なんでアプデはいつも一番悪いタイミングで来るんだ!?
ハジメは『黄金の嘴亭』の中へと足を踏み入れた。
(……それにしても、さっきの牛は一体何だったんだよ……。まあいい、あんな単発のユニークイベントなんて知るか。どうせ悪ふざけしてるプレイヤー(荒らし)だろう)
「ハジマックス! 俺の積荷、取り返してくれたか!」
背後から幽霊のようにヌッと現れたロイ・シュミットに、ハジメはビクッと肩を揺らし、驚かされた。
「急に後ろから現れるなよ、頼むから! ……残念ながら、俺が取り返した荷物の中にアンタの『星界の鉄』はなかったよ」
「クソッ! まあいい……あのクソ野郎ども、また俺から奪いやがって!」
「また? もう1回奪われたら特典の賞品でも貰えそうだな」
ハジメは皮肉な笑みを浮かべて返した。
「笑い事じゃねえ! 少なくとも今回は、ただのありふれたアイテムの輸送分で済んだのが救いだがな」
『通知:ロイは【ユミルの猟犬】に対して深い怨恨を抱いており、彼らに対して無謀な行動をとる可能性があります』
(おいおい、このゲームのAI、本当にNPC一人一人を一人の人間として処理してるんだな。でも、この通知はかなりヤバい予感がするぞ)
ハジメは内心で危機感を覚えつつ念を押した。
「無謀なマネだけはするなよ!」
「ガキ扱いするな! 俺はドワーフの鍛冶屋だぞ!」
ハジメは、ドワーフらしい特徴(背の低さや髭など)が何一つ見当たらないロイの姿をジト目で見つめた。
「はいはい……そうですね……。まあ、失礼するよロイ。俺は今から別のクエストがあるから」
「ああ、わかった。俺の件を忘れるなよ」
ロイはそう言ってハジメを見送った。
(さて、あのゴエモンって奴はどこだ……)
ハジメが酒場の中を見渡すと、テーブルに突っ伏して眠っている一人の酔っ払いの男を見つけた。
[NPC:ゴエモン]
「……いたいた」
ハジメが肩を叩くと、ゴエモンはゆっくりと目を開けた。口の端に食べものをつけたまま、ぐーっと大きく伸びをする。
「おお、ハジマックス! お前か! よく戻ってきてくれたな、俺の親愛なる友よ!」
「はぁ? 『親愛なる友』だぁ? 馴れ馴れしくすんな、アンタら初対面でいきなり俺を騙しただろ!」
「いやいや、俺じゃねえよ……俺はあの時酔っ払ってて何が起きたか分からねえんだ……だから疑わしきは弟分のツァオツァオ(曹操)のせいってことで頼む」
「弟分かよ! で、俺に何の用だ?」
「おお、手紙を読んでくれたんだなハジマックス! 実は最近、めちゃくちゃ美味いワインを見つけてな。『白の回廊』の街のヴィンテージだ」
「ああ、何の話か分かってるつもりだ」
「俺がそれを手に入れるのを手伝ってくれたら、ちゃんと報酬は払うぜ!」
ハジメはゴエモンの髪から腰に差した刀まで、上から下へと全身をじっくりと観察した。
「……まあいい。手伝ってやるよ」
「最高だ! それじゃあ『白の回廊』の街で落ち合おうぜ」
「は? アンタ、まだここにいないのか?」
「実は今、俺は王都にいるんだよ。だが数分もあればそっちに着くさ」
「数分? ……分かった、待ってるよ」
ハジメは首を傾げた。
(王都からここまで、一体どうやってそんな長距離を数分で移動するつもりなんだ……?)
『受注可能クエスト:ゴエモンのワイン調達を手伝う』
ゴエモンは振り返り、ハジメに向かって手を振った。
「バイバ〜イ」
(これで後は、この男を待つだけか……)
「ここから出て行きな!」
ウマムスコが、みすぼらしい身なりの『乞食の剣士』に向かって怒鳴り散らしていた。
「まだツケが残ってんだよ! 払うか、出て行くかだ!」
ハジメはその光景を見ながら、ニビルの言葉を思い返していた。
(前に一度助けたことがあったな……もう一度くらい助けてやるか。何が損になるわけでもないし)
「すみません、彼のツケはいくらですか?」
「70ゴールドだ」
ハジメは目を見開いて、自分のインベントリを確認した。
【所持金:70ゴールド】
【借金:70ゴールド】
ハジメは、まるで一筋の涙が頬を伝うかのようにそっと目を閉じた。
「……分かりました……」
彼は今にも泣き出しそうな声を必死に押し殺しながら、そう言った。
ハジメは70ゴールドを支払った。
【現在の所持金:0ゴールド】
「本当にありがとう、若き英雄よ。この借金のせいで足止めを食らっていたんだ。これでようやく次の街へ向かうことができる」
「どういたしまして」
ハジメは去ろうとする男の姿を、改めてじっくりと観察した。
引き締まった見事な筋肉に高い身長。ボロボロのマントを羽織っているが、その下には金属パーツのついたしっかりとした革の鎧を身につけている。
(この男、間違いなく昔は相当な修羅場をくぐってきた戦士だな……)
「ところで、これからどこへ向かうつもりなんだ?」
ハジメが近くのテーブルの椅子に腰掛けると、男も向かいの席に座った。
「『ゴブリンランド』へ向かうつもりだ。極北にある極めて危険な街だが、私なら大丈夫だろう。ところで冒険者よ、名前を聞かせてもらってもいいか?」
「ハジマックス! そう名乗ってる」
「感謝する、ハジマックス! 私の名はドミネ・ブルーライブ。この大陸の、別の国にある漁師の家の出身だ。まあ、それももう400年……いや、40年も前の話だがな」
[NPC名更新:乞食の剣士 ➔ ドミネ・ブルーライブ]
「助けてくれてありがとう、ハジマックス! もし私が必要になったら、いつでも呼んでくれ」
ドミネはそう言い残すと、酒場を後にして出て行った。
(あいつ……今『400年』って言いかけなかったか? それともただ『40年』って言い間違えただけか……? どちらにせよ、ただのNPCじゃない重要人物確定だな)
ハジメはニヤリと笑った。
「よし、あとはゴエモンと落ち合うだけだな」
『お知らせ:これより深夜のサーバーメンテナンスおよび大型アップデートを実施いたします』
「深夜!? 俺、そんな時間までプレイしてたのか!? ……やばっ、早くログアウトしないと」
『宇宙(世界)は、あなたの善意と慈悲深さに報いることを決定しました』
「ん? なんだこのメッセージ……?」
『【神の権能】を獲得しました』
『【オーディンの眼】:他のプレイヤーには見えないものを視認できるようになります』
「……は!?」
ハジメはその通知画面を見て目を丸くした。
「ちょっと待て! どういうことだ!?」
ハジメが慌てて周囲を見渡すと、周りのプレイヤーたちはみな、自分たちの前に表示された「メンテナンスのお知らせ」をぼんやりと眺めているだけだった。
(みんなアプデの通知を見てる……もしかしてこれ、俺だけに届いた隠し報酬か!? いや待て、誰かログアウトする前に説明してくれよ——)
——ブツッ。
次の瞬間、ハジメの視界が暗転し、強制的にサーバーから切断された。
「くっそー!!」
ハジメは自分の部屋の椅子から立ち上がり、VRゴーグルを外しながら叫んだ。
「静かにしろ! さっさと寝ろ、小僧!」
隣の部屋から父親の怒鳴り声が響いた。
「……ごめんなさい、親父」
ハジメは縮こまりながらベッドに倒れ込んだ。
(最悪だ……気になりすぎて夜も眠れねえよ……)
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