魔法少女マジカル真智子スーパーライブ!
分岐上手く出来てっかな?
俺は何か間違っているのではないだろうか。
足は自動的に進んでいく。
しかし、その方向で……正しいのだろうか。
これは正しい人生といえるのだろうか。
好奇心は猫をも殺す、と言う。
xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
屋上にたどり着く。
今ならまだ引き返せる。心のどこかで誰かが囁く。
が。
好奇心という人類の宿業に取り憑かれていたその時の俺は……天文部室のドアノブに手をかけ……開いてしまった。
「来てしまいましたね……ぐふふ」
「やっぱ帰ろう」
「うそぉぉぉぉ。まってくださいぃぃぃぃ」
だ・か・ら・すがりついてくるんじゃねぇ。
「乃々子ちゃんはまだだから。おヒマなら、ご歓談でも……おほほほ」
「仲人ばばあじゃあるまいし……」
「何をどういっておびき寄せたんだぁ?」
「乃々子ちゃんは、ああ見えて、女の子なんですよぅ」
「はぁ……?」
ああ見るも、こう見るも……女の子と言えば女の子だろう。
「合気の腕が立つからって、じゃ、今日から男です、ってわけにもいかないだろ」
「そういう意味じゃなくってぇ……あほですねぇ……」
誰があほだ。
間違ってねェよな。俺。
「つまりですねぇ~。そこに彼女のぉ、心理的な急所がかくれているわけでぇ……ぐふふ、その秘孔を突けばっ!……お前はすでに死んでいる!状態にもっていけるというわけなんですよぅ~」
「持って行ってどうする気だよ」
「来ましたぁっ! 隠れてぇ!」
いきなり、ドンと突き飛ばされ転がる俺。
そんないきなり!
「ど、どこに隠れればいいんだよっ!」
「ロッカー! ろっかあっ!」
真智子が指さした先には狭いロッカーが。
これ……掃除道具入れじゃねェの?
ま、しょうがねぇか。ここにいるわけにも行かない。
俺は素早くその掃除道具入れに忍び込んだ。
う。
…………………………………………………………。
天文部にもの申す。
モップぐらい洗おうな。くっせぇ。
xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
「来たわよ……副部長」
何かふてくされたような感じで乃々子が入ってきた。
相変わらず可愛げのない、ぶすったれたヤツ。
「いやん。副部長なんて、乃々子ちゃんったらぁ。間違ってないけどぉ。大催眠術師、マスターニシキこと、プリンセス真智子って呼んでくれるとワタシうれしいんだけどぉ」
「……帰っていい?」
「いや、そそそんなぁぁぁぁぁ」
引かすな。だれかれかまわず。
「ささ、どうぞどうぞ。この魔法陣の中央まで、ずずずいいと」
落語家だよ。それじゃ。
それでもそのいびつで適当な魔法陣の中央に二人は進んでいった。
なんだそれは。誰が書いたんだ。つーか、そもそも。
魔法陣を描かれた床のその真ん中でなにやらひそひそと話し合っている。
何か、打ち合わせでもしてる?
お、始まった。
「三つ数えたらぁ……あなたは猫になりまぁす。猫の様に気ままで自由でぇ……誰からも愛される人格になりまぁす……」
なるか、そんなもん。
「3、2、1! はい!」
……………………………………………………。
時の流れがこんなに冷たいものだったとは……。
全く無反応の乃々子がじとっ、とした目で真智子を見つめている。
「……かかんないよ……?」
「5、6、7! 8!!」
いや。数字の問題ではないと思う。
あああ。ツッコミ入れたいぃぃぃぃ!!
「じいぃぃぃぃ」
乃々子のジト目攻撃を避けるように、真智子が窓の外にさくっと目を逸らす。
「…………期待した私がバカでした……ふぅ」
何を期待していたのか知らんけど、そんなもんで直そうとすんなよ!
あああああ。ツッコミ放題なのにぃぃぃ! ここ!
何でこんなロッカーの中で、俺……。
「判りました。失敗の原因が」
突如、窓の外を見つめていた真智子が非道く醒めた声で言い放つ。
「…………魔法陣です。このせこい魔法陣がいけないのです!」
「誰が書いたの?」
「と言う事は置いといて!」
「もう一つの手があるのですよぅ……ふふふ。ふぁぃなるあんさぁぁぁぁぁ」
何故、催眠術に魔法陣が必要なのか?という基本的な疑問に誰か気付けよ!!
俺の“魂のツッコミ!”は当然……誰にも届かない。
「こちらへどうぞ! ここにプリンセス真智子の最終兵器がっっ!」
部室の外に出て行く二人。
おい。なんだ?
俺はそっとロッカーの中から抜け出した。
xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
屋上をひたひたと歩く真智子と乃々子の姿を部室の窓から覗き見る。
そこには何故か!ぴしっ、と書かれた魔法陣があった!
何故か、じゃねぇ! 消しとけよ! 武者小路のバカ野郎!
「じゃぁぁん。魔法少女! マジカル真智子をぅぅぅ!!」
いまひとつ弾まない声で、真智子が何やら得体の知れぬポーズを取る。
さっき催眠術師じゃなかったのか?
今度は魔法か?
今度は魔法少女って……………………はぁぁぁ…………。ひざのちからがぬけるぅぅ……。
たまらねぇ脱力感。床に崩れ落ちそう……。
てめぇ、それ見て今思いついただろ。
「ぐふふふふぅ…………みなぎるぅ…………さすが本チャンの魔法陣……ぱわーがごいすぅ…………ささ、乃々子嬢。ここへ…………ぐふふ」
何やってやがる。あの歩く人外魔境。
魔法陣の真ん中に立ち、乃々子に向かってこいこい、と手を伸ばす真智子の姿から黒い樟気のようなものが立ち上る。
「三つ数えたらぁ……あなたは猫になりまぁす。猫の様に気ままで自由でぇ……誰からも愛される人格になりまぁす……」
だから、ならねぇって。
「すりー、つー、わん、ぜろっっ!」
…………………………………………………………。
なるわけ……ね……ぇ…………。
魔法陣から立ち上る白い光が二人の姿を覆い隠す!
「なにぃ??」
今や光の柱となって二人を呑みこんだ魔法陣が、音を立てて揺れている。
下から放射していた光が不意に途切れた。
乃々子は……無事か? 人外魔境はどうでも良いとして。
魔法陣の上の光が消え去った後……二人はそのまま立っていた。
「なにこれぇぇぇ??」
両手を頭に当てた乃々子が、突然振り返り、部室めがけて脱兎の如く走り寄ってくる!
「かがみぃ!!!!」
うわ! やべ。
ろ、ろっかー!
慌ててロッカーに向かう俺!
避けるまもなく、部室のドアを蹴り開けるイキオイで飛び込んできた乃々子が飛び込んできた!
ぐおぅっっっ!!
「いててて……????」
「いったぁぃ…………」
倒れ伏した乃々子の頭に……在るのは……。
やめて。冗談でしょ。そんなベタな……。
「猫になるって……」
「あんたなんでこんなトコに……いたた」
「こういう事……でいいのか?いいのか?いいのか?」
俺は、乃々子の頭に生えた……ねこみみを指先ですりすりとさわった。
「やぁぁん!! くすぐったいっっ!」
乃々子が頭をぶんぶんと震わせ、ねこみみを摘む指先を振り解く。
「くすぐったいと言う事は?!」
「くすぐったいと言う事はぁっ?!」
「本当にあるの、これっ?!」
俺と乃々子の声がキレイにハモった。
「すんばらしいですわっ…………ものごっつすんばらしい! マジカル真智子、ただ今覚醒! 今! 大いなる使命に目覚めっ! マジカル真智子のどりーみんぐな日々がっ! 始まったのですわぁっ!」
部室の中にうっとりとした眼差しで入り込んできた真智子が、両手を組み、熱に浮かされたように喋りまくる。
貴様!!
なんてベタな魔法をっ!
しかも!
ねこみみって!!!
「何が、覚醒だ! この人生の覚醒剤野郎が。なんでこういう事する? なんで出来るんだよ?!」
「夢だったんですぅ……魔法少女になるのがぁ……」
相変わらず話が通じねぇぇぇ。このやろぉぉぉぉ。
「だからってんなはた迷惑な……」
「ああっ! 尻尾もあるっ!」
乃々子のお尻からは灰色の長い尻尾がひょろりとでている。
「うそぉ……ひっぱるといたいぃぃ……とれないよぅ」
「ごーいすー……自分の魔力のすんばらしさに真智子くらくら……」
「ひとりでくらくらしてんじゃねぇ! 元に戻してやれよ!」
「……………………使命だわっ…………私に神よりの使命が与えられたのよっ!!…………」
「同級生をねこみみにする事がか? どんな神様だよ。いいから人の話……」
「世界が私を求めてるぅ……みんな待っててっ! どんな事件もマジカル真智子が解決よおっ!」
一人で、頭トビまくったままの真智子がふらふらと出て行く。
「おいっ!」
慌てて、部室のドアから屋上に出る。
「………………いねぇ」
真智子が出て行ったのと1秒と遅れなかったろう……。
屋上は無人のまま。……うそでしょ。
どこ行きやがった……右も左も隠れるような場所は……ない。
本当に消えやがったのか……。
「真智子ちゃんは……?」
「いねぇ……マジカル真智子はどうやらテレポーテーション出来るらしい……非常識な」
「……真智子ちゃんばっかり、夢が叶って……ずるい」
「そう言う問題か?!」
俺の語気が荒かったのか、息がかかったのか、くすぐったげにねこみみをふるる、と震わせる。
み、見てしまった……。じっくりと…………うわ……なまねこみみ……。
じ、状況を整理しよう。うん。深呼吸。深呼吸。
すーはー。
自らの才能と使命に目覚め、プリンセス真智子はどこかに消えてしまっていた。
勝手に目覚めんなよ。
しかし、乃々子の姿は猫のまま。
怯えたような不安な眼差しで、少しばかり涙を浮かべて……立ちつくしている。
さてどうしよう。
…………………………………………。
どうしようもこうしようも。
結論なんて出るかい。
「どうしよう……うちに帰れない…………」
「家は、家族の人いるのか?」
「いるに決まってるでしょ! いないでどうするのよぅ!」
尻尾がぴこぴこと反応している。うわ。本当にねこみてぇ。
「母親に事情を話して……なんとか、取り繕う……」
「お母さんいないの。もう亡くなってるから」
「お……そうか…………わり…………んじゃ…………お姉さんかだれか……いる?」
「兄弟は男だけ。おっきい兄ちゃんとちっちゃい兄ちゃんと弟」
そうか……真智子がそんな事言ってたな…………。男兄弟に挟まれて育ってきたとかなんとか…………。
そこで、あっさりと俺のアイディアは尽きた。
「あ~……うー……ごめん…………何も浮かばねぇ……」
「ううぅぅぅ…………」
「泣くなよ。ここでぇ」
「と、とにかくだ! 幸い今は冬休み。他の奴らに知られる事はない、これだけでもラッキーだ。あー……家族は内密に処理してくれるだろう…………たぶん」
「このカッコで表歩いたら…………みんなに見られちゃう……」
……それも……そうだな。
俺は部室の中を見回して、かかっていた一つのタオルを取った。
「ほら、タオルで耳を隠して……」
「不自然じゃない!」
「安来節の練習だと言い張る」
…………………………………………。
「……ざるは?」
「ウソです! 悪かったっっ! だから、投げやりになるな!」
それでもなんとか尻尾をスカートの中にしまい、一応見た目は普通になった。
と思う。
ほっかむりしたタオルが普通なら。
「帽子がありゃな。途中で買うか」
「お金無いの。今」
「あ、俺、今両親、海外旅行で出かけてて、金少し多めに預かってるから。貸しでいいよ」
「……一緒に帰るの?」
不意をつかれた気がした。
そのうっすらと涙を浮かべた瞳は、弱々しく……とてもこの間、俺を廊下の床に叩きつけた女の子には見えやしない。
「そういうことになるねぇぇぇ……」
はぐらかす様にふざけた口調になる俺。なんでだ。
「あの人外魔境、マジカル真智子がどこに行ったかわからねぇ以上、ここにいたって寒いだけだ。行こうぜ」
俺は、俯きしおたれている乃々子の背中を軽く叩き、促した。
乃々子は一言も喋らず、大人しく付いてくる。
やはり目立つ目立つ。
女子高生のタオルほっかむりは。
「最初に見つけたトコにさっさと入ろう。なんか帽子売ってる様な店、心当たりある?」
「こっち…………!」
俺の学生服の袖をつまむと、乃々子が、すたすたと歩き出す。
さすが女の子。なんか心当たりが……。
…………………………………………。
結構高そうなんですが…………。
俺はその、どこやらだか憶える気もしないブランドもののショーウィンドウの前に立ちすくんでいた。
か、金足りるかな…………。
「……これでいいから」
乃々子が手にしたのは、表のワゴンに入っている毛糸の帽子だった。
はぁぁ。思わず安堵の溜息。
「なによぅ……もっとすごいの買ってくれる気だった?」
「いや…………それは……ボクにはちっと無理がある様な……」
「借りなんだから、そんなに高いもの選ぶわけないでしょっっ! 当たり前じゃん!」
「ここはただ、一番近いって言うだけ。それだけなのっ!」
そっかぁ…………。はぁ。助かりぃ。
「それいくら?」
見ると3千円と値札にある。
それはは大したことはない値段なのだろう。きっと。よくわからないけど。相場が判らないからなぁ……。
毛糸なら自分で編めば……俺に出来るわきゃないけど。こういうものなのか……。
「……何? お金足りない?」
「いや…………あるよ。結構すごい金額預かってるし。残さなくてもいいって言われてるから。これぐらいは全然大丈夫」
「…………良かった。ごめん…………ね」
「あんたが謝ってもしょうがない。マジカル真智子に土下座させる」
「副部長はもう誰も…………制御出来ないから。天文部でも」
「十分納得のいく話ですねぇ。そりゃ」
財布から抜いたお金を乃々子に渡すと、ほっかむりのままの姿で店の中に消えていく。
出て来た時は、もうすでにその帽子をかぶっていた。
「適当に選んじゃったけど……どうかなぁ…………?」
ショーウィンドウを鏡代わりに、深くかぶり下げた毛糸の帽子を色々といじっている。
「隠れてりゃ、十分だろ」
「そう言う問題じゃなくてぇ……」
乃々子はショーウィンドウにへばりついて離れようとはしない。
「収まりが悪いなぁ」
いきなりずぽり、と毛糸の帽子を脱ぎ去る。
「おいおいおい!」
乃々子のねこみみがひくひくと動く。
「短い時間なら大丈夫だよ。そんなに神経質にならなくても」
「そうは言っても……」
じゃ、なんの為に帽子買ったんだか。
乃々子は自分で耳を一つずつ倒すと、改めて、帽子をかぶり直した。
「…………やっぱり……収まりが悪い」
「昨日はなかったものが付いてんだ。多少はしょうがない、と割り切れ」
「さ、行こうぜ」
「……うん…………」
言葉ではそう言うものの……不安げに、帽子を整え、直し直しついてくる。
「家でもずっとかぶってる、って……可能なのか?」
「ご飯食べてる時も? 絶対なんか言われる」
「うーん……」
「いいよ。考えなくても。てきとーに言いつくろって誤魔化すから」
「お兄ちゃん達は単純だし」
「そんなうるさくないし」
「とりあえずめどは立った、と見ていいのかなぁ……」
「そうみたい……」
はぁぁぁぁ…………。
俺達は同時に深く深く溜息をついた。
「マジカル真智子め。悪の魔法使いめ。どうしてやろうか、あの人外魔境」
「悪の魔法使い……」
「今頃、あちこちに呪いを振りまいてんじゃねえだろうな…………」
「呪い……」
「なんだよ。ぼーっとして……」
「ん…………? ううん! なんでもないよ」
いきなり立ち止まると、にっこりと乃々子は微笑んだ。
「なんか…………ファンタジーの世界みたいだなぁ……と思った」
「そんなのんきな事言ってる場合ですか?! あんた!」
「非道い目に遭わされてるってーのに!」
「人ごとじゃねェだろう!」
「……うん…………そうなんだけどね。へへ」
照れた様に笑う乃々子。
なんだ……落ち着いているな。
「とにかく、明日、学校に来な。マジカル真智子がまた再び現れる可能性は十分高いから」
「どうも、あの魔法陣が、キーポイントと見た」
「私もそう思う」
武者小路のバカ野郎め。消しとけよ。あんな失敗作。
「じゃ……私こっちだから…………」
つい、と毛糸の帽子をかぶった乃々子が離れていく。
「おう。じゃ。あんま、深刻になるなよぅ」
「そうする」
乃々子は最後に少しだけ微笑むと、振り返り歩き去っていく。
その後ろ姿は、やはり少しだけ寂しそうだった。




