第10話「種族特性」
今回の投稿は某所で開催した
「その無限の先へ」リスタートプロジェクト第三弾「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いた月神さんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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俺が現在所属するランク帯に限れば、シンのランク昇格システムは極めてシンプルだ。
登録時は等しくR0と呼ばれるランクに置かれ、そこで十勝して申請をする事でRIと呼ばれるランクに昇格する。このR0、RIの部分をメジャーランクと呼ぶ。
RI以降はRI-1、RI-2といったマイナーランクで細分化され、このマイナーランクは勝利を重ねる事で数日の処理期間を挟み自動昇格、RI-10などの各マイナーランクの最上位で十勝した上で昇格申請すればメジャーランクが昇格する。メジャーランクアップに一〇〇勝する必要があると考えれば分かり易いだろう。
マイナーランクの昇格処理に時間がかかるため厳密ではないが、処理時間を考慮して一日で十勝する前提なら最短一ヶ月半程度でメジャーランクを昇格できる……が、あまり現実的ではない。
この十段階目にあたるRXランクが現在俺に情報公開されている最上位であり、滝沢がいるという更に上のランクは情報公開されていない。
昇格とは逆に降格も存在する。もちろん最低でもRI以上に昇格している必要はあるが、勝利回数などの条件もなく、申請すれば一定の期間を経てメジャーランクの降格処理が行われる。たとえどれだけ負けようか試合を組まなかろうが、任意の降格申請をしない限りはそのランクに留まる事ができるのだ。
辞める事も任意で、少なくとも申請上はシンである資格を失う事はない。おそらく枠の数は決まっているので、所属する国家の意向でシンを辞めさせられる事はあるだろうが、少なくとも日本では辞めた人はいないらしい。辞める事を強要されるとか、嫌がらせを受けるとか、そういう類の干渉もないそうだ。
多分、最初に提示された二週間に一回というノルマが、日本から見たラインなのだろう。最低限他のシンが出している利益で相殺できていないと、現在のこの体制もないはずだ。
日本のバックアップ体制においては、下級ランクで負ける事はほぼないと言っても過言ではない。
俺が遭遇した特殊な例は事故みたいなもので、あえて狙わないと連続で事故る事もまずない。基本的にただ相手を的にして引き金さえ引けば、勝利ボーナスまで手に入れられる環境だ。
しかも試合数は任意だから、稼ごうとすればいくらでも稼げてしまう。実際には試合のマッチング処理や待機時間による限界はあるものの、事実上回数制限はないも同然だし、そもそも最低限のノルマをこなすだけでも一般的な社会人以上の収入は確保できてしまう。
すでに自分の口座情報を確認しなくなって久しいが、果たして現在何桁になっているのか。すでに日本円の使い道などなく、それは他のシンも同様だろう。
それなら、なんのために昇格するのか。流れ作業のように的を撃つ仕事が嫌になるシンもいるだろうが、大抵は昇格に伴うメリットが目的だ。
俺たちが報酬として受け取っているポイント。これの使い道はランクごとに決まっていて、より上位のランクになるほど選択肢が広がる。自己強化や改造、装備、各種制限の解除もそうだが、ラインナップされる多くの商品が目的になる者は多いはずだ。
そこには常識で考えられないような嗜好品の数々、生活環境の改善など、日本円をいくら積んでも手に入らないモノで溢れている。
ただ、それらの嗜好品やサービスは過剰といって差し支えないもので、大抵のシンはそこそこで満足してしまう。そこからランクを上げる場合は独自のモチベーションが必要となる。それを見出だせるかどうかが、おそらくシンの適正と呼ばれているものなのだろうと俺は考えている。
俺は上を目指す気でいるが、明確なモチベーションを持っているわけではない。すでに生活は不自由しているわけではないし、滝沢の言う相棒云々も強要されているわけじゃない。俺が駄目でも、あいつは次を探すか育てるだろうという確信もある。
そんな状況で俺が短期的なモチベーションにしようと考えたのは、今後着任するであろう美柑の条件を少しでも良くしようというものだった。望まれたわけじゃないし、そもそも本人は知らない、知っても望まない気もする、極めて独りよがりな目標である。モチベーションを求めた自分への言い訳といってもいい。目の前に迫っている日本の最下位というラインを踏み越えるにあたり、その手のモチベーションを設定するのが重要と考えただけの事でしかない。
あるいは、ここで立ち止まるような怠惰に自分になりたくないという、意地のような何だったのかもしれないとも思うが、正体は分からない。
着任からひたすら試合に明け暮れた結果、現在のランクはRIII帯に到達。これが日本の最下位が所属するランク帯で、ここになんらかの停滞する理由があると考えていた。
「うーん」
そんな事を考えつつ挑んだRIII-1の試合は、想像以上に拍子抜けするものだった。
別に弱いとは思わないが、一つ下のメジャーランクと変わらない。なんなら、これまでにもっと強い相手はいくらでもいたくらいだ。まあ、多分選手の平均値が収束し始めるのはもう少し上という事なのだろう。
とはいえ、繰り返し対戦すれば、突出した者とマッチングする可能性は上がっていくはずだと試合を繰り返す。ここまで同じように、ランクアップに必要な勝利数を一気に稼ぐべく。
十勝したあとに振り返ってみれば、多少フィジカルが強いと感じる相手は数人いた。ルーチンワークに慣れ切っていたら、油断して一発もらうかもしれないという程度の相手だ。
以前りんごが言っていたが、低ランクの内は極めて近い構造の生物が主な対戦相手になる。つまり、たとえ異世界人だろうが肉体の耐久度は地球人と大差ないもので、そういう相手を殺傷する事に特化したような装備を持つアドバンテージは極めて大きいといえるだろう。普通にやればまず負けない。
……この条件で停滞する? いくら最下位とはいえ、本当にそうなのだろうか。俺は仮にでもモチベーションを持っているからかもしれないが、少し疑わしいと思ってしまう。何か別に理由があるんじゃないかと。
少なくとも単純な強さじゃないよな?
「そこじゃねーよ。もう少し上だ。メジャーランクでいうならRIV帯」
諦めて滝沢に聞いたら、そのものの答えを持ってそうだった。
確かに、考えてみれば何か問題を感じたランクにそのまま留まるのは不自然だ。すでに通過済みのランクに降格したほうが安定するのは間違いない。
収入の面でもRIVとRIIIじゃさほど違いはない。少し試合数を増やすだけで簡単に逆転するだろうから、収入の面での抵抗のないだろう。
「そこに壁があるのは確かだと?」
「壁……じゃねーな。勝てるかどうかなら当然勝てる。だが、そこに留まるのはちょっと面倒臭いと感じる。そんな差があるんだ。目的がなければ競争意識もない、その上現状維持が難しくないとなれば、余裕のあるRIII帯に戻って留まるのは不思議じゃないってわけだ」
確実に勝てる相手に勝利を重ねるといえばそうだが……そんなもんか。
……案外そんなものかもしれないな。滝沢みたいなスタンスは真面目というより求道者の類だし。今の俺でさえ、他のシンに比べて真面目過ぎると言われているくらいなのだ。
モチベーションがないと想定される最下位連中の真面目とは何か。ひょっとしたら、辞めずにノルマこなしているだけでも十分真面目なのかもしれない。
「この環境で上を目指す奴が重要なのも分かるだろ? もっと自分の限界を見極めるような奴らばっかりなら、俺の相方も簡単に見つかってただろうな」
「つまり、滝沢以外の上位陣もコレに引っ掛からない?」
「全体的に似たような傾向はあるが、やっぱり高適性持ちは上を目指す奴が多いみたいだな。奴らが何をモチベーションにしているかは知らん。こないだの遠征で久しぶりに顔合わせた時も会話すらなかったし」
そりゃ、没コミュニケーションなら知るはずないだろう。だがそうか……高適正持ちは、そこそこでも上を目指していると。
それでも滝沢には届いていない。上を目指す事自体がモチベーションになる求道者は強いという事だな。
ただ、それならむしろ海外のシンには滝沢と似たような奴がいてもおかしくない気がするんだが。上を目指さなくてもいいなんて言う国なんて少数派だろうし、むしろ滝沢を抜けと言い出すのが普通だろう。
単に上のランクでは、モチベーションだけでどうにかなるような世界じゃないっていうなら当然そうなんだろうが。
「ちなみに、RIV帯からはどう変わる? 言えないなら無理に聞く気はないが、ここまではっきり答えるって事はそこまででもないんだろ?」
「RIV帯からはフィールドに遮蔽物が配置される。少し前から柳さんとの特訓で取り入れてるアレ」
「……それだけ?」
「それだけ」
あっさりと出てきた回答は、あまりに拍子抜けするモノだった。
確かに、少し前から物を配置して訓練をする事はあったが。それだけの差異で昇格しなくなるものか?
「それだけだが、条件を変えて見ると違って見えるぞ。自分の持ってる武器とかな」
「武器……ああ、なるほど」
柳さんとの訓練はいつもお互いに徒手空拳だったが、試合では大抵武器を手にしている。それを前提にすれば理解できた。
俺が持っているのは大抵ショットガンだ。……この場合、銃の種類ではなく飛び道具っていうのが大きな意味を持つ。……ようは、射線の確保という行動が必要になってくるのだ。
条件は相手も同じだが、基本的に銃を持ち込んでいるのはこちらだけ。これまでも弓やボウガンのような飛び道具や物を投擲してきた奴はいたが、銃が持つアドバンテージとは圧倒的な差がある。遮蔽物によってそれが削られると。別にウチを決め打ちして対策しているわけではなく、どちらかといえば公平な変化と言えるだろう。
そういえば、これまでも盾やそれに類似した物を持ち込んでくる奴はいたな。それがより面倒になるって話か。
「更にもう少ししたら、フィールドが真っ平らじゃなくなるしな。それでも装備のアドバンテージは埋まらないが……」
「……回数を考えれば紛れは起きるな」
RIIIに昇格するまででざっと二〇〇戦超。これだけ戦闘回数を増やせば、どこかで手痛い一撃をもらう可能性があると分かるし、実際もらった。
ただでさえフィジカルで差が付いている事もあるくらいなのだ。ゲリラ的な戦術を得意とするような奴がいたら、万が一って事もあるな。
「それでいて、ランク間の獲得ポイントの差はそう大きいものでもない。なら、圧倒的有利なフィールドでもいいやってなる奴が出てきてもおかしくはないだろ」
「確かにな。……そんな理由だったのか」
「そんな理由なんだよ。明確に上を目指している奴にはまったく関係ないけど、モチベーションがなければここに巨大な段差があるようにも見える。登れなくはないし、実際一度は昇るんだがちょっと面倒。ついでに言うなら、もう少し先にある段差も目に入っているわけだ」
それで得られるモノに劇的な差があるならともかく、一つ二つじゃ大した差もないと。それなら……納得しかない。
そのスタンスにモヤモヤするのも、俺の立場に由来するところが大きいから、文句を言う気にすらなれない。それで俺が困るわけでもないから尚更だ。
「まあ、あんたなら大丈夫だろ?」
「やってみなくちゃ分からんが……多分?」
「って事は大丈夫だ」
滝沢は時々こういう相手の性格を見抜くような言動をする事がある。俺が濁しても、本質をはっきりと理解しているように断言して言い直す。
美柑みたいに長年付き合った相手なら分かるが、たった半年……というか、会った直後から俺の性格を見抜き、確約できないだけと断定している。
下手すれば、本人が自覚していない部分まで見抜いてくる事すらある。どういう感覚か、あるいは技術なのか、さっぱり分からない。
「正直、やってみなきゃ分からない部分はあるぞ。心構えだけの問題じゃない」
「想像し難い環境の違いで想像するからそうなる。一度負けたらどう思うかって考えたほうが近いぞ」
「ああ……確かに」
負けて、痛い目に遭って、なお先を目指せるかって話か。その紛れが起き易くなる段階だと。実はまだ負けてないんだが、想像はし易い。
たとえば、以前俺が受けた腕へのダメージ。骨格強化直後に腕の肉が丸ごと弾け飛んだ、あの時のような体験が増えるかもと。
「なら大丈夫かもな。やっぱり断言はできないが」
「なら大丈夫だよ。あんたが安易に断言しない奴だってのは分かるし」
俺は別に痛みに強いわけじゃないし、戦闘狂でもない。普通の仕事で、稀にああいう事が起きるかもと言われれば腰が退けるし、逃げ出したくもなる。
しかし、今の環境や待遇なら普通に許容範囲だ。腕が飛ぼうが治るし、死なない。痛いのは嫌だが、薬で誤魔化せる。何より報酬は過剰を飛び越えて異常だ。
……装備によるアドバンテージに、不公平さを感じているのも理由の一つかもしれない。安全に替えられるモノじゃないが、あまりに一方的過ぎて引け目を感じている部分は確かにあった。甘いと言われるかもしれないが、一方的に撃ち殺してると多少は感じてしまう。ズルしているようだと。
「というわけで、そろそろコストに余裕も出てきただろうし、手榴弾やスタングレネードあたりを持ち込んでもいいかもな」
「もう持ち込んでいるが、そろそろ本格的に使い方を習ったほうがいいだろうな。実践はできないにしても」
「その認識なら大丈夫だと思うぞ」
単にコストが空いてたからお守り代わりに装備していたのだが、実際に使えるかと言えば微妙なところだ。
慣れ以前の問題として、練習が足りない。自爆するのが関の山だろう。
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「おせち料理なんて初めて食ったよ、俺」
「この時期に出す日本の伝統料理と聞いたのですが」
「伝統料理には違いないな」
年末年始はりんごに用意してくれた年越し蕎麦におせち料理と、実はこれまでの人生で食った経験のない料理で迎える事になった。
実はクリスマスにもケーキを用意してくれたりと、メイドとしてのスペックをフルに活かされ、完全に餌付けされかけているという有様だ。
これまでも別に食生活が貧相というわけでもなかったはずなんだが、祝い事に合わせたモノは縁がなかったんだよな。四六時中一緒にいた美柑も無頓着だったし。
あいつに言わせると寮で用意してくれる食事の時点でレベルが高過ぎらしい。だから料理を覚える気にならないと、言い訳みたいな事をさんざん聞かされたものだ。
このままではいけない。滝沢の言っていたセルヴァに気を許すべきではないというのは、俺も同意しているのだから。
単に胃袋掴まれたという事実を認めたくないだけかもしれないが。
「あれ、何してるんですか?」
「東堂さんか。見ての通り蕎麦食ってる」
そんな現状に不安を覚えた俺は、一般的なモノとの味の違いを確かめるため、わざわざ地上に出て来ていた。もちろんりんごには伝えていないが、完全にメニューを管理されているわけではないし、多少量が増えたところで食えなくなる事もないから問題はないのだ。
しかし、外食店でおせちを出しているところなどなく、次点で味を覚えている蕎麦を選択。そこで気付いたのが、この島で出すモノは基本上等な素材を使っていて、一般的とは言い難いのではないかという事。
というわけで、歩き回っていたら何故か存在していた立ち食い蕎麦に入店したという経緯だ。たまたま通りかかった東堂さんが気付いたのも、入り口からも店内が見えたのだろう。
「何故わざわざ立ち食いに? いや、この島なら、立ち食いでも関係なく美味しいらしいですけど」
「……そうなんだよな。あ、東堂さんも食う? 奢るよ」
「は、はあ……」
そう、普段外食しなかった俺も、立ち食い蕎麦を食う機会くらいは結構あった。その記憶を辿ってみても、本当に同じモノかと思うほどにここの蕎麦は美味かったのだ。
……なのに、りんごの用意してくれた年越し蕎麦はそれより遥かに上だった。それに気付かされてしまったのだ。
「そういえば、シンの人って味覚とかも強化されてたり?」
「直接は弄ってないんだが、神経系全体を改造してるから、味覚にも影響出てる感じだな」
「じゃあ、島の外と比べてどうですかね? ここのご飯、全般的に美味しいのは分かるんですけど、比べられる記憶なくて」
「超美味い。安いし、ちょっと前までなら通い詰めてたかもしれないな」
「あ、やっぱり安いんですね。物価も全然違うので、ちょっと実感なくて」
物価云々はもうどうでもいいんだが、味は問題だよな。これだけ美味いのに、更に美味い料理が地下にあるのはちょっと困る。
いや、料理自体がどうこうではなく、それが宇宙外知性体のもたらすモノっていうのが問題なのだ。狙っているとも思えないのに、依存度が大変な事になっている気がする。
「ちなみに東堂さんって料理する人?」
「へ? え、えーと、その……」
「そうか、分かった」
「まだ何も言ってないじゃないですかっ!?」
だって、その反応美柑と一緒なんだもの。
「いやね、ここに来て一人で暮らすようになってから、できるようになろうと努力した時期もあるんですよ。でも、冷食も外食も、ただのインスタントですら十分以上に美味しい上に栄養バランスまで配慮されてて……」
「別に東堂さんの女子力について問い詰めてるわけじゃないんだが。俺もできないし」
「そ、そうですか」
……というか、必要に思った事さえない。出来合いのモノが十分美味いんだから、それでいいじゃないかと思っていた。
そんな奴が洗脳されかかっている事態が問題なのだ。かといって今更いらないとは言えないし……。
「……困った」
「は?」
「いや、詳しくは言えないんだが、まさか料理が美味くて困るなんてな」
「困るんですか?」
「うん」
とはいえ、正直どうしようもない気がする。こうして確かめても、それを突き付けられただけだ。
……何故俺は新年早々こんな事で悩んでいるのか。諦めて切り替えるか。
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そんなわけで時が明けて、西暦2099年。そろそろ世紀末と呼んでも差し支えない時期だが、特に世界は変わらない。
細かい変化はあれど大きな戦争もなく、人の営みは安定し切って変わりようがない。いつか山岸道が嘆いた、大きな成功のない世界のままだ。
ただし、俺はそれが表面上のものでしかないと知ってしまった。世紀末を迎えるまでもなく人類は敗北し、人の営みから隔離された場所では人から外れた者たちが戦い、ご主人様たるセルヴァからのお溢れをもらうべく奔走している。
世界の本質は何も変わっていないのに、見えるモノが変わっただけでこうも違う。そこには実質的な階級差よりも分厚い壁が存在していた。
少し前まで俺はその壁の内側にいて、激しい憤りも強い向上心も、社会に対する反骨心も抱いていなかった。無難に過ごせる社会でもそれなりに満足しただろう。しかし、知ってしまえば後戻りはできない。今更元の生活に戻る気などない事は最初からあきらかだった。
だから、俺はここで停滞する者の気持ちを理解し切れない。留まる気など欠片もなかったからだ。
すでに成功と呼べるだけのモノは手に入れた。自分の意思で掴んだモノでなくとも、シンという立場はそれだけで成功だろう。
だけど、降って湧いたモノに満足できず、自分の手で何かを掴みたいと考える者はいる。この先に何があるのか見てみたいと考える事が適性なのかもしれない。
壁を背にし、呼吸を整える。相手の気配を探り、周囲の情報を読み取り、タイミングを計る。
試合開始直後に射線を確保できなかった以上、初撃が重要になる。その初撃を叩き込むために機会を窺う。
油断はしない。装備によって得ていた圧倒的アドバンテージは縮まった。そのアドバンテージがあってようやく渡り合えていたと自分を律し、今戦っているのはアドバンテージを覆しかねない相手だと思い込む。
実際にはそんな奴はほとんどいない。だが、確実にいるのだ。それを分かっていて、今戦っている相手がそうじゃないと断言するのは愚かだ。警戒はし過ぎくらいでちょうどいい。世が世なら英雄と呼ばれてもおかしくないような資質を持った奴は、この程度のアドバンテージ差は踏み越えてくる。それを狙ってくる。
それを前提として、過剰なまでに慎重に、一切の慢心もなく相手を追い詰める。その意識で挑めば、俺はまだ英雄にだって勝てるはずだと。
そういう意識を持って、俺はとうとうRIV帯に突入していた。
「はっ……はっ……はっ……」
見られている。どうやってかは知らないが、相手はこちらの状況を把握していると認識した。並び立つ遮蔽物に阻まれて視界など通るはずがないのにだ。
緊張でスローに感じる時間が、それでも尚進んでいくと感じる。初撃の機会を得られないまま、結構な時間が過ぎていた。
研ぎ澄まされた感覚の中に、敵の気配は感じられない。おそらく、そういう技術で気配を消している。聞こえてくるのは自分の呼吸音だけ。
だから行動に、動作に、呼吸に欺瞞を混ぜる。あえて油断を誘うように、相手にこのアドバンテージを覆すチャンスがあると思わせるように。
そこまで必要かと言われれば正直疑問だ。実際、この試合だけを見るなら不要だろう。だけど、この先を見て成長するためには必須に近い。戦略でも戦術でもない、個と個がぶつかり合う戦闘の技術を磨くのが今なのだと、そういう考えで以て挑んでいる。
「っ!?」
喰い付いた。改造され、研ぎ澄まされた神経でそう読み取った。相手の一挙一動が読める……とまでではいかないが、ここまで観察し得た経験はそれに違いモノを与えてくれた。
あきらかに目立つ側面の動き……フェイントとして放られたゴミに喰い付いたフリをして、カウンターを仕掛けるべく逆方向に集中。
理屈は分からないが、まったく違うところから飛び出してきた相手を補足し、冷静に照準を合わせ、撃つ。至近距離とはいえ、これがとっさの判断ならブレて外す事もあるが、集中していれば問題ない。それくらいはできるよう訓練と実戦を重ねてきた。
完全に捉え、銃撃を放っても油断は禁物。散弾の直撃を受けて尚動いてくるフィジカルエリートはここまでにもいた。
動きが止まろうがブラフかもしれないと、慎重に慎重を重ね、適正な距離を保ちつつ確認の第二射を放つ。
勝利アナウンスが出るまで集中を切らしてはならない。なんせ、それで一度勝利を逃しかけた事があった。理外の化け物は確実に潜んでいる。
……もっとも、こいつはそうでないようだ。ただ戦い慣れ、改造によって能力強化されただけの戦士だったらしい。
それでようやく力を抜き、状況を確認する。転送が始まるまでの間に得られる情報は得ておこうと。あとで動画を見てもいいが、実際に見るのとはやはり違うのだ。
確認したいのはフェイントとして用意されたゴミの仕組み。見てみれば、それは極めて原始的な時間差のトラップだった。一目見れば理解できるような、そんな即席のものだ。
大部分はフィールドにあった物を利用しているが、それだけじゃない。そこにはあきらかに持ち込んだと思われる物が含まれていると分かった。
それを戦闘が始まってからの即席で用意してくる。能力は俺が持っていないゲリラ的な能力に感心した。
「……やっぱり油断できないな」
転送が終わり、ポッドの終了処理が行われている間、そう呟く。
取るに足らないと評していい程度の相手。そんな相手でも一噛みしてくるくらいの牙は持ち合わせている。ここはそういうランクなのだと再認識した。
それを怖いかと問われれば素直に怖いと答える。しかし、どこかでこの緊迫した空気を楽しんでいる俺がいるのも感じている。コレが恐怖を上回る限り、俺は他に理由がなくとも戦える。そう認識した。
戦闘に対してか殺し合いに対してか、あるいはもっと範囲を狭めてシン同士の争いだからか、良く分からないが、俺はこの環境に対応しつつあった。
ポッドを出て、シャワーを浴びてから先ほどの試合を動画でチェック。気になるところがなくても、一通りは確認するようにしている。
それ自体が無駄になる可能性もあるが、動画から要素を見つける能力を養うためと割り切る。スポーツ観戦の見方がただのファンと経験者で異なるとように、ただ視るだけだと注意すべき点を見逃すのはここまでに実感していた。なんなら、もっと古い動画を見直す事でも結構な発見があるくらいだ。
加えて、俺は対戦相手の情報を可能な限り買うようにしている。一度戦ったらまず再戦の機会はない相手の情報などポイントの無駄と言われそうだが、表面的な情報だけでも読み取るべきものがあると俺は考えている。詳細を探ればキリがないものの、一番安い情報だけでも十分過ぎるほどに文量があるから、どの道そこ止まりだが。
別の星どころか完全なる異世界の社会構造が透けて見えるそれは、純粋に読み物として楽しめるというのも理由の一つだ。別世界の情報は勉強になる部分も多い。断片的にか見えてこなくとも、どうしてそうなったかのヒントはあるし読み解ける。地球の歴史学者なら垂涎モノの資料だろう。優越感があった。
そもそも俺の趣味にも合致するので、苦になるようなモノでもなかった。歴史における失敗例を見るのが好きな俺には、これでも結構な娯楽だ。
散見される不自然にしか見えない部分に、大体セルヴァが関与していると考えるのが読み解くポイントである。地球の歴史と照らし合わせると、その干渉具合が結構違う事に気付く。
……傍から見ると、極めて真面目なワーカーホリックに見えてそうだな。コレだけじゃなく、それ以外の面でもだ。
「改造部分の、特に神経系の適応速度に向上が見られます。経過観察は必要ですが、改造スケジュールを前倒しできるかもしれません」
「速度よりも適応効率や確実性を重視したいな。適応した状態に慣れるのも必要だし」
「ポイントは嵩みますが、改造の段階を更に刻むという手もあります。コレの利点は……」
りんごと話し合い、検討するのは自分の体をどう改造するか。大雑把に強くなるのではなく、後々の事を考えてより適した改造を目指しての試行錯誤だ。
慣れたというか開き直ったというか、ちょっと前までなら考えられない事をしているなと思う。すでに結構な部分を改造したが、まだ人間の範疇だというのが大きな理由かもしれない。
実際、見た目は人間のまま変わっていない。柳さんのような専門家なら簡単に異常性を見つけるだろうが、普通に過ごす分には鍛えられたアスリートのようなものだ。多分、東堂さんは何が変わったのか良く分かっていないし。
改造の速度は平均的なシンよりあきらかに遅く、かけたポイントは多い。しかし、それが最適だと信じて改造を続ける。
りんごの管理する俺の改造計画書はパッと見、無数の数字が羅列されているだけにしか見えないが、内容を理解すれば恐ろしく高度で無駄のない、危険性を排除したモノに仕上がっている……はずだ。理解できる気はしないが、説得力はあるから任せている。
これで得られるアドバンテージは些細なモノだが、積み重ねるほどに明確な差が出てくる。俺としては、それを理解しただけで十分だった。
試合で能力的な不足を感じるなら別だが、それがないなら長い目で見たほうがいいはずだ。自分の体の事だし、手間し時間を惜しむつもりもない。そして、現段階でそれは必要ないと判断していた。
「そろそろ、強い相手とやり合う経験をしたい。なんなら一度くらいは負けたほうがいいのかも」
成長速度に不満はなかったが、別の面で変化を求めていた。
RIII帯に過剰な警戒をしていたせいか、あるいは期待をしていたのか、結局大差なかった現状に少し嫌気や焦燥を感じていたのかもしれない。
とはいえ、今後を考えるなら強い相手との戦闘は必要だ。できれば滝沢のような絶対勝てない相手ではなく頑張れば勝てるくらい、あるいは多少苦戦するくらいがベストだ。
「負ける前提ですか?」
「負けても構わないだけで、前提じゃない。どちらかといえば、勝てないかもしれない相手に挑む事のほうが重要だと思う」
「なるほど」
りんごの抑揚のない声では本当に理解したのか分からないが、意図は伝わったと思う。
無駄に敗北を得ても意味はないが、意味のある敗北は確実に存在する。それは敗北してもいいという気概からは生まれないはずだ。そういう経験が欲しい。
「それは、試合でという事でしょうか?」
「……それ以外に何があるんだ?」
「いえ、強敵と戦うというだけなら、単にマッチングの条件を変更すればいいだけなので、別枠かと」
「…………」
りんごとの会話が噛み合わないと思っていたら、ちょっと考えれば分かる事を失念していたらしい。
「……完全に頭から抜け落ちてた」
そういえば、マッチングルールは最初に設定したきり変えていない。勝つだけならそれで不都合はないから、ずっとそのままにしていた。
「それなら、単純に同ランクで一勝以上の戦歴がある相手、という条件だけでもお望みは叶えられるかと。より詳細なマッチング条件をアンロックするにはポイントが必要となりますが……」
「いや、初期から使える条件だけでも十分だな、うん」
改めて確認してみれば、強敵と戦う手段は当たり前のように用意されてた。なんでこんな事を忘れていたのか。
「となると、マイナーランクアップに必要な勝利数を稼いだあと、昇格処理の時間を狙って試合を組めば無駄もなさそうだな」
「あまり条件が多くなると、マッチング自体に時間がかかる可能性もありますが」
「そこら辺は実際にやってみて調整するのがいいだろうな。そこまで複雑な条件にはならないと思う」
……現実的に考えるなら、十戦した翌日に強敵と一戦みたいなスケジュールになりそうだ。強い相手なら必然的に試合後の反省も多くなるだろうし。
ランクアップに必要な十勝より、よほど重要な一戦になりそうだ。
「現在の設定ですと、エントリーして申請を待つ形になっていますが、逆にこちらから申請をかけるなら検索結果を確認する事もできますね」
「ああ、能動的に申請するなら、そりゃ相手選んでるよな」
あまりに基本的過ぎて、頭から抜けていた事が恥ずかしくなるな。横にいるのがりんごでなければ呆れられる場面だ。
というわけで、実際に色々と条件を設定して対戦相手を検索してみたところ、それっぽい相手は結構見つかった。
ひょっとしたらこれらの選手は俺の同類で、似たような事を考えてる可能性もあるが、簡易な検索結果だけでは判断できない。ポイントを使えば詳細も確認できるが、試合後に購入するよりもかなり割高なので、これはスルー。
しばらく色々と試してみて、問題なく試合を組めそうと判断し、さっそく次のマイナーランク昇格に合わせて挑戦してみる事にした。
そういうプチ目標があると訓練にも身が入る。
これまで気にならなかった弱点が目につくようになり、それを埋めるべく奔走する。空回りする事も多いが、まあそれは当然の事と受け止める。
でないと、まだ足りない部分があるから挑めないなんて事になりかねないからだ。この手の問題はドツボにハマると抜け出せなくなるものだが、スケジュールが決まっている事で区切りを付けられるのは大きい。
そして、当たり前のように十勝したあと、翌日の試合を組む事にした。
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結果から言えば、それは反省点だらけな試合となった。見返すのも恥ずかしい動画を見つつ、無様な自分の姿を目に焼き付ける。
マッチングした相手が想定外に強かったとか、事前に想定していないトラブルが発生したとかではない。単に俺が入れ込み過ぎて空回りしただけだ。俺の経験のなさを露呈しているようで、自覚以上にまだまだだなと思い知らされた。
消耗具合を考慮すれば追加で何試合か組めるが、反省点が多過ぎて強行する気にもなれない。この分だと、しばらくはこのマイナーランク昇格ごとに一戦という形になるだろう。
記念すべき……かどうかは分からないが、多少強いかもしれない相手を選んでの第一戦。
その相手として現れたのは前傾体勢でも尚二メートル超えの大男だった。格闘技であれば、その体格だけで大抵の相手は封殺できてしまいそうな怪物で、ここまでもその膂力で昇格していたと分かる。
ただ、地球の基準で見ても常識外というほどじゃない。現代の格闘技界で探せば、各種目に一人くらいはいるだろうというフィジカルエリートである。
とはいえ、その巨体が発せられる迫力や威圧感が強烈だ。ここまでただ撃ち殺してきた相手とは比較にならない強者感。だけどここまで稀に遭遇したレアモノを知る身としては一段落ちると判断した。
そこまでの判断はおそらく正しい。しかし、万事順当に試合を運べるかといえば、そこまでの経験値も資質も持っていなかったらしい。
終始噛み合わない、事前に想定はしていてもどこかズレる、そういうギクシャクした試合だ。なんでこんなミスを、という場面が無数にあった。
散弾を三発直撃させて尚動いてきたのは驚かされたものの、それくらいなら事前にあり得ると想定していたのに。如何に強敵との経験が足りてないかが露呈する結果となってしまった。
「アサルトライフルだったら負けていた可能性があるな」
命中させてもアレは簡単に怯まない。貫通力と射程に優れていても、点の攻撃では明確に弱点を狙わない限り止められない。
そして、おそらく容易に分かる弱点は改造によって潰してきているだろう。政府が用意してくれているライフル弾は貫通力に優れるが、それで抜けたかは分からない。
だから、いつもの散弾銃という選択は正解だったのだと思う。面制圧するのは最適解に近かったはずだ。
というよりも、肉体改造を前提にするなら、今後アサルトライフルで仕留め切れない場面は多くなってきそうな気がする。
政府が用意してくれる弾丸の中には貫通力とストッピングパワー双方に優れ、体内に留まってダメージを稼ぐような特殊弾もあるが、それでも単発には違いない。それでは足りないと分かってしまう。
「ちなみに、滝沢だったらこういう相手はどうするんだ?」
『そんなもん、一発殴れば終わるだろ』
滝沢に質問しても、参考になりそうな回答は返ってこない。能力差を加味すれば当然なんだが、もうちょっとこちらの考えを汲み取ってほしかった。
とはいえ、その質問にまったく意味がなかったとも思わない。今後にも関わる事なのだが、俺の戦闘スタイルについてである。
政府が用意した銃は強力で正確無比だが、それを撃って終わるような常識的な試合はじきになくなる。この調子だと、RXに至る前ですら通用しない相手と当たる可能性すらある。
そろそろ、ポイントで何か武器を用意したほうがいいのか?
だが、俺は銃以外は訓練すらしていないぞ。柳さんとの組手は徒手空拳だが、攻め手に回る事はほとんどないし。
「りんご、俺に合った武器の案とかある?」
「RXまでなら、マシンガンを使えば特に問題ないと思われますが」
「それ以降を見越して。できれば近接戦闘」
「現段階だとなかなかに難しい問題です」
さすがのりんごも、ここまでやろうともしていない接近戦の特性は判断材料が足りないか――
「現在施している改造は肉体の基盤部分へのモノを優先させているため、近接戦闘を考慮していません」
――と思ったのだが、理由は別にあるらしい。
「つまり、体が出来上がっていない?」
「はい。たとえば、現在シンが最適なフォームで全力のパンチを打つ場合、手から前腕部分の肉が弾け飛ぶ恐れが……」
「…………」
確かに皮膚とか筋肉の強化は最低限になっているが、そんな極端な事になるのか。
……この場合、怖いのは腕が付いてこないという事実ではない。肉は弾け飛んでも、改造済みの骨や神経はそのまま残りそうって事だ。その絵面を想像するだけで痛い。
剥き出しの神経とか、下手したら腕丸ごと吹き飛ぶより痛いんじゃないか?
「他の武器でも、やはりバランスの問題が出てきますので、しばらくは銃に頼るのが良いかと思われます。プランの変更も可能ですが、少々効率面で……」
「あーうん、変更はなしで」
将来的な最効率を求めるから、現段階では歪になっているのか。それで今の改造プランを歪める気はないから、しばらくはこのままだな。
まあ、手榴弾やハンドグレネードの類は関係ないだろうから、そういうサブウエポンの習得を先にするか。毒ガスの類を試してもいい。
「将来的な近接戦闘技術習得に向けて、現時点でやれる事はあるか?」
「効率的な面で考えるなら、現在地上で行なっている訓練が最も理に適っているかと。改造もそれを前提としています」
「基本的な動作と防御方法だけしか習ってないんだが」
「防御技術はともかく、基礎的な動作の修練を積み重ねるほうが今後に活かせるはずです」
なるほど。これまで滝沢に聞かされてきた事とは少し噛み合わない気もするが、そもそもりんごの肉体管理は普通のそれとは別物のはずだ。
今の方針がりんごの組み立てたモノである事を加味するなら、このまま突き進むほうが無難なのは確かだろう。
どちらかと言えば、地味な積み重ねは俺の得意とするところだ。なら、このまま進むのも悪くはない。
滝沢に警告されたようにセルヴァをどこまで信用していいのかって問題もあるが、ことシンの成長・運用に関しては信じてもいいと思うし。……料理はともかく。
それに、滝沢に追いつくために、あいつと同じ事をしていていいのかって問題もある。ただの劣化版になる事はあいつも望んでいないだろう。
「あれ、何か心境の変化でもあった?」
翌日、そんな事を考えながら柳さんとの訓練に挑んだら、いつもと変わった様子を見せた覚えはないのに見透かされた。
「シンの役に立つかどうかは分からないけど、格闘技術の向上にはいい傾向だね」
「……そんなに違いますか?」
「全然違うね。これまで何度もあった改造による変化とは方向性が違うし」
「はあ」
「ま、少なくとも無駄にはならないと思うよ」
なんかすごいな。やっぱり達人っていうのは視点も違うモノなんだろうか。説明もなしに、ただ組み手だけでここまで読み取れるのか。
-5-
「……あれ?」
数日後、マイナーランク昇格処理が終わってからいつもの十戦を終え、追加の一戦をしようとしたところで、初見のシステムメッセージを見た。
迂遠な内容を読んでみれば、試合の挑戦を受けているという意味の言葉だ。少し分かり難いが、果たし状のようなものだ。
最低限相手を知らなければこんな指定はできない。指定するには、俺がいつも購入している最低限の情報では足りず、もう少しで追加でポイントを支払う必要があるはず。
こんなランクで酔狂な奴もいるんだなと思いつつ、相手の情報を確認してみれば……。
「この前の大男じゃねーか」
前回、追加の一戦を行なった相手だった。
意図が分からない。一戦した上で俺をカモだと判断したか、単にムカつくからリベンジマッチをしようと考えたのか。
別にこの挑戦を受ける必要はない。単に指名して挑戦しているだけで、強制力もない。
「……どう思う?」
「昇格に必要な分の勝利数はすでに稼いでいますし、お好きにすればよろしいのは?」
俺が知りたいのは相手の意図についてだったんだが、伝わらなかったらしい。
とはいえ、りんごの言っている事ももっともだ。この試合を受けようが無視しようが、勝とうが負けようがマイナスはない。
「ただ、受けるのでしたら、確実になんらかの対策はしていると考えるべきかと」
「そう……だな」
それは当然といえば当然の警告で、俺も考えていた事だが、改めて言葉にされた事で何かが少し引っかかった。
こうして再試合に挑んでいる以上、何もなしはあり得ない。当然なんらかの勝機を確信して……そうか?
今の俺なら勝機がなくとも挑むかもしれない。勝敗に大した損得はないし、それ以外の……。
「受けてみよう」
……多分、こいつは俺の同類だ。よほど考えなしで粘着しているのでもない限り、己の成長のために相手を探している。
正解かどうかは分からないが、もう一度対戦すればはっきりするだろう。柳さんではないが、その動作を見るだけでも確信に至れる気がする。
どちらにせよ強敵とやる予定だったのは変わらない。たとえ相手が同じでも得られるモノがないわけじゃない。ましてやあんな無様を晒した前回の復習と考えるなら、普通以上の意味があるだろう。
しかし、果たして本当に意味はあったのか。そう考えてしまう内容になった。
俺の考えが正しければ、多少でも別の手をとってくるものと考えていたのだが……結果は何もかも前回の焼き増し。俺は冷静に立ち回れた自信があるものの、展開だけ見ればまったく同じに等しい。
「あいつ、何がしたかったんだ?」
試合動画を見直してみても分からない。
これではさすがに困惑するしかない。まさか、俺の拙い立ち回りを見てリベンジができると考えただけの馬鹿なのか。
気になってしょうがないので、もう少し詳しい情報を購入してみる事にした。二回対戦した事で値引きされているが、確実に無駄と思えるようなポイントだ。
残念ながら、それを見て余計に分からなくなったのだが……。
戦績を見る限り、こいつは俺だけでなく他の選手にも挑戦状を叩きつけている。対象はすべて敗北した相手だ。これだけ見ると、ただ負けた相手に噛み付いているだけに見える。
ただ、奇妙な事に、こいつは勝ちを拾うまで何回でも再挑戦している。毎回相手にされるわけではないし、途中で立ち消えになるケースも多いが、可能な場合は勝つまでやるスタンスを貫いている。
そして、最終的に勝っている。さすがに相手がわざと負けてやったとは思えない。それなら、受けなければいいだけなのだから。
しかも、俺のように勝利数を確保した上の余力でそれをやっているのでなく、それしかやっていない。過去に負けた相手に挑み、成立しなかったらランダムマッチに挑む。そこで勝ったら終わりだが、負ければその相手にも噛み付く。そんな狂犬だ。……なんだこいつ。
最初は俺と似ている事をやっているかと思ったが、欠片も似ていないじゃないか。
「知性が感じられません」
りんごの評価は辛辣だった。俺もそうだろうなと思った。
なんというか、こいつは野性的に過ぎる。いや、野生に生きる獣なら相手を選ぶだろうし、負けた相手に挑む事はないだろうからそれ以下かもしれない。
死んでも死なないシンになった事で変質したのか? もし、考えあっての事なら、一体どういう意図があればこうなるんだ? 理解できない。
だから、数日後、予定調和的のように再度投げつけられた挑戦を受けたのは、気の迷いのようなものだったのかもしれない。
俺としては理解できないのが気持ち悪いし、ついでにもう一戦すればいいや程度の考えだったのだが、りんごは珍しく変な表情を見せていた。それだけで満足できたからいいや。
結局、その試合も当たり前のように勝利し、数日後も同じように……。
「あの、何故シンはこんな事を?」
「分からない。分からないからやってる」
困惑し、問いかけるりんごに返す答えもなく、俺はただなんとなく再挑戦を受け続けていた。
ここで終わらせたら、ただ分からない事が増えただけだと。
「メジャーランクが昇格すればマッチングする事はなくなりますが……ひょっとして、あと六回相手するつもりですか?」
「……多分? 面倒になったらやめると思うけど、今のところ手間ですらないし」
一勝には変わらないのだ。昇格を確定させてからのおまけでしかなくとも、ポイントは発生する。
実害があるなら考えるが、現状ただ勝利報酬を提供されているのに等しい上に、元々慣れてくれば試合を増やす気ではいたから、それならと。
昇格に必要な十戦に加えて二戦。マイナーランクが昇格するたびに似たようなスケジュールをこなし、その中にあの大男との戦いも組み込まれるのが当たり前になった。
当然の如く、タメになるのは強者相手に組んだ十二戦目。だが、ほとんどおまけで組んでいる十一戦目に、わずかな変化を感じたのはしばらく経ってからだった。
「うーん?」
なにか違和感を感じる。あいつの戦い方は変わっていないし、大きく改造もしていないようなのに、何故か差が縮まっているように感じるのだ。
……いや、こちらが強くなっているのに、差が縮まっていない時点で変だ。侮っているわけではないし、油断もないと思うんだが。
まさか、このまま続けてたら負けるなんて事はないよな?
「……なんらかの種族特性かもしれません」
「種族特性?」
「戦うほどに強くなるような、そういう特性ではないかと」
美柑に紹介されて読んだ古の名作漫画にいたような奴だろうか。あの大男の強化幅ならそこまでじゃないだろうが。……あるいはもっと限定的とか?
「ひょっとして、シンになるのはそういう特性持ちが多いとか?」
「種族由来の特性というだけなら当然シンにもありますが」
「いや、そういう話じゃなく、戦闘特化とか……」
「あまりそういうカテゴライズはしたくないのですが……」
そういうカテゴライズってなんだ?
「我々にとってはシン……地球人の持つ生物学的特徴と、アレが持つ特性もカテゴリ上は大差ないので」
ああ、セルヴァ視点で見るとそうなるのか。最悪、栄養を摂って成長するのと同カテゴリにされてそうだ。下手したら腕の数とかでさえも。
「そういう有利になる特性みたいなモノを持っている奴が、それなりにいるって認識でいいのか?」
「はい。問題ありません」
それを肌で体感できただけでも収穫と言っていいかな? 無駄ではなかったってくらいに思っておくか。
結局、あの大男は最後の対戦まで戦い方を変える様子はなかった。それなのに強くはなっていたから、やはりそういう特性持ちだったのだろう。
とはいえ、メジャーランク昇格をやめてまで関係を続けるかというと、そこまでなはずもなく……。
「思ったより、地形が違うのって戦い難いな」
俺は当たり前のようにRV帯へとメジャーランクアップを果たしていた。
新たに変化したフィールドの起伏に四苦八苦しつつ、その中で最適化するように模索を続ける。
そうして、数回マイナーランクアップを果たしたあとの事だ。
「……指名挑戦連絡」
唐突に、試合の指名を受けた。それだけならランクアップ後に対戦した相手からの挑戦かなと現実逃避する事もできたが、挑戦者の名前がものすごく見覚えのあるものだったのだ。
まさか、俺と戦うためにランクアップしてきたのか? さすがにそれは自意識過剰だよな? ただ、ランクアップ時期が一致しただけだよな?
万が一そうだとしたら粘着気質ってレベルじゃないぞ。いや、こいつについては俺の中でも処理し切れていないから、挑戦を受けたっていいんだが……。
謎の圧力を感じて受領してしまったが、大男からの粘着など嬉しくはない。延々と粘着されたらポイントを使ってもブロックする事を検討しなければならない。
それが、俺と粘着気質な大男、ガランとの奇妙な関係の始まりだった。
ハイパーアーマー状態で常時突っ込んでくるだけの大男の粘着は嬉しくない。(*´∀`*)
次は無限の予定よ。(*´∀`*)




