最終日
「さて、もう少しお話ししていたいところですが、まだ素材集めが終わっていませんので少々深いところまで行ってきます」
広告のこととか余計な知識は増えたが、実習の目的である素材集めは全然進んでいない。なにしろ実習生2人はここまで来たもののトレントの根っこを引っ張って転げ落ちただけなのだ。
「それやったら、どうせ今回も出られへんださかいに、下層まで送って行ったるわ。おい、そこら辺ちょっとどいてや」
カツトシがそう言いつつ塊になったアンデッド連中の方に足を踏み出す。アンデッド連中は「えー、離れたくないよぅ」という感じで渋々道を空けていく。と、丁度中央付近にいてケースケ達の真っ正面に残ってしまったスケルトンがあからさまにびくついた表情を見せたかと思うと、通路の先に向かって逃げ出した。
「何や、あいつ、どないしたんやろ」
「ん……? 彼、最近どこかに出かけませんでしたか」
「さぁ、どないやろ」
バラバラにした自分を武器として振り回したあげくに、浄化して灰にした連中がやってきたら逃げ出したくもなるであろう。センテラは神官として成仏させたわけではなく実体を消滅させただけなので、こちらで復活できたのである。
その後素材採取の名の下にダンジョンを下層に向けて進んで行ったが、カツトシがアンデッドを退かし、ケースケとセンテラも他のモンスターをものともせず進んで行くので、ハッキリ言って実習生は歩いていくだけである。「これじゃあ実習にならないな」とケースケが言いかけたとき、カツトシの魔力で照らされた壁にそいつは現れた。
「ナメクジ嫌―、ブラストッ」
「あっ、止めろ」
ケースケが止める間もなく、メイプルの爆発系の魔術が、壁のドウクツオオウズムシに向かって放たれ、見事に命中する。ウズムシは何十というバラバラの破片になり……、すべてが元の形に戻って襲いかかってきた。
「嫌アァーーーー」
「うわっ、こいつら残り少ない肉狙って囓りよる」
「こらっ、潰すんじゃないっ」
ドウクツオオウズムシは再生力が半端なく、しかも肉食である。それを爆発させたり潰したりしたら個体数を増やしてやっているだけだ。
「ええー、こいつら高温に弱いんじゃなかったんですか」
「それは森にいる奴だ。メイプル、塩っ」
「上の層でスライムに使っちゃった」
「何だとぅ、アイテムを往路で使い切る奴があるかぁ、残しておけ」
「とりあえずこっちにっ」
センテラが窪んだところに液体窒素の池を作る。みんなでウズムシを池に蹴り込んでいって、漸く這い回っているウズムシの数を減らすことに成功した。まだ周囲にたくさんいるが、対処しきれないほどではない。
「やれやれ、液体窒素が全部気化したら復活するんだろうな。ケイジア、凍った手頃な大きさの奴を仕舞っておいてくれ。これで素材採取ができたことにしよう」
「了解しました。こいつでいいですね」
「館長、潰しちゃだめ、ちぎっても切ってもだめ、結構な速さで追いかけてくる、そんな連中、どうやって対処すれば良いの? 青酸ガス作ろうか」
「閉鎖空間で恐ろしいことを言うな。あいつらは、……センテラ、干し肉を出せ」
「また?」
センテラは言われた通りに乾し鳥肉を出す。在庫はまだまだ十分だ。
「ほいっ。センテラ、合図をしたらエクスプロージョンをかませ」
「いいの?」
「構わん、大丈夫だ」
ウズムシが投げた肉に群がったところで、更に数が増えるのではないかという疑問に首を傾げつつ、ケースケから出された合図にセンテラがエクスプロージョンを発動する。
スパーン、はじけ飛んだウズムシの破片は再生することなく溶けるように崩れていった。
「えーっ、なんでぇっ?」
「こいつらは肉食で消化能力が高い。餌を食った直後は体の中が消化酵素でいっぱいだから、その時に切ったり潰したりすると、自分の消化液で溶けるんだ。だから、何か食わせてつぶせば良いんだよ」
しかし、最初に増えてしまった分はまだいくらか残っている。何度も肉に群がらせるのも面倒臭い。
「というわけで、カツトシさん。潜って、帰りにまたここを通るのも大変なので、ウズムシの素材採取もできたことだし戻ります。ここまでありがとうございました」
「さよか、ほならワシも囓られんように戻って硫化水素泉にでも入るわ」
悪い人(?)ではなさそうだったので、再会を約束して戻ることにした。またダンジョンに潜ることがあれば連絡をくれというカツトシに対し、普段ダンジョンの深部にいるという彼と連絡を取るのは困難なのではないかと思ったケ-スケが通信用の魔道具でもあるのかと尋ねたところ、
「看板まで出してるんやから郵便ギルドに手紙運んでもろたらええやん」
とのことであった。あの看板はダンジョンから外部への連絡をしますよ、という内容に思えたが。下手な広告を出すものではないな。
カツトシが手伝ってくれればアンデッド系の研究はかなり有意義に進めることができるであろう。
「リッチーにいきなり普通に話しかけるとか、館長は怖いもの知らずですね」
ダンジョンの地上へ戻る道でセンテラが問うてきた。
「なぜだ、ナロウニアには多種族が住んでいて普通に意思の疎通ができているし、彼はちょっと古くなっただけで同じ人間だろ?」
「古……」
身もふたもない言い方ではあるが、間違ってはいない。
結構長い時間潜っていたから、戻ってきたときには既に日付が変わっていた。従って、今日はもう実習の最終日ということになる。
「さて、日付変わって今日が実習最終日ではあるが、ダンジョンに連続で潜っていたので実習期間を振り替えて、ここまでで実習期間終了だ。各自十分に休息した後、実習日誌と報告書を提出してくれ」
規約上、必要な実習日数は14日なのだが、最初と最後の日はナロウニア女学院でのガイダンスとなるので、博物館における実習は本日が最後である。ダンジョンに潜ったりして実習とみなされる時間が8時間を超えた分は、別の日の実習に振り替えることができる。今回、連続でダンジョンに潜っていた分を振り替えると、実習期間は既定の日数を超えたことになり、実習は修了だ。
来年も実習生が来るのだろうか。博物館の人員が2名のままで、実習生が5人とか来たら到底対応できない。別に今回の実習中ノクターン秘宝館でやったように見学でも良いのだから、人数が多い場合にはナロウニア国立博物館で実習するのではなく、数日の見学で実習に代えて貰おうと思ったケースケであった。
なお、メイプルはちゃっかりダンジョンからゴジュウサンネンゼミ幼虫の冬虫夏草を回収し、ギルドに売りつけて大儲けをしていた。ケイジアの香木ほどの金額ではなかったが、ケイジアに倣ってまたも女子会を開催した。結果、3人とも翌日は二日酔いでのたくっていたようだ。学習しない連中である。
学芸員としてのケースケに休日はほとんどない。だいたい、この規模の博物館を実質2人で切り盛りしようという方が間違っているのだ。一応、休日らしきものは存在しているが、ケースケはほとんどの場合博物館で博物館展示案内や資料の整理をしている。
特にこの2週間は慌ただしかった。
実習が終わったばかりの今日は、実習日誌のチェックとナロウニア女学院への報告書作成があるので、やっぱり出勤していた。傍から見れば、立派なワーカホリックである。
実習生は実習中、記録と報告のために日誌を付けなければならない。
ケースケはまず、ケイジアの日誌を見る。毎日の分はそれなりに当日のうちに見ていたので、まとめの部分を読んでいく。
「ほう」
良く書けているし、実習内容も充実していたようだ
これだけ有能なら学芸員として来て欲しいが、彼女にはエルフの文化を散逸させずに資料収集するという目的がある。ナロウニア国立博には来てくれないであろう。
続いてメイプルの実習日誌である。
「あいつは……」
メイプルの報告は、擬音や効果音が多いが意外に読みやすく、時系列に従っていて何があったかはしっかり纏まっている。
尤も内容は、「何々をした」ではなく、戦闘したモンスターの手応えや食べ物の味の感想がほとんどで、文字数稼ぎのように転んだ記録まで書いてある。何があったかはある意味極めて判りやすいが、どういったことを会得したとか、どんなことが自分に役立ったとかはほとんど記載されていない。
メイプルは最終日以外ギリギリにやってきた。それでも時間内に来ているわけだから問題ではない。彼女は動物と名が付けばナメクジ以外全く気にしないで持ってくるため、本来は館内に存在しないものが突然現れてびっくりしたことがこの2週間に何度もあった。
髪飾りは初日の髑髏蛾を始め、金ぴかのコガネムシ、モモンガ、栗鼠、果てはヒヨケムシっぽいものまで乗っけてきた。これが不思議なことにおとなしく髪に乗っているのだが、驚いたりすると飛び上がったり転げ落ちたりするのである。モモンガは部屋を縦横無尽に飛び回ったあげく隙間に入ってしまったし、ヒヨケムシは驚いたセンテラがインク壺をぶちまけた。そのあとつまんでメイプルにぶつけていたから苦手レベルまでは行かなかったのだろうが、かなり微妙な大きさだったらしい。
また、スーパーボール化したスライムを放置していたため、いつの間にか移動したスライムがトイレの水分を得て復活し、逃げようとしたらしくトイレの排水管が詰まってしまって大変なことになった。流れるべきものが流れないのである。
鷹眼や千里眼と呼ばれる能力と気配探知を駆使したケースケによって原因はわかったものの、草原やダンジョンの中ならともかく、排水管の中のスライムに魔術攻撃など当てられるわけがない。
下手なものを排水管に突っ込めば、新たな詰まりの原因にもなる。結局、シャーベット状にした氷を押し込み、反対側に押し出すことにしたのである。
3人はケースケが一晩中かかって排水管に氷を押し込み続けたことは知らない。
メイプルの方は学芸員として来てくれることを考えるといまいち微妙だが、能力的にはそれぞれ学芸員としてやっていける能力があるとみて良いと判断できるので、実習の単位は無事に出ることだろう。しかし、この2人が学芸員として揃ったら、食い合わせのようにあの喧噪がやってくるのだ。個々の能力と学芸員としての適性は別問題なのだろうか。
ケイジアは特に問題は起こさなかったのだが。
「芽が出た?」
「はい……」
展示資料にはブランチ・ワンド・スタッフの類がある。要するに杖だ。
中には焼き肉の串のような細く短いものから、センテラが大陸を吹き飛ばせるレベルのものまで多数が保管されている。
ブランチやワンドは持ちやすい大きさで強大な魔力が込められているわけではないが、魔具として、それなりの力が込められており、生命力もその一つである。
ケイジアはそんな生命力が残った「豊穣の杖」という銘のワンドを見て,何の気なしに振り回してみたらしい。
気づいたら、ワンドから芽が出ていたという。
切られて何年も経っているはずの枝に芽を出させるとは。
エルフ恐るべし。
小説の登場人物達が住むナロウニア王国。
「護民官っ、また異世界人がスライムに喧嘩売ってますっ」
「なんだとうっ」
そこには、異世界人の面倒を見る護民官と。
「センテラ、次は空気塊を真空で挟み込んで回転させながら飛ばしてみてくれ」
「館長~、お腹がすきましたぁ」
変なことを大真面目に研究する学芸員や。
「これ? ビー玉じゃないよ、魚の水晶体」
「幼体とはいえ、あくまでリヴァイアサンを魚と主張するんだな。この間はフェニックスを『体温の高い孔雀』とか言ってたし」
変なアイテムを収集するコレクター。
「ほぉっ、ドラゴンゾンビの尻尾を切ったら、もう一度再生えてくるけど、新しい尻尾には骨がないんですか」
「そや、要するにドラゴン言うのはでかいトカゲやな」
何か方向性を間違えたリッチーのマッドな研究者なんかがいる。
「うふん(はぁと)」
「帰れ」
……ま、住人もいろいろだ。
かつて博物学は世界の「未知」を追求する学問であり、博物館はその資料を保管・研究する施設である。だとすれば、未知が広がるファンタジー世界にこそ、まだまだ必要な学問であり、博物館は必要な施設と言えるのではないだろうか。異世界では当たり前の設定に思えて、何となくイメージしてしまっているアイテムやモンスターについて、ふと疑問が生じたら。
是非、ナロウニアの博物館に足を伸ばしてみて頂きたい。もしかするとそこには、疑問を解消する展示があるかも知れない。
もっとあなたを混迷させるアイテムが並んでいる可能性もあるんだけれども。
いやー、楽しかった。もう少し単純にまとまるはずが、ナロウニア本家の月寝薪様には「楽しんで書いている」と一発で看破されてしまうほどの状況でした。
突っ込みどころが多いファンタジー小説に一々突っ込んでいけば只のウザイ奴になってしまう。その回避の為もあって書き始めた本作でしたが、ありきたりな設定を信じていたりありがちな発想をするセンテラに、ケースケが突っ込みを入れるというパターンは大変書きやすかったです。ただ、突っ込みを入れるにも根拠は必要なわけで、あちこちから画像を引っ張り出し、必要に応じて撮影にも行きました。調達に苦労した画像は、ほとんどありません。
ただ、あまりにも楽しかったため本作にのめり込んでしまい、他の連載作の更新が途切れてしまいました。あまりに放ったらかしにすると別作の登場人物を自分でナロウニアに転移させることになって仕舞うという、とんでもないメタなネタをかますことになりかねません。そこでまだネタは残っていますが、このあと4話分ほど「展示室」として挿絵画像のネタばらしをし、一旦ここで完結とさせて頂きます。
一区切り付いたら戻ってくるかも知れません。
幻になるかも知れない次章の予告編。
章:<ヒヨちゃんの大冒険>
「ケースケさま、ヒヨちゃんが木から落ちちゃったの。助けて」
ナラニーの名誉のために言っておくと、ナラニーは野鳥の雛を拾ったわけではない。それは「ダメだ」と言い聞かせてある。ナラニーが拾ったのは卵、それも異世界人が置き去りにしたものだ。
野鳥の雛を拾うのも生態系に対して懸念があるのに、異世界人達は何が孵ってくるかも判らない、つまり孵ってからどんな餌が必要になるかも不明な卵を拾ってくることがある。
卵を食べるのならともかく、孵った個体をどうやって育てるつもりなのか。ペットとして育て方がほぼ確立しているイヌネコを育てた経験だけで、野生動物を飼育できると思わないで欲しい。野鳥の親がどれだけ餌探しに腐心しているか知っているのだろうか。
さすがにナロウニアでも、ペットフードの店は存在しない。気まぐれに屋台の焼肉の余りをやっていれば育つわけではないのだ。
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「ストップ」
「何ですか館長、別に危険な植物はないですよ」
「この植物自体に危険はない。しかし、このミントに似た植物の草原を進めば植物が匂いをまき散らし、獲物の存在に気づいた大蛇が風下から大挙してやってくるぞ。かといって飛んで行けば巨大トンボの餌食だな」
「ええーっ」
はい、こんなノリで5話分ほど予定しています。




