9 宿泊とDay2
シャロン達は、店を出る直前に教えられた道に沿って宿屋に行こうとしていた。
「とても親切な方でしたわね、お兄様。」
「ああ、ミスター・ハワードに会えたのは本当に幸運だった。……それより、シャロン。これからの私達の関係についてだけどね。」
オルフェウスのそのひとことで、店でのあんなことやこんなことがフラッシュバックしたため、無意識に体を震わせたシャロン。
「ひゃ、はいお兄様!」
「ふふ、そう固くならないで。色々と考えたのだけれどね、私達が夫婦だと言った方が一番手っ取り早いかと思って。兄妹より応用も効くしね。ほら、兄妹での二人暮らしよりも、夫婦の新居生活と言った方が納得感があるだろう?」
だから服を買うときに、勝手に駆け落ちしたって言ってしまったんだ、ごめんね?
本気で申し訳なさそうに眉を下げて謝られたとき、シャロンの中でストンと落ちるものがあった。
(ああ、お兄様は演技をなさっていただけなのね。そうよね、いつもと行動が違う理由なんてそれしか無いわ。だってわたくし達は『兄妹』だから……)
ハワード達に違和感なく『愛し合う夫婦』を納得させるには、行動で示すのが早いだろう。
(なんだ。お兄様も同じ気持ちかもって期待してしまったわ。そんなことない、だって実の兄のことが1人の男性として好き、なんておかしいもの。妹をそんなふうに思えないのが「普通」なのに……)
シャロンは自分が「普通」じゃ無いことを自覚している。分かってるの。
でも。
(お兄様だけは違うかも、なんて思っちゃった。バカみたい。)
無言になったシャロンを不審に思ったのか、オルフェウスがいつもよりも低い声をかけてくる。
「シャロン?……すまない、夫婦というのは嫌だったかな。」
「そんなことないわ!…絶対にそんなことないから、お兄様。」
シャロンは、オルフェウスには視えないのに、精一杯笑顔を見せた。
◆◆◆
「本当は、こんな夜更けからは泊まらせないんだけど……ハワードさんの紹介ってんならしょうがないね。ご夫婦だから一部屋で構わないね?」
「ああ、ありがとう。」
宿屋の女将は、渋々ではあったがシャロンとオルフェウスを泊まらせてくれた。
「ミスター・ハワードの力は絶大ですね、お兄様。」
「それだけ人格者なんだろうね。……シャロン、お兄様以外の呼び方にしようか?」
「ぁ……ごめんなさい。オルフェウス、様」
「うん。良い子だね、シャロン」
(『お兄様』という呼び方まで禁止されてしまったら、わたくしと貴方の間の関係が切れてしまうみたいで、本当は嫌なのです。無邪気に貴方を『兄』と慕うことが出来なくなってしまうみたいで、嫌なのです。)
シャロンは、何も変わっていないはずなのに確かに変わっていく兄との関係が、何故か無性に怖く感じるのだった。
(疲れているのかしら。)
翌日。
思ったより疲れていたせいか、2人とも昼になるまで泥のように眠っていた。
「おはようシャロン」
シャロンの耳元で、柔らかな低音が聞こえる。
その柔らかさがむず痒くてシャロンがみじろぎすると、かすかに笑いを漏らす音が聞こえた。
「ふふ。シャロン、もうそろそろ起きないと。」
「う……ん…おにーさま……?」
シャロンが目をショボショボさせながら声のした方に寝返りを打つと、眼前に美しい顔が広がった。
「うひゃあ!」
(驚きすぎてお兄様の目の前で、変な声を出してしまいました……!)
目の前にはシャロンがこの世界で唯一愛してやまない存在、起きたばかりなのにすでに完成された美貌を放つ兄・オルフェウスが同じベッドに寝転んでいた。
そう、昨夜通された部屋にはダブルベッド1つしか置かれておらず、シャロンはドキドキする胸を抑えてベッドに入ったのだった。
(眠れないと思ったけれど、わたくし爆睡でしたわ!)
昨日はアドレナリンや急に事態が二転三転する非現実感でフワフワしていたが、体はしっかり疲れていたらしい。
色々と思い出しているうちに、不意に婚約破棄騒動を思い出してしまってシャロンは苦い顔をする。
「フィリップと結婚しなくて良くなった」というメリットにしては、「公衆の面前で濡れ衣を着せられる」・「フィリップや義妹メーニャ程度の人間に出し抜かれてしまう」という不快感が大きすぎる。
昨日はお兄様と一緒にいられる!と大喜びだったが、今になって沸々と怒りが湧いてきた。
(今更すぎますけど、でもあの2人には一発喰らわせてやりたいですわ……!)
心の中で、フィリップとメーニャにシャドーボクシングを繰り広げていると。
「シャロン、起きたかな?」
「お、起きましたわ!それはもうパッチリお目目です!」
オルフェウスの寝起きで掠れているお色気低音ボイスに、シャロンの心拍数がグングン上がっていく。
「ふふ、よく眠れたみたいだね。今何時か分かるかい?私には、朝か昼か分からないから。」
「少しお待ちくださいね。……今は朝の11時、もうお昼ですわね。わたくし達、随分と寝てしまっていたみたい。」
オルフェウスは病気で失明したが、本当に何も視えない「全盲」ではなく、光の明暗は分かる「光覚弁」という状態だ。
だから今が太陽の出ている日中であることは分かるが、具体的に朝なのか昼なのかは分からない、ということなのである。
「着替えて、朝食を頼む……いや、どこかで買うべきかな?それとも宿屋が持ってきてくれるのかな。」
「お昼ですから、カフェがあれば良いですわね。その後、ミスター・ハワードが言っていた宝飾品店に向かいたいです。」
「じゃあ、そうしようシャロン。」
オルフェウスがそう言って顔を寄せ瞼にキスを落としたものだから、シャロンは顔を真っ赤にして再起不能になるところだった。
光覚弁や視覚障がい者について。資料を見ながら書いてはいますが、まだまだ理解が浅いため間違っていたり表現を変えた方が良い箇所があれば、感想・誤字脱字報告などで教えていただけると助かります。
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