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第五章-眠り姫-

 ルーナ達は、とある森の中へと迷い込んでいた。それと言うのも、砂漠を抜けた先にあるジャングルに近い密林を通らないと次の街に辿り着けないからだ。しかし、一週間程度、ルーナ達は森から出れていない。初めはうっそうとした木々と熱い温度に悩まされていたが、徐々に翠豊かな木々へと変化し、気温も下がっていった。

 しかし、未だに森は抜けられないでいる。


「ルーねぇ、こっちであってるの~?」


「わからん。と前から言っているだろう? デリィを連れて行かれたんだ、どうしようもない」


 ブーブーと文句を何度も垂れる双子に対して、ルーナは眉を額に寄せながら何度も同じことを繰り返し言うしかなかった。食料やらはバッグに残っていたからある。けれど、地図をルーナは読むことができなかった。ソラとシドも同様で、今までガーツが読んでだいたいの方向を示していたことを思い知る。

 旅の初心者三人が残ったことで、事態は悪化していることを、ルーナは身を持って感じていた。


「だらしないわね~」


「ほんとほんと、これだからソラとシドは」


 森の中をさ迷い歩いている途中だった。透き通るような可愛らしい声が森に響き渡る。くすくすと笑う声が聞こえてきて、ソラとシドの身体が緊張する。


「誰だっ!?」


 ルーナも腰に添えていた剣の柄に手を当てて、辺りを見回す。しかし、木々が覆い茂る中では視界が遮られて誰かがいるのかすらわからない。


「よいっしょっと。これが連れてった人?」


「男の人なの? 女の人なの?」


 上から何かが降って来た。そう思うと青いくりっとした目が四つ、ルーナの視界の中で並んでいた。髪はソラシドと同じ淡い栗毛。目の前にいたのは一人は髪を後ろに一つでポニーテールに、一人は横に一つずつのツインテールにした少女だった。

 どこか悪戯じみた表情はソラとシドに似ていた。


「ドゥーレねぇとミーファねぇ!」


 ソラがルーナの後ろに隠れながら、彼女達の名前を呼んだ。ズルっとルーナの肩がずり落ちたのは、その発音を聞いたからだろう。


「……あー……すまない。私はルーナ、女だ。貴様等はソラとシドの……姉?」


 自分よりも少なからず年下だろう少女達に質問に答えながら、ルーナは質問を投げかける。彼女達はにまっと嬉しそうに表情を緩めて笑った。


「そーよー。ソラとシドの双子の姉! アタシはドゥーレ!」


「ワタシはミーファよ。ソラとシドが、ドラゴン退治をしに出かけたって聞いたから、真相を知るために追ってきたの~」


 きゃっきゃとはしゃぎながら自己紹介をする二人は、確実にソラシドと血が繋がっているだろう。


「真相って~? ボク達、ルーねぇとドラゴン退治に行くんだよぉ」


 今度はシドが口を挟む。彼の方はあまり恐れていないのか、ルーナの前にひょっこりと出て、姉二人にのんびりを説明をしている。


「それが信じられない。って言うんだよ! じゃあ、今何やってんの? 早くドラゴン退治行けばー?」


「まだ七星秘宝の仲間が集まってないんだよ~。ガーツにぃもカシュアのねぇーちゃんとどっか言っちゃうしー」


 腰に手を当てて、多分ドゥーレの方だろう、声がはっきりとしている少女がシドに言い放った。しかし、シドはあっけらかんと言って唇を尖らせている。


「へぇー、それじゃあまだ行かないのね? ねぇ、シド。ミーファねぇにその役譲ってよ~。ワタシもそのすごい力使ってみたいな~」


「や、やだっ!」


 シド同様、おっとりとした口調のミーファが笑いながらシドに一歩近づく。流石に恐れをなしたのか、首を横に振りながらシドはルーナの後ろに隠れた。


「ソラはアタシに代わりなさいよね!」


「やだやだ、絶対やだ!」


 双子の姉は弟二人からレブラ・ポーンを譲ってもらおうとやってきたらしい。仁王立ちをして、ルーナの後ろに隠れる二人に迫っている。


「ちょ、落ち着け。この七星秘宝は使い手を選ぶ。ソラとシドは選ばれたんだ」


「だったら、アタシとミーファにもその権利はあるわよ」


「そうよ、同じだもの。ワタシ達のが年上だし、危険なことはワタシ達がやるわ」


「どうせ、ドラゴン見たいだけだろ!」


「ねぇちゃん達になんかぜーーーーーーーったい渡さないっ!」


 止めに入ったルーナだが、もう四人の会話は止まらなかった。次から次へと言葉の攻防戦。ルーナには誰が何を言っているのかさえ分からなくなる程だ。


「静かにしろっ!」


 耳に響く高い声に頭が痛くなり、ルーナは思わず叫んだ。するとピタリと喚き声が止まり、八つの青い瞳がルーナに向けられる。


「こほん……ソラとシドの実力を見ればお姉さん達は納得してくれるか?」


 咳払いをして緊張気味の声色で姉二人に話しかける。すると、二人は顔を見合わせて、数度目を瞬かせる。

 目で会話をしていたようで、二人は同時にルーナとソラ、シドへと顔を戻す。


「いいわよ。それじゃあ、ソラシド、この森の中に荊の道があって、その中にお城があるのは知ってる?」


「知らなーい」


「そもそもまいぶふ」


 ソラが首を横に振り、シドが余計なことを言おうとした瞬間、ルーナは彼の口を手で塞いだ。双子の姉が訝しげにルーナを見たが、ルーナは笑って誤魔化した。


「まぁ、そこまでは案内してあげるけど、そこにはなんと、すっと眠っているお姫様がいる。って話よ。アンタ達、そこからお姫様を助け出して来なさい!」


 ドゥーレがはっきりとした口調でソラとシドを指差して言い切った。ソラとシドはえーっと不満げに声を出しながら嫌そうに顔を歪めている。


「ふふふ、別に王子や騎士になれって言ってるわけじゃないのよ? そのお姫様が伝説の武器を持ってる。って聞いたから、教えてあげてるのに。行かないの?」


 しかし、ミーファが笑いながら告げた言葉にぱっと顔を輝かせた。


「本当か、ミーファねぇ!?」


「まぁ、噂程度だけどねー、だから、その人助けてきたら、アナタ達でも大丈夫。って認めてあげるわよ~」


「わぁ! ルーねぇ、行こうよ! ガーツにぃ達より先に見つけるんだ~!」


 ソラとシドは浮かれたように手を叩いてルーナを促す。しかし、促されたルーナの方はあまり乗り気ではないのか、二人の少女をじっと見つめていた。

 ドゥーレが見返して首を傾げる。


「なぁに?」


「いや、いい。それで行こう。そこまでは道案内してくれるんだったな」


 首を横に振ると、ルーナは笑って見せた。その表情はどこかぎこちなく、見ている相手を不安にさせるものだった。しかし、全員それ以上は突っ込まず、まずドゥーレがこっちよ。と言いながら道案内をしてくれた。

 わりと、到着するのは早かった。世間話をしたり、姉弟同士で話をしたりしていたからだろう。

 着いた先は、確かに一面荊の森だった。巨大な棘の着いた茎が何十にも折り重なって行く手を阻んでいる。


「すごいな……」


「でしょー? この中にお姫様がいるって言われてるの。」


 ルーナが感嘆の声をあげると、ドゥーレが片手を腰に当てて自慢げに離す。ソラがそんな姉を見上げた。


「で、ドゥーレねぇちゃん。どうやってこん中入るわけ?」


「話によるとー、王子様が荊の前に立つと道が開けるって聞いたわ。でも、他の方法はなわからないから、自力で道を開くしかないってこと~」


 ソラの質問には、ミーファの方が答え、ドゥーレはそれを証明するべく荊の方へと歩いていく。間近に立っても、荊はまったく反応せずに目の前に横たわったままだ。


「では、やはり斬って進んでいくしかない。ということか」


 目の前に佇む荊へとルーナもドゥーレの後を追って近づきながら、腰から剣を引き抜く。

 ルーナがドゥーレの横に立った時だった。風が舞い、森が唸った。身体に地響きを感じるかのような呻き。そして、棘で覆われていた視界が徐々に開け、遠くに城らしき物が浮かんだ。荊が動いて道を開いたのだ。

 これにはルーナ一同ぽかんっと口を開けて見つめてしまう。


「へぇ、噂本当だったんだぁ」


 ポツリとミーファがのんびりした口調で言葉を零す。それに対して、ルーナの頭の中にはハテナマークが大量に在住していた。疑問を口にしようと後ろを振り返る。


「ってことは、ルーねぇが王子様! ってこと!?」


「そういうことになるわねぇ」


「違うだろっ!」


 しかし、先にソラがその疑問を確定系で口走った。ミーファがそれに頷きながら答えたので、思わずルーナは二人に大声で突っ込んでしまった。


「でも、アタシ達じゃ開かないのよ? 貴方に確実に荊は反応してる。噂が本当なら、アンタが王子なのよ」


「私は女だっ!」


「いいじゃない、男みたいだし」


 ドゥーレの説明よりも、笑顔で放たれたミーファの言葉の方が、ルーナの胸にぐさりと来た。

 一瞬よろめくルーナの手を片方ずつ別の小さな手が握ってきた。はっと意識を取り戻す。


「いいじゃん、ルーねぇ! 行ってみれば分かるって。」


「そうだよー、七星秘宝で反応してるかもしれないし~」


 なんだかんだでソラとシドが励まそうとしてくれる様子が見て取れて、ルーナは頬を緩めた。そうかもしれない。七星秘宝があるから導かれているのかもしれない。そう思うと、少し気を立ち直らせることができた。

 だから、ルーナは頷いてソラとシドに手を引かれながら荊が開けてくれた道へと踏み込む。

 ドゥーレとミーファも顔を見合わせると、三人の後を追おうとする。しかし、三人が入った時、荊は物凄い勢いでその道を彼女達の前で塞いだのだ。


「ちょっと、何これ~!」


「ワタシ達は入れてくれないってこと~?」


 声だけが筒抜けだったため、ルーナ達は驚いて後ろを振り返る。しかし、後ろに居たはずの彼女達の姿はなく、棘がある荊が視界を埋め尽くしていた。

 ソラとシドは目を瞬かせてルーナの手を解き、再び閉ざされた荊へと近づく。


「ドゥーレねぇ、ミーファねぇ?」


「いるのー?」


「いるわよ! なんなのもう!」


 ソラとシドが呼びかけると、ドゥーレと思しき声が返ってきた。怒っているような、呆れているような声だ。どうやら向こう側に取り残されているようだ。

 ルーナは仕方なく剣を手にしてその荊へと抜きながら斬る動作をする。荊はばらりと切れる。しかし、他の荊が蠢いて、たちまち斬った箇所へと入り込んでしまう。これではどうにもならない。とルーナは判断した。


「悪いが、貴様等はそこで待っていてくれ。私達だけで行ってくる」


 えーっという文句が聞こえたが、ルーナにはどうすることもできない。ソラとシドに声をかけ、城の方向へと歩き出す。ルーナ達もここから出ることができないのだ。前に進むしかない。

 こうして三人は荊の道を進むのである。






 さて、ルーナ達と別れ、デリィで砂漠の街へと戻ったカシュア達はというと、村長にお礼の偽ファントム・オペラを受け取り、新たな七星秘宝の情報を手に入れていた。

 そして、これからどうやって旅して行くのかを話し合うついでに腹ごしらえもしようと、酒場の戸を開いたのであった。

 昼間は然程人は少ないが、食堂として料理を出している場所で、カシュアは適当に腰を下ろすと、全員分の料理を適当に注文した。

 ガーツはカシュアの前の席に座ると、逃げ出そうとしていたデリィを入れ込んだ鞄をテーブルの上に置いた。


「で、お前は何がしたいんだ。カシュア……さん」


「カシュアでいいわよ。何がしたいって? そうねー、新しい情報が入ったから、七星秘宝と思しき物を探しに行くわ。一緒に行くでしょ?」


 どう呼んでいいのか躊躇うガーツに対して、カシュアはふっと鼻で笑って軽く答えた。当たり前よね? っという言葉を、ガーツは聞いたような気がする程、確定的な物言いだ。


「……そう思うなら、なんで偽者を探しては壊してんのか、教えてくれないか?」


 はぁっとため息を吐いて頭を掻きながら、ガーツはカシュアに質問を投げかける。カシュアの肩眉がぴくりと動いたのを見逃さずに、ガーツはじっと彼女の紫色の瞳を見つめて返答を待つ。

 カシュアは赤く長い髪を少し焼けた肌色を持つ手で無造作に掻きあげた。


「それを聞くんだー……そうね、今回は、あたしの村の栄誉のためよ。偽者を貰った私が本物のファントム・オペラで何かを遂げたとしたら、その地にあったものが本物だったと誰もが思うわ。その他は、そういう偽者で商売してる馬鹿を叩き潰したいから。ってとこかしら」


 いかが? というようにカシュアはテーブルに肘をついてガーツのことを見上げるような仕草をする。ガーツは肩を竦めて、同じようにテーブルに肘をついた。


「それで、今度は弓の七星秘宝を持つと言われる男を探しに行くわけか。もし、ビンゴだったらどうするつもりだ?」


「そうねー……賭ける?」


 二人の顔が同時ににやりとした歪んだ表情へと変わる。賭け事を了承し愉しんでいる表情だ。


「いいぜ。もし七星秘宝を本当にそいつが持ってたら、ルーに協力してドラゴン倒してもらおうか?」


「あら、案外忠実なのね。もしそれが偽者、もしくは偽の情報だったら、貴方はずっとあたしに従う。っていう条件なら飲むわよ?」


「お前がルーと一緒に行動しないならずっとそうなるだろ。一緒に来ないならルーに二度と会わないとか言ったくせによ」


「あらそうだったかしら?」


 騙しあい。という雰囲気だったが、カシュアが嘯く様子にガーツは肩を落とした。とりあえずこの話に乗るしかないだろう。と思うと同時に、ガーツには核心があった。この噂が本当であると。七星秘宝の引き合う力の凄まじさと、勘によるものだが。


「ふぅ、じゃあそういうことで、俺が勝ったらちゃんと約束守れよ?」


「もちろん。貴方もね? それじゃ、その男が住むと言われる街。北東の国、山々がひしめくアグランドへ出発ね!」


 意気込むカシュアの元へ丁度やってきた料理を腹に収めて、ついでにデリィの機嫌取りも兼ねて昼食を済ますと、三人は砂漠の街を後にした。

 餌付けされたデリィは、袋から出され自由に飛び回っているがガーツ達から離れることはない。デリィの靴で、一向は北東の国アグランドへと移動した。

 移動した先は、先程と打って変わって寒いところだった。雪が降っているだけではない、吹雪いている。と言った方がいいだろう。そんな場所だ。

 しかし、薄い服であるにも関わらず、カシュアは平然とした顔をしていた。吹雪に飛ばされそうになるデリィの尻尾を捕獲しつつ、ガーツは彼女をマジマジと見つめる。自分でさえだいぶ寒い。にも関わらず平然と仁王立ちをしている。


「寒く……ないのか?」


「えぇ、あたしにはファントム・オペラがあるから、寒さも防御してくれるの。でも、貴方達は寒いわよね」


 笑いながらカシュアは眠りそうになっているデリィとカタカタと震えだしているガーツを一瞥し、ごつごつとした山の斜面にそっと手を触れる。雪がじゅっと音を立てて溶け、大の大人が屈んで入れるくらいの小さな洞窟が姿を現した。カシュアは目で合図してからその中へと消える。

 ガーツも身震いしつつ凍りそうな手にくっついているデリィを持ったまま洞窟へと足を踏み入れた。

 洞窟の中は階段になっていて、進むにつれて広くなっていった。カシュアの後を追い、階段の終点に到達すると、淡いオレンジ色の光が辺りを照らし、広い空間であることをガーツ達に教えてくれる。

 広い空間の中に人々が居た。肩に籠のついた棒を背負って行き来する人、岩に腰をかけている老人、石で作った料理場でなにやら料理している人、そこには生活の空間が広がっている。


「ここは……?」


「アグランドよ。魔物を召還して操る部族なの。ほら、あそこ見て、サラマンドラっていう炎のトカゲが料理の手伝いしてるでしょ?」


 カシュアはいわばで料理をする女性を指差した。女性の足元にはトカゲの身体に炎を纏わりつかせる何かが居た。そして、女性が鍋を岩場に置くと、そこに向かって炎を吹き付けている。

 ガーツは見たことがない光景に目を瞬いた。


「本当に居たんだな……初めて見た」


「ここにも居るんだけどなー?」


 感心して魅入っているガーツに対し、カシュアはじと目を彼に向けた。しかし、魅入っていて気付いていない。


「カシュア! 戻って来たの!?」


 呆れていたカシュアの耳に、突如幼い少女の声が入ってきた。カシュアは辺りを見回してから自分の足元を見る。先程見たトカゲのような生き物が、彼女の数少ない布面積を口で食らえていた。


「リル! 」


 カシュアは名前を呼ぶとその炎を纏うトカゲを持ち上げて自分の目線へと持ってくる。名前を呼ばれたトカゲは嬉しそうに目を細めた。


「久しぶりだね、カシュア。一緒にいるのはお友達?」


「久しぶり。まぁ、そうね、友達……になるのかしら。あたし達、じつは七星秘宝の持ち主なの」


「わぁ、すごい! そっちの……人も?」


 幼い子どもの声で会話をする炎のトカゲは、カシュアの肩に捕まり、彼女の後ろを見つめて問いかけた。カシュアがちらりと後ろを見ると、パタパタと羽根を動かして飛んでいる白い龍、デリィの姿があった。


「きゅーい! きゅいきゅい」


「まぁ、そうなの?」


 そして二人、いや二匹は勝手に会話を始めたのである。ガーツが、やっとこちらの状況に気がついてカシュアを目が合う。なぜか意気投合している二匹を見つめつつ、カシュアは、炎のトカゲを地面へと降ろした。


「なぁ、さっきそいつの名前みたいなの呼んでなかったか?」


「ん、この子はね。リル。炎の化身と呼ばれるサラマンダーよ。まだ子どもなんだけど、あたしが産まれた時に召還しちゃって、それからずっと一緒にいた子なの。だから、人語がしゃべれるのよ」


 楽しそうに話してる二匹を、珍しく緩んだ柔らかい表情で見つめるカシュア。ずっと一緒に居たのなら、考え深いところもあるのだろう。

 ずっとしゃべっているリルの肩をトントンっとカシュアは指で叩く。話に夢中だった炎のトカゲのリルは顔を上げてカシュアを見た。


「なぁに? カシュア」


「実はね、リル。あたし達、その七星秘宝の噂を追ってきたの。ここに、弓使いの男が来てるって聞いたんだけど……何か知ってる?」


 ごめんね。と両手を合わせてから、カシュアはリルにここに来た経緯を説明した。リルはぎょろっとした大きな目を瞬かせ、しきりにくるくると体を回転させる。どうやら考え中のようだ。


「そうねー、多分それって二週間ぐらい前の話かなぁ? 魔女に悪い魔法をかけられた人が居て、その人を助け出したいんだ。って人が来たの。確か背中に弓を背負ってた」


 ピタっとカシュアの前に止まると、リルはさらりと答える。情報を手に入れた時、男から聞いた内容と一致した。噂が本当ならリルが言う背中に弓を背負った人間が、七星秘宝を持っているはずだ。


「それで、どうしたの?」


「んー、ほら、ここって精霊や魔物って呼ばれる者と規約を結ぶところじゃない? それで皆召還することができるんだけど、その人も力が欲しかったらしいの。でも、素質が全然なくって……」


 リルが、うぅんっと唸りながらゆっくりと歩を進めだす。どうやら、その彼に関係のある場所に案内してくれるようだ。


「それで、結局召還はできないから、召還用のアイテム、この場合媒体は何でもいいんだけど、呪文を書いた紙を渡したら、いなくなったの」


 そして岩の間を縫うように歩くと、リルは一枚の岩の前で止まった。カシュアがさも当然というように岩の扉を横へと押し開ける。

 中には魔方陣と呼ばれる円形の文字や図形が連なった絵が書かれていた。その魔方陣が青白く淡い光を放っている。


「召還しようと紙を使った時、この魔方陣が金色の光を放つの。その時、周りに居た者を取り込んで彼の元へと転送するわ。でも、一応上にも魔方陣が書いてあって、そこから時にあわせて召還されるから、誰もいなくても大丈夫だけどね」


 リルの言うとおり、天井にもまた違った魔方陣が描かれていた。こちらは赤く光を仄かに放っていた。後からついてきたガーツが魔方陣を見た後にリルの方を向く。


「なぁ、召還魔法って誰でも使えるものなのか?」


「まったく素質がない人もいるけど、そうじゃないならできるはずよ。きみは多分できる、オーラがそんな感じ」


 リルもガーツの方にぎょろりとした目玉を向けて薄く笑う。彼女の言葉にガーツは目を瞬いてしばし考えるように固まっている。


「それじゃあ、俺は召還が使えるってことか?」


「んー、そうだなー、ぼくの炎で良いなら貸すよ? リルカーラーパネェ。って言うのが本当の名前なんだけど、それで呼んでくれれば炎だけ貸すことも可能かなぁ」


「へぇ、お前自体じゃないものも召還できるのか」


「うん、そうだよー、それにね」


 リルがそこまで話したところで、辺りを金色の光が包んだ。目の前がクラッシュしたように何も見えなくなる程で、ガーツもカシュアも息を飲む。

 デリィが悲鳴を上げてパタパタと周りを飛びまわってる音だけが全員の耳に届いた。そして、視界の効かないガーツ達をふいに宙に浮く感覚が襲う。


「えぇ~!? こんな時に召還んんんんん!」


 そして、リルの可愛らしい声が木霊する。しかし、すぐにキーンという高い音が耳の置くから奏でられて、ガーツ達は混乱の海に飲まれていった。





 目の前が開けてやっと目が明るさになれると、ガーツはくらくらする頭を押さえながら起き上がった。まだ、視界がぐらぐらと揺れているような感覚だ。

 手が触れる土の感触、鼻につく緑の匂いに、先程とは違ったじとっとした空気が、その場があの岩の中ではないことを示している。ガーツは頭を振ってよく辺りを見回した。

 すると、思ったよりも近くに誰かの顔があり、ぎょっとして身を引いてしまう。


「あぁ、起きた。良かった良かった」


 目の前ではっきりと出来上がっていく輪郭は面長で、今まで見たことがない。緑色の瞳に茶髪の短い髪、前髪を横流しにしている青年だ。表情は割と抜けている。というのが第一印象だった。

 彼は、ガーツが自分の顔を見ているのをぽわっとした緩やかな笑みで見返しながら首を傾げている。


「……ここは?」


「森の中だよ」


「見りゃわかる」


 質問にあっさりとした答えが帰ってくるものの、これだけ木々に覆われている場所だったら嫌でも森の中だとわかる。ガーツは顔を顰めてへらへらと笑っている青年を凝視した。


「こいつよ、こいつー!」


 騒々しい声に目の前の相手にばかり集中していたガーツは慌てて周りを見回した。すると、そこには喧しく騒ぎ立ててる炎トカゲのリルと、それを宥めようと腰を屈めているカシュア、我関せずに辺りを見回しているデリィが近くにいたことに気がつく。

 リルはカシュアの宥める声も聞かずに、おっとりとした青年へと走り寄る。


「あなたよね、弓を持ってるの!?」


「そうだよ、あれは僕等の愛。愛しいあの人と共に紡ぐモノ」


 青年は胸元に手を当てて酔いしれるように歌いだす。その場に居た全員が一歩引いた。しかし、そんなことおかまいなしに男は滑らかな動きでさらに憂えている。


「しかし、あの人は今、遠く、邪悪な場所へ閉じ込められ」


 うんぬんかんと男の話は続く。見兼ねたガーツが、はぁっと息を吐いて彼に近づいた。


「単刀直入に聞く。お前は誰だ?」


「っと、僕? 僕は、ヨーラン。愛する人を探す旅人さ」


「最後の説明はいらねぇ」


 質問には答えるものの、自分ワールドは健在中のようで、聞いていないことまで応えてくる。ヨーランと名乗った青年に、思わずツッコミを入れるガーツ。

 リルがそんなガーツの脚の横から顔を出した。


「ねーねー、ヨーラン、何か用なの? ぼく達召還されてきたのよねー、ねぇねぇ、なんのよう?」


 騒ぎ立てる好奇心旺盛なリルの言葉に、穏やかな目元の中にある瞳をぱっと輝かす青年。彼の目を見て、ガーツは返答を聞く前に頬を引きつらせた。何か嫌な予感だしたのだ。


「道に迷ったんだ、どうにかしてくれないか!?」


「無理に決まってんだろぉおお!!」


 ガーツのツッコミが虚しく森へと響いた。

 カシュアも難しい顔をしながら、ガーツの横へと並ぶ。すっと伸びた背は、威圧感を醸し出していた。


「ねぇ、目的地はある。ってことよね? 教えてくれるなら、連れていってあげてもいいわよ?」


 落ち着きなさい。と目線が言っており、一瞬にその場を静まり返すように怒気の孕んだ声だった。同時に少しめんどくさそうでもある。

 青年ヨーランは目を瞬いてから、ある一点を見た。全員が彼に従いそちらへと視線を向ける。森の奥に薄っすらと違う物が見えたのを、目を合わせてヨーラン以外が確認する。


「あの荊の中に彼女は居る。僕は、あそこに行きたいんだ」


「見えてるなら話は早いじゃない。あそこ目指して一直線で行けば済む話し。これで用はおわ――」


「やっぱりそうだよね。よし、行くぞ!」


 カシュアが言い終わらないうちにヨーランは掛け声をかけると、走り出した。


「そっちは逆方向だっ!」


 しかし、全員が見ている方向とはまったくの逆方向へ。だった。思わずガーツが彼の服の襟を掴んで引きとめ、カシュアが頭を押さえてため息を吐く。その場に白けた雰囲気が漂った。


「驚異的な方向音痴ー!」


「わざとかもよ? まったく、これじゃあ仕方ないわね」


 場の雰囲気をぶち壊したのは、リルの元気な一声で、どこか楽しげな雰囲気を持っており、カシュアが再びため息を吐いて諌める。

 そして、やっと頭から手を離して、様子を伺うように周りを飛んでいたデリィの白い翼を掴む。そして、驚いて暴れだすデリィを青年ヨーランの緑色の瞳に近づけた。


「行き先をこのドラゴンに託しなさい。連れてってくれるわ」


 同じくエメラルドグリーンの瞳がヨーランの瞳を見つめ返す。


「キューイ!」


 デリィが一声鳴くと、カツンカツンという靴を打ち鳴らす音が辺りに響き渡る。一瞬浮遊感に襲われるた後に視界が変わり、ガーツ、カシュア、リルが幾度か目を瞬かせていた。

 目の前の風景は黄緑色にで支配される荊の森。


「ちょ、なんであたし達まで一緒に来なきゃいけないわけ!?」


「え、来てくださいよ、僕一人じゃ中に入れないですしっ!」


 我に戻って叫ぶカシュアにヨーランが、ぐっと手を握って必死に繋ぎとめようと声を出した。確かに。とヨーランの言葉に黒い影を落とすほか数名。

 ガーツは黒い髪をガリガリと無造作に掻きながら、荊の森へと視線をやった。


「で、こん中にどうやって入るって?」


「え、決まってるじゃないですか。荊の中にはお姫様、王子が時をして訪れた時、荊はその道を開けるんです!」


 へぇへぇと相槌を打ちながら、あまり信じずにガーツは荊へと歩み寄った。

 すると荊はまるでそれが当たり前だと言うようにガーツを避けるように避けたのだ。半信半疑だったため、ガーツはぎょっとして目の前にすっぽり空いた穴を見つめる。


「ガーツが王子様?」


 はっと馬鹿にしたような言い方はカシュアだ。ナニソレ、ばっかみたい。と言っているようなものだ。しかし、ヨーランはそれを言葉の意味のままで捉えたのだろう、ガーツへと顔を向けたと思うと、今回はちゃんと荊の空いた穴へと脚を誰よりも先に進めたのだ。


「あの人は、誰にも渡しませんよ!」


 強気な発言にがくっとガーツは肩を落とした。どっと疲れという重さが肩に乗ったような気がしたからだ。そんな彼の肩を軽く叩いて、カシュアはガーツを抜いてヨーランの後へと続く。ちらりと見せた紫の瞳は、早く済ませてしまいましょう。と言っている。

 結局デリィはリルをいつの間にか背中に乗せながらガーツを追い越し、ガーツが最後に荊の道へと消えていくのだった。




 先に荊の道に入ったルーナは、双子ともくもくと先へ歩を進めていた。しかし、一向に城に近づける気がしない。見える城の距離が変わらない気がするのだ。

 ルーナは左右を歩く双子にちらりと視線を送って、やっと口を開いた。


「なぁ、ソラシド。ガーツは……怒ってたんだろうか?」


「気になるの? ルーねぇ」


「べ、別にあいつのが気になるわけじゃなくてだなっ。一応仲間だと思ってるわけで、怒らせたなら謝ってやってもいいと思ってるだけで……」


 シドのあどけない視線に、ルーナは思わずどもってから重い息を吐いた。そうじゃないだろう。と頭を振って自分を諌める。そして、シドへと視線を向けてルーナは苦笑った。


「嫌われてるんじゃないか……と、気になるな」


「ガーツにぃは、ルーねぇのこと嫌ってはないと思うぞ、オレー。ガーツにぃは案外押しに弱いし、何か考えもあるんじゃないかな。カシュアねぇが良かったわけじゃねぇよ、きっと」


 本音を零すルーナに、今度はソラが励まそうと声を大にして主張してくる。けれど、ルーナの曇った表情は、変わらずにソラへと向けられた。


「いや、カシュアのことはいいんだ。あれは売り言葉に買い言葉もあったし、きっとカシュアに何か言われたのだろう。律儀な男だ、雇った分は働こうとしてくれているのがわかる」


 ふっと視線を落とすルーナにシドとソラはあっと声を出して気まずそうに眉尻を下げる。そして、歩く速度が三人とも減速していた。


「私は、あいつに傷つくことを言ったのも事実だ。怒っていてもおかしくはない。ただ、仕事と割り切って、ついてきて」


「そんなことねぇよっ!」


 視線を上げないルーナの言葉にソラが声を出して彼女の前へとしゃしゃり出た。ぴたりとルーナは足を止めて暗い金色の瞳を彼へと向けた。ソラはくしゃりと顔を歪めて彼女を見る。

 シドもソラの隣に体を翻して飛び出し、ルーナの前に立ち塞がる。


「ルーねぇ、ガーツにぃは優しいよ。ボク達のことだって、本当に心配してくれたの、覚えてる? ボクは、ガーツにぃもルーねぇも好きだよ、だっていっぱい一緒にいるし、一緒にご飯食べたし、一緒に笑って、遊んで……ルーねぇは違う。の?」


 シドが大きな瞳で見てくる。揺らぐ瞳、彼の目が滲んでいることに気が付いて、ルーナの視界はぐらりと揺れた。

 自分の感情が釣られて弾けそうになるのをぐっと堪えてるルーナに、ソラがシドと同じ瞳をキっと吊り上げて視線を向けてくる。


「ルーねぇ、オレ。ルーねぇがそう思ってるなら、きっとガーツにぃも離れてくと思う。オレも、そういう風に言うなら、もうルーねぇとなんか一緒にいねぇ!」


 ソラが、シドの手を持って、何もしゃべらないルーナに背中を向ける。


「あっ……」


 失う感覚に小さく言葉が零れる。小さく震える唇に、喉がカラカラに渇いて声が出ない。ルーナはくらくらと歪む視界の中、二人の背中に手を伸ばした。待って。と言おうとして、二人の背中が、一人の青年の物へと変わった時、ルーナの意識は途切れた。

 ドサっという音が、辺りに響く。


「ルーねぇっ!」


「どうしたのっ!?」


 音に気が付いたソラとシドが倒れたルーナへと駆け寄り、助け起こそうとする。しかし、意識のない身体は重く、そして冷たい。触れた冷たさに思わず肩を竦めてしまう程だ。

 なんとか顔を表に出すと、血の気が引いて青白くなったルーナの顔を見ることができた。ソラとシドは顔を見合わせる。


「どうしよう、ソラ。ルーねぇ、なんかやばいんじゃない?」


「オレ達が、言ったせい?」


 そして、おろおろとしながら早口で捲くし立て、不安を自分達でさらに煽ってしまう。サッと表情から血の気が引いた双子の目の前で冷たくなったルーナはふっと何かに引っ張られるように宙へと浮いた。

 次々に起こる異様な光景に、双子の頭は真っ白になってしまう。ただ呆然と宙に浮かんだルーナを見つめるばかり。その身体が城へと移動していくまで、ただただ見つめていた。


「……え、ルーねぇいっちゃった?」


「意味わかんない」


 ぽつりと出てきた言葉に、ソラとシドはもう一度お互いの顔を見合わせた。止まっていた思考がやっと動き出す。


「行かなきゃ」


「行くしかないっ」


 そして、至ってシンプルな結論を出すと、二人は城まで駆けて行ったのである。

 走って走って、だんだんと走りたいのに足が上がらなくなってきた頃、二人は目的の場所、ルーナが消えた城へとやってきた。

 間近で見る城は、二人にはやけに大きく見えた。見上げて、頂上が見えない程のインパクトで、知らず知らずのうちに数歩引いてしまう。


「シド、先に行けよ!」


「えー、やだよ~っ! ソラ先に扉開けてよね!」


 怖気づいてしまいながらも、ルーナのことが気になる二人は互いに相手へと城へ入るようにけしかける。しかし、どちらも地面に足がくっついて離れようとはしない。互いに見つめあったまま、無言でせめぎあう。


「……じゃあ、二人で開けようぜ?」


「せーの。だよ?」


「おう!」


 しぶしぶと妥協したように切り出すソラの言葉に、シドは慎重に問いを返して一緒だということを強調する。ソラは頷いて、大きな扉にペタリと手をつける。それを見てほっとしたのか、シドも兄に習う。

 せーの。その掛け声で二人は小さな手に力をめいっぱい込めて扉を押す。大きな扉は、ギィっと錆び付いたような音を立てて少しずつ開いた。

 開き切ると、薄暗い城に薄っすらと太陽の明かりが差し込み、中を観察することができる。入った場所は広間のようで、暖炉や、テーブル、食事がセットされ、石の人形が思い思いの形で置かれている。まるで、時が止まったような感覚の部屋だ。

 まだ暗さに慣れていない目を瞬かせながら、そっと足を踏み入れる。埃くさいようなかびくさいような匂いにうっと二人は鼻を摘む。


「なひ、これ?」


「使ってなひ、みたひだな。階段があるひ、ひったみよふ」


 鼻を摘んだまま、濁った音を出しながらも、ソラが奥にある階段を見つけて指差した。早くこの部屋から抜け出したかったシドが頷いて、二人同時に足を踏み出したす。ほぼ同じ歩調で階段まで行き着き、階段を登り始める。

 その階段は奥へ奥へと続き、まっすぐではなく少し右の方へ曲がっている。しばらく上がって、螺旋階段だということに気がつくと、ソラが立ち止まって横の手すりから下を覗いた。


「ひゃー、真っ暗だ!」


「上もだよー!」


 そして一声上げるソラに、シドが上を見上げて同様だと伝える。上も下もまるで永遠に続くように階段が闇に溶け込んでいた。

 見たこともない光景に、ソラとシドは互いに顔を見合わせてにっと笑いあう。


「オレがっさきー!」


「あ、ずるいーっ!」


 そして競争とばかりに先にソラが上へ走り出した。シドが慌てて後を追う。

 元気よく走り出したものの、いくら走っても上も下も暗闇から出てくることはなかった。だから、しばらく立つとソラとシドの足が徐々に遅くなり、そしてついには止まってしまう。


「はぁはぁ……なんだよ、これ。どこまで続くんだよっ」


「もう疲れたーっ!」


 膝に手をついて、キィキィ喚きだすソラ、シドはふらふらと横の手すりへと身体を預けた。



 ガタッ



 ソラの後ろで何かが外れる音が響く。驚いて後ろを振り向いたソラの視界に、同じく目を真ん丸くしているシドの顔が映る。

 そして、彼はゆっくりとソラのシドに移動していっている。はっとした。ソラは慌ててシドに手を伸ばす。けれど、手すりがぽっかりと外れた箇所を空しく掠めるだけ。

 落ちていくシドには届かなかった。

 あっという間に、シドは一部外れた手すりと一緒に暗闇へと落ちて行く。


「シドーーーっ!」


 暗闇に飲まれて見えなくなった弟名前を叫ぶも、円形状の建物に反響して自分の声しか聞こえなくなっていた。

 ソラの頭の中はどうしようという言葉で埋め尽くされており、そのまま身体はフリーズしている。

 どのくらい経ったのかはわからない。けど、頭の中はこのままではどうしようもない。という答えを打ち出す頃、ソラはもやもやとした黒いものを胸に抱えながら弟の名前を小さく呟いた。


「シド……」


「ソラー! 落ちてきてぇええ、きてぇえええ!」


 円形状の奥底から、何重にもなって響く高い声が響き、それが弟のものだと知ると、ソラはほっと肩の力を抜いた。のがいけなかった。バランスを崩した身体は、ギリギリのとこに居たソラの身体を暗闇の方へと引っ張ったのだ。


「どわぁああああ!」


 予想外の浮遊感に、叫び声を上げてソラは落ちた。真っ暗闇の中へ。




 落ちて落ちて、落ちているのかわからない感覚に陥った時、暗闇は突如終わりを迎えた。ふわっとした感覚で、地面と思われる透き通ったエメラルドグリーンの床へと着地する。

 先に落ちたシドは眩しさに目を細めながらも、周りをきょろきょろと見回した。ガラス張りのような面に四方を塞がれており、どれも透き通ってどこまでも続いているようだった。

 シドは一つの面にそっと近づいた。


「――っ!」


 驚いて息を飲み、一歩下がる。ちらちらと揺れるシドの目に映るのは、シドと同じくらいの少女。白いワンピースを身につけ、壁の中を漂うように浮かんでいる。緑色が加算されて髪の色は正確に判断できないが、長く宙に浮かんでいるその髪は青さを感じさせるものだった。

 長い睫の中に瞳を隠していた少女の瞳がだんだんと開き、シドを見た。燃えるような瞳だと、シドはなぜかそう思った。


「……流れの中、助ける、人、一年に、一人、だけ」


 少女の口が途切れ途切れに動いて、か細い声がシドに届く。少女はにっこりとシドに微笑み、シドの心臓がドキリと大きく跳ねた。

 しかし、少女はすぐにすっと姿を消し、それと同時に面がギギギっと音を立てて向こう側へと動いていく。あっという間の出来事にシドは呆然としていた。


「シドー!」


 だが、耳元に響く聞きなれた声にシドは顔を上げて真っ暗な天井を見上げた。ソラだ。ソラの声だ。兄の声だと確信してシドはほっと胸を撫で降ろした。


「ソラー! 落ちてきてぇえええ!」


 そして暗闇に向かって叫んだ。返って来た声は何故か悲鳴に近しいものだったけれど、ソラも程なくしてシドの元へとやってきた。


「あー、もう、心臓に悪っ」


「でもほら、着いたみたいだよ、ソラ」


 胸元を押さえながらやたら大げさに息を吐くソラに笑って、シドは先程開いた壁の向こう側の部屋を指差した。

 広い空間になっており、箪笥等の家具と大きなベッドが備え付けてある。ベッドは上からレースのカーテンで覆われた乙女チックなものだ。


「あぁ、ドゥーレねぇとミーファが言ってた寝たままのお姫様。ってことか? でも王子のルーねぇがいねぇよー」


 ぶーぶーっと唇を尖らせながらも、ソラは興味津々に近づいてカーテンを捲ろうとしている。反対にシドはきょろきょろと辺りを見回して落ち着きがなかった。


「シド!」


 落ち着きがないシドをソラが呼ぶ。慌ててシドは兄の元へ駆け寄り、カーテンの中を覗き込んだ。

 驚いたことに、カーテンの中にはズラリとベッドが並んでそれに一人ずつ女性が横たわっていた。ソラは驚きながらも女性の顔を一人ずつ覗き込んで、中へと足を踏み入れ居ていく。一方シドは、一つのベッドの前で立ち止まっていた。

 一番手前にあるベッドに横たわっている少女、綺麗な青と水色が混ざったような長い髪を白いベッドに散らせて、赤いリンゴのようなほっぺを上げて微笑んでいる彼女に目が釘付けになっていたのだ。

 先程出会った少女だと、シドには分かった。心臓がドキドキと高鳴って仕方がない。目が離せない。


「ソラシド!」


 呼ばれてびくっと肩を引き上げ、シドはカーテンから抜け出て後ろ見た。相変わらずの部屋に立っていたのは見慣れた黒髪の男ガーツで、その横に赤い髪のカシュアと、白い翼を羽ばたかせたデリィが居た。

 しかし、一人と一匹、見慣れない者がいる。シドは目を瞬かせて彼らを見るも、それより心臓がバクバク言って頭は真っ白だった。


「シド、どうしてここに?」


「え、えっと。その……」


「シド、来いよ! ルーねぇ、居たぞ!」


 ガーツがシドに詰め寄って問いかけている中、ソラがカーテンの中から彼を呼んだ。シドはあっと小さく声を出して、カーテンのほうを視線で指す。

 シドよりも先にガーツがカーテンを開けて中へと入った。続くようにその場に居た全員がカーテンの中へと入る。

 カーテンの奥は、先程シドが見たものとは違っていた。たくさんではなく、三つのベッドは真っ白い空間に並んでいるだけだった。

 ソラが一番奥のベッドの横で目を瞬きながら中に入った全員を見ている。ベッドには長い金髪をベッドから垂らした女性が眠っていた。ソラが言っていたルーナだろう。とルーナを知っているものは理解する。


「ヒヒヒ、これで役者は揃ったかのぉ」


 ひび割れたような声が白い空間に木霊する。今まで聞いたことがない声に、全員が辺りを見回す。しかし、その場にいるのは自分達だけだ。


「今来た茶髪の男よ、真ん中のベッドを見てごらん」


 シワガレタ声は言葉を続けてヨーランに言う。ヨーランは言葉に従って真ん中のベッドを見た。


「ネリヤっ!」


 そして名前を呼んで駆け寄った。眠っている短髪の髪を持つ同じく茶髪の彼女の顔を覗き込み、躊躇なく抱きついた。


「ネリヤ、こんなところに居たんだねっ……!」


 感激に満ち溢れた声で、抱きしめたまま離さないでいる。


「ここには、三人の姫が眠るんじゃ。だがな、起きれるのは三人に一人じゃ、運命の人、王子のキスをすればいいわけだが、どうするんじゃ? 誰を起こす? ヒヒヒヒヒ」


 からかうような口調にその場に緊張が走った。シドは胸元を押さえて一歩下がった。くらりと眩暈がしたような気がしたからだ。


「そういうことなら、ネリア、今助けるからっ!」


「ちょっと待てっ!」


 躊躇せずに自分の姫だろう女性にキスをさっそくしようとするヨーランに、ガーツ羽交い絞めにして止めた。バタバタと暴れているが、この際無視だ。ガーツは天井に向かって声を張り上げる。


「答えろ、他の二人は誰だって言うんだっ! ルーの恋人は死んでるんだぞっ!」


「ヒヒヒ、少女は、もうわかっておるじゃろう? 栗色の小さな坊や。」


 名前を呼ばれたわけじゃないのに、シドはビクリと身体を強張らせた。視線が下に行き、少女の顔が目に映る。微笑んではいなかった。悲しそうな表情をしている。


「そこの正真正銘のお姫様は、確かに運命の悪戯で、王子を失ってはいる。だが、お前が変わりになればいいじゃろう? 姿形が似ておるし、妙な力も働いているからのぉ。さあ、三人で戦うがいい、自分の運命の相手を賭けてな! ヒヒヒヒヒ!」


 シドの頭にしわがれた声が響き、すぐに、少女の言葉が頭に浮かぶ。きっと、彼女は何かを自分に伝えたかったはずだ。そう感じていた。

 一年に一人だけ。その言葉が意味するものを少女の顔を見つめたままシドは考えている。

 しかし、その頭上ではガーツとしわがれた声が言い合いを始めていた。


「代わりなんてごめんだっ!」


「そうは言っても運命じゃ、受け入れろ。ヒヒヒ、これから必要なんじゃろ? 時間はあるのかのぉ?」


「うるさい、ルーはもう姫じゃなくなったんだぞ、なんでこんなことっ」


「ここに迷い込んだからじゃ。まだ王女であった頃の気持ちが忘れられないようじゃったから、わしの術に溺れたんじゃ」


 術。の言葉にシドははっと顔をあげた。姿は見えないが、これは全て声の主が行ってること、こいつを倒せばっ! しかし、シドは手に冷たいものが絡んできて、考えが停止する。

 寝ているはずの少女がシドの手を掴んでいるのだ。悲しそうな表情をしている。もしかしたら、それはムリだ。と伝えてきてる? シドは瞳を揺らしながら彼女をじっと見つめ、手を握り返した。


「ボク、いい。何年か立ったら、また。来る。今は、ボク、ドラゴン退治しなくちゃ」


 しどろもどろに繰り返しながらも、シドはガーツにそう言った。冷たい手から力が抜けて、シドの手から彼女の手が零れ落ちた。シドはガーツから少女に視線を移すと、彼女は微笑んでいた。

 胸の奥が少し痛んだと同時に何か暖かいものが込み上げてきた。シドも彼女に笑い返す。


「だから、ルーねぇ! ルーねぇも一緒にドラゴン退治するんでしょ? 英雄になるんだって、言ってたじゃん、ルーねぇっ!」


 そして、未だ目を開けない金髪の女性に声を張り上げて叫んだ。すると、彼女の手がぴくりと動く。見逃さなかった。シドはルーナに近づくとソラと顔を見合わせた。言いたいことは、同じだ。


「ボク達は、ルーねぇと一緒にドラゴン退治したい。だって、ルーねぇ仲間でしょ!?」


 ルーナの手をとって握った。ルーナの手は、少女とは違って暖かく、血が通ったもので、シドは霞む視界で彼女の顔を見た。

 金色の瞳が細められてシドとソラを凝視し、微笑みかける。


「……そうだ、私はもう王女じゃない。ソラとシドの、仲間だ。こんなことに惑わされてはいけない。あの人は、去った。出会ったのは……」


 重い頭に手を当てながら、ルーナは起き上がりつつゆっくりと言葉を紡ぐ。長かった髪は幻だったようにぱらぱらと消えていく。不揃いな短い髪、が姿を現し、意思の強い輝く金色の瞳がガーツを見つめた。


「初めて会った仲間。ガーツだ」


 にっと口端を引き上げて笑う表情に、真剣に見つめ返していたガーツも肩の力を抜いて同じ笑みを返す。

 そして、誰も気付かないが、力の腕が抜けた間からヨーランが抜け出た。


「許さん、許さん! そんなことは許さん! 何も面白くないっ! 戦え、戦って、奪って、殺しあえ!」


 怒号に近い声が響き渡り、白い空間が突如ひび割れて行く。奥は暗闇になっているようで何も見えない。

 しかし、全員の視界の隅で光がばっと上がる。全員がそちらへと視線を向けた。


「ヨーランっ!」


「ネリアっ!」


 そして光の中で抱き合う二人の影を見たのだった。全員の目の前で二人の世界を繰り広げようとしている青年と女性は、同じ髪色、同じ瞳の色で、うっとりと相手を見つめている。


「をい、そんなことしている場合か、逃げ出すぞ!」


 ルーナが二人に声を掛けると、二人は笑って頷いた。しかし、離れるわけではなく、手と手を組み合わせて、身体をぴったりと寄せる。

 何をしているのかとルーナが目を瞬いて見守っていると、二人の手の間にすっと輝く虹色の何かが姿を現した。しなる柄、それに刺さるような矢、そして引かれた方に張られた糸のような物。弓だと分かるのに数分かかった。

 虹色に輝いたものがさらに光を放つ。そろそろ全員の足場が崩れ去る程なのに、二人の余裕の笑み。賭けてみてもいい。とルーナは思った。


「ラブ・レインボー!」


 二人のハモった声と同時に、七色に輝いた弓が飛ぶ。途端、壁だっただろう場所で爆発を起こす。あっと声を出したもの遅かった。爆発した爆風がルーナ達を襲ったのだ。

 爆風と共に背中に痛みが走って、突如視界が開ける。真っ青な空に、緑色の地上。世界が回る中で、飛んでる。ことにルーナは気がついた。


「どういうことだーっ!?」


「ごめんなさーいっ! 威力強すぎちゃったみたい~っ」


「ラブ・レインボーは強力だけど、力加減ができないからね!」


「どあほぉおおおお!」


 叫び声に返って来た女性、男性の声に、ルーナは飛ばされながらも思わず叫んでいた。





 結局、デリィの靴のおかげで、全員が無事森の中へと集合することができた。飛んでいる途中で靴を鳴らし、地上へと導いてくれたのだ。

 大きな木々にそれぞれが腰を下ろし、爆発で汚れた肌を濡らした布で拭ったりしている。


「はぁ、まさか弓があんな威力だとはな」


「しかも何? あれって普段からあるもんじゃないの?」


 ため息を吐いたルーナの言葉を引き継ぐようにカシュアが、抱き合って自分の世界に浸っている二人にじとっとした目を向ける。

 その横で白龍のデリィと炎トカゲのリルが同じく抱き合って真似していたりするのを、カシュアは軽く足で小突いて止めさせた。

 カシュアの鋭い視線に乳繰り合っていた二人は顔を見合わせて答える。


「ラブ・レインボーは二人の人が心を通わせた時に出現する武器なの」


「使い手は一度固定されるとそのままになるみたいだから、僕達がずっと使ってるんです」


「それじゃあ、一応使用可能。ということか……これで、七星秘宝の武器は全て揃った」


 答えた二人を見ると、ルーナは全員を見回して確認するように各々の武器へと視線を走らせる。


「武器はって、もう一つ最後にあるのはいいわけ?」


「髪飾り……は、王女がいなければ意味がない。だから、必要ないだろう。現に話の中でも武器だけで倒しているしな」


「なんでそんなに焦ってんのよ?」


 カシュアがことあるごとに細めた紫色の瞳をルーナに向けて突っかかってくる。額に皺を寄せてルーナはため息を吐くと、金色の瞳でカシュアを射抜いた。今までとは違う気迫じみたものに、カシュアは顔を顰める。


「寝ている間、私はとある夢を見た。さき程怒っていた声の主が、誰だかわかった奴はいるか?」


 ルーナの言葉に全員が首を横に振った。と、思えた。だが、一人、いや一匹だけルーナの前へと進み出た者がいた。


「ぼく、知ってるよ。あの城に住んでる人、昔からずーっといる。魔女の中でも悪質で異質な力を持つ、ウィンディ。その力で、あの城に罠を張り、人々を戦わせるのが趣味なんだって」


「そうだ。敗れ去った者は石にして、城のあちらこちらに飾っているらしい。全て夢の中でウィンディ自身が教えてくれたことだ」


 頷きながらリルの説明にルーナは言葉をつけたし、ふっとそこで息を吐いた。リルは目を細めてルーナを見つめる。


「ウィンディのもう一つの力、予知能力のことを聞かされたんだ?」


「そうだ。ウィンディは予知能力を備えている。数日後、月を食らったディストラクが、力をを我がモノにし、世界を混沌に導くだろう。と、私に言った。一刻の猶予もないんだ。これは、私が居た国の占い師も旅立つ前に教えてもらったおおよその日取りの中にも含まれている。」


 真剣な表情で伝えるルーナから、リルはカシュアの方へと向かって、彼女の布から出ている足へと登り、カシュアの顔を見上げる。


「ウィンディの予知能力は本物だよ。そうやってあいつは死から逃れてる。これは本当に時間ないよ、カシュア」


「リル……あんたも私にその女と一緒に行け。って言うのね?」


 納得いかない様子でカシュアは腕を組み、じっと足に乗っかる彼女を見つめた。リルはこくん。っと頷いてみせた。


「うん、カシュア。これは七星秘宝を持ってる人だけ与えられた仕事。もし、この仕事をカシュアがしなかったら、ぼくら北東の民族はそれを恥だと思うよ。」


「……リル、あたしは」


「ぼくは、もう時間だから帰らなくちゃ行けない。家族として、北欧の街で待ってる。カシュア、頑張ってね」


 何か言いかけるカシュアに、リルは首を横に振った。徐々にリルの身体が霞んでいく。召還された術の効き目が切れたのだ。カシュアやガーツと違って呼ばれた魔物とリルだけが定義され、そして効果の切れ目と共にあの岩の場所へと帰っていく。


「……しばらく、一人にして」


 リルが消えていなくなってしまうと、カシュアは立ち上がって一言だけ告げた。ルーナは頷いて答え、カシュアが森の奥へと消えていくのを見守った。


「シド……本当に良かったのか?」


「え?」


 カシュアが見えなくなると、ルーナはシドへと話しかけた。それまで、なにやら考え込んで俯いてたシドは、名前を呼ばれて飛び跳ね、目を白黒させながらルーナを見てくる。


「……うん。ボク、生きて帰って迎えに行くんだ。だから、頑張る!」


 言葉の意味を何回か頭の中でリピートしたのだろう、シドはにこっと笑って頷いた。彼の笑顔にルーナも微笑を浮かべる。

 次にルーナはいつまでも周りを気にせずに二人の世界に入っている場カップルへと目を向けた。


「ヨーランと、ネリヤだったな、二人はどうする? ドラゴン退治に一緒に行ってくれるのか?」


「えぇ、いいわよ。ヨーランとわたしの愛、確かめるチャンスだもの!」


「恋に障害はつき物だね、ネリヤとなら、どんな困難も越えて見せるよ!」


 二人とも、まったくルーナを見ていない。ルーナの頬が引き攣った。そんなルーナの肩をガーツが叩く。


「そろそろ日も沈む。明日の朝早く襲撃しよう、それまでにはカシュアも戻ってくると思うしな」


「そう、だな。じゃあ、火を起こして……最初の番は私がしよう」


 提案に頷くと、ソラとシド、デリィの力を借りて薪を集め、徐々に暗くなる日没へと準備を整えた。

 夕飯も終え、人が寝静まった頃だった。ルーナは静まり返った夜空を見つめ、冷え切った手を擦って暖める。


「ちょっと……」


 すると、横から声が飛んできた。聞き覚えのある嫌味な声だ。

 ルーナはそちらへと顔を向ける。カシュアが、木の横に立ちながらこちらを見ていた。


「隣いいかしら?」


「あぁ」


 カシュアは聞きながらもルーナの隣へと腰を降ろす。そして焚き火の灯りで彼女の表情が明らかになった。どこかしらいつもより暗い感じを受ける雰囲気だ。


「ねぇ、あんたは。仇を討ちに行くの? この間の、あたしみたく……」


「……初めは、そうだった。ラッシュがいなくて苦しくて、悔しくて、いなくなった原因が目の前にあるなら、殺してやりたい。今も、そう思いはする」


 ルーナはカシュアを見た。暗闇の中で、ルーナの答えを待つ紫色の瞳とかち合った。


「けど、それよりも今は……ソラとシドが教えてくれた。仲間がいる。彼らもまた失いたくない存在だ。私は、今度こそこの手で、守りたいんだ。自分が失いたくない。大事な人達を……それじゃあ、いけないか?」


「いいえ。十分、それならあたしも一緒に戦うわ。仲間として。ルーナ、あなたの隣で」


 ふっと息を吐いて、カシュアは膝を抱え込みながら前のめりになる。決意した後に気が抜けたような様子だ。


「あたしね、あんたが羨ましかったわ。誰かを追いかけてるのに、誰かに守ってもらえて、誰かが一緒に居てくれる。けど、一緒に戦った時思ったわ、あんたが本当は追いかけてるだけじゃなくて、周りも心配してるんだ。って。同じだと思ってたのに、悔しかったなぁ」


「それは、私も同じだ。カシュアには、私にはないものがある。だから、ガーツがついて行った時とても悔しかった」


「ばっかねぇ、あれはあたしが無理やりやったのよ。あいつはあんたのことずっと気にかけてたわ……焼けるわねぇ」


「なっ、ガーツと私はそんなんじゃないぞっ」


 真剣に話していたはずのカシュアがにやにやと口端を歪めて肘で小突いてきたため、ルーナは必死に否定をする。しかし、通じてないのか、カシュアはルーナの頬を突っつきだした。


「あんたねぇ、死んだ男のことなんてずっと気にしてないで、そろそろ新しい方に構ったらぁ? ほら、向こうは結構気があるみたいだしー」


「うぅ……ガーツは、仲間だと思ってくれてるんだ。そういう風に言うなっ」


 なんとか指を引き離そうともがいているルーナに、カシュアは笑ってどうだかと首をすくめた。むっと頬を膨らませて見せるルーナの額を指先で軽く小突くと、カシュアは笑ったまま立ち上がった。


「じゃあ、あたしはそろそろ行くわ。朝には戻ってくるから」


「あぁ、待ってる。気をつけてな」


「ありがと」


 カシュアがどこへ行くのか、ルーナは聞かなかった。明日ドラゴン討伐に行くのだ、カシュアも緊張しているのがわかる。だから、そのままルーナは見送った。

 カシュアはウィンク一つ送ると、再び闇の中へと消え去った。

 また辺りを静寂が支配する。パチパチと木が燃える音が微かに聞こえる。


「……ガーツ、起きてるか?」


 五つの寝息を数えて、ルーナは聞こえないもう一つの寝息の主に声をかけた。かたりと音を立てて彼は起き上がる。


「今の聞いてた……か?」


「少し……」


「ふっ、だろうな。もうすぐ交代の時間だ、隣に来ないか?」


 問いかけに答えるガーツへと、ルーナは笑って先程カシュアが腰掛けていた場所へとガーツを誘導する。誘われるままにガーツは上にかけていた毛布を持ち、ルーナの隣へと腰掛けた。


「……なぁ、俺が気がある。って言ったらどうするんだ?」


「その顔で言うのか?……お前がラッシュの代わりになる。というなら考えてやらなくもないぞ? なんてな」


 真剣な声色じゃなかったガーツに、ルーナも茶化すように言葉を返した。しかし、思ったよりもガーツの表情は暗さを帯びており、ルーナは背筋を伸ばして緊張する。

 夜空を見上げて、少し落ち着いたように肩を降ろすと、ルーナは口を開いた。


「なぁ、ガーツ。私は思ったんだ。お前も私も、きっと外見に惑わされてる。私は、ラッシュとお前が別人だと、頭では理解しているし、性格が違うのも、本当は姿形も違うのも知っている。けど……顔を見るとラッシュを思いだすんだ」


 ガーツが羽織っている毛布を胸元でぎゅっと握ったのを視界に捉え、ルーナは苦笑する。


「ガーツ、この前のと今日のを含めて詫びさせてくれ。悪かった……でも、ガーツ。これだけは言っておく。もし、私に何かしら感じているのなら、それはきっと私と同じ感覚だ。お前は私を通して誰かを見ている。私は、それが誰だか……わかったような気がするんだ」


「俺は、ルーみたいな奴と会ったことなんか……」


「これから出会うかもしれないだろ? ガーツ、私はラッシュのことを愛している。けど、ガーツ、お前のことは好きだ。お前がいなかったら、ここまでこれなかった。ありがとう」


「…………」


 ふっとルーナが浮かべた微笑に、ガーツは目を奪われた。そして、羽織っていた毛布をルーナへと投げつける。

 ルーナの視界が毛布で塞がれた後、布を引いて顔を出すと、ガーツはそっぽを向いていた。ただ、大きな掌がルーナの頭の上に置かれている。


「もう寝ろ。礼は、あいつ、ディストラクを倒してからくれよな。報酬と一緒に」


「……そうだな。隣で寝ていいか?」


 カラカラと笑いながら、ルーナは軽く背中を向けてガーツに寄り掛かる。

 うん。とは言わなかったけれど、払われることもなかった。ルーナは薄く口元に笑みを浮かべながら目を閉じた。


「ガーツ……いつか貴様の本当の姿、見てみたい……きっと、貴様は……」


 素敵な奴だ。小さく呟いたが、それ以上は口も瞼も重くて動かなかった。眠気の中に飲まれながらも、ルーナは心地良さを感じ、深く深く落ちて行く。

 まるで目が覚めないような深い眠りへと落ちて行く。




第五章-眠り姫- 完


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