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第七話:特級魔術師〝オボロ〟

 ――特級魔術師。それは帝国に存在する魔術師において最も誉れ高い、限られた魔術師にしか名乗ることが許されない称号。

 その称号をリンネが名乗る権利がある? まさか、そんな馬鹿な事がある筈がない。特級魔術師は魔術師としての実力や知識は勿論、何より皇帝による承認が必要になる。

 私が知る限り、リンネが皇帝陛下と関わっていたような覚えはない。私と同じような反応を見せた父上も同じ考えだろう。


「非公開とは言いましたけれど、それは皇帝陛下も私が特級魔術師だとは認識していませんよ」

「何? どういう事だ?」

「私、偽名で特級魔術師の申請を自薦しましたし、自薦したのが認可された後も皇帝陛下とは直接対面していませんから」

「なぁッ!? ま……まさか、お前が〝オボロ〟だと言うのか!?」


 父上が引っ繰り返りそうな程に驚いて叫ぶように言った。お父様は驚愕しているようだけれど、私には一体なんの事かわからない。


「あの、お父様? オボロというのは……」

「……数年前から皇帝陛下に〝予言〟のように情報を提供している異例の魔術師だ。オボロから齎される魔術や技術は革新的なものばかりで、更に未来予知めいた予言の忠告を送ってくる謎の人物だった。決して表に出て来ず、性別も年齢もわからない。それでも特級魔術としての資格が欲しいと願い、そして果たしてみせたのだ」


 予言と聞いて私はリンネの顔を凝視してしまった。リンネは未来を知っている、と言っているのは、まさか嘘じゃなかった……?

 私の事だけならともかく、皇帝やお父様も未来予知と思わしき予言を出す事が出来る。それはリンネが本当に未来を知っていたからこそ出来た事なんじゃないの……?


「オボロはいずれ正体を明かす日が来るとは言っていた。そして自分の忠誠は皇帝陛下に捧げている、と。……本当にリンネがオボロだと言うのか……?」

「嘘をついて何になりますか?」

「……それでも信じられん」

「家庭のことを省みないから気付くことが出来ないんですよ。それはお姉様もですけどね? あぁ、家の者たちには口止めさせていましたよ。私に逆らえばどうなるのか、という脅迫込みですのでお叱りにならないでくださいね? お父様」


 クスクスと笑うリンネを見て、お父様が深く溜息を吐いて背もたれに体を預ける。


「……何故、そのような回りくどいことをしたのだ」

「信頼出来る人間がいなかったからです。そして私の手が短く、力が足りなかった。私の目的を叶える為にはとにかく力を手に入れるしかなかったのです。その為ならば肉親を欺いてでも私は力を手に入れます」

「お前の目的は何だ、リンネ?」


 お父様は真っ直ぐリンネに視線を向けて問いかける。お父様の真っ向からの視線を受けたリンネは居住まいを正して、父上に視線を返す。


「私の目的はこのミヅチ公爵家を守ることです。それは家族を守るということでもあります。お姉様を救う為には、この方法しか私には選べませんでした」

「……ウルハを救う……?」

「今、この国では反皇帝派が力をつけています。貴族と平民の身分差による格差は開くばかり、その恩恵を最も受けているのが皇族と高位貴族であり、割りを食っているのは平民と下位貴族です」


 リンネの口にした言葉でお父様が苦々しい表情を浮かべた。お父様が苦々しい表情を浮かべるということは、リンネの言っていることは的を射ているということだ。


「……外交が盛んになったことによって他国の文化が多く流れて来た。しかし、輸入されてきたものはどれも高価だ。庶民や、領地の統治が厳しい下位貴族は従来の生活をしている。そんな者達には輸入されてきたものの恩恵を受けることはなかなかない」

「はい。そして輸出するための我が国の特産品も、どれだけ生産量を増やしても金が行くのは外国ばかり。国内に還元されても、それは皇族や高位貴族達が独占している状態にあります。この格差が反皇帝……いえ、もっと大きな言葉で言えば貴族制度廃止を掲げるまでに至っています」

「はぁ!? 貴族制度の廃止ですって!?」


 貴族制度の廃止ということは、ひいては今の帝国の政治体系をそのまま引っ繰り返すようなことだ。そんな思想が許されていいと思っているの!?


「輸入品も、技術も、魔術も、帝国は上層部があまりにも独占しすぎました。それを危惧して皇帝陛下も策を講じようとしていますが、上手くいってませんよね? その為にお姉様、ひいてはミヅチ公爵家の令嬢との婚約だった筈。違いますか? お父様」

「え?」

「我がミヅチ公爵家は司法を担う家だというのは流石にお姉様も知っているかと思いますが、それ故にミヅチ公爵家はどこにも染まらぬ〝黒〟の名を冠しています。つまり司法を担うものとして中立であらなければならない。皇室とミヅチ公爵家の関係を深めることで中立の立場を表明することで皇帝派と反皇帝派の牽制する予定だったのです」

「……皇帝が、皇帝派の動きを抑えようとしたの?」


 皇帝派ということは、その派閥は皇帝陛下の味方じゃないの? その私の疑問に応えたのはお父様だった。


「その皇帝派が、下位貴族や民に輸入品などが行き渡るのを嫌っているのだよ」

「……でも、皇帝陛下はその状況を良く思ってないのですよね?」

「あぁ。だが、皇帝陛下の権力も万能という訳ではない。かといって表立って立場を表明すれば、皇帝派閥から裏切りも招くかもしれん。それ故に中立である立場の家との繋がりを強め、安定を取ろうとしたのだが」

「まぁ、破綻しましたとさ。お姉様が婚約破棄されたので」

「うぐっ!」


 思わず痛い所を突かれて呻いてしまう。私とヒュウガ様の婚約にはそんな大きな意味があったのね……。


「ちなみにヒュウガ様と親しくしているホタル嬢の実家であるホムラ公爵家は反皇帝派の筆頭ですよ」

「は?」

「娘が平民と駆け落ちしたのがよほど考え方を変えたのか、高位貴族が様々な利権を独占しているのは良くないのではないか、と主張しているのですよ。皇帝陛下としてはヒュウガ様とホタル嬢と結びつくのは避けたかった筈なのですけどね」

「……つまり、私が婚約破棄された事で反皇帝派に勢いがつくと?」

「地頭は悪くないんですよね、お姉様は。ただ残念なだけで」

「誰が残念よ!」


 呆れたように溜息を吐くリンネに思わず悪態を吐いてしまう。本当に失礼な妹だわ……!


「別に、私としては貴族制度が崩壊しようとどうなろうとも知った事ではないのですが」

「は?」

「元々、ミヅチ公爵家は刑法を担当する家なので、どっちに転がろうとも大きな影響を受けないんですよ。仮に貴族制度が廃止されたとしても、蓄えた資金や知識、家が持つ権力が消え失せるものでもないですし。せいぜい代々引き継いで来た役割が保証されなくなったりするだけでしょう」

「……そう簡単に言って良い話ではないのだがな。だが、他の家に比べて影響が軽微になるだろうというのは間違いない」

「はぁ……」


 お父様が言うなら、リンネの言う事は間違ったものではないと。


「問題は、ヒュウガ様の気質なんですよね」

「ヒュウガ様の気質?」

「正義漢ですからね、しかもかなりの頑固者です。これと信じたものは折られない限りは貫き通すでしょう。次期皇帝が身分制度からの解放思想に染まれば、反皇帝派はここぞとばかりにヒュウガ様を持ち上げようとするでしょう。そうなると面白くないのは皇帝派です。つまり、政争の幕開けって事ですよ」


 嫌な汗が噴き出してきた。私はただ自分が婚約破棄された事にショックを受けていたけれど、その後に起きるだろう出来事を話されれば寒気がしてきた。

 それは、私のせいなの? 私がヒュウガ様との婚約を維持出来なかったから……?


「そうなるとお姉様が修道院に隔離されるのは恐ろしかったんですよね。お父様はお姉様に罰を与えなければならないけど、流石に屋敷留めておけないし、それならまだ修道院の方がマシと考えるでしょう?」

「……むぅ」


 リンネの言葉にお父様は眉を寄せて呻くだけで否定する事はない。それはお父様がリンネの推測を認めているということだ。


「そしてお姉様の性格から考えても大人しく修道院で腐ってるような人だと思えません。……そんな所に皇帝派に大義を持ちかけられたら、その旗頭になってしまいそうですよね。皇室を惑わす愚かな女に鉄槌を、なんて言われたら絶対誘いに乗るでしょう?」

「……うっ」


 もし、私がリンネに保護されず、修道院送りにされたら私は絶対ホタル・ホムラへの憎しみを増させていたと思う。

 そこに大義名分をちらつかせられたら食いつかない自信はない。


「修道院送りにされたからといってミヅチ公爵家の令嬢という看板は無視出来せん。何より一番の痛手が中立派閥の大手であるミヅチ公爵家が皇帝派についたと見なされる事です。司法が地位なき者を冷遇すると見なされれば、最早内乱もまで発展する可能性まであるでしょう」

「そ、それがわかってるなら皇帝派だって私を担ぎあげないんじゃ……?」

「そうかもしれませんね、良識のある皇帝派ならそう考えるかもしれません。……でも、反皇帝派が皇帝派を装ってお姉様に接近したら?」


 リンネの指摘した仮定に私は完全に血の気が引いた。私は誘いを持ちかけられたら絶対に乗っていた。それが本当に自分の味方なのかどうかも考えられただろうか?

 いや、無理だと思う。修道院に押し込められた時点で私がそんなに冷静に考えられるとは思えない。誘われるままに、そして言われるままにホタル・ホムラを、そして自分を裏切ったヒュウガ様にすら仇を為していたかもしれない……。


「わかりましたか? ――今のお姉様は、帝国の緊張を爆発させる爆弾になりかねないんですよ」

「……だからなの? 貴方が動いたのは」


 リンネは私を救うためと、ミヅチ公爵家を守るために動いているとずっと言っていた。

 この子が言っている事が本当なら、確かに私はこの帝国にとって爆弾そのものだ。自分が国を脅かす原因になりかけていた事に怖気が走る。

 お父様だってリンネの言葉を否定しない。ずっと難しい顔で腕を組んだまま黙っている。


「……だからなのか。お前が皇帝陛下に助言を授けていたのは」

「助言?」

「今回の婚約破棄、事前にオボロの名義で皇帝陛下に警告が届いていたのだと言う。ヒュウガ様を泳がせておけ、とな」

「泳がせる……?」

「ヒュウガ様がホタル嬢とどういう関係になるのか見定めろ、と。その為にヒュウガ様がどのような行動に出るのか。それを見届けて――皇太子としての資質を見極めよ、と」


 私は呆然としてリンネを見つめる事しか出来なかった。この子、そんな事までしていたの……?


「そうでもしないと、皇帝陛下が何も知らないまま婚約破棄なんて起こされたら堪ったものじゃないですよ。しかし、非はどうあってもお姉様にあります。なので婚約破棄が避けられないのだとしても、皇帝陛下が認可した上での行動なのか、独断専行なのかでヒュウガ様の扱いは変わります」

「……皇帝陛下は、次期皇帝をヒュウガ様と確定するのはまだ見送るとの事だ。期間を空けて見定める期間を置くという事にするらしい」

「火はついてしまいましたからね、あとはどれだけ時間稼ぎが出来るかです。まぁ、ヒュウガ様は思想を抜きにすれば十分、皇帝としてやっていけますから。ただ角が立つ人なので乱世の皇帝になるだろうな、というだけで」

「……お前になら事前に婚約破棄を阻止も出来たのではないのか?」

「こんな我が儘で、火の玉の癖に爆弾を抱え込んでるお姉様を皇妃にしろって本気で言ってます?」


 私は思わず黙ってしまった。お父様も苦しそうな顔で無言を貫いた。我が事ながら、ないわ、それはない……。


「お父様もお姉様も動かせないなら、土台から引っ繰り返すしかなかった。それが私がオボロとして活動していた理由であり、今回の結末です。納得して頂けましたか?」  

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