05
教えてもらった場所へと向かうと、そこには一軒の小さな民家があった。扉をノックし、声をかけて訪問を伝えると、中から初老の女性が出てきた。
「どなたでしょうか?」
「初めまして。僕たちはハヤトとアーリアと言います。実はとある女性から頼みごとをされまして……」
そう言って、懐から指輪を出す。すると、それに見覚えがあったのか、どこでそれを手に入れたのかを聞かれた。話すと長くなることを伝えると、中で話してほしいと言われ、家へと招かれることとなった。
家の中にはもう一人、同じく初老の男性が椅子に座っていた。多分、この二人があの女性の両親なのだろう。
「その人は誰だ?」
女性の父親と思われる男性がそう尋ねると、女性の母親が娘のことを知っている人です、と答えた。父親が家出した奴のことなど放っておけなどと言う一方で、母親は折角来てくださったのだから話だけでもと宥める。父親は不服そうではあったが、一度家に入れた手前すぐに帰すのも具合が悪いと思ったのだろう。話したければ勝手に話せと言われたので、母親は自分たちに椅子へ座るよう勧めてきた。ここに立っていても仕方ないので、お言葉に甘えて座らせてもらうことにした。
ハヤトは女性の両親に湖での出来事を話した。家に泊めてもらったこと。自給自足の生活をしていること。後は、指輪を今まで大事にしていたが、自分の安否を伝えるため両親に渡してほしいと言われたことを。
母親は娘の無事を聞いて安心していたが、父親はまだ生きてたのかと娘に憤慨する様子で、取りつく島もなかった。その様子が気になり、当時何があったのかを聞いてみた。
「ふん! 別に何もないわ」
「その割には怒っているように思えるのですが……」
父親の熱は、まだ冷めきってないように見える。
「それは、この人が必死に頼み込んだからだよ」
「母さん!」
父親が止めようとするのも気にせず、話を続けてくれた。
「次代の巫女を選ぶってなった時、元々はあの子じゃなかったんだ。それを、娘の将来のためにってことで、あの人は必死に頼み込んだんだよ」
父親を見れば、先程よりも怒りは収まっているようだった。
「それで、ようやくあの子が巫女になれるってところまで来たのに、あの子はすぐ出ていったから……。父さんの気持ちもわからないわけじゃないよ」
母親は寂しげな表情をしていた。
「あたしもあの子には幸せになってほしいと思っていたのよ。なにせ、巫女というのは村を治める立場で偉いからね。だから、生活にも困らないし、巫女をやめることになったとしても、結婚相手に不自由することもないのよ」
「そのことを娘さんには言ったんですか?」
母親は首を横に振った。
「父さんは頑固だからねぇ。娘には言うなって、頑なに拒むのよ」
「当たり前だ。男が娘にそんなかっこ悪いところを見せれるか!」
父親はそう答えたが、
「それがかっこ悪いとは思わないにゃ」
それを否定する言葉が、アーリアから発せられた。
「お嬢ちゃんは女の子だからわからないかもしれないが、相手に頭を下げたり謙ったりすることは、男にとって格好悪いことなんだよ」
先程までの語気を弱め、優しく諭すかのように話すが、
「アタシが娘ならそうは思わないにゃ。自分のために頑張ってくれる父親に、感謝の気持ちはあっても、格好悪いなんて思わないにゃ」
父親の方こそ考えが間違っていると言われ、衝撃を受けた表情をしていた。
「彼女に、会って話をしてあげてはどうですか?」
「娘にか? 今更どんな顔をして会うというんだ」
「その変な意地を張らなければいいだけですよ」
ハヤトは懐から小さな丸い水晶のようなものを取り出した。
「これは対になった水晶が近くにあると、輝きを増す道具です。もう一つは娘さんのところにあります。これがあれば彼女の場所がわかるようになっています」
手に持った水晶を、父親へと渡す。
「これを使って、ぜひ彼女へ会いにいってあげてください」
「まだ会いに行くと決めたわけじゃ……」
「彼女の方も、家族のことは大切に思っていたみたいですよ」
何か言いたそうだったが、その言葉を聞いて、内心に思うところがあるように見えた。
「……それに、会いたいと思ったときには、もう会えなくなっている人もいますからね」
自分の境遇に重ね合わせてしまい、ついそんなことを言ってしまった。
「どうするかはあなたたちで決めてください。僕たちはこれで失礼します」
行こう、とアーリアに告げ、ハヤトたちは家を出ていった。
「アーリアにしては、珍しく感情的だったね。どうして?」
海の村を去り、空を移動する中、先程のことについて聞かれた。
「誤解のままでは、可愛そうだと思ったからにゃ。あの女性も、その両親もにゃ。……それに、あの父親は勘違いしてたから、見過ごすことが出来なかったにゃ。自分のことを想ってしてくれた行動を、格好悪いと思うわけがないにゃ……」
アーリアは感謝していた。自分のためを思って、色々手を尽くしてくれる主様に。それ故、自分とあの女性の境遇を重ねてしまった。だからこそ、あの女性のためにも、父親にそれは違うと言ってあげたかった。
「あの両親は、娘に会いに行くだろうか?」
「行くにゃ。必ず」
願わくば、あの家族が元の形に戻ることを祈っていた。自分は主様というパートナーを見つけることで、一人ではなくなったが、長年一人でいたときの寂しさは覚えている。あの女性には、そんな思いを味わってほしくないと考えていた。
「後はあの人たちの問題だから、僕たちに出来ることはもうないよ」
「上手くいくといいにゃ」
「そうだね。……さて、それはそれとして」
「次の国はどうするかにゃ?」
ハヤトの言葉をアーリアが引き継ぐ。
「折角だし、この海を進んでみようか」
「この海は、どこまで続いているのかにゃ?」
「さぁ、僕にもわからないよ」
「……海の上で夜になったらどうするにゃ?」
心配に思い、聞いてみれば、
「そうなったら、夜通しで進むしかないね」
「進むのはアタシにゃ……」
そんな答えが返ってきて、アーリアは意気消沈した。
「その場合は、僕がアーリアを抱えて海の上を走るよ」
「もしかして、お姫様抱っこにゃ?」
「まぁ、それをご所望なら……」
「やったにゃ。頑張るにゃ。何なら、ずっと海が続けばいいにゃ!」
「……さすがに、それは食料が尽きるから勘弁願いたいけどね」
こうして楽しみや苦しみを共に分かち合える人と、この先も共に過ごしたい……。そんなことを願いつつ、アーリアは上機嫌で海の上を進むのだった。




