展示室A:各種素材資料
本編中に出てきた画像は、基本的に林育造が撮影したもの、即ち、当たり前ですがナロウニア王国ではなく、実際に日本に存在するものです。
ここではそれぞれの画像について、その正体について解説します。
画像がファンタジー世界のイメージに近く、夢を壊されたくない方は読み飛ばされることを推奨します。
・エントランス前広場
ここには異世界転移の原因になりやすい「トラック」のレプリカが4台展示されている。なぜ4台かというと、トラックの販売シェアは「井筒」「芙蓉」「HIGO」「オッサンディーゼル(現在は「ボノボ」の子会社)」の大手4社と「その他」という構成になっているからである。従ってこの4社のトラックを展示しておけば、ほぼ確実に記憶にあるトラックと同じなので勇者など異世界人が暴れてものを壊すのを避けることができるのだ。
しかしレプリカとはいえ走行可能なので、ナロウニアでは「タイヤ」の存在は知られている。
・素材。モンスターのパーツなど
ドラゴンの革
ヨーロッパでは「ジュラ紀」の名前が山脈名から取られていることからも判るように、それなりに多くの化石が産出する。ドラゴンはそういった恐竜の化石を元に考え出されたものが元になっているようで、基本「でかいトカゲ(Dinosaur)」である。従って、トカゲからイメージされたドラゴンの鱗は体表に沿って連続しており、「皮を剥ぐ」ことは可能でも「鱗を抜く」ことはできないのではないかということで、連続した鱗を持つは虫類の皮をもってきた。ただ、オオトカゲの皮は鱗が細かくて迫力がなく、インパクトがないのでワニ革にした。腹側だといかにもワニワニしていてすぐにばれてしまうと判断したため、これは背中やや肩寄りの部分である。ハンドバッグに使われるだけあって硬く、切るのにかなり苦労した。実際にドラゴンの革が存在すれば、十分防具として使えると思うが、カバンに使ってしまうという作品にはほとんど出会わない。「革細工師はかく語りき」あたりがやってくれそうな気もする。
龍の鱗
一方、龍は東洋においておそらく実在するワニを元に考えられた想像上の生き物のはずであるが、巨大な淡水魚を擁する東アジアではコイやソウギョのイメージも混ざっている。そのため龍の絵には魚的な鱗が描かれていることが多いので、龍の鱗として淡水魚の鱗を持ってきた。ただ、コイやソウギョの鱗では大きさが小さく迫力がないので、これは南米のピラルクの鱗である。現地では靴ベラとして使われることもあるほどで、1頭から多数採れるので土産物として1枚数$で売られており、強引に値切るとかなり安くなる。
画像の鱗の色がついているところが魚の体表で見えている部分で、白いところは他の鱗と重なって隠れている部分である。このように魚の鱗は引っこ抜くためにかなり深い部分から引っ張る必要があるうえ、本体が生きているときには皮膚の一部であり、当然血液も通っている。龍の鱗の構造は不明であるが、もし引っこ抜こうとすれば無傷では済まないはずだから、作中のように「抜いてもらう」のは簡単ではなかろう。
龍の鱗:その2
画像のリンクURLを見ていただくと分かるようにこれもコレクション素材として出そうと考えていたのだが、せっかくの硬さや大きさが伝わりそうになかったので断念した。
こちらの2つは黄金の龍……なわけはなく、哺乳類センザンコウの体表で、よく見ると毛が認められる。作中には出さなかったが、ワシントン条約で商取引が規制されているため、見る機会が少ないだろうと載っけてみた。これは剥製なので鱗を剥ぐわけにいかず、そこらの報道写真であればタバコやボールペンを一緒に写せば大きさが判るわけだが、ナロウニア(=異世界)で読者の皆様が共通理解として大きさを知っている物が思いつかなかったのである。
異世界のスケールが絡むと、実にいろいろ厄介である。異世界では、あらゆるものの大きさが地球と異なっているからだ。かといって、単位が地球と同じとは限らないので定規を写しこむのもまずい。龍の鱗(=ピラルク鱗)ではさりげなくスケールとして定規の端っこを入れてみたのだが、ナロウニアの定規の単位がどこにも述べられていない以上これは反則であろう。実際には10cm近くあるのだが、あのスケール定規の“1”が地球での1mmくらいだとすると、ソウギョの鱗の方が大きいことになってしまう。また、「体長(=身長)2mのリザードマン」は文字だけ追いかけると大きく感じるが、絵にしてみると首が長いので腕の位置は我々と変わらず、それほど大きく感じない。体長に尻尾が含まれているとすると更に細身であることになり、弱弱しささえ感じてしまう。
また、模型を作って撮影してみると、「体調50mの龍」なんかは近くで見ると龍であることすら判らず、「何か大きいもの」であることしかわからない。龍本人も死角が多すぎて周囲からの攻撃には対応しにくいだろう。小説中では龍はすぐ人形態になるが、ある意味合理的なのかもしれない。
ところでセンザンコウやアルマジロなど丈夫な甲羅に覆われた動物は非常においしいという話があり(禁じられているにもかかわらず、これらの動物を食べるツアーがいまだに存在する)、極めて丈夫であるといわれる鱗に覆われている龍は、食べると大変おいしいのではないかと思っている(ドラゴンの肉が非常においしいという記述は小説にもよく見られる)。
龍の牙
恐竜の化石では同等の大きさのものもあるが、見ての通り原生の動物の牙で、本作の中でもっとも正体が判りにくかったものの一つではないかと思う。せっかく博物館を題材にした作品を書き、挿絵として展示品や資料を見せるのであれば「日常では見られないもの」を見せようとするべきだと思ったので、引っ張り出してきたのがこれである。牙らしいといえばイノシシやカバの牙もかなり大きいのだが、大きく湾曲しているので「歯」らしさが出なかった。大きな動物といえばクジラであるが、現在調査捕鯨で捕獲されているミンククジラなどは「髭クジラ」であり、顎に生えているのは繊維質の黒っぽい板のようなもので歯っぽい歯ではない。
この画像は「歯クジラ」であるマッコウクジラの下顎先端の歯で、大きなものは1kgを超えるが、これは400gほどの並の大きさのものである。
マッコウクジラの歯は印鑑や根付、装飾品などに使われるものの、ナイフや鏃に使われることはまずない。小説では素材として高額で引き取られていく龍の牙であるが、いったい何に使われているのだろうか。
シャッガイエンシス脚
作中では貴重なレンタル品ということになっているが、ただのトゲナナフシの脚。日本産のナナフシは脚がトゲトゲしていないので、インドネシア産のものを分解した。これも脚だけで10cm以上あってかなり大きなものだが、スケールがないので大きさが伝わらず残念。上記センザンコウでも述べたしピラルクの鱗もそうだが、これも大きさを伝えるためのスケールをどうすればいいのか判らなかった。
シャッガイエンシスはもちろん架空の学名で、「シャッガイ」はクトゥルフ神話で妖虫が分布しているという星の名前から、生態や生息状況は「ロードハウナナフシ」をモデルにしたもので、トゲナナフシ自体は東南アジアの普通種である。どうせなら全身を写しても良かったが、一目で正体がわかる画像を使ったら面白くないので止めにした。
ネズミの骨
スケルトンと同時に登場すればよいので何の骨でも良かったが、骨でも危険な動物であるなら歯が鋭く手頃な大きさがあるものということで狼かネズミだろうとネズミに。
頭部側はジャワ産のネズミである。作中でも述べたが、ネズミの歯で恐ろしいのはデフォルメされたネズミの絵でネズミらしさを演出するのに使われる上あごの前歯ではなく、その前歯の裏側で研ぎ澄まされた下あごの前歯なのである。生物系の研究室でラットの解剖でもすればそんなことは簡単にわかるし骨格も手に入るのだが、それでは異世界のオオネズミらしくない。カピバラなら大きさは十分だが尻尾が意外に短いのでネズミっぽく見えず、ネズミらしさのある巨大ネズミの骨格標本はなかなか入手が難しい。
そのため、尻尾を持ってぶら下げている方の骨格標本はネズミのものではなく「ジャコウネコ」の骨格標本である。
つまり、画像としてはキメラになっている。
羊皮紙
小説によく出てくる羊皮紙、実物を見た人は少ないと思われるし、実際に破いたり燃やしたりした人はさらに少ないであろう。しかし、小説中で羊皮紙について述べるのであれば、少なくとも羊皮紙がどんなものか知っている必要があると思うのだが、どうだろうか。
羊皮紙はパルプ紙に比べて厚く、曲げにくく、折り目を付けにくい。このネズミの絵も、ヴェラムといきたいところだったが、山羊皮紙片に没食子インクで書いてみた。
最初の画像で頭の上部と耳の先端が、某ネズミーランドのオオネズミのように見えるのはもちろん狙ってやっている。耳ネズミ自体の題材はバカンティマウス(Vacanti Mouse)と呼ばれる実験的に作られたネズミをモデルにし、文字はアルメニア文字をアレンジして使用した。作中でも述べたように没食子インクは金属のペン先を使用できないので、羽ペンを使ってそれなりに苦労して書いたのだが、羊皮紙を狙い通りに破くのは想像以上に難しく、紙片状態にする際に書いた文字の大半が絵と反対側の紙片に残ってしまった。あの苦労は何だったのだろう。