10:彼と私の笑顔
「ちょうど今日干し終わって、すり潰していたところだったんだ。……明日がパーティーだったろう?」
言われて私はハッとなる。
すっかり忘れていた。明日が、明日が私の誕生パーティーであったことを。
でもまさかスペツィエ様がいらっしゃるだなんて思ってもいなくて、だからどうでもいいことだと半ば思っていたのだけれど。
「本当によろしいのですか? 明日にした方が」
「いいや、いい。今、君に食べてほしいんだ」
私は素直に頷いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「コリアンダーの豚肉焼き、どうぞ〜」
スター・アニス嬢が食堂へ運んで来てくれたのは、こんがり焼けた肉料理だった。
たちまち、鼻を直接刺激してくるスパイシーな匂いが部屋に充満する。
「隠し味に八角とか他のスパイスも入れてみたの」
「八角?」
首を傾げる私に、スター嬢はなんだか得意げに言った。「わたくしの好きなスパイスの一つ。さあさあどうぞ」
私は言われるがままに肉料理を口へ運んだ。
途端、肉に絡まるコリアンダーの爽やかさとほのかな酸味が広がっていく。肉の旨味とともに他のスパイスたちの辛味や甘味が溶け込み、美味を作り上げていた。
「うん!」思わず唸り、私は笑顔になった。
スペツィエ様の私への愛と、私のスペツィエ様の愛の結晶。
二つのコリアンダーが混じり合うそれを味わうだけで、とても幸せな気持ちになれた。……ああ、最高。
一方のスペツィエ様を見てみれば、私を見ながら微笑んでいらっしゃる。
こうして一緒に笑ったのなんてどれくらいぶりだろう。そう思うと涙が出そうになり、慌てて顔を背けた。
私たちはそれから肉料理を食べながら談笑し、楽しいひとときを過ごしたのだった。
「スター嬢、ありがとう。素敵なお料理でした」
「いえ、それはあなたたちの頑張りがあってこそよ。またいらしてね」
帰り際、スター・アニス子爵令嬢はそう笑い、私たちを見送ってくれた。
彼女にはまたの機会にお礼をしなくては。そう思いながら私は、スペツィエ様と一緒に帰途に着いたのである。
その間はただただ無言で寄り添い合いながら、馬車に揺られていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
公爵邸のとある一室にて。
私はメアリーに、今日あったことをそっと語って聞かせた。
そしてそれを聴き終えたメイドの少女は、胸を張って言った。
「お嬢様、どうやらうまくいったようですね。私奴の作戦勝ちです」
「そうですね。でも胡荽がコリアンダーであることを教えてくれなかったのには少々腹を立てています」
「えへへ」と悪びれずに笑うメアリー。
それを見ると怒る気が失せてしまうのだから不思議だった。
「ありがとう、メアリー」
「はい! スパイスでお互いの心を鷲掴みにできたようで何よりでございます。明日、頑張ってください」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――翌日。
華やかな照明に照らされながら、私とスペツィエ様は踊っている。
今までのどこかよそよそしいダンスなどとはまるで違う、男と女の、まるで獣のように激しく、かつ花のように美しいそれだった。
他の参加者の目を奪うような舞踏を繰り広げた後、スペツィエ様が私を抱き寄せる。
「ああ……」
温かい。なんて温かいんだろう。
温もりを身体中で味わう私に、彼はそっと囁く。
「アン……いや、コリアンダー。愛してるよ」
「――私もです」
その瞬間、そっと互いの唇が触れ合う。
それはコリアンダーのような、爽やかで甘酸っぱい口づけだった。
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