、母上が父上に反対していた。

だから、聞こえてしまった。

父上が私をどこかへ引き渡そうとしていることを。


「連れて行って貰わなければいけない」

「何故ですか!あの子は……あの子は私たちの子なのですよ、ここで……ここでいいではありませんか!」

「はぁ……これは決定事項だ。何を言おうと変わらない」

「そんな……!きっとあの子は自分で制御できるように───」

「ならない、あれはそんなに容易なものではない危険だ。もう近寄るな、君も命を危険に晒すことになるぞ」


連れていく……?

危険……?

僕が、近くにいると、母上を命の危険に晒してしまう?


あまりにも衝撃的で頭が真っ白になった。


……離れないと


母上の、そばから


反射的に浮かんできたのは「離れなければならない」ということだった。

しかし、頭ではわかっているのに、嫌だ嫌だと心が叫ぶ。

僕を抱きしめて、そばに居てくれたのは母上だけなのに……

嫌だ……嫌だ

離れたくない……ッ!


誰よりも大切な、この温かい存在を、失いたくない。

そう強く願った瞬間、私の魔力は、完全に制御を離れて暴走した。

屋敷全体が、凄まじい轟音と共に揺れ、まるで大地が唸るかのように床が震えた。

窓ガラスは砕け散り、壁には深い亀裂が走った。

屋敷全体が、私の絶望を映すかのように、灰色の魔力の渦に包まれていく。


「リアム……!」


気づけば、母上の体が、私の魔力の余波に吹き飛ばされ、壁に激しく打ち付けられた。

その衝撃で、母上の頭部から、赤い液体がじわりと、しかし鮮烈に広がるのが見えた。

真っ赤な絨毯の上に、その血は残酷なほどに鮮やかに広がっていく。

その赤色が視界全てを染め上げていくように感じられた。

信じられなかった。


僕が、母上を……?


呆然と立ち尽くす私の傍で、父上は顔色一つ変えずに、ただ冷酷な目で私を見つめていた。


「やはり、制御不能か。決まり通り、連れて行ってもらおう」


母上は、その冷たくなっていく手で、最後の力を振り絞るように、私の頬に触れようとしていた。

だが、その手は、途中で力尽き、カクンと落ちる。

その瞬間、私の目の前で、母の瞳から光が失われていくのを、はっきりと見た。


私は、その場に崩れ落ち、ただただ、慟哭した。

冷たくなっていく母上の手を握りしめながら、必死にその名を呼んだ。

だが、その涙さえも、周囲を凍らせ、私をさらに孤立させた。


父上は、まるで私の存在が穢れたものかのように、部屋から出て行った。

その背中には、一切の愛情も温もりも感じられず、ただ、切り離された氷の壁を見るようだった。


誰も、僕を抱きしめてはくれない。

誰も、僕の隣にはいない。


世界から、たった一人取り残されたような、あの感覚。

それが、私の根源的な孤独となった。

私の「特別な才能」は、最愛の母の命を奪った「呪われた力」へと、その意味を変えたのだ。



母上の死後、私の人生は、文字通り一変した。

父上は、発現の義務に従い、私を「ある施設」へと連れて行った。

そこは、侯爵家の本家が管理する、秘匿された場所だった。


「お前の力は、危険だ。恐ろしい、存在してはいけない者。もう、うちの子ではない。二度と私の前に現れるな」


それが、父上が俺に言い放った最後の言葉だった。

その言葉の響きは、冷たい石造りの部屋にこだまし、俺の心をさらに深く凍えさせた。

窓からは、格子越しにわずかな光しか差し込まず、外の世界の鳥のさえずりも風の音も、一切届かなかった。

まるで、世界から完全に切り離されたような空間。

そこは、私の感情がどんなに荒れ狂っても、誰も近寄ってこない、まさに檻だった。



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