6.いやって言っていい
村の空気は、いつも柔らかい。
その日はエリナに手を引かれ、初めて同世代の子どもたちが集まる広場へと向かった。
「少しだけ広場は遠いけど、今日は冒険してみようね」
そう言って訪れた広場には太陽の光が降りそそぎ、子どもたちの笑い声が風に乗って響いてくる。
「ニア、今日はみんなと遊んでみましょうね」
「……あそぶ……?」
「ええ。ニアがしたいことを、ニアのペースでね」
手をぎゅっと握ると、エリナが優しく握り返してくれた。
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広場のまんなかで
広場には同じくらいの年の子どもたちが四、五人ほど。
走り回る子、泥をこねている子、木の棒をふりまわして騎士ごっこをしている子。
「ニアちゃん?」
「この子、エリナさんの子?」
「いっしょにあそぼー!」
ニアの周りにふわっと輪ができた。
…え、どうすれば…?
ニアは、ほんの少し後ずさる。
大人になった心を持っているはずなのに、子どもたちの元気な勢いの前では、身体の方が先に固まってしまう。
それを見て、ひとりの女の子が首を傾げた。
「どうしたの?ニアちゃん、おあそびきらい?」
「え、あっ…」
違うよ、と言いたいのに、声が途中で出なくなる。
(……みんな、どうしてこんなに……
思ったことをそのまま言えるんだろう……?)
⸻
子どもたちは泥だんごを作って遊んでいた。
「ニアちゃんもやるー?」
「これ、あげる!」
小さな手に、ぐしゃっとした泥が乗せられる。
ニアは思わず手を引いた。
(……にがて……これ、きらい……)
でも「きらい」が言えない。
嫌だと言ったら、相手が怒るかもしれない。
泣くかもしれない。
自分のせいで、誰かが嫌な気持ちになるかもしれない。
前の世界で染みついた恐れが、今更身体の奥で動きだす。
「やらないの?なんで?」
「…えっと…その…」
言葉が、のどに詰まる。
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その様子を遠くから見ていたエリナが近づいてきて、そっと肩に手を置いた。
「ニア、どうしたの?」
「……おだんご……いや……」
小さな声で言うと、エリナはすぐに頷いた。
「そうなのね。嫌な時は“いや”って言っていいのよ?」
その一言に、胸がふっと揺れた。
(……いって、いいの……?)
「ニアはニアの気持ちを、言っていいの。もしそれで誰かが嫌な気持ちになっても、それはニアのせいじゃないわ」
エリナは私の手を握りながら、子どもたちに向けて明るく笑った。
「ごめんね、ニアは泥が苦手みたいなの。ほかの遊びなら一緒にできるかしら?」
「じゃあお花つみにいく?」
「そっちがいいのー?」
子どもたちの反応はあっけらかんとしていて、誰ひとり嫌な顔をしない。
…え……怒らないの……?
私、いやって言ったのに……?
世界が静かに揺れた気がした。
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エリナに手を引かれ、花の咲く場所へ移動する。
子どもたちが楽しそうに走っていく。
ニアは、少し遅れて歩きながら、ぽつりとつぶやいた。
「……にあ、いって…いいの……?いや、って……」
エリナは歩みを止め、しゃがんで目線を合わせた。
「もちろんよ。ニアの“いや”は、とっても大事な気持ちよ」
その声は、風よりも優しかった。
…いや、っていってもいい…?
…きらいって…いっても……?
胸の奥で、固くしぼんでいた何かが、ゆっくり息を吸い始めたようだった。
⸻
花畑に着くと、子どもたちは自由にしゃがみこんで、好きな色の花を摘んでいた。
「みてー!これ、かわいい!」
「これニアちゃんにあげるー!」
「わたしは赤がすき!」
好き、嫌い、楽しい、嬉しい。
感情がすべてそのまま声の形になっていて、そこに嘘が一つもない。
…どうして…みんな、こんなに自由に言えるの……?
前の世界で私はずっと、息をひそめて生きてきた。
正しい顔をしていないと愛されないと思い込んでいた。
…でも、この世界では、ただのニアで…いいみたい。
もしかしたら、前の世界だって、本当はそうだったのかもしれない。
…ただ誰も教えてくれなかっただけで。
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ニアはそっと手を伸ばし、小さな白い花を摘んだ。
「……えりな……ニアね……これ、すき……」
自分の“好き”を言うのが、こんなにも怖くて、
こんなにも嬉しいことだなんて。
「まあ…ニアの好き、聞けて嬉しいわ」
エリナが優しく微笑んだ。
それだけで、胸があたたかく震えた。
この世界で。
この身体で。
幼い心と、前の世界の傷を抱えながら、私はもう一度、言葉を学び直していく。




