第11話「俺は敗北したらしい」
今回の投稿は【第9回二ツ樹五輪プロジェクト】その無限の先へ 第4巻出版(*´∀`*)の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定7名)」に支援頂いたkuroさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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メジャーランクRV帯に昇格して大きく変化したのは戦闘環境の変化だ。
RIV帯でランダムな障害物が配置されるようになったのに加えて、これまでフラットだった地形に高低差ができるようになった。この地形変化に合わせたのか、配置される障害物のバリエーションも増え、いわゆる紛れの起き易い戦闘環境になったと言える。
パッと見、どちらもたいした変化ではない。
「地味にこの位置からだと死角になってるんだよな」
「この対戦相手は狙ったわけではないようですが、注意はしたほうが良いですね」
「むしろ、こちらが利用したいところではあるんだが」
動画検証の際に俯瞰視点で見ると尚更感じるのだが、実際にその場で戦ってみるとまるで違う。現実における都市部での局地戦や塹壕戦の環境が、戦闘にどれほどの意味を持つのかを身を以て教えられる事になった。
双方にとっての変化であり、単純にどちらに有利とは言えない。しかし、ここまで大きなアドバンテージとなっていた武装の差がかなり縮まったとも感じている。
時々現れるレア枠……上を目指している途中でたまたまバッティングしたような実力者の中にはヒヤリとされられる事も多いし、痛い目に遭わせられた事もあるが、それでも差は埋まっていないと感じる。つまり、俺はまだまだハンデをもらっている側にあって、その差で勝ちを拾っているに過ぎないのだ。
変化したのは環境だけではない。コレは正確に言えば割合が増えたと言うべきだが、勝ちに来る者が非常に多いと感じる。
下のランクの時点で、ただ黙ってやられる者はほとんど見なくなっていたものの、我武者羅に勝利を求めてくる相手はレアで、マイナーランク昇格の条件を満たす一サイクルでせいぜい一回あればいいほうだった。例の大男に関してはなんか違うので別枠と換算している。
日本所属シンの多数がここを境として活動しているのもコレが原因……あるいは因果関係が逆かもしれないが、とにかくここには明確な差が存在している。あきらかに勝利を掴むための労力が違う。もはや、こちらの装備を見て怯む者はほとんどおらず、折り込み済で挑んでくる者ばかりだ。
もちろん未だ装備性能の差は大きい。それは人類の歴史が証明しているように、一朝一夕で覆るようなものじゃない。しかし、ないならないなりに対応してくる。そういう相手が増えた。
射線をズラすように動き、障害物を上手く活用し、地形で有利を取る。似たような武器を使ってくる相手との対戦経験があるのか、飛び道具への対策を知っている。あるいは、その試合の体験だけで対策してくる者もいたりするので、戦闘センスを感じずにはいられない。
とにかく、そういう基本に忠実な相手が当たり前のようにマッチングするのがこのランク帯なのだろう。
一方で、俺はまだまだ装備の質に頼り切っている。すでに人間をやめるほどに強化されているとはいえ、果たして逆の立場ならどれほど勝ちを拾えるか。
死なないという特殊環境故か、博打のような手を使ってくる者も多い。たいていは対処できるものでしかないものの、当たれば戦況を引っ繰り返されかねない手だ。
そういう行動を見て、かろうじて対処する度にヒヤヒヤさせられる。手痛い目を受ける事も増えてきた。これが試合ではなく戦闘が連続する戦場なら、確実に離脱を余儀なくされる場面だってあった。
俺は少しずつ、少しずつ人間から足を踏み出し続けている。だけどきっと、下駄も履かせてもらえずにここに至り、更に上を目指す者にとって、それは最初から持ち得ている覚悟なのだろう。
この身に刻まれた傷の数と深さがそれを物語っている。セルヴァの超常技術により傷跡も後遺症もなく治療できるが、帰還直後のポッド内ではそれをはっきり認識できてしまう。
その傷はあきらかに下のランクでもらっていたものよりも深く、大きい。勘違いでないのは治療にかかる時間がはっきりと示している。
下駄を履かせてもらっている装備や俺自身の経験や技術が向上しても、勝ちに来ている対戦相手の覚悟はその差を埋めてくる。
「……多分、そろそろ負けるな」
その予想は確信に近い。昇格条件をクリアするための戦いはともかく、RIV帯の頃から続けているマッチング条件を緩和しての一戦のどこかで敗北を突き付けられる。
RV帯で負けずとも次はより確実に、どれだけ運が良くともその次が勝率十割の限界だろう。いや、十割を維持したいのなら条件緩和した枠を使わなければいいだけなのだが、別にそんな事にこだわる気はないし意味もない。
天才と呼ばれる連中は知らないが、どこまでも凡人な俺が成長するのに敗北は必須と割り切るべきだ。……問題はそこから何を得るかだが。
「あいつは何を得てるんだろうな」
ポッドに横たわって怪我の修復を待つ間、考えるのはここまで一番多く対戦した大男の事だ。
俺に限らず負けた相手に勝つまで噛み付き続ける狂犬ガラン。本当の意味で何も得ずにあのスタンスならガチでビビるしかないわけだが、そんなはずもない。あいつがただの狂犬でない事は、購入した情報が物語っているのだから。
地球人類に類似する文明と当たる事がほとんどな現在のランク帯において、奴の文明はかなり異質だ。
姿形こそ近いものの、どちらかと言えば野生動物のそれを昇華させて霊長に至ったような文明であり、強い者こそが偉いと言わんばかりの社会構造。
その中で奴は敗者だった。文明を代表するような強き戦士が別のより強い文明に敗北し、隷属し、戦士となった。……シンと呼ばれているかは知らないから戦士でいいだろう。
言わば奴隷戦士のような身分にも関わらず、奴は可能な限り戦闘を繰り返している。どの程度の待遇かは分からないが、上納しているポイントは相当なものだろう事は想像が付く。その環境でモチベーションを維持できるものなのか。
なのに、対戦傾向からして、何より実際に何度も戦って、それが自暴自棄とは思えない。奴には何か考えがあって、異質なものでも知性を感じるのだ。
りんごは知性を感じないと言っていたが、それこそ文明差によるものじゃないかと思う。ミジンコとミドリムシ間だけで成立する共感かもしれないが、少なくとも何もないという事はない。セルヴァが隷属させたのは奴が現在所属している文明なので、あるいは本当にその域に達していない可能性もあるのだが、俺からはそう見えるという話だ。
そんな奴が、敗北を厭わず同じ相手に噛み付き続ける。俺が敗北した時、その正体を理解できるのだろうか。
「そろそろ次の強化プランの検討を始める頃合いです」
ポッドから出て、ルーチンワークのようにやっている反省会にて、りんごがそんな事を言い出した。それ自体はこれが初ではなく、すでに何度か繰り返しているやり取りだ。
「基礎部分の慣熟がある程度進んだって事か」
「はい。もちろん万全ではありませんが、次の段階に着手するのに支障がない程度には」
確かに、ここのところ慣れを感じてはいた。馴染んでいるというか、体の芯部分に合わせて適合しているというか。少なくとも、強化直後に感じるような違和感は感じていない。
「提案できるプランとしては三つ。このまま更に基礎部分の強化を重ねるか、筋肉や皮膚などの外装部分の強化を始めるか、あるいは脳幹や神経系の強化を始めるか」
「オススメは?」
「順番と方向性の違いでしかないので、明確な差はありません。ただ、どれか一つには絞るべきかと」
まあ、強化手術って慣れるまでは戦闘力が落ちるしな。並行してもできない事はないんだが、勝率を維持し続ける事を考えるなら一つに絞るべきだろう。
これまでのりんごの提示プランには明確な優先順位があり、特に悩む事もなく最優先プランを選択し続けてきたのだが、今回はそれが少し違い、俺が方向性を決めるべきだと。
ただ、りんごの用意した資料で詳細な強化部位を確認してもいまいち絞り切れない。
「……脳幹強化だけ妙に情報量が多いけど」
パッと見ではっきり分かるのはその違いだった。一つ目、二つ目の資料はこれまでのプランと大差はないのに、三つ目だけはあきらかに毛色が違う。
「デリケートな部分ですから。これまでに計測した情報を元に、どこをどう強化するのか精密に定義する必要がありますので」
「まあ、脳だしな」
最初に提示されたらまず間違いなくビビる改造箇所だ。現代人はみんな脳に手を入れているようなものだが、それでもである。
俺では知識が足りな過ぎてどうしても大雑把になってしまうが、前二つでも専門医が個別の検体……この場合は俺に合わせて調整しないと不可能なレベルの強化プランだと聞いている。
それとは桁外れな情報量になるコレは、脳専門の医師でも調整が厳しい内容なんじゃなかろうか。
もちろん、対象がシンである事やここのシステムの影響もあるのだろうが、大部分はりんご個人の能力なのだろう。滝沢がまた羨ましがりそう。
「手を加える部位の一覧は別途用意しましたので、日本国の医師に確認する事も可能です。ある程度はリスクや傾向が理解できるかもしれません」
「脳なら当然かもしれないが、それくらいデリケートな内容って事だよな。ちなみに、分かり易いメリットは?」
「いろいろですが、今回のケースですと特に、シンたちが焼き付け学習と呼んでいるものの効率が上がります」
「おー」
それは、非常に分かり易いメリットだった。実際に体験してて、その負荷を知っているなら、軽減される事のメリットも予想できる。
適性にもよるが、美柑のように回数をこなせる奴は現代社会において明確なアドバンテージとなる。俺だって適性は高いほうなのだが、それでも更に回数をこなせるならどれだけ楽かと思った事は数知れない。
それを考えると、どうしてもこのプランが魅力的に映ってしまう。極短期的に見るなら接近戦に直結する筋肉や皮膚の強化が優先なんだろうが……。
「中・長期的に見るなら三つ目のプラン一択だな。想定される慣熟期間が桁違いだ」
「将来的にはすべて対象になるので、順番の違いでしかありませんが、あえて言うならその通りですね」
結局のところ、上を目指せばまるごと導入するような基本的な部分の順番を決めているに過ぎないと。
この強化が馴染むまでの期間もそうだが、短期間で焼き付けが可能になるなら色々と選択肢も増えてくるだろう。
どの道、この強化は検討の段階だ。実施にはもう少し時間がかかるし、提示された情報を元に検討を続けてもいい。……まあ、多分三つ目だよな。
戦いの日々は続く。これが仕事だから当然とも言えるが、興行でやっているプロの格闘家でこんなペースで試合している者はいない。
政府としても別に強要してこないし、むしろ十和田さんには窘められるほどだが、俺はこれでいいと思っている。
何故だか感じる焦燥感はきっと、一度足を止めてしまえば、振り返ってしまえば得られない類のものだと知っているから。俺はその自身の感情や性質を利用しているのだ。
しかし、それもそろそろ終わりそうだった。
『バイタルダメージが大きいようです。次の対戦スケジュールは少し日を空けましょう』
「ああ、そうだな……」
試合の直後。スピーカー向こうから聞こえるりんごの提案に素直に頷くしかない程度に、ポッドに横たわったままの俺の体はボロボロだった。
相手が特別強かったわけじゃない。単純な実力だけならこれまでにもっと強い奴はいた。なのにここまでのダメージを受けた理由は、おそらく相手のスタンスの違い。先ほどまで戦って相手は勝利とはまた違うテーマを持って挑んできた……ように見えた。
勝ちを度外視して、どれだけ相手に手傷を負わせられるか。対峙した際に感じたのはそういうビジョン。負けが増える事は折り込み済で成長の糧とする、俺とはまた違う形での試行錯誤が見える。
「あんな奴も出てくるのかよ」
そんな奴を仕留めるのは想像以上にしんどい。明確に俺を狙って精神攻撃をしてきているわけじゃないが、もしそうならかなり有用な手だ。思惑はどうあれ自爆特攻のようなものなのだから。
特に、追い詰めてからのしぶとさが厄介だ。ダメージを厭わぬ自爆戦術は、負けを覚悟した上でならそりゃ選択し易いだろう。
経験を積むという意味ではありがたいが、疲労は溜まる。ポッドが傷を癒やしてくれるといっても、体力はそうもいかない。精神的な疲労ならもっとだ。
……俺も保険代わりにああいう武器を保つべきだろうか。
いざって時に自爆覚悟で使える武器が有用かどうかは判断の難しいところだが、こういう体験をするを揺らぐ。
実際、そういう武器は用意されているのだ。旧世代の武器を現代の技術で再現した武器とは別に、現代ならではの旧世代規格の武器が。
手榴弾もあるのだからそれで自爆戦術をとるって選択肢もあるにはあるが、相打ちでなく勝ちを拾える選択肢が欲しい。
自爆特攻ではなく、自爆覚悟の特攻。……うーむ、悩ましい。
しかし、ここにきて、最短期間で昇格条件を満たすスケジュールから遅れが生まれるわけだ。
無理をすれば続ける事はできるし、実際に可能だろう。しかし、それを躊躇うくらいの肉体的、精神的疲労の蓄積は無視できないししない。
きっと、その無理が必要になる場面はあるのだろうが、それは今じゃない。なら、素直に休む事にするのが俺の判断だ。
それはそれとして、ガランはいつもよりも多めに銃弾を叩き込んでしばき倒すのだが、こいつも含めて装備の差が縮みつつあるのは明白だった。
「ちっ……」
ストレス解消を兼ねて、死に体のあいつ目掛けてグレネードをぶち込んでやったのだが、それで少し見えるものがあった。
あいつはあの敗北の段になってもこちらを見透かしてきていた。グレネードがどんなものか身を以て知っているのに、最後の瞬間まで俺を見ていた。おそらくは、俺が今抱えている憤りまで見透かされている。そんな目だ。
なんて事はない、あいつこそ敗北を糧にして勝利を目指しているのだ。そのすべてを身に、魂に刻み込んで糧としている。
猪突猛進な狂犬に見えるのは演技じゃない。明確な意図があってそれをしているのを、こちらがそう判断しているだけ。それなら考えなく繰り返される再戦だって何か意味があるはずだ。
……それがなんなのかは相変わらず分からないが、そんな中ではっきりと分かった事もある。
「あいつ、俺が嫌いなんだろうな」
明確な嫌悪、軽蔑、殺意、汚物でも見るかのような目で見られている。そこに俺が数多の対戦者相手に抱く敬意のようなものはなく、ただただ嫌われている。
別にあいつに好かれようなんて思っちゃいないが、奴以外からそれを感じた事はない。この環境においてはただただ異質な視線だ。
俺はその目を見た事があるから勘違いじゃない。鏡を通して見る俺の目が同じように濁っているのをさんざん見ているから。
なら、奴が抱いているのは同族嫌悪なのだろうか。違う気がするものの、その感情だけはどこか似ているような、そんな気がしていた。
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「の、脳、ですか?」
「うん」
定期的に続けている東堂さんとのデートもどき。その雑談で改造手術の話になったのだが、ある程度想像していた反応が返ってきた。
なんでこんな話をって感じだが、話題にできる内容がこれくらいだったのだ。滝沢や柳さん相手なら戦闘の心構えなんかの話題でもいいのだけど、東堂さん相手だとかなり絞られる。
以前、初めて改造手術をする際に最後の踏ん切りとなったのも大きいのかもしれない。
「やっぱり、二十一世紀前半の常識だと抵抗ある? いや、俺だってビビるのはビビるけど」
「そりゃまあ。ぶっちゃけ、あの焼き付け学習だって未だに慣れたとは言い難いですし」
ああ、東堂さんは美柑と違って焼き付けにも抵抗があるのか。
あいつの場合、切羽詰まっていたのか適性が高いのが影響したのかそういう素振りはほとんどなかったからな。初体験の時期の違いもあるが、現代人だって普通に躊躇する人も抵抗感を抱く人も多いのに、何かに追い立てられるように次から次へと脳に知識を焼き付けていった。
そうでなければ相当に先行している俺に、それも基礎教育校の時点で追いつく事など不可能だろうが、あいつすげえなと素直に感心したものだ。
「だって脳ですよ? いくら現代で脳外科手術が発達しているとはいえ」
「開頭しての手術なら俺も普通に嫌だな」
ポッド周りの事は伝わらないからそういう認識になるのだろうが、焼き付けだって別に手術じゃないし。
「俺がやってるのって、今のところ元の組織を基礎にして強化しているだけなんだよ。これまでの骨や神経はそうだし、今回の脳強化についても同じ」
「本質的には筋トレして発達させているのと同じって事ですか?」
「かなり大雑把だし、本来鍛えられない部分も扱っているけど、そんな感じ」
実際にやって説明を受けるまでは俺も正確に認識していなかったのだが、りんごが提唱してくるプランは置き換えと言いつつ俺の体をそのまま使ったものなのだ。
自然な形でないのは間違いないが、金属のように強化された骨や人類の限界を超えた伝達速度になった神経は元々俺に体にあったものを強化しているのに過ぎない。
もちろん完全な別物への入れ替えもできるけど、それぞれ一長一短でどちらがいいとは言えない。印象の差もあるが、どちらかと言えば性能や特性の話だ。
元の部位を使った強化のメリットは肉体への親和性。慣熟訓練の量や期間が圧倒的に早く済むのが最大の利点である。りんごの場合、そこから更に細かく部位ゆ強度を指定する事で更に慣熟難度を引き下げている……らしい。
だから、今のところいくら強化されても本質的な部分は俺そのものから逸脱していない……と言い張る事はできる。
「なんか、整形手術なんかよりもよっぽどナチュラルな感じなんですね」
「そうだね」
多分、東堂さんが言っているのは過去に存在していたという美容整形の話なんだろうが、どちらにしてもその認識で正しい。
確か二重瞼にしたりとか顔の骨を削ったりとかそういうやつだったはずだ。それと比較すれば、よほど自然体を維持しているだろう。
「じゃ、じゃあダイエットとかスキンケアとか、そういう強化も……」
「そりゃできるけど、それくらいならシンじゃなくても……というか、この島って軍用どころじゃない技術使えるわけだし、普通に提供してるんじゃない?」
「え……そういえば、そうですよね。全然認識してなかった。こないだもネイルサロンの広告見てたのに」
スリーパー故の認識の問題だろうけど、東堂さん容姿レベル高いから気にしてないんじゃないだろうか。
ちなみに、端末を使ってその場で調べてみると、島でかなりハイレベルな美容サービスが受けられるらしい事が分かった。
「た、高い……」
「そりゃそういうものだしな」
保険効かないし。島で提供しているような制限度外視の最新技術なら尚更高いに決まっている。
ただ、パッと見では社会人なら頑張れば出せなくもない額なのが絶妙だな。これだと島の外だとどんな感じなんだろうと調べてみたら、島の価格はかなり割引されているっぽいのが分かった。
「別に俺が出してもいいよ」
「いや、その、えーと……ううー」
これまでにないレベルで悩んでいるのが微笑ましいな。
「だめ、駄目です。お試しでも手を出したらズルズルと沼に嵌る未来が見える。というか、そんなものにお金出してもらうのはちょっと」
「別にいいんけどな。ぶっちゃけ金の使い道ないし」
「……は?」
自然と口から飛び出たのは、ちょっと前までなら確実に言わないだろう言葉だった。
「あー、ごめん。間違えた」
「そ、そうですよね。いくらシンの人が稼いでるって言っても、こんな短期間でそれは……」
「円の使い道がない」
「同じでは?」
だが、これで合っているのだ。一方でポイントはまったく足りていないから、余っているのは円で合っている。
「ガチで金が余るのよ。別にその美容サービスじゃなくてもあげてもいいくらい。 軽く価値観が吹き飛ぶレベルだからオススメしないけど」
「え、えーと、価値観吹き飛ぶのは勘弁願いたいんですが……。ちなみにどれくらいで?」
「そうだな、スリーパーの東堂さん的に表現すると……バブル真っ盛り的な?」
「その世代扱いされても困るというか」
「別に世代扱いしたわけじゃないんだが」
単に伝わるかなーってたとえで、東堂さんがその世代でないという事は知っている。ちなみに、みかんは普通に伝わってはいた。
現代人ではそもそも通じないし、言葉は知っていてもファンタジーと思ってる奴は多い。
「タクシー止めるのに札束投げ込んでたとか聞いてるけど、マジ?」
「あの時代ってそんな事やってたんですか?」
むしろ俺のほうが伝え聞きなんだけど。
「日本全体が狂ってた時代だったとは聞いてますけどね。つまり、人間的に駄目になりそうなんで遠慮しておきます」
「このままだと俺が駄目になりそうなんだが」
「それは知りません」
東堂さんが冷たい。
「中途半端な大金だから困るのかもな。これが滝沢みたいな額になると、いっそ現実味がなくなって気にならなくなるのかな」
「それもどうかと思いますが」
あいつがいくら稼いでるのかなんて知らんが、聞いてる話から想像するに多分国家予算みたいな額だろ。そこまでいくとただの数字にしか見えなそうだ。
「島の外に出れないんじゃ土地も家もあんまり意味ないですしね。……えーと、この喫茶店を買うとか?」
「ここのオーナー、シンなんだってさ」
「そうだったんですか。というか、調べたんですね」
まあ、単にここがそうってだけで、島を探せば普通に購入できる店や土地はあるんだろうけどな。
ちなみにオーナーのシンは宗像慎という、以前山岸面接官とシンの呼び名の話題で名前が出てきた人だ。シンのランクとしては上位層だが、あまり目立たない位置にいる。
もちろんどんな人かは知らないし、なんでここを買い取ったのかも知らない。この地区丸ごととかではなく、ピンポイントでここだけだからなんか意味はあると思うんだが。
別になんとなくでも買えてしまうのがシンではあるけど。
「あ、そういえば、料金出してくれるなら行ってみたいところがありました。あそこ行ってみません?」
「あれ、珍しい。どこ?」
そう言って東堂さんが指定してきたのは、島の中でも結構なスペースを使って造られている総合レジャー施設だった。
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「すごーい」
東堂さんの純粋な驚嘆の声が上がる。
「すご……」
その中にだんだんと引き気味な困惑が混ざり始め……。
「すいません、ちょっと想像以上でした」
最後には呆れの感情が混ざり始めた。なんでやねんと思わなくもないが、理解はできる。
その総合レジャー施設は島の開発初期に造られたもので、当時の日本政府の手探り感を感じられるものだった。
シンが何を求めているのか、何が福利厚生になり得るのか、お役所で思いつく限りの極めて真っ当な娯楽施設を片っ端から集めてみましたと言わんばかりの施設である。
簡単に言ってしまえば、野球場やサッカー場などの個人で利用が困難な場所や、私物としての購入はちょっと躊躇う道具類を完備し、レンタルしてくれる施設である。
なんなら、相手プレイヤーとしてアンドロイドを借りる事さえ可能と、至れり尽くせりなレジャー施設。東堂さんが俺を誘ったのはそんな場所だった。
「ちょっと気になってたんですよね。普段話していると普通にしか見えないのに、言葉の端々から超人みたいな単語が出てくるので」
遊園地や某テーマパークの亜種……というか公認支部みたいな場所もあるのに、わざわざスポーツ系の多い施設を選んだのはそれが理由らしい。
どちらかと言えば施設よりも俺が目的。ようするに、今の俺がどれくらい人間やめた感じなのか確かめてみたかったわけだ。
そりゃ、お茶して話してるだけじゃ分からんわな。ある程度は軽く説明もしているけど、それで実感するのは不可能に近い。
「言われてみれば、俺も気になるかも」
すでに結構なレベルで人間やめている感はあるが、シン以外の何かと比較した事がない。あ、いや、柳さんみたいな化け物とは散々比較されているが、アレも人外の何かだし。
ここなら人間との比較に事欠かない。一般人代表みたいな東堂さんをはじめとして、やろうと思えば各レベルに合わせて調整されたようなアンドロイドまでいる。
過去に様々な実績を積み重ねてきたスポーツというのも比較として分かり易い。
「テニスウェアとか初めてなんですけど、どうですか? 似合います?」
「おー、可愛い可愛い」
「えへへ……」
特に何も考えずに一番高いパスを購入したのだが、それには単に施設利用権や道具の貸し出し以上のサービスが含まれていたらしい。
「ノータイムでプラチナパス購入したのを見て実はちょっと引いてたんですけど、すごいですねコレ。専用の道具から衣装から選び放題ですよ」
「テニスラケットとかボールの違いとか分からんけど、高級感があるのは分かるしな。なんとなく使い易い気もするし」
それらは単に一般的な道具ではなく、ありとあらゆる……とまではいかないものの、プロが使っているようなグレードまで含めたものを借りる事ができる。
東堂さんが着ている衣装だって、過去にどこかのプロ選手が着ていたものの再現だという。本人は良く分からないので、見た目だけで選んだらしいが。
一応、気に入ったら買ってくださいねと言わんばかりに販売フロアも存在しているし、なんなら誘導広告もあるが、案外効果があるのかもしれない。
そして、初心者感溢れるスポーツ体験が始まり、東堂さんが見せた反応が先ほどの三段活用みたいなアレである。そりゅそうもなるわって感じではあるが。
「う、腕が攣る……」
実は、基礎教育校の焼き付け学習にはこういったスポーツ全般の基本的な動作も含まれているため、完全な意味でド素人同士の対戦とはならない。
とはいえ知識に体が追いつくわけもなく、多少サマになっているだけの素人二人の試合っぽい何かが始まった。
結果として、何度もラケットを振り回している内に東堂さんの腕は悲鳴を上げ、地味に試合が成立するだけでもテニス選手ってすごかったんだなと思い知らされる。
俺のほうはさすがにそんな事もなく、レンタルアンドロイドとの対戦を含めて体が悲鳴を上げる事はない。というか、疲れるレベルにまでいかない。
ただ、体が出来上がっている事と技術との間には明確な隔たりがある。専用に調整されたアンドロイド相手の華麗なプレイに力だけで挑むド素人の構図が成立し、一蹴される事になった。
スピンの回転方向まで見えても対応できるわけじゃないんだよな。
ついムキになって一セットとれるところまでは漕ぎ着けたものの、そこが限界。当然の如く東堂さんは引いていた。
「正直、シンの能力を舐めてました」
まあ、普通なら反応できない球に反応し、追いつけない球に追いつき、腕力だけでとんでもない球を打つのは普通に驚愕だろう。
実際にやってみた感覚としては、現代の技術的に煮詰まりきった学生大会でも一、二回戦くらいならゴリ押しできるかもしれないってくらいだと思う。単純に技術もそうだが、立ち回りなども含めて追いつけない。
その後、テニスだけで疲労困憊となった東堂さんは基本的に見学だが、様々なスポーツフロアを巡る。
バスケやサッカーなど一般的なものがほとんど。それもバッティングセンターのような内容一部を切り取ったものばかりではあるものの、元々知っている競技という事は比較もし易い。
一般人であった頃の自分とシンの自分、体感で身体能力を比較するには良い体験と言えた。
「変化球に対応できねえ」
テニスで突き付けられた事だが、技術や経験的なものは追いつかない。しかし、各種神経のアップグレード、筋力増強や体幹強化の影響だけでも十分に人外じみた動きはできる。
それは、ある程度覚悟してきた東堂さんにしても驚愕の光景だったらしい。人間をやめるとはこういう事なのだと。
「……なんでこんな点数に?」
「なんでだろうな」
最後になんとなくで入ったカラオケでは高得点を出せたものの、お互いそれに納得できないという珍事も生まれたが。
「えーと、あんまり上手くなかったですよね?」
「オブラートに包まず、はっきり言ってくれてもいいぞ。歌は本気で苦手だし」
「いやでも、音痴ではなかったですし」
はっきりとした苦手分野。かつての俺は音痴だった。ちょっと群を抜いたレベルの音痴で、絶対にマイク持たせてもらえないくらいだったのだ。俺が洒落でマイクを持つとみんなが退出する。そんなコントのようなノリが通用するくらいには。
シンとなっていろいろ弄られた事でそれらの問題は解決したようだが、それはそれとしてやっぱり歌は下手だった。一応音程は取れているし、声量も確保できているので点数は出る。正確さで上回った事で、あきらかに俺より上手い東堂さんの点数を上回りもしたが、困惑するしかない。
「あんな機械音声みたいな歌に負けるなんて……」
機械音声ってなんぞやとも思ったが、東堂さんが生きていた時代はコンピューターによる合成音声黎明期で、不自然さの残るレベルだったらしい。
それがどんなモノかは知らないが、俺の歌声はそんな感じと評価されてしまったわけだ。
……いやまあ、言いたい事は分かるよ、うん。俺は歌が下手である事を誤魔化す気はないし。
そんな良く分からないオチ付きではあったものの、リフレッシュとしては思ったより良い体験だったと思う。
シンとしての身体能力うんぬんはきっとおまけで、純粋に気晴らしをさせてもらった。それはきっと俺が人間だと安心させてくれるものでもあったのだ。
「さて、明日からも頑張るかー」
明日からの活力に繋がるくらいには。
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その感覚は相手を見た瞬間から始まった。
特別に条件を緩和した試合ではなく、いつもの昇格条件を確保するための戦闘。そこで、あきらかに空気の違う相手とマッチングした。
正直油断はしていたものの、その一瞬で危機感を煽られる程度には強烈な存在感。対峙した相手はそれを放っていた。
「嘘だろ、おいっ!?」
動きのキレが違う。……いや、そうじゃない。これは、戦闘技術だ。
意識のほんの少し外側に逃げ込むような、巧妙に死角を演出する動作と位置取り。それはRV帯の障害物群を上手く利用し、地形すらも利用し、こんな狭いフィールドの中で完全に姿を見失う事になった。かろうじてでもそう分析できたのは、強化とここまでの経験の賜物だ。
混乱の中で更に分析する。このランク帯で遭遇する以上、相手の身体能力や強化の度合いは俺と大差ないはずだ。日本政府所属のシンが得ているポイントの割合は最高比率とは言わずともかなり高く、そこで大きな差が出るとは考え難い。加えて、俺の場合は滝沢に羨ましがられるほどに精密な強化を施されている。りんごよりも上の担当がいないなんて事はないだろうが、普通よりもはるかに上のサポートを得ているはずだ。
つまり、こいつはそもそも素の部分で強い。
「ッ!?」
完全な死角から一撃。おそらくナイフの類で放たれたそれをかろうじて躱した。掠りはしたもののそれだけ。毒を警戒すべきか。
その直後、姿を見せた相手の雰囲気が変わった。これで仕留められると思ったのか、実際にここまで仕留めてきたのかもしれないが、明確に敵対する相手として判断されたのか。
雰囲気に呑まれる。放たれるプレッシャーに息が詰まる。神経への伝達が上手く働いていない。このままでは何もせずに負ける。
その直後、俺がとった行動は半ば無意識下での発砲。すでに攻撃態勢に入っていた事もあり、ここまで繰り返していた動作を反射的に実行する事ができた。
当然の如く命中はしなかったが、一瞬の間隙が生まれた。積み重ねた反復練習と柳さんに感謝。
「く、そっ!!」
速い……んじゃないのに動きを捉えられない。
相手の武器はナイフのようなもので、攻撃するには接近する必要のあるものだ。そこに加えてこちらの飛び道具を見た事で距離を詰めてきた。
ここまで間近に迫れば当然捕捉できる……はずなのに、一瞬ごとに相手を詰めて見失う。体ごと視界から消えるような異次元の体験だ。
おそろしく上手いフットワーク。あるいはそれは軽量級プロボクサーのような存在がシンになったらと思わせるような動きとも思えた。
ナイフの刃だけは喰らわないようにと、大きく回避行動を取っているとまったく違う方向から打撃が飛んでくる。キックされたからボクサーじゃねえ。そもそもナイフ使ってんじゃねーか、こいつ。
スコープどころか目視でも照準を合わせる余裕がない。ならばと諦めて、おおよその方向だけ定めて再度発砲。
ショットガンの攻撃範囲すら完全に逃れる動作に呆れるが、その攻撃でわずかに距離が離れた。
得られた確信は、こいつはまだ散弾の軌道を把握し切れていないという事。大きく余裕を持った動作でカバーしているものの、まだ認識との差があるのか距離を維持できていない。
その隙を利用し、果たして使う機会があるのかと疑問を持っていた独自機構の三点バーストモードへ切り替え、より広範囲に弾を散らす。
そのおかげか、それとも偶然か、わずかな手応えを感じた。
直後にどこにいるのかすら分からないのに手応えとかって思わなくもないが、当たったはずだ。そう信じて移動を開始。
こんな化け物相手に全方位開けた場所でやり合っていられないと、比較的分厚い壁を背に構え直す。
何事もなく移動できた事から分かるが、攻撃は止まった。それはそれとしてどこにいるのか分からないが、最大の苦境は乗り越えたか。
というか、あんなプレッシャー放つ奴がこうも見事に気配消すんじゃねーよ。
集中。集中。集中。警戒したまま、相手の位置を探り出せ。あいつ自身の動作は見えなくとも、完全に周囲と同化する事など不可能なのだから、どこかに必ず兆候はある。
万全ならともかく、攻撃を受けた……はずの今なら、その兆候は大きくなるはず。そう信じる。
「…………」
恐ろしく長い数秒の沈黙。あまりのプレッシャーに息が上がり、呼吸音が煩く響く。
冷静になる事は早々に諦めた。狭窄した視界の中で、それでもすべてを見逃さいよう集中する。
しかし、どれだけ集中しようが、視界だけに頼っていてはあいつを捉えられない。きっとあいつはそういう感覚の隙間をすり抜ける技術を持っている。そんな予感があった。
ならばと、やった事はないし上手くいく気もしないが、全身のありとあらゆる感覚を総動員してパッシブソナーのような事ができないかと集中する。
普通なら達人と呼ばれるような人間が実践する、一般人からすれば眉唾物の技術だが、超常の技術で強化された俺の感覚なら可能かもしれないと。
それが上手くいったのかは正直分からないが、どこかで何かを蹴る音がわずかに聞こえた……いや、捉えられた。続けて、かすかな空気の揺らぎ。
全身の感覚が伝えてくるほんのわずかな揺らぎは、発信源との距離が遠くである事を示している。狭いフィールド、一足跳びで詰めてくるような化け物相手に、たとえ距離が空いていたところで油断などできないと気を取り直したところで――
「な……に……っ」
――それは頭上から飛来した。
気付けたのはそれこそ全身の感覚を総動員した結果だろう。しかし、あまりに想定外な光景にノイズのような混乱が生まれた。
何故というよりもどうやってという疑問が大きい。俺が背にしていた壁は裏に空間があるものの、そんなところから跳躍して気付けないはずがない。
ならば、あの気配は本当の意味で遠くの距離で生まれたもので、そんなわずかな動作のみでここまで跳躍し、上をとったというのか。
ほぼ真上から迫る、ナイフを持った姿に気付き、視認は至った。しかし、ここからの対応手段に思い至らない。そんな手段を知らない。
迎撃どころか回避は不可能。絶対に間に合わない。その瞬間に浮かんだのは、ここまでに得た無数の経験。
……ならば、妥協すればいい。
あのガランのように、被弾を躊躇わない。肉を斬らせて骨を断てれば理想だが、そこまでは求めない。骨を断たれても骨を断つ戦術。
大丈夫だ。いつもの俯瞰イメージなら、攻撃を喰らっても痛覚を無視してそのまま動けるはずだ。
「ああああーーっ!!」
刹那の思考の直後、銃口を上へと向ける。
当然の如く間に合わない。位置エネルギー以上に加速しているようにしか見えないそいつは、銃口が捉える前に俺を捉えてくるはずだ。
だから、待たない。ほとんど勘で、ショットガンにしては異様に拡散範囲のあるこの銃の限界射程に捉えるべく、動かしながら引き金を引いた。
果たしてそれが上手くいったのか分からない。最悪、発砲音でビビられられれば御の字程度にしか考えていない。
次にとった動作は、銃身を使った防御動作。普通の身体能力ではとてもそんな事はできないが、今ならとやった事もない未知の動作に挑戦する。
「うっ……ぐぅっ!!」
銃身を間に挟み込ませる事には成功した。
しかし、相手はそれを折り込み済とばかりに、間を縫って俺の体に刃を突き立ててくる。
無我夢中でどこを刺されたのかすら判断できないが、そのまま押し返すように銃身を叩きつけた。
おそらく、この一手で決められずとも次の手を用意していたはずだ。これでそれを防げた……か? 考える余裕はない。あまりにも高速で動き続ける戦況に思考が追いつかない。
視界に映るのは、俺が押し出した銃身と共に横へと飛ばれされている対戦相手の姿。その光景に本当に一瞬の間混乱するが、どうやらベルトを切断されたのか、そのまま銃を投げ飛ばしてしまったらしい。……それは追撃するにせよ、次の手を警戒するにせよ、武器がなくなった事を意味する。
本当に瞬時の状況把握の間に、相手は体勢を整えこちらに向かって追撃の構えに入っていた。その際、銃を振り払う動作に見えたわずかな苛立ちに、多少でも思惑を外せていると確信を得る。あいつはとんでもない技巧者で強者だが、すべてが上手くいっているわけではない。俺の行動は不完全なりとも通用していると。
今まさに攻撃を仕掛けてくる相手を前にダメージ確認はできない。しかし、おそらく致命傷。今この瞬間は動けるものの、数秒後には出血死しかねないほどの深手であると感じる。
自動投薬される薬で止血しつつ、意識を保ってはくれるだろうが、何秒保つか分からない。
銃は失ったが、完全に手を喪失したわけじゃない。瞬時に切り替えられるよう何度も繰り返し練習した動作でサイドアームを取り出す。
ただし、それだけでは攻撃に間に合わない。そんな事は身を以て承知している。コレを使うには何か一つ動作が……なんなら更なる犠牲も必要だ。
「ッ!」
だから、跳んだ。奴の向かってくる前へと。
防御も回避も間に合わない。横に飛んでも無傷で追撃されるだけ。なら、いっそ前に飛べばカウンター気味にタックルが決まらないかという願望。
そんな願望は本当にわずかだけで、本命は多少でも体勢を崩させる事。踏み込む事で距離感をバグらせるのが目的だった。
その間で取り出せるサイドアームの選択肢の幅は非常に少ない。
ナイフは駄目だ。技量差で当たる気がしない。
手榴弾で自爆狙いも駄目だ。奴は起爆までのわずかな時間で回避しかねない。そうしたら本当に自爆しただけになってしまう。
自爆を覚悟するなら手はもう一つある。政府が用意している珍兵器の一つ。ダメージを無視できるシンなら使えるだろうと作ったらしい超小型、超短射程、なのに高威力の偽装銃。< ナックルガン >なんて珍妙な名を与えられたトンデモ武器だ。
反動ダメージ度外視のコレはほぼ零距離で発射する事を想定しているが、取り回しそのものは悪くない。何より、今このタイミングでおそらく唯一致命傷を期待できる武器。
ほんの数瞬でこれらをこなす。できなければ負けるのだからやるしかないと腹を括った。
「…………」
前に飛ぶ時に感じたのは、おそらく致命傷を負ったが故の脱力感。目に入ったのは相手の驚愕の表情。
きっと、この状況で前に出る選択をする相手と相まみえた事がないのだろう。お前みたいな奴と相まみえたのは俺も初めてだから似たようなもんだ。
ここに至り、こいつは思ったほどには歴戦の戦士ではない事に気付いた。恐ろしいほどの戦闘センス。順応性と即応性。強靭な身体能力と特異な技術。それらの能力を持ちながら発展途上。
体が交差する際、それでも冷静に加えられた追撃に極上の才能を感じずにいられない。
それは俺が持ち得ないものて、常に見上げ続け、突き付けられ続けたもの。
……そう。そういう才能が、その持ち主が嫌いだった。どれだけ努力しようが手が届かない絶対たる唯一無二の才能を嫌悪していた。
そんな暗い感情を想起され、少しでも引き摺り降ろしてやろうという意思で腕を伸ばす。相手からは苦し紛れの拳撃にしか見えないだろう。
交差の際に与えられた追撃は完全なる致命傷。このまま地に落ちた瞬間にも絶命する。詳細は分からないが、そういう深手だと感じる。
だからこそ、不完全な天才が見せた隙を突くような博打が成立する。あとがないのなら躊躇う必要もないのだから。
取り出す際にすでに指に掛かっている小さなトリガーを引き、発砲。
デリンジャーのようなサイズでありながら、変態じみた技術と状況を考慮しない自爆武器はまさにゼロ距離で炸裂し、爆発した。
俺が確認できたのは、手首から先どころか前腕まるごと消失するような、そしてその衝撃で相手の腹部を丸ごと吹き飛ばすような炸裂。
その衝撃によって、俺は地面に到達するまでもなく、そのままブラックアウトした。
気付けば、目を覚ましたのはポッドの中。あまりにダメージを負い過ぎて修復が間に合っていないのは視線を向けなくても分かった。
ぼんやりとした視界の中、意識だけで宙空ウインドウを呼び出し、表示する。
明瞭とは言い難い視界でもはっきりと読み取れる試合結果の表示。
「はは……く、そ」
……どうやら、俺は敗北したらしい。
今回の敗北枠はあと一回あります。(*´∀`*)




