第1話:【美しければそれでいい】
種族違いの家族の悲哀と、解釈違いの悲しみなどを描きます。
王都を震撼させていたのは、「解体屋ヴァルゴ」と呼ばれる連続猟奇殺人鬼だった。
王都警察の捜査が難航する中、賢者エラーラ・ヴェリタスは焦れていた。
彼女は警察署の会議室で、自身の書き込んだ数式まみれの羊皮紙を叩きつけた。
「非効率だよ。実に嘆かわしいほどにね」
エラーラは白衣を翻し、地図上の一点を指差した。旧市街の時計塔だ。
「発見現場、犯行時刻、そして魔力の干渉値。これらを私の『犯罪係数方程式』に代入すれば、答えは自ずと導き出される。犯人のアジトは、この時計塔の地下だ!」
その言葉には、絶対的な自信があった。彼女にとって世界は数式であり、解けない謎など存在しないという傲慢なまでの「神の視点」があった。
「さすがはお母様!警察が1ヶ月かかってもわからなかったことを、たった一晩で!」
傍らで、黒いドレススーツに身を包んだ探偵ナラティブ・ヴェリタスが目を輝かせる。彼女にとって義母エラーラの言葉は神託に等しい。
刑事たちが口を挟むが、二人は聞く耳を持たなかった。
「行くよ、ナラ。愚鈍な警察機構を待っていては、新たな犠牲者が増えるだけだ」
「ええ! 今すぐ助けに行きましょう!」
二人は飛び出した。
それは正義感からの行動だったが、同時に「自分たちならできる」という過信の暴走でもあった。
時計塔の地下。湿った空気と錆びた鉄の匂い。
「やっぱり!お母様の言う通り、魔力の痕跡があるわ!」
ナラは鉄扇を握りしめ、最深部の扉を蹴破った。
「覚悟しなさい、解体屋!」
だが、そこに犯人はいなかった。
あったのは、マネキン人形と、部屋中に張り巡らされたピアノ線のような魔導回路。
「――え?」
ナラが足を踏み入れた瞬間、センサーが感知した。
エラーラの計算は正しかった。場所は合っていたのだ。
だが、彼女は計算に入れていなかった。人の悪意の変数を。
閃光。
入り口に設置された指向性魔導地雷が炸裂した。
「わ――!?」
エラーラが障壁を展開しようとするが、遅い。
爆風がナラを直撃し、彼女の体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
駆け寄ろうとするエラーラを、天井から降ってきた自動迎撃機が狙い撃つ。
重い銃声と共に、エラーラの太腿と腹部を魔弾が貫通した。
「ぅぅ……っ!」
血だまりの中で、二人は這いつくばりながら撤退した。
その間、エラーラが自信満々に配置させていた警官隊の包囲網は、まったく見当違いの場所を封鎖しており、犯人は地下水路を使って悠々と逃亡していた。
これが、一度目の敗北。
「野蛮な淑女」たちが、地を這う悪意の泥に足を取られた瞬間だった。
数日後。王都中央病院の集中治療室。
全身包帯だらけのエラーラとナラは、ベッドから抜け出していた。
傷は癒えていない。だが、それ以上にプライドがズタズタだった。
「許さない……あいつだけは……!」
ナラの瞳は、怒りで赤く充血していた。
「私の計算を愚弄した罪……万死に値する」
エラーラもまた、冷静さを欠いた復讐鬼と化していた。
新たな犯行予告が届いた。場所は、王都の地下下水道。
刑事たちは慎重な包囲を提案したが、エラーラは一蹴した。
二人は警官隊を引き連れ、怒りに任せて下水道へ突入した。
指揮系統などない。あるのは「突撃」のみ。
指揮官が狂乱していれば、部隊はただの暴徒である。
暗闇と汚臭の中、二人は犯人の影を見つけた。
「逃がすな!」
ナラが叫び、鉄扇を振るう。壁を蹴り、弾丸のような速度で犯人へ肉薄する。
エラーラも杖を構え、狭い通路で最大火力の雷撃を放とうとする。
だが、それもまた、ヴァルゴのシナリオ通りだった。
「ようこそ、野蛮な淑女たち」
犯人がガスマスクを装着し、バルブをひねった。
シューッという音と共に、通路に充満していたのは、可燃性の有毒ガス。
ナラの鉄扇が壁を擦り、火花が散った瞬間――
大爆発。
閉鎖空間での爆轟は、逃げ場のない衝撃波となって二人を襲った。
ナラは爆風で天井に叩きつけられ、全身の骨が軋む音を聞いた。
エラーラは吹き飛ばされた瓦礫の下敷きになり、右腕を粉砕された。
さらに、追い打ちをかけるように毒ガスが肺を焼く。
「ごほッ……が……っ!」
意識が遠のく中、二人はガスマスクをした犯人が、笑いながら手を振って去っていくのを見た。
後続の警官隊も爆発に巻き込まれ、多数の負傷者が出た。
これが、二度目の敗北。
「野蛮な淑女」たちが、冷静な罠の前に無力を晒した瞬間だった。
一ヶ月後。
奇跡的に意識を取り戻し、リハビリを経てようやく立てるようになった二人の元に、ヴァルゴからの挑戦状が届いた。
『次は港の第4倉庫で待つ。また遊ぼう、野蛮な淑女たち』
その手紙を握りしめ、エラーラは震える手で眼鏡を押し上げた。
怒りは頂点に達していたが、彼女は必死に理性を総動員した。
「……いいか、ナラ。過去二回は、感情的になりすぎた。認めるよ」
「うん……お母様。あたしも、頭に血が上りすぎてた」
「だから今度は、『策』を用いる」
エラーラの瞳が怪しく光る。
「あえて正面からは行かない。警官隊を正面に展開させ、派手に突入させる囮にする。敵の注意がそちらに向いた隙に、私たちが裏口から奇襲をかける。相手の裏の裏をかくんだ」
それは一見、理にかなった作戦に見えた。
だが、それは策と呼ぶにはあまりに稚拙な、ただの「浅知恵」だった。
傲慢さが抜けていない限り、相手の思考を読み切ることなどできないのだ。
夜の港。雨が激しく叩きつける中、作戦は決行された。
正面で警官隊が閃光弾を焚き、突入を開始する。爆発音と怒号が響く。
その隙に、エラーラとナラは、闇に紛れて倉庫の裏口へと回った。
「ここだ。ここなら敵の死角……」
「行くわよ、お母様」
エラーラが解錠魔法でドアを開け、ナラが音もなく滑り込む。
勝った、と思った。今度こそ、あの嘲笑う顔を歪ませてやれると。
だが。
裏口を開けた瞬間、そこは倉庫の内部ではなかった。
そこは、犯人がこの瞬間のためだけに用意した、「処刑室」だった。
耳をつんざくようなモーター音。
部屋の床、壁、天井、あらゆる場所から、高速回転する工業用カッターと丸ノコギリが飛び出した。
「――は?」
ヴァルゴは読んでいたのだ。
プライドの高い天才たちは、三度目は正面突破という「無能の証明」を嫌い、小賢しい「奇襲」を選びたがるだろう、と。
「ぎゃあああああああっ!!」
ナラの絶叫が響く。
回避する場所などない。回転刃は彼女の背中を、腕を、太腿を無慈悲に切り裂いていく。
エラーラが助けようと手を伸ばすが、その腕もまた、飛び出してきた刃によって肉を削ぎ落とされる。
魔法障壁? 鉄扇による防御?
そんなものが間に合うはずがない。これは戦闘ではない。ただの「ミンチ製造機」の中に、自ら飛び込んだだけなのだから。
血飛沫が舞い、肉片が飛び散る。
一方、正面に突入させられた警官隊は、倉庫内に仕掛けられた大量の煙幕と粘着トラップにより、身動きが取れず大混乱に陥っていた。
指揮官であるエラーラが囮に使ったせいで、彼らもまた、無意味な犠牲を強いられたのだ。
薄れゆく意識の中、エラーラは見た。
倉庫の梁の上で、ヴァルゴが腹を抱えて笑っているのを。
「傑作だ!予想通りすぎて涙が出るよ!さようなら、王都の野蛮な淑女たち。君たちは最高のピエロだった!」
これが、三度目の敗北。
もはや言い訳もできない、完全なる「無能」の烙印だった。
数日後。獣病院の二階ではなく、王都中央病院の特別病室。
そこには、全身をギプスで固定され、包帯でぐるぐる巻きにされたミイラのような二人の姿があった。
ナラは全身100針の縫合。
エラーラは両腕骨折と魔力回路の寸断。
二人は生きていた。だが、その魂は死んでいた。
雨音だけが、窓の外で響いている。
病室の隅に置かれた魔導テレビだけが、唯一の光源だった。
アナウンサーが、淡々とした声でニュースを読み上げている。
『――速報です。王都を震撼させていた連続猟奇殺人犯、解体屋ヴァルゴが、先ほど逮捕されました』
ギプスで固められた二人の首が軋みながらテレビの方へ向いた。
私たちが倒したのか?警官隊がやったのか?
だが、続く言葉は、彼女たちの存在意義を粉々に砕くものだった。
『逮捕のきっかけは、王都西区での「駐車違反」でした』
「……え?」
ナラの乾いた唇から、声が漏れた。
『巡回中の新人警官が、路上駐車していた不審な車を尋問したところ、男が逃走を図ったため、公務執行妨害で取り押さえました。車内からは多数の凶器が発見され、男はヴァルゴであることを自供しました』
画面には、手錠をかけられ、パトカーに押し込まれるヴァルゴの姿が映っていた。
彼はカメラに向かって、狂ったように叫んでいた。
『野蛮な淑女たちの相手をするより、新人の駐禁切符の方がよっぽど怖かったぜ!ギャハハハハ!』
エラーラの中で、何かが焼き切れる音がした。
私が立てた「100%の確率」は?
ナラが流した血は?
私たちが失った指や肉は?
それらすべてが、たまたま通りがかった、名もなき新人警官の「駐車禁止の切符」以下だったというのか?
その後、世間の反応は冷酷を極めた。
かつては「最強の魔女」「無敵の戦士」と持て囃された彼女たちへの評価は、地に落ちた。
いや、地に落ちるならまだマシだった。
世間は、彼女たちを「無視」し始めたのだ。
『ヴェリタス?ああ、あの破壊するしか能のない人たちね!』
『犯人に遊ばれて、最後は駐禁で解決?笑わせるわ!』
『頭が良いとか強いとか言われてたけど、結局は素人集団だったな!』
怒りも、嘲笑もない。ただの「呆れ」。
それは、プライドだけで生きてきた二人にとって、死刑宣告よりも重い罰だった。
死のような静寂に包まれた病室で、二人は天井を見つめ続けていた。
「……3回だ」
ナラが、ポツリと呟いた。
「あたしたちは、3回負けたんだ……。力では勝ってたのに。魔力でも、スピードでも、あんな三流の犯罪者よりずっと上だったのに……」
「……ああ」
エラーラの声は枯れていた。
「……私には、『神の視点』があると思っていた。数式で世界を俯瞰し、因果を計算する力だ。だが……それは傲慢だった。私は人の心の機微がわからん。私は……盤上の駒の動かし方を知らない、ただ計算ができるだけの子供だったのだ」
エラーラは自嘲気味に笑い、包帯の下で血の涙を流した。
「……あたしには、『路地裏の視点』があるわ」
ナラが続く。
「現場の匂い、殺気、悪意への嗅覚。でも……目の前に直情的に反応しすぎて、全体が見えなくなる。『助けなきゃ』って思うほど、視野が狭くなって、単純な落とし穴にハマる。……あたしは、ただ暴れるだけの野良犬だった」
二人の視線が交差する。
互いの傷だらけの姿。それは、互いの欠落を映す鏡だった。
足りないものは明白だった。
エラーラが持つ、空から世界を見下ろす「大局的な戦略眼」。
ナラが持つ、地を這い泥にまみれる「庶民的な戦術眼」。
この二つを併せ持ち、統合し、かつ――
「……私たちのように、力の暴力に酔わない人間」
「あたしたちみたいに、すぐにブチ切れない人間」
そう。
「狂人ではない、まともな正気を持った司令塔」
自分たちの首に鎖をつけて、「待て」と言ってくれる理性の持ち主。
感情論でも、机上の空論でもなく、正しく「勝つための道」を示してくれる指揮官。
「そんな人間……いるわけがない……」
エラーラが嘆息する。
自分たちは異端だ。強すぎる力と、歪な精神を持つ自分たちを御せる人間など、この世に存在するはずがない。
ナラは呆れたように笑った。
「まともな司令官……そんなのが落ちてるわけないじゃない。……もう、寝ましょう」
ナラは、諦めて視線を逸らした。
その視線の先、つけっぱなしになっていた魔導テレビが、ぼんやりと光っていた。
その時だった。
テレビから、場違いに華やかなファンファーレが流れた。
『――王都の皆様、こんばんは。来週はいよいよ、王国最古にして最高峰の学び舎、「聖アフェランドラ魔導学院」の卒業式です』
画面には、王都の中央にそびえ立つ、白亜の巨塔が映し出された。
雨に濡れる泥だらけの病院とは対極にある、選ばれしエリートたちの集う光の塔。
知性と秩序の象徴。
「……ふん。お上品なこと。あたしたちには関係ない世界ね」
ナラは鼻を鳴らし、チャンネルを変えようとした。
エラーラは興味すら示さず、死んだ目で天井を見続けている。
だが、キャスターの次の言葉に、ナラの指が止まった。
『今年の卒業生は「黄金世代」と呼ばれています。特に、首席卒業予定の「ある生徒」は、魔力を一切持たずしてあらゆる学科で満点を叩き出した、開校以来の天才との呼び声も高く――』
「……え?」
『彼女は、魔術の実技試験において、理論構築と戦術指揮のみで、高位魔術師の教官を完封したという伝説を持っています。力なき者が、知性のみで力を制する。まさに、新時代の指導者と言えるでしょう』
画面には、生徒の肖像画が映し出された。
金髪の、気品あふれる少女。
その瞳は理知的で、しかしどこか寂しげな、深い慈愛を湛えていた。
主題歌:美しければそれでいい
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