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最終章-決戦-

 目の前に広がる光景はただ、無惨だった。

 傷つき、倒れ、立ち上がることさえできない。血が地面に滲む。

 悪夢でしかない。まだ夢の中にいるような感覚がルーナを襲っていた。

 なぜこんなことになったのか。痛む身体を抑えながら、ルーナはぼんやりと考える。

 あまりにも巨大な影が、まるで認知できない。どうしてこうなったのか、起きた時は、想像もしていなかったはずだ。

 起きた時は……。


 朝、目が覚めた時、ルーナの周りには全員が揃っていた。見たことがある顔並み、新しい顔並み、それらが全てルーナの周りにあった。なぜだか落ち着いて、なんでもできるような気持ちが込みあがってくる。

 やっと全ての武器を集めたからだろう。仲間を得た。ここまで来た。ルーナの気持ちは高ぶっていた。

 全員が揃ったのを確認すると、さっそくデリィの靴で西の岩山へと飛んだのだ。

 ここが始まりであり、ここが終点である。岩山のぽっかりと口を開けた入り口に一同は立っていた。


「見て見て! ここすっげー高いから、ほとんど見渡せるぜ!」


「ボク達の街も見えるよ、ソラ!」


 景色の良い眺めに、ソラとシドがはしゃぎだす。懐かしい家並みを見つけたのか、ぽつんっと見える自分達の故郷を指差し始めた。


「ここに、あいつが……いる」


「あぁ、倒さなきゃ、な」


 そんな二人を尻目に、ルーナは先が見えない洞窟を見つめたまま呟いた。隣にガーツが立って感慨深げに応える。


「なぁにしみじみしてんのよ! 七星秘宝が揃ってるんだから、ドーンと行くわよ、ドーンとっ!」


 二人の背中を掌でバン! っと音を立てながら叩くのはカシュア。彼女の顔はいささか不愉快そうで、目を瞬きながら見てくるルーナに、ちらりと視線を横に反らす。

 追って視線をカシュアの視点に合わせると、視界に入ってきた光景にルーナも目をそらした。


「ネリヤ、君はこの風景よりも、いや世界で一番美しい」


「まぁ、ヨーラン、嬉しいわ。あなたは誰よりも素敵よ」


 しかし、嫌でも耳に入ってくる言葉に、二人の世界を作っているネリヤとヨーラン以外はしらーっとした冷めた雰囲気になっている。

 ルーナは、デリィを呼ぶと彼を肩口に止まらせて、抱き合って踊りだしているネリヤとヨーラン以外に目配せをした。全員の瞳が力強く輝く。


「よし、行くぞっ!」


「おう!」


「レッツゴー!」


 掛け声をかけ、それに双子が声で応えて、ガーツとカシュアは頷いて応えてくれた。嬉しかった。胸元が温かい感覚に満ち溢れ、たとえ真っ暗な洞窟でも平気な気がした。だから、ルーナは仲間と共に敵、ディストラクが待ち構える洞窟へと足を踏み入れたのだ。




 けれど、それがどうだ。洞窟で出会った強大な力の前に、成す術もなく倒れている人影。一瞬のことでどうなったのかさえわからない短い間隔。

 広い洞窟へ出た。ルーナは、中に佇む黒い影との三度目の顔合わせ、すぐに奴だと気付いた。しかし、奴の身体は黒い身体ではなかった。金色に輝く姿態へと変化していたのだ。

 先発は、もっとも強力な武器と言われている弓を、ネリヤとヨーランが放った。しかし、その後に飲まれて一瞬の光の中で、攻撃を食らわされた。

 身体全体へ走る鋭い痛みは肌を裂き、鈍い塊のような痛みは身体を吹っ飛ばして壁へと突き立てる。

 視界が眩しさから解放された時の光景は、悪夢。だった。

 弓を放った二人は手を繋いだまま地面に倒れ、ソラとシドは広い洞窟の左右に吹っ飛ばされている。ガーツはルーナの隣で小さくうめき声を上げ、正面にいる金色に輝くドラゴンを睨み付けていた。

 満身創痍の中、ただ一人、カシュアだけが大きな金色の塊の前で対峙している。けれど、彼女もまた、露出した肌に無数の傷が刻まれ、血を滲ませている。


「どうして、攻撃があたしに当たるのよっ」


 キっと吊り上げた紫色の瞳を光り輝くドラゴンに向けて、カシュアは吠える。彼は口許をほくそ笑ませて彼女を見た。


「我の前に立ちはだかる、愚民共よ。星の力即ち月の光のげぼくなり。多少の効果はあれど、元は無に帰す力なりて、我に深手を負わすこともできなければ防ぐことも叶わぬ」


 嫌な笑いだ。ルーナがそう思ったのも束の間、目の前の黒龍であったものが首を仰け反らせる。喉が赤く紅く光を放つ。


「みんな、逃げろーーーっ!」


 ルーナが必死に叫ぶと同時に渦巻く炎が、倒れ、動けないでいるルーナ達へと襲い掛かった。どうすることもできない現状がゆっくりと進んでいく。ただ声だけが喉から出ている感覚。

 炎に飲まれた。

 目の前が真っ白になる。迫り来る炎に飲まれた気がしたのに、身体は熱さも、じりじりと焼ける匂いも感じさせない。


「ほっほ、だらしないのぉ」


 真っ白い視界の中で、声が聞こえた。視界の隅に宙に浮く人影が見える。いや、真っ白の中で地面がよくわからないせいで、浮いて見えるのだ。

 声の主は、聞き覚えがある声で、人影は笑いながらルーナに近づいてくる。


「師匠っ!」


 叫んだのはルーナではなく、太い声だった。隣にガーツが居たことを思い出す。

 白い空間がパチンと音を立てて弾けると、突如暗い岩肌が顔を出し、目の前に淡く紅い身体を持つドラゴンが背中を向けて立ちはだかっていた。


「きゅーい!」


 デリィの嬉しそうな泣き声がルーナの耳に届く。まぐれもない、彼の5代前の祖母であるバークティスが目の前でディストラクと向き合っているのだ。


「なんだい、だらしないねぇ。デリィが呼ぶから何事かと思ったよ。あんた達、まだ七星秘宝の使い方もわからないのかい?」


 優しい声色が、身体の痛みを癒してくれるようだ。ルーナは、力をこめて立ち上がり、バークティスの隣へと立った。

 ディストラクは怒りで赤くなった鋭い目を老婆の彼女へ向けている。


「まだ、完全に月を取り込んだわけじゃなさそうだね、坊や。あたしの大事な子孫に怪我を負わせたこと、後悔させてあげるよっ」


 はっと鼻を鳴らして、バークティスは余裕の様子でディストラクを挑発する。そして、首を捻ると、口元からオレンジ色の炎を敵に向けて放った。

 ディストラクも対抗して、真っ赤な炎を吐いた。炎と炎が激突する。熱気が飛び、凄まじい風が舞う。

 そこに白い身体に赤い血が滲むデリィが飛んできて、靴を三回、打ち鳴らした。ぱっと全員の目の前に現れたのは昨日も見た炎トカゲ、リルの姿だった。カシュアが目を見開いて彼女に走り寄る。


「リル!」


「えー、もう呼ばれちゃったのかぁ。もう、ダーリンったらせっかちさん。でも、大変ならぼくも頑張るよ」


 しかし、カシュアよりも呼んだデリィへウィンク一つ。いつ何時仲良くなったのかは不明だが、茶化すような口調の後に、リルは炎を吐き続けているドラゴンへと向き直った。

 どうやらデリィが三回靴を打ち鳴らすと、デリィが呼びたい物に事情を伝え瞬時に呼び出すことが可能のようだ。

 炎トカゲ、サラマンドラーのリルはぶつかり合う炎に、さらに渦巻く青い炎をぶつけて吐き出した。三つの炎が渦を巻き、うねった中でぶつかり合う。

 見惚れるほどの三色の炎の景色、魅入っていたルーナの肩を誰かが叩いた。


「ルー、お主。七星秘宝は全て集めたのか?」


「武器は、全て揃っているはずだが……」


 一番初めにルーナ達をディストラクの攻撃から守ってくれたヴィーダだった。皺だらけの顔を真剣にして、師匠はルーナに問いかける。たじたじとしながらも、ルーナは答えた。

 すると、ヴィーダの眉間に皺が寄り、険しい表情へと変化する。


「武器は。ということは、何かないんじゃな?」


「……髪飾り。本来は私が持ってないといけないはずの……髪飾りが、ない」


 深く低い声に、背筋が凍る。おびえたような声がルーナの口から漏れ出た。自分が持っていなければならないはずの秘法を、ルーナは持っていないのだ。


「それは今、どこにある?」


「……わからない」


 答えづらかった。だから、ルーナの声はか細くなって、聞き取りづらいものとなる。しかし、ヴィーダは口元から読み取ったのだろう、さらに皺を増やした。


「お主……ラッシュに何か貰わなかったか? とても大事なものじゃ。身につけておれと、言われたような物は、何かないのか?」


 師匠の問いに目を白黒させながらも、ルーナは胸元をぎゅっと握り締めていた。心当たりはある。今まで忘れたようにただ服の中の中に隠し持っていたもの。

 ラッシュから貰った首飾りだ。それは、ルーナの父、王がラッシュに婚約者の証として渡し、ラッシュがどこかへ行く時は必ずルーナに手渡す物だ。

 ラッシュは、国を出る時に必ずこれをルーナの首に掛けてくれた。そして必ず言ったのだ。


『俺が帰ってくるまで、それが俺の代わりだ。肌身離さず持っていてくれ。きっと帰ってくるから』


 だから、ルーナはこれをラッシュに帰すまではいつも身につけていた。今もまた、身につけている。


「あるんじゃな?」


 ヴィーダの力強い問いかけにルーナは頷いた。そして無意識にしまいこんでいたはずのネックレス。ルーペ型の飾りを取り出していた。


「……これは、鍵」


 小さな取っ手のような飾りがついたルーペの首飾りは、ルーナの手の中で光り輝いていた。そのルーペの答えを出したのは、ヴィーダでもルーナでもない。やり取りを見守っていたガーツで、その表情は目を見開いたまま、小さなルーペへと注がれている。


「どこのじゃ?」


「ルーは……知らないんだな。レーヌ・ルーナの末裔に伝わる噂。城の地下の先の先、その先の階段の奥にある扉を開くことができる鍵は、末裔のみが所持を許される。光を集めることができるその鍵だけが、扉を開く唯一の方法だ」


「城の……地下?」


 ヴィーダの質問にまるで、用意していたかの返答をガーツが話し出す。話しているうちに、ルーナの頭の中には幼い頃の映像が蘇る。

 城の中で迷子になった時だった。地下室というのとはまったく違う、洞窟のような穴のような場所だ。ぽっかりと開いた空洞に、不釣合いな装飾がなされている扉。蔦がはってはいたが、あれに幼い頃のルーナは見惚れたのだ。


「あの扉かっ!」


「どうやら、場所はつかめたようじゃな」


 はっとして声を荒げたルーナにヴィーダはにんまりとした笑みを浮かべる。そしてルーナとガーツの背中を同時に叩いた。


「奴はわしらで食い止めておく。七星秘宝最後の秘宝を必ず持ってくるのじゃ、いいな」


「でもっ」


「わしらでは食い止めることはできても、倒すことはできん。思ったよりも早くディストラクが月を吸収しておるからの。力も前の十倍。いや百倍以上じゃ、そう長くはもたん。一刻の猶予もないのを覚えておくのじゃ」


 ヴィーダは話しながらなおも靴を鳴らして援軍を呼んでいるデリィに向けて指をくいくいっと動かした。すると、デリィがこちらにぐんっと引き寄せられる。


「それなら、月の支配にある星の力、七星秘宝でも歯が立たないのでは……」


「全てがそろった時、全てが変わるのじゃ。月の所有者。がな」


 不安そうなルーナの表情に余裕の、いつもの表情をヴィーダは浮かべてデリィの靴を二回、打ち鳴らした。

 ルーナの視界が揺らぎ、次の瞬間には、暗い洞窟の中へと変化していた。うすぼんやりと見えるのは、細い輪郭。そしてがっしりとした首筋。



 ガスっ



 認識した途端鈍い音がした。ルーナ自身が距離の近い相手の顔面を強打したのだ。思わず仰け反って数歩下がるガーツ。


「何すんだよっ」


「悪かったな、蚊が止まっていた」


「嘘だろっ!」


 さらりと真顔で答えれば、ガーツは顎を押さえながら食って掛かってくる。しかし、心臓がうるさいルーナは平静を装うつもりで彼から視線を外し辺りを見回し始めた。

 さすがにガーツもそれ以上突っかかってはこずに顎を押さえながらしぶしぶと周りの状況を観察し始める。


「私と貴様の二人だけ……のようだな。デリィもいないみたいだし」


「そうみたいだな。これが……扉か」


 気配は横にいる相手しかなかった。あまり広くもない室内で、すぐに目的の扉を見つけることができる。草に覆われてはいるものの、ところどころから覗く金色の文様は、ルーナが昔見たままの映像だった。

 二人は、扉の前へと立つ。


「なんだか、面白いな」


 くすりと笑って、ルーナは横目でガーツを見る。ガーツは不思議そうな顔をしてルーナを見返してきた。


「貴様と出会ってから、レプラ・ボーンを探した時のことを思い出す。あの時は、二人並んで入り口に立つことはなかったな。私か貴様のどっちかが後ろで相手のやることを見ていた」


「あぁ、お前が一人で突っ走ってたからな」


「どっちが。貴様だってムキになって、旅人の先輩面してたじゃないか」


 ルーナも今度はガーツへと顔を向ける。向き合った顔が同時にふにゃりと歪んで笑みをこぼす。


「懐かしいな……ガーツ、私は貴様に感謝している。ここまで隣に貴様が居てくれたから、ここまでくれた。相方みたいなものだな」


「それは光栄だねぇ? お前も随分成長したよな。最初のあぶなっかさがなくなってきて、ラッシュ。みたいだ」


 ガーツの言葉に、どういう意味かとルーナは目を見開く。今度はガーツがくすりと笑う番だった。


「英雄みたいだ。っつってんだよ、相棒」


 きょとんっと目を瞬いて、ルーナは頭の中でガーツの言葉を反芻する。そしてはにかんで表情を緩めた。

 ガーツがルーナの肩に軽く手をかける。ルーナは力強く、決心したように頷いた。


「行くぞ、ガーツ」


「おう」


 二人で扉へと手を伸ばす。触れた瞬間、扉が眩い光を放った。同時に押そう足元の浮遊感。


「またかぁああああああ!」


「どうして落ちるんだよっ」


 そして暗闇の中へ二人のこだまが響いていく。

 何度目かわからない落とし穴への落下に、ルーナは叫んだものの落ち着いてはいた。落下する中でガーツの手を手探りで探し、掴む。身体がぐんっと沈んだような感覚、その後に徐々に落ちるスピードが落ち、丁度地面に足が付いた。

 ガーツが鞭を無尽蔵に広げてルーナやガーツの身体に巻きつけ、落下速度を和らげたのだ。


「……まっくら。だな」


「あぁ、だいぶ上にさっきの光が見えるくらいだもんな」


 地面に足がついたは良いが、隣にいるはずの相手すら見えない暗闇にルーナは瞬きをしてガーツに話しかける。

 繋いだ手に軽く力が込められてから、ガーツは返答を返してきて、ルーナも頭上を見つめた。

 ポツンと一点だけ白い穴のような物が目に映る。真っ暗なためどれくらい遠いのかすらわからないが、相当の距離だろう。それ以外は何も見えない。


「なぁ、光を集める鍵。っつーんだから、それでどうにかできねぇのか?」


 ガーツは聞いた噂を口にして隣にいるルーナへと問いかける。ルーナは意識的に胸元のルーペを握りしめ、それを頭上へと掲げた。

 ぱっと光がルーペに集まり、そして一気に拡散する。真っ暗だった部屋の中が光で満ち溢れ、目が眩んで何があるのかまだ把握はできない。

 いくどか瞬きをすると、やっと目が慣れてきて、二人は周りに圧倒された。周り一色金色に輝いているのだ。そして、目の前に聳え立つ金色の扉。模様は上にあった扉とほぼ一緒だが、こちらは蔓も巻きついていなければ、錆びてもいない、神々しいままの姿だ。


「こりゃあ、すげぇな。財宝でも隠してんのか?」


「宝物庫であった可能性はあるな。鍵を持っていないと入ることすらできないのだろう。そしてさらに厳重に閉められた扉……」


「怪しいな」


「怪しいが、他に扉のようなものはないぞ、ガーツ」


 まだ、扉へとは近づかずに、ルーナはルーペから手を離して辺りを見回す。よく見ると金色に光っているのは壁だけではなく、置いてある物全てがそうだった。やはりここは宝物庫のようだ。と確信する。

 ガーツも扉へは近づかずに目だけで辺りを見回す。


「物に触れたら、どうなると思う?」


「まぁ、まずトラップが発動するだろうな。何も起こらないなど、そんな甘いことはまずありえないだろう?」


「だろうな」


 腕を組んでルーナは扉へ向かって歩き出す。反対にガーツは物が積みあがった反対の場所へと足を伸ばす。お互いの視線が合った。

 瞬間、ルーナが扉に触れた。ガーツが金色に輝く宝物へと手を触れた。その時、地鳴りが響き、上から砂がパラパラと落ちてくる。

 何かが上から徐々に落ちてくる。しかし、ルーナとガーツはそれを見ようとはしなかった。各々が、手に触れた物に集中している。

 扉に触れたルーナは、真ん中にある窪みへとルーペを押し当ててみる。それが、扉を観察した時にすっぽりと嵌るサイズだったのを感知したからだ。嵌めてみたが、扉は動く気配を見せず、代わりに床が抜けた。

 しかし、今度はガーツの鞭がルーナの身体に巻きついて後ろへと引っ張ったため、落ちることはなかった。

 横目でルーナの行動を把握し、助けつつもガーツは目の前に詰まれた宝物を見ては投げを繰り返している。


「――っ! やはり扉は罠か……ガーツ、そっちに何かくぼみなような物はあったか?」


「今探してるっ」


「早く、時間がないんだっ」


 引っ張られる力が弱まり、地面に足をしっかりと付けたルーナが上を見てガーツを急かす。針の筵が後数センチのところまで迫っていた。

 そして、わかってるっ! と怒鳴りながら、ガーツは大きな本を手に取って動きを止めた。


「あったっ! これだ、ルー!」


 そしてルーナへと振り返る。屈んで上の針を避けながら、ルーナはガーツへと近づいた。座って回避しているガーツの横に膝をつき、ルーナは彼が持っている分厚い本を見る。

 分厚い本の表紙の部分には穴。そして下に申し訳程度に細い窪みが備え付けられている。ルーナは迷っている暇はなかった。未だに止まらない頭上のトラップに、慌ててルーペを本の表紙に埋め込む。これで何もならなければ……っと一瞬不安がルーナの心に過ぎった。


「……これじゃないのか?」


 不安は的中した。本は開きもしなければ、あまつさえ鍵を飲み込んで離さない。引っ張ってみても、何かが引っかかって取れないのだ。


「いや、これだけ離れないならこれしか……ルー、何か聞いてないのか?」


「そんなこと言われても」


「早くしないと潰されるぞ!?」


 慌てたガーツの声に、ルーナも焦る。座っている状態でもすでに針は頭の上まで迫っていた。さらに身を落とす二人。半ば地面に張り付くような形で顔を付き合わせ、真剣に本の表紙を凝視している。


「なんだ、いったい何が必要なんだっ」


「ルー、剣を抜け! 天井を食い止めるぞっ」


 悩んでるルーナに、これ以上は駄目だと判断したガーツが剣を抜くように示唆している。すでにガーツの鞭が張り巡らされて天井が落ちるのを食い止めようとしているが、どうにも上手く行っていないのだ。

 ルーナは狭い中で剣を抜く。肩に針が擦れて服を裂く。肌にもうっすらと血が滲んだが、気にしている場合ではない。ルーナは一気に剣を引き抜いた。


「なっ!」


 驚きの声が漏れ出る。隣でガーツの息を飲む音が聞こえた。剣の刃が、金色に輝き形を成している。それにルーペが呼応して、光を自分の身体一点に集めると本が輝きだした。まるで剣の光を吸収しているようだ。

 全ての光を吸収し、剣が光らなくなると、剣は迫って来ていた天上に突っかかる。けれどそれは本の一瞬のことで、次の瞬間ぽきりと音を立て折れた。


「折れ……たっ!?」


 驚きに叫び、思わず立ち上がろうとするルーナの頭をガーツが押さえた。地面にガツンっと顔が埋まる。

 じたばたともがくルーナを押さえつけたまま、ガーツはルーナの耳元に口を寄せる。


「落ち着け、本を見ろっ。開いたぞ!」


 耳元にしては大きな声に耳がじんじんと痛むも、そのおかげでルーナは落ち着いたのか顔を上げ、パカリと開いた本を見る。

 分厚い本は、本ではなく入れ物だったようで、置くが深くなっており、その中に金色に輝く小さな髪飾りが鎮座していた。

 ルーナが確認したのを見ると、ガーツは髪飾りを素早く手に取る。そして、迫る天井をよそに目を閉じた。

 剣は折られ、天井の迫る勢いに蹴落とされて落ち着かない鼓動に、ルーナは眉を額に寄せる。

 ガーツが彼女の手を再び取る。暖かい体温が手を伝わって心臓まで届いた。固まった心臓が息を吹き返したような気がする。ルーナは、どこか信じられるような気がしてガーツに習い、目を閉じた。

 パっと目の裏に映像が浮かび上がる。洞窟の中だ。何人かが倒れている。それを上から見ているような光景だ。


――ルー! 良かった、ルーにも繋がったよ、ガーツっ!――


 そして、耳。いや頭に響く可愛い声が歓喜している。しかし、ルーナにはそれが誰だかわからなかった。声が高いといえば女性か、子ども。しかし、聞いたことがあるようで、ない。頭の中の誰とも声が一致しないのだ。だが、声はルーナとガーツを知っている。


「デリィ、いますぐ俺達を呼べっ!」


――見つかったんだね、良かった! もうこっちも皆ボロボロで、いますぐ呼ぶよ!――


 ガーツが叫んで、ルーナの脳裏にも声と一致した白龍が浮かびあがる。話せたのか。と思うと同時に背中にゆっくりと重みが食い込む。

 そして耳元でカツンカツンカツンっと何かが鳴る音が三回響き渡る。身体が宙に浮いた。身体に食い込み痛みと瞼の裏から映像が消える。

 代わりに耳の中で喚くような数々の声が聞こえてきた。ぱっと瞼を持ち上げ、ルーナは立ち上がる。


「おそいっ!」


 眼下に映った鮮明な映像を見るや否や、罵倒に似た声が飛んでくる。怒っているようだが、いつもより覇気がない。

 目の前に広がった光景は、傷つき倒れている者と、傷つきながらやっと立っている状態の者達だ。静まり返った場所には、すでに戦いの後の雰囲気が流れている。


「カシュア、いったい何が……」


「遅いっつってんのよ、おそい、遅すぎだわ、ルーナ! あいつはっ……」


 歩く元気があるただ一人の女性カシュアが赤髪を揺らしてルーナへと迫る。その目には涙が滲んで、釣りあがっているはずの目が、下がっているように見えた。


「……カシュア、何があったって言うんだ?」


「ルーねぇ、あいつ。あいつ外に飛んでったっ! 追いかけないと、追いかけないとあいつっ」


 カシュアが口を噤み顔を横に反らすと、代わりに倒れ込んでいたソラが腕を使って震えながらも上体を起こし、ルーナに必死に訴えかける。その横で、シドが顔だけをルーナに向けた。


「全員、殺すって……焼き尽くしてやるんだってっ……ルーねぇ、お願い。あいつを止めてよっ」


 青い瞳が揺らいで、真摯な眼差しがルーナを射る。状況が、衝撃となってルーナの頭に襲い掛かってくる。混乱しない方がどうかしている。ルーナは身体を翻して、洞窟の出口に向かおうとしていた。

 しかし、腕が何かに掴まれて動きを止められる。


「――っ、なんだっ! 急いでるんだぞっ!」


 振り返った先に居たのは険しい顔をしたカシュアとガーツだった。腕は二人の手によって止められていたのだ。


「ルーナ、またあたし達を置いて行くつもり? 仲間でしょ?」


「カシュアっ、だって、早くしないとっ」


「あんたが世界の人達を助けたいのはあたしも知ってる。王女だったせいかしら、いいえ、あたしも一緒よ。きっと、ソラもシドも。デリィも。あのバカップルだって、守りたいの。あんただけじゃない、みんな同じ気持ち……英雄は、貴方だけじゃない」


 カシュアは、言い切るとルーナの手を離した。ルーナもまだ外に行こうとはせずに彼女の紫色の瞳を見つめている。


「ルーナ、あたし。あんたの仲間として共に戦いたいの。守りたいの、あたしの街を、あたしの家族を。お願い、さっきみたく置いていかないで、一緒に戦わせて」


「……カシュア、私は皆が、仲間が居てくれて良かったと思っている。ただ、自分のことで精一杯なだけなんだ。それでも隣で戦ってくれる、というなら……ぜひ、お願いする」


 ふっと女性二人が笑みを交わす。いつの間にかルーナの腕を離したラッシュが、彼女の頭の上に小さな髪飾りを添えた。


「全員連れていかねぇとな。七星秘宝、全てがレーヌ・ルーナ、お前との縁。繋がりだ。最後のピースも揃った。英雄になるなら、敵を倒すしかない」


 肩に置かれたガーツの手に、ルーナはにっと笑ってみせた。ふと思えば、そんな笑い方など王女の時はしなかったかもしれない。少しだけ高揚した気持ちが戻ってくる。指先に熱が伝わる。


「全員立て! あいつから大切な物を守るんだっ。全員が自分達の大切な物を守れ!」


 ルーナは折れたはずの剣レジャー・シャープを掲げた。剣は再び黄金の光でその形を成していた。どんな時よりも一番光輝いていたかもしれない。

 ルーナの掛け声に、ソラとシド。また、手を繋いで瞼を伏せていたはずのネリアとヨーランが立ち上がった。


「きゅーい!」


 白い身体に血が滲むデリィが飛んできて、叫ぶと、全員がルーナを見て頷く。高揚して行く気持ち、腕から伝わる剣の自信。どうにかできるようだった。


「師匠と、バークティス。リルは追って行ったんだな、あいつを。行くぞ!」


 ここにはいない人物の名前を並べるとルーナは地面を蹴った。もう振り返らない。背中には、振り返らずともついてきてくれる仲間がいる。




 洞窟を出て見た世界は真っ赤に染め上がり、他の色を失っていた。


「これは……」


 ルーナは震えた声を零した後に絶句した。ガーツ、カシュア、デリィが、倒れている師匠とリルとバークティスの元にそれぞれ声を上げて駆け寄る。それを呆然とルーナは見つめるしかなかった。


「師匠っ、大丈夫ですか?」


 血で地面を赤黒く染めているヴィーダにガーツは声をかける。血の気が引いて青黒い師匠の薄っすらと開いた瞳が、ガーツを見つめた。すると、頭の中に音が響く。ルーナだけではない、その場に居る全員にだ。


――ルーナ、帰ってきおったか――


 師匠の口は動いていないのに、彼の声だけが頭に響く。いや、彼だけではなかった。


――カシュア、ぼくは平気だよ。ちょっと休むことにはなるけど、それより、はやくあいつを止めて!――


 高い声は目を閉じてカシュアの中でぐったりと身動き一つしないリルのもので、カシュアは彼女を見ながらぎゅっと抱きしめる。


「止めるって、どうやって!? ねぇ、ボク達の街が、街が燃えてるんだっ!」


「かーちゃん、とーちゃん、ねーちゃん達もいるかもしれないんだ、あいつってどこだよっ!」


 声に大きな声で反応を示したのはシドとソラ。今まで呆然と赤に染まった、燃え行く炎の森の先、自分達の街を見ていたのだが、声に反応して目を閉じているリルへ視線を向けていた。


――ソラ、シド。落ち着くんだよ。デリィもだ。まだ大丈夫だよ、あいつはきっとまだ切り札には手を出しちゃいない。だけど、次のチャンスが正真正銘の最後のチャンスだ。気をしっかり持って、戦っておいで、あたしの子ども達――


 優しい声色が、諭すように我を失っている子ども三人へと話しかける。落ち着いた声色はバークティスのもので、ルーナの目元から透明な液体が零れ落ちた。


「師匠、バークティス、リル……私が遅くなったから……」


――いいかい、ルーナ。リルはまだ助かる。だが、あたしとヴィーダは長く生き過ぎた。元からもう長くもない身。気にすることじゃない、それよりも――


――わし等が生きてるうちに奴を、止めてはくれんか?――


――むかしむかしの、レーヌ・ルーナと彼女を守った英雄の、あの時をもう一度あたしに――


――わしに――


――見せてくれないか?――


 バークティスとヴィーダの声が交互に反響して、最後には重なって頭の中へと響く。ルーナは、持ったままだった剣の柄をぎゅっと握り締めた。


「師匠、バークティス……」


 大きく頷いて、彼らのことを呼んだ。その時、ルーナの背中から大きな風が吹き荒び、髪をさらっていく。気を抜くと、飛ばされてしまいそうな程の勢いだ。


「ほぉ、あれだけ忠告や力の差を見てきたのに、また戻ってきたのか、小娘。」


 身体がピリっと痺れたように動かない。カタカタと手が震える。一瞬、ラッシュの光景と、洞窟で最初に見た仲間の悲惨な光景がフラッシュのように目の前で交互に現れる。

 肩に暖かい感触、もう一方にも強く握られた感触。そして、両手もきゅっと小さな手に握られた。箇所から凍った身体が解けて行くような感覚を覚える。


「ぜーーーーったい、ルーねぇがお前なんか倒す!」


「そうだそうだ!」


 聞こえたのはソラとシドの声。


「あんたねぇ、絶対昔話と同じようにしてやるわ、あたし達の手でね!」


 カシュアの声、そしてもう一人が口を開く振動がルーナの肩から伝わる。


「ラッシュの代わりに、お前を撃つっ!」


 すっと、胸の内の何かが消え去った気がした。だから、緊張した雰囲気だったのが嘘のように噴き出して、ルーナは笑った。


「……それは私が言いたかった台詞だぞ、ガーツ」


「なら、ちゃんと言えよ」


 ガーツも笑いを含んだ声を返してきて、やっと肩の力が抜けた。一旦手を全て離してルーナは振り返る。ゆっくりと変わる視界。真っ赤な色の中に浮かびあがっている、金色の黒龍。真っ赤に染まった目と金色の目があった。

 再び添えられてきた暖かい手を、ルーナは感じていた。


「……英雄ラッシュの代わりに、貴様を撃つっ!」


 睨み付けたまま、大声で宣言するルーナ。それが合図だった。ルーナから離れた四人がそれぞれの武器を構える。


「先ほどから聞いていれば勝手なことをっ! 先ほどのことを忘れたというのか? ほざけるな、人間ごときに何ができるっ!」


 ドラゴンの口が大きく開き、喉元に赤黒い渦が巻く。しかし、それよりも先にドラゴンの目の前で大きな光が弾けた。パンっという大きな爆音が響く。


「できるわ。一人ひとりの力が弱くても、愛。それがあればわたし達はなんだってできる」


「ネリヤの言う通りだ。ぼく達は愛で結ばれている。恋愛、友情、師弟愛、それがどれ程のものか、思い知らせてやるんだっ!」


 そして必死に発せられる声が全員の耳に届く。息を荒げながらも手を組合い、立っている二人はネリヤとヨーランで、輝く緑色の瞳でドラゴンを凝視していた。

 結ばれた手には大きな矢が生み出され、輝きながら、連続でドラゴンに向けて放たれる。爆音が続く中、二人は今度はルーナへと視線を向ける。


「ガーツさん、ルーナさん、ネリヤと会わせてもらったこの恩、今。お返しします!」


「ヨーランとわたしができるだけ引き付けるから、そのうちにお願い!」


 もうもうと煙が立ち込める中、ネリヤとヨーランは矢を撃ち続けている。その度に煙から炎が舞い、鋭い爪が姿を覗かせ、なんとか避けている状態だ。

 口々に声を出して言う二人に、ルーナは頷いた。そして、カシュアに視線を向ける。


「わかってるわよ、リル。ここで待ってて、あたしが、絶対に……」


 リルを降ろすと、カシュアは腰につけた銀色の布を手にとった。そして大きく翻し、声を頼りに攻撃してくる炎を追い払う。


「カシュアはソラとシドを守って、ソラ、シド。お前たちはあいつの動きを止められるか!?」


「やってみる!」


「任せてよ、ボク達だって、守るんだ! 街を!」


 ソラとシドの声を聞いてルーナがガーツの手を取った。三人から離れるように駆け出す。走っている最中に、ソラとシドが奏でる音が耳に入る。綺麗な音色だ。力強い、それでいて優しく、面白く。ソラとシドのような音楽だ。

 ルーナから手を引かれたガーツが彼女の隣へと追いついた。そして顔を二人で見合わせる。


「で、どうするんだ?」


「後ろから回る。サポートしてくれ」


 小さくほぼ口の動きのみで会話する。走る足音だけが響くも、ガーツが頷くと同時に二人の足音は消えた。鞭を足元に網目状に張り巡らせ、音を吸収させているのだ。

 後ろでは、避け切れなかったのだろうヨーランが倒れているのをネリアが必死に守っているのが視界に入る。しかし、それを気にしている場合ではなかった。強力な武器が醸し出した煙りが晴れようとしている。そして、ソラとシドの音楽で敵のディストラクを止めることはまだできていない。

 心臓が大きくドクリと鳴った。けれど、ルーナは賭けるしかない。時間はないのだ。炎が燃え広がる前に、ヴィーダとバークティスの命が尽きる前に、ルーナは英雄にならなければならない。ドラゴン退治の英雄に。

 崖がなくなってもルーナとガーツは走った。足場を前へ前へと鞭が作っていく。半円を描くような道を走り、ドラゴンの背中へ行き着いた。はずだ。

 ルーナは鞭で作られた地面を蹴った。

 煙が晴れる。ルーナの眼下に真っ赤に染まった鋭い光が映りこむ。そして、白い大きな牙。

 背筋がぞっと冷たくなった。しまった、気づかれた。と思うと同時に見たこともない灰色の映像がルーナの目の中に映りこむ。同じく鋭い眼光に食い込みそうな牙。開かれた口に落ちていく。

 それがすぐに剣の記憶だと気づいたのは、耳に響く叫び声だった。誰の物なのか、ルーナはすぐわかって、同時に恐怖よりもカっと胸が熱くなる。


「ラッシュの二の舞になど、私はならないっ!」


 叫ぶと同時に目の前の景色に色が戻る。そして、剣が光を放つ。同時に頭の中でパンっと何かが弾けるように真っ白になる。

 ルーナがつけた髪飾りが反応するように金色の暖かな光を帯びた。


――私に、力を……集めて――


 透き通るような女性の声。それは、ルーナだけではなく、その場に居た全員の耳奥へと響くもので、まるでそれが当たり前のように全員が導かれた。

 ネリヤとヨーランの弓、ラブレインボーは放たれて、カシュアの銀色の布ファントム・オペラは輝きを放ちながら帯状の輝きが弓の矢に巻きつき、ソラとシドのレブラ・ポーンは笛の入り口から光を放ち、デリィの靴エルメス・タップに巻きついたと思うとさらに輝きを増して、それぞれがルーナの髪飾りへと導かれる。

 ガーツの鞭ライカンス・ウィップが、ルーナを金色に光りながら包み込んだ。

 黒きドラゴンが吐き出した炎の渦にも金色の光が混じり、炎を弾くように周りに胡散させる。


「ルーっ!」


 ガーツが包まれた彼女の名を呼んだ。すでにライカンス・ウィップは、ガーツの制御を越えていた。どうなるのかガーツにはわからない。

 名前を呼んだことで反応したのか、鞭はパラパラと解けて行く。姿を現したのは、金色の短髪をなびかせ、両手に巨大な剣レジャー・シャープをドラゴンに向かって振り下ろしている女性。

 剣は髪飾りに集まった力を貰うかのようにどんどんと大きさを増して行く。あっと言う間の出来事に、ドラゴンは逃げることができなかった。

 いや、ソラとシドの笛の音が先ほどより大きく響き渡り、巨大な身体の動きを封じ込めているせいもあるだろう。

 全員の見る目の前で、剣はドラゴンへと深く、深く刺さって行く。輝きを放つ二人の身体は傍から見ると黒い影のようで、まるでシルエットが動いていくような感覚だった。


「人間ごときがぁああああっ!」


 突き刺さった剣は、重みで硬い皮を突き破り、それを引きちぎった。輝きが徐々に薄れて、叫び声を上げた大きな影はどさりと地面へ倒れこむ。


「私の勝ちだっ!」


「わ、我……諦め、ぬ……我の、後……継ぐべし者…………が…………」


 高らかに宣言したルーナの声に、響く割れた声が細切れに言葉を紡ぐ。しかし、じょじょに声は消え、何も聞こえなくなった。


「……ルーナ!」


 カシュアが最初に巨大な物体が倒れた方へと走り寄る。全員が釣られて後を追うように駆け寄った。

 しかし、近くまで来たものの、強い光に阻まれて目を細め、カシュアを筆頭に足を止めてしまう。

 大きな影から、眩い光を放つ物体が競りあがるように出てくる。女性の影はかき消されたように見当たらなかった。


――星の使途達よ、助けに来てくれると信じていた。月の王女レーヌ・ルーナを導き、私を助けてくれたことの礼を言おう――


 ぱっと白い光が走ったかと思うと、今度は淡い黄色が辺りを支配して、ぽっかりと浮かび上がる黄色い光が小さく揺れている。その黄色い光の中に目を閉じた女性が浮かび、眠っているようだった。

 金色の髪が綺麗に腰まで伸び、水の上に浮遊しているかのように広がりながら、白いドレスと着た彼女は黄色い光の中で浮かんでいる。

 呆然としたままガーツが彼女の愛称を呟いた。


「ルー……」


――レーヌ・ルーナは私と共に月へと帰らねばならない。弱まった私の力と星達の力を再び構築するために――


 深みのある声は、説明するかのようにもう一度頭に響いてくる。これが、月の言葉なのだ。ソラとシドがガーツの服を掴んで宙に浮かんでいるルーナを見つめた。


「ルーねぇ、いっちゃうの?」


「そんな、帰ろうよ! ルーねぇっ!」


――ソラ、シド。私は、月の者だ。月のために帰らなくては……いけない――


 必死の双子の叫び声にそれまで目を閉じていたルーナがうっすらと目を開けて、口を動かしながら頭に声を響かせる。

 少し悲しそうな表情を向けて、ルーナはソラとシドに手を伸ばした。誘われるようにソラとシドは前に出て彼女へと近づいた。

 ルーナは身を屈めると二人を腕の中に抱きしめた。ソラとシドもしがみ付くように彼女に抱きつく。


――ソラ、シド。お前達には、信じるということを教えてもらった。一緒に入れて楽しかったよ、ありがとう――


「ルーねぇっ」


「うぅ、やだやだ、いかないでっ」


 大きな青い瞳から涙が溢れ出るのを、ルーナは眉尻を下げながらも彼らの頭を優しく撫でた。


――カシュア。ソラとシドを頼む。貴様には、怒りという物を教えてもらった。同時に、人の気持ちがどういうものか、わかったような気がするんだ――


「ばかっ……ほんと、王女様だったんだから……今のあんたは違う。終わった。んだね……」


 ソラとシドを抱きしめながら、カシュアに顔を向けたルーナに、カシュアふんっと鼻を鳴らしてみせる。けれど、すぐに眉尻を下げ、嬉しいような悲しいような表情で足元のぴくりとも動かない黒い影を見遣った。


――あぁ、解放された月が全て抹消するだろう。ネリヤ、ヨーラン。突然お願いしたにも関わらず、巻き込んですまない。お幸せにな――


「ルーナ王女も、お幸せに」


「わたし達は信じるわ。神話の月の周りを回る星の存在を」


 ヨーラン、ネリヤと順に応えると、二人は同時に頷いた。ルーナははにかんだ笑みを向け、ソラとシドをそっと離した。そして宙をパタパタと飛んでいたデリィを指で呼ぶ。


――デリィ、強くなったな。お互いに。……バークティスは私と一緒に月の世界へと旅立つ。お前の勇姿が見れて幸せだろう、何かあったら空を見るんだ。彼女はお前を見守っている。もちろん、私もな――


「きゅーいっ!」


 近づいて来たデリィの頭をそっと撫でるとデリィは大きく空に向かって嘶いた。ルーナは状態を起こすと最後にガーツへと視線を向けた。緊張したようにガーツが姿勢を正す。


――ガーツ。世話になった。ヴィーダ師匠も月と共に行く……貴様に、お願いがあるんだ――


 ルーナはガーツを手招いた。ゆっくりとガーツは双子の間を取ってルーナへと近づいた。ルーナは自分の手から元の大きさに戻った剣をガーツへと差し出す。


――これを、持っていってくれ。それと、お前にかかった星の力を、今解き放とう――


 ガーツが剣を取るとルーナは暖かい掌をガーツの頬に触れさせた。そして手で人から見えないようにすると、顔を近づけて掠める程度の口付けを送る。驚いて目を瞬くガーツに、ルーナは悪戯が成功したような表情を浮かべてぺろりと舌先を出して見せる。


――そういう顔をしていたんだな。ガーツ――


 ふっと笑みを浮かべて呟くルーナの声にガーツは自分の顔に触れた。少し引っ張って見える茶色の淡い髪、そして意思の強そうなくりっとした猫目の中はルーナと同じ金色だった。

 思っていたよりも幼い表情にルーナは笑いながら彼の頬から手を離す。


「ルー……俺はっ」


――ガーツ、たとえ外見が戻っても、貴様は星の因果の中にいる。貴様は貴様のレーヌ・ルーナに、これを渡せ――


 ガーツが何かを言いかけると、ルーナは人差し指を彼の口元に当てて黙らせた。そしてそっとガーツの手を取ると、彼の手に自分の頭につけていた髪飾りと、首にかけていたルーペを手渡した。


――ガーツ……好きになりかけてた。今まで、ありがとう――


 小さな声で耳打ちをされて、ガーツは微妙に肩眉を下げてルーナを見た。ルーナはふわっとした笑みを浮かべて空を見る。光が降りて来た。

 すぐにはっきりとした形に変わり、ルーナの隣へと彼が立つ。黒い髪に黒い凛々しい目。


「ラッシュさんっ」


 カシュアが息を飲んで叫ぶ。ラッシュと呼ばれた男は、ルーナの腰に手を回すと優しく抱き寄せるように彼女の横に並んだ。嬉しそうにルーナの表情が緩み、彼女も彼へと抱きつく形を取る。


――皆さん、ルーナを今までありがとう。二人で、空から見守って行きます――


――みんな、きっとまた会えるから。その時まで楽しみにしている。ガーツ、後は頼んだぞ。きっと、すぐに見つかる。彼女は――


 二人は頭を下げると、ルーナが含みのある笑みをガーツに残したまま、灯りと共に空へ空へと上って行く。ただ呆然とその場に居た全員はそれを見送った。

 輝きがぱっと消えさえると、辺りは何事もなかったかのように静まり返っていた。大きな影もあんなに燃え盛っていた赤い炎も、まるで初めからなかったかのように消えうせている。

 これが、月の力なのだと実感できる程だ。


「……終わったのね。何もかも」


「ずいぶんとあっさりとした終わり方……だったな」


 カシュアの言葉にガーツはぽつりと応えた。カシュアは苦笑して空を見上げる顔を元へと戻し、ガーツを見る。


「あんたって、本当の姿? は、割りと幼いのね」


「ちいせぇ頃に五歳ぐらい上の年齢に変えられたからな。星の力で……んまぁ、で、これからどうするよ?」


 笑いながら頬をつついてくるカシュアに、ガーツは首を振ってそれを払い、ちらりと視線を順に送った。

 初めに応えたのはネリアとヨーランで、手を繋いだまますぐにでも二人の世界に入りそうな勢いだった。


「私達は二人でまた旅をするわ。ね、ヨーラン」


「あぁ、まだまだ二人きりでしたいことがあるからね、ネリア」


 目が輝いてお互いを見詰め合っている二人に頬を引きつらせながら、ガーツはデリィを呼んだ。すると、デリィが靴を即座に打ち鳴らす。二人は強制的に旅に出されたようだ。


「お前たちは?」


「オレはガーツにぃについてく!」


「ボクもー!」


「きゅーい!」


 子ども三人分の返答にガーツはぷっと噴いて笑った。あどげない笑顔にカシュアも頬を緩めて頷いた。


「あたしもそーしよ。っと! で、ガーツはどうするの?」


「そうだな、まずはルーナの護衛分の後払い分を貰いにあいつの国に行くかー」


「いいわね、国王とお姫様に英雄ラッシュとルーナのお土産話してあげないと」


 ガーツは笑って後ろに手を組みながら足を踏み出したものの、カシュアの返答に固まってぎこちない動きを見せながら彼女を見た。


「お姫、様?」


「え、あんたもしかして知らないの!? ルーナの子どもよ、子ども!」


「子ども!?」


 カシュアの言葉にただただ驚きの声をガーツは上げた。


「嘘だろぉおおお!?」


 そして彼の声は森に響き渡った。

 結局、ガーツ達はルーナの国へと赴いた。ルーナとそっくりのガーツのレーヌ・ルーナと出会い、昔話は再び続いていく。幾度も幾度も……。

 そして、レーヌ・ルーナの物語には一つ、新しく語り継がれていくのだ。ドラゴンと戦った王女がいる。彼女の名もまた、レーヌ・ルーナ。人は彼女を英雄になった王女。と呼び、いつまでもいつまでも彼女が出会った物語りを……語り継いでいくのだ。




多分、どこかしら矛盾が生じたり、伏線回収ができてなかったり、わけわかめの部分はあると思いますが、どうにか終わらせることができてほっとしています。

本当はもうちょっと長編のようにしたり、バトルをガンガン入れてみたり。とかしたかったんですが、時間が…ない。というわけで、また今度ゆっくりと修正をできたらいいな。と思ってます。

特にバトルとか、後ネリヤとヨーランとか後半にでてきた人の特色があまり生かせてなかったように思いますので、そこらへんとか。


番外編とか、この後のガーツとルーナの子どものレーヌ・ルーナの話とかシドの話とかも書きたい。と思ってますが、一応レーヌ・ルーナ―英雄になった王女―の話はこれでおしまいです。


少しでもレーヌ・ルーナの世界に触れて楽しんでいたたければ幸いです!


世界観はまだ出してない部分とかすごくたくさんあるので、ちょっともったいないかな。とも思ってますが、一からほぼ作り上げて完成できたのは嬉しいです。また機会があったらレーヌ・ルーナの世界を書きたいです。その時はまたお付き合いください。


ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

応援して下さったり、読んでくださった方々のおかげでここまでくることができました。感謝してもしきれないほど!

他の作品もぜひお付き合い下さい。

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