MATANE
刺激を求め始めたのは私が火あぶりをされた兄弟を見てからだった。
炎に包まれる兄弟姉妹を見て、私は感動した。
美しき赤い炎。
あたたかな視線の数々。
私はその視線に紛れ、羨望の眼差しを彼らに向けていた。私はその数日後同じ壇上に上がるのだが、一向にその美しさを纏うことはできなかった。
私が彼らを美しいと感じたのはおそらく当時あった宗教観の強制からなのだろう。そのために私は人々の生贄にされることも厭わななかった。むしろ自身の身を差し出して、彼らのために死にたかった。
結果は明白で炎の中、私は何回もよみがえった。何回も何回も消し炭から再生し、黒い死体の上に佇んだ。私を見た祭司は私を奉り始め、私は生きることを強制された。
生きることは苦痛だった。死ぬことも許されない私にとって、痛みを感じずにはいられなかった。そのための傷という証をもらうのはとてもうれしい行為だった。
『アゲイン』
そう、体に刻み込まれた黒い印字は、私の存在する理由として最高のものだった。私の名前が決められて、勝手に卑下される存在になった。
私はそのことに感動を覚えた。その頃は炎のような刺激に対して関心があることなんて全く自覚していなかった。ただあの炎が好きなのだろうとだけ自覚していた。
印字した黒は私の期待とは裏腹に、すぐに消えた。跡形もなくすっかり綺麗になった肌を見て、私は落胆したものだ。まるで自分はここにいていいと選ばれなかったように思われた。
刻み込まれた印字をなくし、途方にくれた私は民衆から石を投げられた。魔女だとさげすまれ、一方で称賛され、神様とされた。私を引き取るものは現れず、仕方なく黒い死に化粧をした者たちの近くで数日うずくまることにした。
生きる意味、どうして私がこんなに生きているのか、考えた。
そもそも私は貴族の生まれだった。
私の友人が、魔女裁判を面白がり牧場農家の子供や大人を指さし「この人が魔法を使っていたのを見た」とほらを吹いていたのを見ただけのただの貴族だった。
お菓子やはたくさん食べられたし、貴族のような気品がある振る舞いや偽りの顔を見せることも苦ではなかった。いや苦ではあったがそれすらも楽しかった。
友人を止めたのは、私ではなく兄弟姉妹達だった。正義感があふれてしまった彼らは、友人に指をさし、嘘だと、魔女などいないのだと罵った。
だが、逆に魔法がないことを知ってしまうのが怖くなった民衆たちは兄弟姉妹達を拘束した。
自身のやってきたことを否定されたくなかったのだろう。
友人も加担し炎で兄弟姉妹、終いには私や親をあぶり始めた。
私は死ねなかった。
本当に、死ねなかった。
何回も何回も温もりに包まれて赤き衣をまとったのに、どうしても繰り返す。
果てに「もう一回」とコールが起こり、私は楽しみの道具にされた。
『アゲイン』
喝采と、視線。
ぶるりと震え上がる私の心。
雄たけび。
『アゲイン』
『アゲイン』
『アゲイン』
『アゲイン』
もう一回。
もう一回。
私も赤を欲し、民衆も繰り返す。
だが、その民衆も飽きてきて数年後には既に民衆は私の元を訪れるのをやめた。残ったのは私の家族の抜け殻だけだ。
焦げ臭い香りも慣れて、もはや体に染みついていた。
孤独になった。友も離れ、次の標的を探しに行った。
私はその場にいるしかなかった。今度はどんなことが起こるのか楽しみにして、赤い炎を欲した。石が投げ込まれるのを待った。だが何年もそうしていても来なかった。合ったのは焼け野原にただ一人うずくまる私だけ。
一人が痛くはなかった。辛くもなく、その事実に浸っていた。殺風景が広がる光景に気づいたのはきっと私へ喝采があった何百年後のことだった。
動いたら、体がきしんだ。
空腹に何度意識を失ったかもわからない。その空腹も、忘れていた。
歩いたら、感じたことのない痛みが精神と肉体に襲ってきた。寂寥感や孤独感といった単純なものもそうだがこれから起こりうる悲壮感やなぜ動かなかったという焦燥感、そして全ての感情を包み込む快楽。
たまらなかった。
頬が緩んでいたのではないかと今にしてわかる。
歩き出してみて、分かったことは周辺の村がもうないことだった。きっと友人ももうなくなっているのだろうと悟った。
人の死には何も感じなかった。痛みよりも失望を感じていた。私の炎も消滅してしまったのだ。私に向けたあの石もない。
失望に駆られた私が次に向かったのは、人が住む街だった。そこで私は自身が他と違うバケモノだと知らせた。具体的にいえば、刃物で自身の手を落としたり、高い場所から落ちて、蘇るさまを見せつけた。
「魔女さん」なんてあだ名もつくようになった。
「魔女さん、魔女さん」と少年が引っ付いてくるようになった。
少女もともについてきて、あこがれの眼差しで告げた。
「どうして生きているの?」
私が生きている事実に初めて戸惑った。
どうして、と聞かれても私は生きているのだからしかたない。私はあの炎に魅せられたから、こうして今度こそ完璧に炎を身にまとうために人に見せているほかない。ではこの炎がない現在、どうして未だに人に関わっているのか。
考えた。
考えて考えて、どうしても答えが見つからなかった。
「そんなものないんだろうか」
と、考えだして私は再び手を切ろうとしたその時遮る手があった。
「痛いよ」
その青年は、私の手をしっかりと握りしめていた。手には大量の書物があり、知的で大人しそうな、それでいて身なりがきれいな青年だった。私の居たスラムには似合わない男だった。
「大丈夫だよ、ケイン。魔女さんは傷はすぐ治るんだよ」
少年少女が青年にまとわりついた。その様子は慣れたようで、どうやら青年と少年たちは知りあいらしかった。スラム独特の白く汚れた衣服に青年は嫌わなかった。むしろあたたかな目で少年たちを見つめた。そして頭をなでたりしていた。
「君は、何者だ」
私の手は離された。途端に私は自身の手首を切りつけた。
血の赤がしたたり落ちる。真っ赤な炎のように純粋な赤ではない濃密な赤が落ちていく。花吹雪のようにぽたぽたと楕円を作り地面に散っていく。
「いけない」と青年ケインが寄ってくるのを、刃物で遠ざけた。
「あなたこそ何者」
「それより、傷を」
その時楕円形の赤が私の手に戻り始めた。一つ一つ宙に浮かび傷に再現される。とんとん、と手に押し込まれていく。線を描き、肌が縫われ、元通りにすっきりきれいな肌があらわになると青年の驚くさまを目にうつした。
「君こそ」
「ケインお兄ちゃん、この子は魔女だよ」
「そうそう、魔女さんなんだ」
魔女と呼ばれた。だがケインは最後までーー
「いや、俺にはお姫様にしか見えない」
お姫様と呼んだ。
ーーーーーーー
【The Princess】
最終話 MATANE
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ケインは中流階級の出だった。だが、その身分に収まりたくなかった彼はよくスラムにも遊びに来ていたらしい。
そこでいくばくかの諍いがあり、友を作り、少年は青年へと成長した。
そうして私と出会った当時は、学生をしていた。彼自身優秀で、中流階級から大躍進したそうだ。
私と出会ったのは、実は偶然でその日授業が取りやめになり、暇を潰しにスラムに立ち寄ったからだった。ケインはそこで少年たちに向け青空のもと教室を開いていた。
青年は私と出会った次には、私に興味を持った。私の体組織はどういった作りなのか、いつから私は生きているのか問いただした。
初めの好青年は一変して、関心と興味の奴隷になった。
と、思えばどこかしら私のことについて引け目があるのか時折心配してきた。
どこに住んでいるのか、しっかり食べているのか、と心配されたから、どこにも住んでいず、地べたで寝た方が石が投げられるためそうしている、とか、空腹は気にならない体だからつまらないと反撃してみた。
するとケインは私を連れて、その晩の居場所を探した。
なんともつまらないやつだった。今はその理由についてわかる。私は刺激を求めていたから、手っ取り早く私を滅してくれる相手を探していたのに、ケインは邪魔しかしなかったのだ。
空腹になるのは避けること、居場所を作ること。そればかり強要していた。それさえあれば生きていけると、分かりきったように。
出会って数日は勉学に忙しかったのかスラムに現れなかった彼だが、数日して大荷物を持ち私のもとへ訪れた。その荷物の中身は斧か、それともアイアンメイデンかとわくわしたが、すぐに落ち込むこととなった。彼は、私を調べる対象としか見ていなかった。
実につまらない男だ。
「つまらない」と、呟けば「なぜ」と返ってくる。
「退屈だ」と言えば「どうして」と返してくる。
そんなもの、当時の私にはわからない。
生きている意味すらも分からなかったのだから。
「お姫様」
「その呼び方やめろ」
「ではなんとお呼びしたら?」
かしこまった対応をされて、どぎまぎした。私は、そんなもの欲しくはなかった。もっと他の何かが欲しかった。何かを欲していた。
「名は刻まれたたびに消えていくんだ。だから、好きに呼んで」
「では、お姫様」
「それ以外でお願い」
避ければ、ついてきた。私に石を投げ『バケモノ』とののしるものが出れば対応した。この子は良い子ですとまで言ってのけるそのさまはまるで私の欲している正反対なものなきがして、満たされはしなかった。
「お姫様、お姫様」
次第に少年たちも私のことをそう呼び始め、とても居心地が悪くなった。
とても、とても!!
つまらなかった。
そのころになるとスラム街は一掃され始めていた。
ケイン達が楽しく思うこの国は、形を変え始めスラム街の住民は奴隷として買われ始めていた。国外に奴隷達は売られ、次第に人もいなくなった。
きっと国外に逃げたものもいたのだろう。
どんよりとした空気をはらみ始めたスラム街にケインはそれでも居続けた。住民と勘違いされ奴隷の刻印を付けられるかもしれないのに、彼は少年たちを見続けた。変わらず私のことをお姫様と呼び紳士的に振舞った。
馬鹿なのかと思った。
ケインを見て、生きている意味を探し始めている自分を腹立たしくなった。
ある夜更けにケインと話したことがある。
「学問なんてさ、退屈な時に考えるものなんだ。だから、裕福なやつしか学問なんてしない。必死に生きていればいらないものさ」
「なら、今私のことを研究しているのはなぜ」
「退屈だからさ」
「私も……つまらない」
勉学も何もかも吹き飛ばしてくれるようなものを、私は渇望していた。
何もなかった。ケインがいるここには何もなかった。私の欲しいものが、ない。だが、この町を離れなかった。
どうしてだろうか。ケインと離れてからも思いだすがその真意に気づけずじまいだ。それよりも違う何かで埋めて、なにもなかったようにふるまっている。
街での別れは唐突にやってきた。
ある夜、私は路地裏で男たちに囲まれた。私はたいして抵抗する理由もなかったのでそおのままにしておいた。そのままなされるがままだ。男達は嫌味な目をしていた。当時の雄たけびの中の兄弟姉妹を思い出すようで懐かしくなった。
なまめかしいものも、つやのあるものでもなく、そのままに捨てられて、白いシャツに汚れが付いた。薄い茶色だった私の髪は知らず知らずのうちに白髪になっていた。妖艶に月に照らされる発光色はどこか老婆のようでみすぼらしかった。
月がその様子を見ているのを考えると、みすぼらしい私はなぜか心底嬉しくなった。
笑っている、とようやく自覚した。
何も与えられるものもなく、ただそうあるべきままにしただけ。そうすると私は汚らしくなり、楽しくなり、何かに近づけた。
どれだけ笑っていただろうか。しばらくして、異変をかぎつけたケインが助けという名の邪魔をしに来た。
手には血の跡。何度も何かを殴った後があって、私のことを抱き起した。細い声で私のことをお姫様と言い放った。
大嫌いな紳士的対応で、大嫌いなタイミングで、大嫌いな優しい言葉を吐きまくる。
「どうして君はこんなことをするんだ。どうして抵抗しない。まるで、そうしたいようにするんだ。もっと自分を大切にしろ」
そんなこと到底無理だった。
だって、私はこれを欲していたのだから。私はケインのような温かなものなど欲していなかった。
大好きな痛みを、刺激を、愛していた。
気づいた。この男のもとにいると私は得られないものがあると。どこもかしこも私に優しすぎるんだと。
「大切になんかしない」
笑ってやった。
「だって、これが私の求めたものだったんだもの」
あざけた。
でもどれも嘘っぽかった。
私はそれからふらつく足で、ケインの罪をかぶった。大好きな罪をかぶり、大好きな刺激を求めて、刑務所に入った。
ケインはどこまでも優しくて私のことを冤罪だと述べたが、私が断固反対した。ケインの主張も、はねのけた。
私がスラム街にいたからか、私に罪をなすりつけるのは簡単だった。私というみすぼらしいスラムレッテルは、ケインのような将来有望な青年を守るのにうってつけだった。
それから彼に会っていない。
私は処刑場に何年もいた。百年か、二百年かも、分からない。いつどこで私がそこにいるようになったか知るものがいなくなった時、初めて私は人の限界を悟った。
私を傷つけるにはそれ相応の私への痛みを感じなくてはならない。相手が痛みを感じて、私も痛みを感じて初めて関係が成り立つのだ。
だから様々なことを試してみた。私が死ぬまで生きさせてみたり、自身の死を賭けさせたり、そんな処刑場の日々も楽しかった。
だが、どこまでも人間はもろいのだと悟るだけだった。
処刑場の楽しい日々もつかの間、人の建物や成立する法律はいつかは滅びる。悲しいことに長くは続かず、私を持て余した人々は荒れ野に私を放り出した。
放り出された私は旅人に経由して、また奴隷になるも、私のことを気味悪がって最終的にある商人を騙して東の島国に飛ばした。
そこでは、私は処刑場の経験を生かして、座敷にこもることにした。主人をたぶらかし生贄と呼ばれるものをよこせと要求したり、彼らと遊ぶことは退屈しのぎにはなった。
つまらなくはなかったが、満たされもしなかった。
さすがに刺激が好きだとわかると、生きる意味を考えることもしなかった。
が、何もなかった。最終的に残ったのはこの身と一人の場所だけ。ここに来るとわかる人もいなければそれはそれで暇で、刺激もない。楽しみも薄れるばかり。
ここでこうしていなくなるのも、また一興だが……
座敷牢に人が来ないとわかると、牢から出た。近くの寂れた家に住み着いて何年目だろうか。幽霊が出るとされた家に誰も寄ってこなくなり、家は荒れ地になった。
現在、さびれた家に一人うずくまっているさまは、いつのことやらか思い出す。
つまらない。
手首をひっかいてみて、血を滴らすもつまらない。
涙を浮かべるも、これはどの感情からきているのかわからない。
私は誰を思っているのだろうか。やはり一番ともにいた処刑人だろうか。それとも途中で出会った風変わりな旅人だろうか。それともここにいた可愛らしい少女だろうか。
だがどの人も私の確信を得ていない。
たったひとりだけ、私を知っているものがいた気がするが、もうそのものもいない。
目を閉じて再び記憶をまさぐる。どれも歯がゆいものばかりだ。
暇だった。
つまらなかった。
考えた。
「生きていること」
声に出してみた。
どれも嘘っぽかった。
私だけが生かされているのはなぜなのだろうか。私に何か欠けているからだろうか。
ああ、やはり一人だと、退屈になる。そうして暇になった私は考えてしまうのだろう。
「ケイン」
君に何一つ同意しなかった。君も何一つ私に同意しなかった。そんな私をあの世で待っているのだろうか。
輪廻転生して現世に帰ってきている可能性もある。世界が終わる時の裁判を待っているだけなのかもしれない。どの宗教観も私を迫害する。
孤独の刺激は、私にとって悪なのかとめどなく涙が出る。
寂しい。
この感情も嬉しいのに。
「お姫様」
こんこん、と靴の音がした。
気のせいだろう。
目をつぶった。
「お姫様、お姫様」
懐かしい彼の声がした。これから夢に落ちるたびに見る彼の姿を思い浮かべた。忘れられなかった彼の姿は青年のままだ。
きっと処刑された後、すぐに街に戻っても青年は更けていたのだろう。私の髪と同じ色をしたひげを大量にはやし、森林の番人のようになっていたのだろう。
なぜだか私の体が冷たかった。どんどん寒くなっていくのを感じた。怖くもない。どちらかと言えば寒すぎて眠りたくなった。
「お姫様」
うるさくなって、ふりむいた。
途端にぱっくりと指先が裂けた。あんなにあこがれたものなのに、この痛みも血も何も感じられなかった。
それよりも目の前の青年の姿に頭を真っ白にした。
どうしてこんなところにいるの。
「お姫様を迎えに来たんだ。ほら研究したときに血を拝借してさ、ずっと俺も生きていたんだ」
そんなの嘘だ。
「嘘じゃないよ」
血が流れている。地面に染み渡る。どんどん広がる赤に炎を思い出した。包まれていく空間に安心感を得た。
「ほら、行こう」
ほっ、と一息ついた。
私は、どこにも刺激を感じなかったのに、もうこれでいいやと思うようになっていた。私の欠けていた何かに満たされた気になった。
もう二度とここから抜け出せないことにも気づいていた。もう目が覚めないことに満たされたことにも、分かっていた。
ああ、気づいているよ。
血が私の体に戻らないことも。
彼が青年の姿のままなことも。
さっきと違う場所にいることも。
これが最後の夢だってことも。
「つれていってくれケイン」
私は初めてケインの差し出された手を握った。とても大きくて温かい手をこれ以上ないほどに強く握った。すると握り返してくれた。その手の力は弱弱しい。
「私をそっちへ」
「ああ」と快くうなづくとケインは刹那立ち止まって「そういえば……」
「どうした」
「君の名前を聞くのを忘れていた」
私か。
私の心はなぜか満たされていた。満腹だった。だから心地よくケインの言葉に答えてもいいかなと思った。
「私はアゲイン」
忌み嫌われたあの喝さいの言葉。
「いい名前だね」
なぜ。
彼の口癖。
するとケインは困ったように頭をかいたと思えば、私を連れ歩き出した。
「SEE YOU AGAIN.
また会える名前だ」




