第1章 3話 盗まれたリンゴと可哀想なネコ
カタカナで『スイートメモリー』と書かれた郵便受けを開け、中にある鍵を取り出す。
ドアの上下とドアノブのすぐ上にある鍵をそれぞれ別の鍵で開けお店に入る。
「おはようございまーす。って誰もいないか」
ねるは誰もいない店内に向けて挨拶する。
時計を見るといつもより2時間早くお店に着いていた。
ねるはお店の電気をつけてバックヤードに入る。自分のロッカーに荷物を置き、バックヤード内を見渡す。
「よし、探してみるか」
ねるはまず店舗をくまなく探す。カウンターテーブルはお客さんが座る側から始め、内側に入りいつも飲み物を置く台、その下の謎のスペースなんかを見る。
「無いかー」
ねるは一息つくとキッチンスペースに行く。
キッチンとは言ってもコンロは使ったことが無く、流し台に使った食器を置いたり、リキュールや空のシャンパンを置いておしゃれに、ついでに飲み物を作るスペースがある程度だ。
「ここにも無い」
ねるはバックヤードに戻りベンチに腰掛ける。ベンチからは狭いバックヤードの全体を見渡すことができる。
普段開けない戸を開けたり、重なっている段ボール箱を開けて中身を確認したり、痕跡を残さないように他の女の子のロッカーも開けて確認した。
「はーーーー」
ねるはもう思いつく場所なく深くため息をつく。
「店内は無し。怪しいところも探して見つからない。こっちも全部見たけど金庫っぽいものなし。やっぱりただの想像だったのかなぁ」
ねるは柚城が話した推理が本当かどうか気になって金庫を探していた。ふと時計を見ると、気づけば1時間半が経っていた。もうすぐ女の子たちが出勤してくる頃合いだ。
ねるは諦めかけたその時、ふと目に留まった。いつもは気にしていない台、給水ポットや電気ケトル、調理器具なんかを置いている横長の台。高さは立った時の腰ぐらいで足が4本、その足に固定されるように四方に板が貼られ、足元には空間がある。ねるはその空間のせいで、そういうデザインの台かと思っていた。しかし、もしこれが箱だったらと直感が働いた。
ねるは気になりその台に近づく、箱であれば底面に板が貼られているはずと思い、台の下の空間に手を入れてみる。すると、思った通り板があった。
ねるの直感が現実味を増す。
しかし、開け方が分からない。取手のようなものや指を引っ掛ける窪みは無く、どう見ても箱型の台でしかない。少し斜めにして壁側を見てもやはり板があるのみだ。
ねるが諦めようとした時またもや直感が働き板を押した。正面はびくともしない、側面の細い板を押すと沈む感覚があった。ねるは目を丸くし言葉にならない驚きを感じつつ、さらに強めに板を押す。すると『カチッ』という音と共に止まる感覚と反発する感触があり、力を抜くと板は押した手について来るように動く、板は台の足から少し外側まではみ出て止まる。
ねるは板の下に手を移動させ底板と一緒に掴み引き出しの要領でスライドさせた。
「・・・本当にあった・・・」
そこには探していた金庫と、薄黄色の液体が入ったリキュールの瓶があった。
「あれ、もう店開いてる。おはようございます」
店の入り口から女の子の声が聞こえ、ねるは慌てて板を押し戻して閉める。
程なくしてバックヤードのカーテンが空き女の子が入って来る。
「ねるさん!おはようございます」
「いおりちゃん、おはよう」
ねるは、ベンチに座りスマホを見て平静を装っていた。
「ねるさん、早いですね。いつも開店直前に来るのに」
「今日は店長休みだから代わりに店開けといてって連絡あったからね」
いおりは自分のロッカーに荷物を置くとお店の制服に着替える。
「そうですか。ねるさんは着替えないですか?」
「え!?あ、そ、そうね着替えようかな」
ねるは自身の見つけてしまった物の衝撃に気を取られながらも、制服に着替えいつもの業務に戻った。
「あ!ねるちゃん、お待たせ〜」
「おはよう、ミミちゃん」
「お店の外なんだし本名でいいよ!むしろその方が良い」
「分かった、南ちゃん、座って」
カフェの窓際に丸テーブルと椅子が二脚。ねるは南に向かいの席に座るように促す。
「ねるちゃんは本名『ねる』だもんね。なんか仕事とプライベートで分けたりしないの?私、分けないとなんか気持ち悪くて」
「別に、何も感じないかな。むしろ変えなくて良いから余計な意識もしなくて楽かも」
「へー、不思議ー」
「南ちゃんは何飲む?」
ねるはカフェのメニューを広げ南に見せる。
「ねるちゃんは何飲んでるの?」
「私は紅茶、あとパンケーキ頼んだ。ここのパンケーキ美味しくて有名なんだ、一回食べてみたくて」
「じゃあ、私もパンケーキ食べたい、飲み物はカフェオレにしよっかな」
ねるは店員を呼び注文を伝える。
「お出かけ、誘ってくれてありがとう!いつもお店で会ってるけど、プライベートで会うのは久しぶりで少し緊張しちゃうね!」
「そう・・・かもね」
ねるは声のトーンを下げて真剣な表情をする。
「どうしたの?」
南は異変に気づき少し頭を傾ける。
ねるは目を瞑り深呼吸をして南に尋ねる。
「南、何か大切なこと隠してるでしょ?」
南は質問の意図が分からず困惑した表情を浮かべる。
「なんのこと?」
ねるは南の口から話して欲しい一心でもう一度訊ねる。
「大切なこと隠してるよね?」
南の表情は変わらず、思い当たらないという意志表れか、届いたカフェオレを一口飲む。
「何を聞きたいのか分からない。誰だって一つや二つ隠し事ぐらいあるし、それを全部話すなんてそれこそ無理な話だよ」
ねるは南を見つめる。
「ねるちゃんとはバイト先で出会って歳も近いし、付き合いも長いから、色々お話してるしてる方だよ」
南は頬を少し赤らめ声のトーンが下がる。
「秘密なんて・・・知ってるでしょ、私がさらちゃんのこと好きだって」
ねるは南がどうしても話してくれないと悟り一部だけ伝えることにした。
「南、金庫の場所知ってるよね?」
南は一瞬の逡巡の後、真剣な表情をする。
「ねるちゃんはそれを知ってどうするの?」
「どうもしない。・・・どうしようもないが正しいかな」
「だったら知らないままで、良いんじゃない。金庫も最初から見なかったことにすれば」
「それだけじゃない。あの日無くなったはずの水筒を持って出て行く南を見てしまったから」
ねるは小声で続ける。
「それに、あの推理が正しかったのか知りたいし」
南は窓の外を見てつぶやく。
「水筒、見られてたんだね」
ねるは頷く。南の中の何かが緩む。
「だったら仕方がないか・・・ねるちゃんだから話すよ。でも一つ約束して、ここだけの話しだから終わったら忘れること、無理だったとしても、誰にも話さずに胸の奥にしまって欲しい」
「分かった」ねるは強く頷く。
「もっとも誰かに話しても証拠は無いから証明できないけど」
「パンケーキお待たせしました」
店員が2人の注文したパンケーキをそれぞれの目の前に置く。
「それでは、ごゆっくり」
店員は小さく一礼し去って行く。
「先にパンケーキ食べよっか」南は苦笑いする。
「・・いや」ねる少し考える。
「ねるちゃん楽しみにしてたんでしょ。それに話すだけならいくらでも時間はある。だから午前中から呼び出したんでしょ」
南はねるの意図を悟り、気落ちしていた。しかし、意図せずとはいえ、ねるを巻き込んでしまった、罪悪感から気持ちを切り替えていた。
「それは・・・そうなんだけど」
南は先にパンケーキを口に運ぶ。
「え!美味しいっ、ねるちゃんも食べてみて」
ねるも言われるがままパンケーキを食べる。
「本当!美味しい」
食べ始めて少しして南は水筒が無くなった日のことを語り始めた。
「あの日の事は半分事実で半分演技だったの」
「え?」ねるは口に入れる寸前のパンケーキをお皿に戻した。
「さらちゃんと私で計画してあの事件を起こした。正確には最初に計画したのはさらちゃんで、それに私は協力した共犯者って感じ」
南はカフェオレを一口啜る。
「少し前のことになるけど、さらちゃん、店長にしつこく言い寄られてたんだよね」
「知らなかった」ねるは申し訳なさそうに言う。
「最初は『コンカフェのキャストとは何か』とか、『売り上げを上げるにはどうするか』とか、サラちゃんも参考になることだったし、営業時間前に少し話す程度だったんだ」
南は当時の店長とサラのやり取りを思い出していた。
「でもいつからか個人的な話しとか、『プライベートで会えないか』とか、段々と一線を越えようとしてきたんだって」
南は強めにパンケーキにフォークを刺す。ステンレスのフォークが陶器の平皿とぶつかる鈍い音が、ねるの耳に残る。
「さらちゃんも異変を感じて断るようになって、何度か断るうちに、店長も険悪ムードになっちゃって、喧嘩しちゃったんだ。私、偶然その喧嘩を見ちゃって、でもその場では何もせずに、違う日に事情を聞いて、店長やばいって話ししたんだ」
ねるは南の話を聞いて頭の片隅で思い出していた。一度お店のバックヤードで店長とサラが言い争い、サラが出て来て鉢合わせたことを。しかし当時はそんな大きなことになるとは、まるで予想してなかった。
「そんなことになってたなんて・・・気づかなくてごめんなさい」
「ねるちゃんが謝ることじゃないよ。悪いのは全部店長だから」
南は本題に入る前にカフェオレで喉を潤す。
「だけど、それから少し経って、サラちゃんと遊びに行ったら、サラちゃん急に辞めるって言いだして、でも私には止める権利ないし、喧嘩の後も何度かサラちゃんに店長が迫ってるの見てたから、つい賛成しちゃったんだ」
「そんな状況なら仕方がないと思う」
「それでサラちゃん、辞めるだけじゃ気持ちが治らなかったのか、『店長を困らせてやる』って言って、私に今回の事件の計画を教えてくたの」
「計画ってどんな?」ねるは恐る恐る聞いた。
「まあ、ね。一旦パンケーキ食べよ」
南はすっかり自分のペースでねるを巻き込んでいた。
ねるはフォークに刺さったままのパンケーキを口に運ぶ。
「計画といっても結構単純で、なんでもいいからひと騒動起こして店長を困らせる。それをきっかけにさらちゃんは辞める。本当はもっと実害のある、例えば店長の隠してるお金とか有れば盗む気でいたらしいけど流石に辞めさせたよ。代わりに私が、店長が買った高いリキュールの中身を入れ替えて盗んじゃおうって計画を提案したの、簡単でしょ」
「え?・・・それって」
ねるは思い当たる瓶を見た気がした。
「まず、私がサラちゃんの水筒を盗む。水筒は誰にも分からない所、ねるちゃんが見つけたあの場所ね。サラちゃんは知らないから迫真の演技で、盗まれた人を演じれたってわけ」
「でも、2人はいわゆる共犯なんだよね。なんで、わざわざ本当に盗む必要があったの」
ねるは単純に疑問だった。
「そこはさらちゃんのリクエスト。『演技下手だから本当に盗んで』って」
南は口角を僅かに上げて笑みが溢れる。
「サラちゃん荷物検査した時本当に驚いてた。サラちゃんはてっきり私のカバンかロッカーに入ってると思ってたみたいで、でも何処にもないから迫真だったよね」
「リキュールはどうしたの?中身盗んだってことは空だよね。あ、だからあの棚から無くなってたの?」
「リキュールの中身は、安くて色と匂いが近いやつ探して入れ替えたよ。簡単に見つかると困るからあの引出しに隠してある。ねるちゃんがあの引出しを見つけたとき見なかった?」
「そういえば、あった気がする、、、あれが」
「それで、後日隠した水筒を回収した、その瞬間をねるちゃんに見られたってこと」
「じゃああの日、さらちゃん近くに居たってこと?」
「そう、少し離れたところで待っててもらったよ。水筒渡して直ぐ帰ったけど」
「はーーー。そんなことが」
ねるは今回の事件の真相が、ここまで複雑だったとは夢にも思っていなかった。同時に柚城の推理も大して当たっていないと高を括っていた。しかし、如何だろうか殆ど当たっている。ねるは2つの意味で驚いていた。
ねるは唐突に嫌な予感と共に忘れていた要素に気づく。
「南ちゃん、まさか金庫の中身には手をつけて無いよね」
南の表情から一瞬笑顔が消え、笑顔が戻る。
「まっさかー、あんな危ないお金に手をつける訳ないじゃん」
ねるの嫌な予感は当たった。
「何で、金庫の中身知ってるの?」
「そんなの、、、金庫ってだいたいお金入ってるでしょ」
「ちがうよ、南ちゃんは今『あんな危ないお金』って言ったんだよ。なんで、お金の事情を知ってるの?」
「あーーもう、ねるちゃんは鋭いな」
南はねるを前にしてもう隠すことができなくなっていた。
「そうだよ、あの金庫にはお金が入ってる、しかも、店長がお店から横領したお金。でも、そこから持っていったなんて事は無いからね」
「本当だね?本当にお金には手を出してないね?」
ねるは南を真剣な表情で見つめる。
「あーもぅ。分かったから。ねるちゃんは良い子だし好きだから、白状する。少しだけね、、、貰った」
「やっぱり」
「でもでも、本当に少しだけ」
「幾ら?」
「、、、10くらい?」
「貴方、結構大胆ね」
「バレないよ、だって金庫にはもっと沢山入ってたし」
「はーー」ねるは大きな溜息をつく。
「分かった、もういい、きっかけの事情も含めたら、皆んな悪いし、サラちゃんはもう店には戻りたくないだろうし、無理やり来させても誰も幸せにはならない」
「分かってくれて良かった。ねるちゃんだから話したんだよ、2人だけの秘密ね」
「ええ、しょうがない。店長のお金はサラちゃんへ慰謝料だと思うことにする」
「うん、大丈夫ついでに今から使っちゃうつもり、一緒に近くの遊園地行こ!」
「良いね、店長からの臨時ボーナスね!」
南とねるは残っていたパンケーキを完食して、お店を出る。
ねるは最初の約束通り、喫茶店での話を心の中に留め自ら鍵をかけた。
〈本日のニュースをお伝えします〉
柚城は毎朝テレビを流したまま朝食、簡単な家事、大学に行く支度をする。
今日も朝食の用意をしながらテレビを垂れ流していた。
〈次のニュースです。昨夜未明、秋葉原に複数のコンセプトカフェを構えるオーナー。萩原聡が横領・脱税の容疑で逮捕されました。コンセプトカフェの元従業員と名乗る女性から匿名の通報が入り調査が進められていました。現在容疑者がオーナーを務める店舗は全て営業中止。警察及び国税庁の捜査が行われています。・・・次のニュースです。〉
「秋葉原じゃん、まぁ、あるよなー。でもまた新しい店舗が出来るんだろうな」
柚城は放置された洗物を終えて、間に焼いていたパンにバターを乗せる。シリアルに牛乳をかけて机に持って行き朝食を摂る。ニュースや天気予報をみてふと時計を見ると大学に行く時間だった。
「ヤベ!」
柚城は急いで朝食を食べ終わると流し台に置き水をかける。
〈次のニュースです。事件現場にアクリルスタンドを置いて行く連続殺人事件、通称「アクリル殺人」が東京都豊島区東池袋の路地裏にて発生しました。被害者の身元は現在不明。付近は飲み屋やキャバクラ、コンセプトカフェなどが乱立する歓楽街になっており警察は目撃証言などを広く集めています〉
柚城は身支度を済ませ、テレビと部屋の電気を消して家を出た。
薄暗い部屋で地べたに座りベッドに背中を預ける。スマホの画面が暗い部屋の中で煌々と輝き、その光で水浦桜の瞳孔は大きく開かれる。
水浦桜の視線はスマホの画面に注がれる。
画面には個人チャットが開かれている。
「ありがとございました」
「ムザイさんのおかげで最後に仕返しができて満足です」
すぐに返信が来る。
「良かった」
水浦桜はその返信を見て静かに口角を上げる。
次の瞬間にはトーク画面に〈このメンバーは退出しました〉のアナウンスだけが残った。




