表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/12

灰被り姫 1

       1



天照大御神。それは、日本神話に登場する神、太陽を司る神として八百万の神の頂点に立つ神である。その姿は美しく、光に満ちた神々しい形で描かれることが多い。


天照大御神にまつわる神話は多く語らえてきてるが、当然のことながら、それらは空想上の作り話であるというのが常識だろう。


だが、その一部が真実だとしたら。本来の姿ではなく、神話という形で曲解された物語になっているとしたら。神話のどこが嘘で、どこが真実なのか。それを知るのは、ごくごく限られた一部の人間しかいない。


そして、暗い夜道を一人で歩いている、この男性も真実を一切知らない人間の一人だ。


男性の名前はヤナギ 恵介ケイスケ 45歳。今日も遅くまで残業をしていた。普通のブラック企業に勤める中年だ。草臥れたスーツに履きつぶした革靴。疲れたサラリーマンをステレオタイプに表したような見た目だ。


数年前に妻と離婚し、一人娘の養育費を払うために今もこうして遅くまで残業をしていたところだ。娘の恵美メグミは来週から私立の女子高に通うことになったという。さらに養育費が必要だ。


「最後に恵美と話をしたのはいつのことだったか……」


恵介はため息交じりに呟いていた。離婚してからこういう独り言が多くなったような気がする。


「恵美は中学に入る前だったよな……。お父さん臭いとか言い出したのもその頃だったっけか……」


人気のない深夜の路地に男の小さな声だけが残る。


「はあ……、疲れた……。コンビニで酒買って帰るか……」


もうすぐ4月になるが、真夜中の道はさすがに肌寒さを感じる。こんな時間になるまで仕事をしなきゃいけない人生に辟易としながらも、娘のためだと言い聞かせて今日も踏ん張る。

酒でも飲まないとやってられない。元々それほど酒を飲む方ではなかったが、離婚してからは酒量が増えた気がしていた。


いつもの仕事の帰り道。深夜まで残業していて開いているのはコンビニのみ。何も考えなくても足が勝手にコンビニの方向へと向かっていく――はずだった。


「……ん?」


恵介は奇妙な感覚に足を止めた。ふと周りを見渡すと見慣れない風景だった。いつもの帰り道とは違う。どこか別の路地に入りこんだのだろうか。


「どこだ……?」


考え事をしながら歩いていたせいだろうか、いつの間にか知らない場所に来ているようだ。だが、それでもおかしい。この辺りの地理には詳しい。多少違う道に入ったとしても、まったく知らない場所というのは妙だ。


「戻るか」


恵介は踵を返して道を戻る。ここで、少し悪寒を感じていた。夜もだいぶ更けているから肌寒いのは当然のことなのだが、それでも何か不自然な寒さを感じていた。


恵介の足は自然と早くなっていた。何かは分からないが、嫌な感じがする。疲れているせいもあるだろうか。早めにコンビニに行って、酒を飲んで寝たい。そんなことを考えながら、来た道を戻っていくのだが……。


「おかしいな……」


まっすぐ反対に歩いていたはずなのに、一向に知っている道に出ない。それどころか、どんどん人気のない細い路地に入って行っている。


街灯も疎らで、道の両脇に立つ建物も空き家のように古く、朽ちかけた塀には蔦が絡みついている。それなりに長い間この地域に住んではいるが、こんな場所は知らない。そもそも、寄り道せずにまっすぐ近くのコンビニに向かっていたはずだ。


「どこだよ、ここ……」


恵介はスマホを取り出してマップアプリを起動させる――が、GPSが反応しない。ずっと読み込みをしているだけで、位置を特定できるようなものは何も示してくれない。


「帰り道で迷子って……。そうとう疲れてるな……」


独り言ちながらも、仕方なく足を進める。歩いていればそのうち大きな通りに出る。そうすれば大体の場所が分かる。


だが、そんな単純な予想に反して、薄暗い路地から抜け出すことはできないままだ。単にまっすぐ進んでいるだけにも関わらず、大きな通りに出ない。


流石にこれはおかしい。GPSもまだ読み込み中。冷たい嫌な風が肌身に染み込んでいく。腐った沼に足を取られて身動きが取れないような感覚。恵介の背中を不快な汗が流れていた。


それでも立ち止まっているわけにはいかない。とにかく早く家に帰りたい。その思いだけで足を進めていると、前方に人影が見えた。


身長の高い女性のようだ。街灯の下に立ち、こちらを見ている――ような気がした。“ような気がした”とは女性の視線が分からないからだ。顔の全てが長い前髪で隠れている。顔はこちらを向いているようなので、こっちを見ていると判断しただけだ。


(や、ヤバい……ヤバい……。あれは……ヤバいよな……!?)


どう見ても普通ではない。こんな時間に一人で外出していることもそうだし、異常に長い髪もそうだが、白い服に裸足で、かなり汚れている。


(引き返そう……)


そう思った時だった。恵介は女と目が合った気がした。一瞬だけだったが、女の目が見えたような気がした。それは腐敗して原型を留めていないような歪な目だった。


「うッ……アッ!?」


恵介は思わず声を出してしまった。そして、すぐさま来た道を走りだす。


「絶対にアレじゃねえかよッ!?」


普段の運動不足でもこういう時には体は動く。緩んだ体に鞭打って無理やり走る。息が切れても、足の筋肉が悲鳴を上げても関係ない。走って逃げる。ただそれだけだ。


来た道を右に曲がり、左に曲がり、そしてまた右に曲がり、どんどん走っていく。そこで恵介は急に立ち止まった。


ゼエゼエと息を切らしながら周りを見渡す。


「どうなってるんだ……? まっすぐの道だったはずだぞ……?」


恵介がさっきの女に出会うまでに進んで来た道はまっすぐの一本道だった。だが、同じ道を走って戻ってくる際に、右にも左にも曲がっている。同じ道なのに違う道になっている。


「クソッ……、どうすればいい……。ああ、なんなんだよアレは……。もう、絶対にヤバいアレだったじゃねえか……。今まで一度も見たこともなかったのに……。なんでこんな所で……」


恵介は心霊現象を信じていない。心霊現象を否定しているつもりはないが、単に興味がないから考えることもなかった。たまにTVでやっている心霊番組を娯楽として消費するくらいのもの。だから、こんな怪異に遭遇するなんて、考えたこともなかった。


「兎に角だ……。朝まで逃げるしか――」


「アナ、ワタ、アマ、ミ、タス、ス、アアアアアアアアアアッーーーー!!」


「うわああああああああああーーーーッ!?」


再び歩き出そうとした時だった、急に後ろから覆いかぶされるようにして、さっきの女が抱き着いてきた。


ベタベタとした長い髪が恵介の首に絡みついてくる。


恵介は悲鳴を上げながら髪の毛を振りほどいて、這う這うの体で駆け出した。息切れも、痛みも関係ない。恐怖が全てを乗り越えてくる。ただ、ベタベタとした女の髪の感触だけが纏わりついてくる。


何度目かの曲がり角を曲がったところ――


「行き止まりッ!?」


急に高い塀に囲まれた袋小路に出た。すぐに引き返さないと、追いつかれる。すぐさま恵介が振り向いて走りだそうとしたところ――


「ヒカ、ヒ、ヒ、ヒ、アカ、ヒ、アカ、ヒ、ヒヒヒヒヒッヒッ!!!」


女が奇声を発しながら腕を伸ばしてきた。それは文字通り、腕が伸びてきた。それも、左右の腕だけではない。どこから生えているのか、複数の腕が伸びて恵介を捕らえる。


「アッ……ガァッ……!?」


手足を捕まれ、口を塞がれた。さらにベタベタとした長い髪の毛が恵介の全身に絡みついてくる。


ガタガタと震えるだけで身動きが取れない。声も出せない。心臓の音だけがバクバクと警笛を鳴らし続けているが、何もできない。


(こんなところで……俺は……)


恵介の中をどす黒い何かが侵食していっているのが分かった。目の前がぐるぐると回って、強烈な吐き気がする。体の内側から無数の虫に食われているような痛みと絶望感が襲ってくる。


そんな中で、どんどん恵介の意識は薄れていく。もうほとんど何も見えないような状況で、女の後方で何かが光ったように見えた。


そして、何か複数の声のようなものが聞こえた気がした。


「中級魔障種です。中年の男性が一人、捕縛されています。すぐに救助を」


「緊急性あり! 繰り返す緊急性あり! 男の生死は不明!」


「本部より、即時対応許可出ました!」


特殊部隊の防護服とアサルトライフルを手にした複数の人間が女の怪異に強烈なライトを当てている。


「ワ、ジャ、ワ、ヒ、ワタ、ヒヒヒ、アマ、アマ、アアアアアアーッ!!!!」


女は恵介から手を放し、特殊部隊の恰好をした集団に突っ込んでいった。


「撃て!」


それは高い声だった。芯のある力強い声だ。特殊部隊の中央に堂々と立ち、女の怪異に対して毅然と立ち向かい、発砲の命令を下した。


次の瞬間、一斉に発砲音が響き渡る。闇夜の中でも輝く銀色の弾道が、女の怪異に雨の如く浴びせられる。普通の弾丸ではない。対魔障種用に作られた特殊弾丸。精霊銀と呼ばれる特別な製法で作られた破魔の弾丸だ。


「ギシャエエエエエエエエエエエエエエエエーーーーッ!!!」


女の怪異は断末魔の悲鳴を上げながらハチの巣にされる。決着は一瞬だった。全身穴だらけになった女の怪異は、ボロボロと崩れて、最後のは跡形もなく消えていた。


それと同時に、周りの景色が割れるように砕け散り、元の住宅街へと戻る。


「被害者の男性の確保! 急いで!」


現場リーダーと思わしき女性の声が響いた。すぐさま、部下たちが恵介の安全確保に向かう。


「天津課長、被害者男性、まだ息はあります。意識不明ですが、呼吸は確認できました!」


部下の男性が早口に報告する。この時点で恵介の意識は完全になくなっていた。


「すぐに搬送するわよ! 山祇(ヤマツミ)、救護班に連絡! 魂性変異術式による緊急措置準備を!」


天津課長と呼ばれた女性は怒鳴るようにして指示を出した。


「こ、魂性変異術式……あれ、をやるんですか!? いや、この人にそれをやっても――」


「他に助かる方法がない! 急いで!」


山祇の提言も聞く耳持たず、天津は命令を下す。迷っている暇はない。一刻を争う状況であることは誰の目に見ても明らかだった。だが、魂性変異術式というのは適性がなければ何も起こらないし、そもそもこの術式の適性がある人間が少ない。あまりにも部の悪い賭けだ。


だが、それ以外の方法で助かる術があるのかと問われると、何も答えることができないのも事実。結局、この分の悪い賭けに乗るしかない。



       2



目が覚めた時にはベッドの上にいた。最初に見えたのは真っ白い天井だ。飾り気のないどこか潔癖な感じがするほどに白い天井。閉められたカーテンの隙間から入ってくるのは橙色の光。どうやら日が沈みかけている時間のようだ。


(病院か……)


恵介はぼんやりとする頭で回りを見渡した。清潔な白いシーツと掛布団。ドラマで見たことのあるような病院の機器。点滴のバッグを吊るしたスタンド。


口元に和感を感じて触ってみると、酸素マスクを付けられているようだった。


周りの様子を確認していると、徐々に頭が冴えてくる。点滴の針を気にしながら上体を起こしてみると、特に痛みや倦怠感はなかった。


体調は悪くない。そう判断でき、ベッドの掛布団を捲ると――


「ん……?」


最初の感じた違和感は自分の手だった。布団を捲る時に見えた手が小さい。すらっとした長く整った指先。自分の手はもっとガサガサしていて、指の毛もそこそこ濃かったはずなのだが、そんなものは一切ない。つるつるの綺麗な手だ。


「何だ――、おん?」


そして、声だ。綺麗で高い声。


どうなっているのか分からず、恵介は自分の体を触り出した。どこか他に違和感を感じるものが――すぐにあった。胸だ。


挿絵(By みてみん)


大きく吸い付くように柔らかい感触。久々に触った感触だが、それが何かすぐに理解できた。完全に女性の乳房だ。


「どうなってる……ッ!?」


更に自分の体を見渡す。細い腰に、しなやかな足。背中に当たる艶やかな灰色の長髪。そのどれもが恵介の物ではない。


「どういうことだ……。どういうことなんだ……? 夢……? 夢にしては、妙にリアルすぎる……。いや、夢なんだろうけど……。夢なのか……?」


そんなことを考えている時だった。唐突にガチャリと音がして、病室に誰かが入ってきた。


入ってきのは二人。一人は気の強そうな30代半ばの女性。もう一人は、長身で物腰の柔らかい長い髪の男性だ。


「美、美奈子……!?」


恵介は驚き、声が裏返っていた。やはり、これは夢なのだろうか。こんな状況で美奈子がいるわけがない。


「あら、起きてたのね、恵介さん」


美奈子と呼ばれた女性は、何の違和感もなく、さも当たり前のように恵介の名前を呼んだ。


「――んなッ!? いや、お前……俺が分かるのか……?」


恵介は更に驚きの声を上げた。何故か女性の体になっていて、声も変わっているのにも関わらず、美奈子は恵介であると確信していた。その理由が分からない。


「ええ、そうね。順番に説明しないといけないわね」


「説明って……、お前、何か知ってるのか?」


「取り合えず、落ち着いて。現状から説明するわよ。まず、今の恵介さんの姿がこれよ」


美奈子はそう言うと手鏡を出して恵介に見せた。そこには、凛とした顔の綺麗な少女の顔が映っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ