君の帰るところ。
お久しぶりです。
来店を告げるベルに気付いて視線をやるとそこには不機嫌そうな顔の男が一人。
愛嬌が消えると、冷ややかなほどに綺麗な顔をしているとしみじみ思う。
「あら、いらっしゃい。さやちゃん旦那様が到着よ。」
「あら…お疲れ様です、大変でしたね。」
さやちゃんが振り替えれば疲れたように笑って近づいたかと思うといきなり抱きしめた。
「ひょええぇぇぇ!
見てない見てないですからねぇ~はっはっは~」
お酒が入ってることもあり、千佳ちゃんは爆笑しつつ目を手でおおうが指と指の間を開けているので丸見えだ。
「お疲れですか。」
「うん、なのでちょっと充電させて。」
そのままの抱きつき続ける水卜君の背中をポンポンと優しく叩くさやちゃん。
恥ずかしがらずに受け入れるようになったのは成長ね。
「………よし、気を取り直すか。
綾城さん、俺にもなんか飯下さい。酒はなしで~」
おおよそにして二分位くっつき虫をした後はいつもの愛想のよい笑みを浮かべて、さやちゃんの隣に座り注文してくる。
「はいはい。
全く定食屋じゃないのよ?うちは…」
「美味しすぎてつい…」
困ったように笑いつつおかわりの酒とつまみを頼むさやちゃん。
新婚さんの抱擁を見るのにすぐ飽きてローストビーフに夢中になっていた千佳ちゃんが不意に顔をあげて言った。
「まぁまぁ、お金は払いますよミトサンが。
あ、なんなら綾城さんもお使い頼んだらどうです?ミトサン北海道にとばされるんです。」
「えっ、新婚早々単身赴任?」
あらまぁ、大変ね。
「おいこら、鈴丼誤解を招く発言はよせよ。まぁ、ご馳走してやるが…
出張なんですよ、尻拭いの謝罪行脚とあわよくば契約もう一度しなおしてもらう為にね…!!」
千佳ちゃんにチョップを入れつつ水卜君が補足する。
さやちゃんが笑顔で言った。
「海産物とかお菓子とかお願いしようと思って…!
あと、できればお酒もお願いしたいなって思ってて…北海道は食べ物美味しいですし。」
ものすごいいい笑顔ねぇ、さやちゃん。
水卜君ガックリして落ち込んでるわ。引き留めてほしかったのかしら…さやちゃん逢いたくて震える系女子じゃないもの仕方ないわよねぇ。
「まぁ!私も頼んでいいのならお願いしたいけど…そんな暇あるの?」
「空港にもいろいろあるし、指定がないなら現地の人に聞いたおすすめをドサッと購入になりますけどね。
それでもいいなら。」
「お金は払うから日本酒とワイン、あとウイスキーも頼めるかしら。
着払いでもかまわないわ。」
「了解しましたよ。いつもお世話になってますんで。」
ちょっとなげやり気味に水卜君は引き受けてくれる。
色々あるけど根はいい子よねぇ。ありがたいわぁ。
他のお客様が来店するのと入れ替わりに帰っていく三人を見送りながらそのうち私も彼と旅行にでも行きたいわぁと思いを馳せたのだった。
そういえば、さやちゃんたち新婚旅行行けるのかしら?