5.奪われていた言葉たち
——気づけば、私はずいぶん子供っぽくなっていた。
身体が幼ければ、意識も言葉も引っ張られるらしい。
大人としての私よりも、幼い私の方が前に出てくる瞬間が多くある。
季節がいくつも巡るうちに、私は言葉を覚えた。
歩き、笑い、泣き、花を摘んではエリナのもとへ駆けていくようになった。
「えりな」「らいる」「おはな」
そんな幼い言葉が少しずつ形になり、この世界は静かに広がっていく。
エリナは、私が話すどんな小さな声も、一つも取りこぼさないように聞こうとしてくれた。
…そんなこと、前の世界では…なかったかもしれない
ふと胸の奥がきゅっとなる。
でも、その痛みは優しいものに上書きされていった。
⸻
―その日。
庭で摘んだ、小さな黄色い花を握りしめて、
私はぱたぱたとエリナのもとへ走っていった。
「えりな!えりな!あのね!あのねっ!!」
言葉が気持ちに追いつかず、喉の奥で転がりながら飛び出していく。
エリナはしゃがみ込み、目線を合わせてくれる。
「うん、ニア。聞いてるわ。ゆっくりでいいのよ?」
私は息を吸って、一気にまくしたてた。
「きょうね!おそとでねっ!あのねっ、あのっ……おはな!!きれーの!いっぱい!みたの!!」
手をぶんぶん揺らして、胸の中の嬉しさをそのままぶつける。
エリナは優しく頷きながら微笑んだ。
「まあ……そうなの。ニアが見つけたのね。教えてくれて嬉しいわ。ありがとう」
「ありがとう」という言葉が胸に落ちた瞬間、心がふるっと震えた。
……ありがとう?
——ふいに遠い記憶がよみがえる。
——今忙しいからあとにして
——話すなら簡潔にして
——そんなことどうでもいいでしょ
——うるさい子ねえ、黙ってなさい
…そういえば
話を“最後まで”聞いてもらえたことってあったかな…
胸にちくりと刺さる痛み。でも次の瞬間、エリナがそっと私の手を包んでいた。
「ねえ、ニア。あなたのお話、わたし本当に好きよ。聞かせてくれてありがとう」
…好き?
わたしの話が…好き……?
視界がにじむ。
でも私は笑って言った。
「えりな!もっとニアのもっとおはなし、きいて!!」
エリナは幸せそうにふわりと笑い、
「ええ、もちろん。ニアのお話、全部聞くわ」
その言葉が、前の世界で奪われたことばをひとつずつ取り戻していくみたいで、胸の奥が、じんわりと温かく満たされた。
と同時に、
…ああ、私は娘に何をしていたんだろう…と思い、胸がちくりと痛んだ。




