第16話
「――お待たせいたしました」
淑女の鑑と呼べる完璧な立ち居振る舞いで、ヴェロニカはふたりにお茶を振舞った。
「どうぞ、ごゆっくりなさってくださいまし」
幼少期からみっちり仕込まれてきた淑女教育の賜物だ。彼女の所作には一切の乱れがない。そう、たとえ頭の中が、
(公式で描かれなかった日常の供給、ありがとうございます! 実に解釈がはかどりますっ)
などと盛大に散らかっていたとしても、だ。
シグルドとダルタニアンは明らかに警戒している様子で、ティーカップに口を付けようとはしない。
「兄貴。この女は何者だ」
声を固くして、ダルタニアンは隣の兄に尋ねる。
「こいつと面識があったのか?」
「ない。名前はヴェロニカ・ベルトラン。不法占拠者だが、俺たちの家と知らずに居座っていたと言い張っている」
シグルドが足を組みながら答えると、ダルタニアンは思いきり顔をしかめた。
「なんだそれ。だいたい――」
ダルタニアンは、不意に言葉を止めた。少し離れたところから、強烈な視線を感じたからだ。
「(わぁ、生のふたりが喋ってる。ダルたーにゃんかわいい。シグ短文しか語らない)…………」
部屋の入口に立ったヴェロニカがこちらを見ている。
澄まし顔なのに、彼女の瞳はやたらとギラギラ輝いていた。
「おい、女! 何をじろじろ見ていやがる!」
「どうかお気になさらず。わたくしのことはただ、壁とでも思っていただければと」
「は?」
「(かわよ~)……」
シグルドは無言でふたりのやり取りを見ていたが、不意に目つきが一段と鋭くなった。殺意を噴き上げ、ヴェロニカを睨めつけてくる。
「ヴェロニカ・ベルトラン。貴様、まさか弟によからぬ想いを抱いてはおるまいな」
誤解である。ヴェロニカは、兄弟そろって鑑賞していた。
しかしシグルドの瞳には、弟狙いの泥棒猫と映っているようだ。そしてダルタニアンは、ヴェロニカと兄の関係を勘ぐっているのだろう。
……兄弟の仲睦まじさを維持するためにも、今すぐ誤解を解かねばならない気がした。
「シグルド様、ダルタニアン様。おふたりがわたくしを疑っているのは先刻承知でございますが、わたくしには一切の害意はございません」
テーブルを挟んで二人の目の前に立つと、ヴェロニカは深々とカーテシーをした。
「まずは、ダルタニアン様。お兄様がここにいらしたのは、なぜわたくしがワルプルギスの夜に参加したか――その理由を問うためです。僭越ながら、わたくしの真意を嘘偽りなく述べとう存じます」
胸いっぱいに息を吸い、ヴェロニカははっきりと告げた。
「わたくしは、あなたがたご兄弟のお姿を見るために参加しました。おふたりは、大変尊いカップリングでいらっしゃるので」
――は?
さっぱり意味が分からない。と言いたげに兄弟は沈黙していた。その表情、実にそっくりで良きである。
「姿を……見る? なんだ、それは」
「ええ、ええ。ご理解が及ばないのも無理はございません。そこでお尋ねしますが、おふたりは野鳥観察をご存じでしょうか」
「野鳥観察?」
「野生の鳥の生態を観察するのです。学者が研究目的で行うのみならず、近年は貴族の娯楽としても普及して参りました」
「知らんな」
シグルドが、そっけなく首を振る。
「わたくしにとって、あなたがたは『野鳥』です」
「「は」」
「ただの野鳥ではございません。この世にたった二羽しかいない希少種でございます。そしてバードウォッチングのごとく、わたくしはそっと見守りその生き様を観察したい……。そのために、ワルプルギスの夜に参加したのです」
「観察だと」
「ええ」
「何が楽しい」
「なにもかも」
バードウォッチングの目的は、野鳥のありのままの姿を見ることだ。ペットにしたいとか食べたいとか、そういうのではない。ヴェロニカが求める兄弟カプの推し活は、まさに崇高なるバードウォッチングであった。
「ご理解いただけましたでしょうか」
これだけ丁寧に述べれば、きっと分かってもらえたはずだ。――達成感に満ちた笑みで、ヴェロニカは兄弟を見つめた。
ところがふたりの美貌には、前にも増して緊迫感がみなぎっている。
やがてダルタニアンが、苦々しく呟いた。
「……この、魔女が」
(え。なぜに魔女?)
魔術研究に陶酔しすぎて人の道を外れた者――その蔑称が魔女である。だが、どうして急に魔女呼ばわりを?
「鳥扱いで観察だと? 魔術の生贄にでもするつもりなら、俺たちを舐めるな」
ダルタニアンは吐き捨てるようにそう言うと、兄の腕を引いた。
「兄貴、次の巡回が押している。こんな女にこれ以上関わってたまるか!」
「……ああ」
シグルドもまた、立ち上がった。そして去り際、銀の瞳で鋭くヴェロニカを一瞥した。
「どうやら貴様は、思った以上に頭のいかれた女のようだ。だが、俺から逃げられると思うな。貴様にはまだ、聞かねばならんことが山ほどある」
「またのお越しをお待ちしておりますわ」
「ちっ」
玄関でふたりを見送ったまま、ヴェロニカはしばらくその場に立ち尽くしていた。
なぜか身構えられてしまったようだが、まあ、ふたりの仲を引き裂く気がないと伝わればそれで問題ない。
(……推しカプ、そろった。……日常未公開シーン)
なんたるご褒美なのだろう。
(尊かった……)
余韻に浸って恍惚としていた、そのとき。
「ヴェロニカさま、ただいまー!」
元気な声が外から響いた。
「あれ? だれかお客さん来てたんですか?」
『きゃんきゃんきゃん!』
「ええ。もう帰ったわ」
『きゃんきゃんきゃん!』
モルスは鼻をスンスン言わせ、匂いを嫌がるような素振りで飛び跳ねている。
「……ちょっと。静かにしてちょうだい」
『きゃん!!!』




