Epilogue:推し活悪役令嬢は、追放の街を満喫中
聖女と王太子が街を去って、早1か月――。
街の外殻部にある兄弟の旧居で過ごしていたヴェロニカのもとに、シグルドとダルタニアンがやってきた。
「結局、聖女の予言は誤りだったと公表されたそうだ」
世間話めいた口調で、シグルドがそう切り出した。
「国政に混乱をもたらした責任を重く見て、王は聖女アリアに奉仕巡礼の修行を命じたらしい」
――へえ。
ヴェロニカは曖昧な相槌を打ちながら、シグルドのティーカップに紅茶を継ぎ足した。
原作ではこの街の崩壊後に、聖女は攻略対象たちと各地を巡って災いを鎮める旅に出るはずだった。だが今世は華やかな同行者はおらず、ただ黙々と己を律する地味な修行になるらしい。
「王太子も信頼が地に落ちたと聞いた。聖女に入れ込むあまり、判断力を失って無茶な政策を通し続けた責任を問われている。もっとも、その判断を後押しした国王自身も大いに苦労しているらしいが」
シグルドは言葉を継いだ。
「王と王太子への信頼が揺らいだことで、これまで目立たぬ立場にいた王弟が権力の座を狙って動き始めた。ベルトラン侯爵家が、その王弟の後押しをしているようだ」
「さようですか」
どれもこれも、ヴェロニカには遠い世界の話だ。どうぞ自分と関係のないところで、ご自由に頑張ってくださいと思った。
「ヴェロニカ。お前、本当にこういう話に興味ないよな」
ダルタニアンが、くつくつと肩を揺らしながらヴェロニカを見ていた。
ふたりともくつろいだ様子で茶を飲み、焼き菓子を口に運んでいる。
「これ、ヴェロニカが作ったのか?」
「ええ」
「旨いな」
(兄弟で「あ~ん」とか、してくれないかしら……)
そんな期待が胸をよぎるも、あいにくそこまでの褒美シーンはなさそうだ。それでも、今日も当然のように肩を並べ合う二人を見られたので良き良きだ。非常に絵になる、視力が上がる。
「ふふふふふ」
「なんだ、その気味の悪い笑い方は」
「ご兄弟が今日も尊くていらっしゃるので」
「……お前はいつもそればかりだな」
この日常は、すでに立派なご褒美だ。
「では、俺たちはそろそろ視察に戻る」
「行ってらっしゃいませ」
玄関に整えられた荷物に目を留め、ダルタニアンがふと問うた。
「ところで、お前もどこかに出かけるのか?」
「ええ。数日ほど留守にするつもりです」
ヴェロニカは唇の端を吊り上げた。
「実はこの街の地下へ足を運んでみようかと」
兄弟が、物珍しげに目を見開いた。
「先日、おふたりに古い地図をいただきましたでしょう? まさか地下に旧市街が眠っていたとは存じ上げませんでした。ぜひ、この目で確かめて参ります」
「……マジかよ。まともな人間が行く場所じゃない」
「何が起こるか分からんぞ」
ヴェロニカは、不敵な笑みを浮かべたままだ。
「肝に銘じておきますわ。それに、同行者もおりますので」
「「同行者?」」
そのとき。
隣りの部屋でドサドサドサ……! と大量の何かが落ちる音が響いた。
「まあ。何をしているの、モルス」
ヴェロニカが扉を開ける。部屋の中を覗き込んだシグルドとダルタニアンが、同時に怪訝そうな顔をした。
「……犬?」
ちっぽけな毛玉のような黒い犬が、ペンを咥えて床に何かを書きなぐっている。
『ぐるるるぅ…………!!』
犬はヴェロニカに抱き上げられて、ペンを咥えたまま不機嫌そうに呻いていた。
「ヴェロニカ、その犬は」
「モルスです」
「「!」」
『きゃんきゃんきゃん!!』
小さな口を開くと、モルスはけたたましく吠えたてた。
「……どういうことだ」
シグルドは愕然としている。
「どういう仕組みか知りませんが、数日前から犬なのです。どうやら、人間の魔術を試そうとして失敗したらしく」
溜息をつきながら、ヴェロニカは床に落ちていた魔術書を見やった。
「わたくしに魅了魔術を掛けようと企んでいたようです」
「てゆうかその犬、悪魔だったのかよ……!」
ダルタニアンは、複雑そうな顔で半歩後ずさっていた。
「地下探索には、モルスもこのまま連れて行こうかと」
すると、シグルドが思いきり顔をしかめた。
「なぜわざわざそんなものを……」
「ペットには餌が必要ですもの。わたくし、数日は戻りませんし」
『きゃんきゃんきゃん!!』
元の姿に戻せ! と怒っているのが分かった。
「あら、別にこのままでいいじゃない」
なんとなく、犬語が分かってきた気がする。なので引き続き犬でまったく問題ない。
――シグルドとダルタニアンを送り出すと、ヴェロニカは荷袋を背負って軽やかな足取りで家を出た。
「さあ、行くわよモルス」
『ぐるる……』
渋々ついてくる黒い毛玉を、肩越しにふり返ってヴェロニカは笑った。
すれ違う住民たちが、うやうやしく頭を下げてくる。
「魔女様、お出かけですか」
「ええ」
「行ってらっしゃいませ」
「お気を付けて」
『……すんっ』
すると、なぜかモルスが鼻で笑った。どこか皮肉めいた態度だ――『ちやほやされて人気者気取りか?』とでも言われた気がする。
だからヴェロニカも、ふふんと鼻で笑い返した。
「あいにく解釈不一致よ。わたくし、悪役令嬢ですもの」
――悲劇の原作シナリオを駆逐した推し活悪役令嬢は、今日も気ままな追放ライフを満喫するのであった。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。今回はゴシックファンタジー✕推し活コメディでお送りしました。なかなかにクセ強でしたね。お読みくださったどなたかの心に強く響くことを願ってやみません。
感想欄や☆☆☆☆☆で作品へのお声をお聞かせくださると嬉しいです。
これからも色々な作品を描いていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。






