第1話
「侯爵令嬢ヴェロニカ・ベルトラン! 貴様には失望したぞ!!」
煌びやかなシャンデリアの下、王太子セドリック=ミュラ・アウグスタリアが声を張り上げる。周囲の学生たちは不穏なざわめきを押し殺しながら、その光景を食い入るように見つめていた。
ここは王立学院のダンスホール。
数百人の学生が集う、卒業記念パーティの最中だ。
王太子の背中に隠れて寄り添うプラチナブロンドの女生徒は、『神の祝福を受けし聖女』アリア・クラエス。すみれ色の目を潤ませて王太子の礼装の袖をきゅっと掴んで震えている――その儚げな仕草は、男女を問わず学生たちの庇護欲をくすぐった。
「我が婚約者でありながら、聖女アリアへの悪逆非道の数々。これほど証拠がありながら、白を切り通せると思ったか!」
叫ぶ王太子の両脇を固めているのは、友人である3名の貴族令息――いずれも名家の出身で、将来的には宰相や騎士団長などの要職に就く者たちである。
こそこそとした囁きが、あちらこちらで漏れている。
「……あのベルトラン侯爵家も、これでとうとうお終いだな」
「あれほど証拠を並べられても、言い逃れができると思っているのかしら……」
つい先ほど、3人の令息たちがヴェロニカの罪を告発した。アリアに対する加害の数々――暴言、暴力、窃盗行為。挙句の果てには暗殺未遂。
だが、ヴェロニカは否定した。
身に覚えのないことばかりだと。
観衆に取り囲まれたこの空間は、さながら舞台。
騎士道物語の一幕のように、姫を敬愛する騎士たちが邪悪な敵と対峙している。孤立無援のヴェロニカは、今まさに討たれんとする『悪役』だ。
……自作自演の、茶番劇。
これが仕組まれた断罪だと、ヴェロニカはすでに理解している。
――王家と三大貴族のひとつベルトラン侯爵家との婚姻は、幼い頃より定められていたものだ。
それは確定した未来であった……聖女の力を宿した平民の少女が現れるまでは。
聖女アリアと絆を深め、真実の愛に目覚めた王太子。
聖女を我らの血筋にと欲した王家。
ベルトラン侯爵家に、政敵が多いのも災いした。密かに失脚を狙う敵対派閥の貴族たちが、王家に働きかけたのだ。
水面下で造られていった証拠と証言――完璧なまでに練り上げられた数々の『罪』が今、ヴェロニカに突き付けられている。
ヴェロニカは、感情の滲まぬ瞳でセドリックを映した。
ちらりと一瞬、セドリックの美貌に罪悪感の色が差す――思慕も敬愛もない政略だけの婚約相手でも、多少は罪の意識が湧くものらしい。
だが、そんな気弱さも一瞬のこと。口をつぐんでいたヴェロニカに、追い打ちをかけるようにセドリックは言い放った。
「聞け、諸君! ヴェロニカはこれらの罪のみならず、重大な罪を犯していた。――それは、悪魔との契約だ!!」
……ざわっ!!
会場が、かつてないほど揺れている。
「悪魔って、まさか……」
「うそだろ……」
「そんなの、国家反逆級の重罪じゃないか」
「でも悪魔なんて、本当に呼び出せるのか?」
「……ああ。前例は、百年以上昔だぞ」
「だが、あのヴェロニカ嬢なら――」
「魔術学も古文書学も、いつも主席だったしな……」
ざわ。
……ざわざわ。
恐怖と嫌悪の混じる視線が、一斉にヴェロニカを突き刺した。
それでもヴェロニカは、眉のひとつも動かさない。
豪奢に巻いた蜂蜜色の金髪の下、切れ長の青瞳にはひとひらの感情さえも浮かべていなかった。薔薇色の唇はきつく結ばれ、すらりと背筋を伸ばした立ち姿は堂々たるものである。
女王の風格。
その場の誰もが、そう認めざるを得なかった。――そのとき。
「ふっ」
ヴェロニカが、笑った。
微かに眉尻を下げ、滑稽な生き物を眺めるような表情で唇を吊り上げている。
女王の笑みに場の一同が固唾を呑んだ――毒の篭った意地の悪い笑い方なのに、ぞくりとするほど艶めかしい。
セドリックも、完全に気圧されていた。
(…………なぜだ、ヴェロニカ。この状況で、なぜ笑える!?)
国家反逆級の犯罪なのに。
先に述べられた加害だけならばまだしも、悪魔との契約が事実であれば死刑は免れない。それを告発されてなお、余裕でいられる理由がまるで分からなかった。
(ほかの告発は偽造だが、悪魔の件だけは本当のはずなのに……!)
――そう。
たとえ嫌いでたまらなくても、セドリックとて無実の婚約者を断罪するのは良心が咎めた。だが、聖女アリアがそっと打ち明けてくれたのだ……『ヴェロニカさまから、濃密な悪魔の匂いがします』と。
聖女とは、悪魔を祓うために神が遣わした存在だ。
そのアリアが言うのだから、ヴェロニカが悪魔と契約したのは間違いない――そんな女を未来の王妃にするわけにはいかない!
という一心で、セドリックは断罪劇に身を投じたのだ。
だがしかし。
(……ヴェロニカ、お前はいつからそんな女になった?)
思えば彼女の挙動は、1年ほど前から大きく変わったように思う。
高慢な素振りは幼い頃から同じだが、なぜか『腹の読めない女』になった。以前のヴェロニカはもっと饒舌で、執念深く食い下がってくる女だったはずなのに。
(お前は今、何を考えている!?)
じりじりと鉄板であぶられるような焦燥感に耐えかねて、セドリックは声を張り上げた。
「……っ。だんまりか、ヴェロニカ!? 申し開きがあるなら述べてみろ!!」
それでもなお、ヴェロニカは無言で嗤い続けていた。
彼女の胸の内を知る者など、誰ひとりとしてこの場にいない。
そう。彼女が心の中で今、
(来た来た来たキタ――――!!! 待ってました断罪イベントぉお……! 多対一の断罪シチュで悪女の笑みとか尊み限界突破で全オレが泣いたぁ――!!))
などと早口で捲し立て、脳汁を噴き散らしながら大喜びしていたことなど、誰も――。





