47 不穏な気配
「去年までは、ここまで寒くはなかったんですよ。いえ、うんざりするほど寒いこと自体は変わってないですけど。」
オルフェウスはユアンの言葉を正確に汲み取り、推測と事実を組み合わせ、結果嫌な結論に辿り着く。
「つまり、魔王は眉唾ではないということかな。」
「いえ?そこまで言ってはいませんよ。依頼主様は意外にファンタジックな思考回路をお持ちなんですね?」
「君がそういう結論が導かれるよう誘導したくせに……」
恨みがましいオルフェウスの言葉にユアンの肩が揺れ、彼の煌めく金髪がサラサラと揺れる。
「くっ、ハハッ!今初めて貴方が年下だって認識出来ましたよ。……本題ですが、『現在確認されている全ての生命体と一致しない生命体の存在が確認された』そうですよ。」
「随分とゆとりのある言い方をするんだね、とツッコんだ方が良いのかな?」
白けたと言うように、オルフェウスが鼻を鳴らす。
シャロンが目の前にいたら一生やらない反応だろう。
「いりませんよ、そんな定型文。この情報はジェシャートヴァ大公の筋から得た情報ですからね、間違いないでしょう。依頼主様、お喜びください。今年か、来年か、もしかしたら30年後かもしれませんけど……ともかく!魔王の封印が解けますよ。本当に魔王がいれば、の話ですが。」
厳しい表情をしていたオルフェウスが、前触れもなく肩の力を抜き、フッと緩んだ空気になった。
「その情報、私に必要あるのかな。君に与えた仕事はそんなものでは無かったと思うのだけど。」
シャロンとオルフェウスの生活には不必要な情報と言うことらしい。
あまりの閉塞さにユアンも苦笑いを浮かべるしかない。
「おや。随分薄い反応。確かに、俺の仕事はこれでは無かったですね。お嬢様の噂は撹乱させておきましたよ。でも、お嬢様の肖像画付きポスターが貼られるようになってしまいました。今は俺が情報をまいたおかげで北のユトラーゼ諸侯連合に重点的に貼られていますが、こちらに貼られるのも時間の問題でしょうね。」
「これ以上大事にする気はないと思っていたのだけど、認識を改めなくてはね。……どれだけシャロンと私の平穏を乱せば気が済むのかな、あの国は。」
うっすらと微笑むオルフェウスは、外の冷気に負けない冷ややかさを纏っている。
ユアンはそんな彼にニッッコリと笑いかけ、揉み手をし始めた。
「そ、こ、で!俺に依頼とか、どうです?今なら料金を不当に上乗せしたりはしませんから!」
「するつもりだったんだね。それと、今シャロンは集中しているからあまり大きな声を出さないでくれるかな。あと自分たちで解決するから、君は今まで通り護衛に徹しておけばいいよ。」
「はは、ま、いつでも小遣い大募集ですよ〜」
と2人が笑顔で軽口を言い合っていると、リビングからメゾソプラノの声が聞こえた。
「……あら、オルフェウス様はどこかしら?」
シャロンは随分と長い間集中して魔導の本を読んでいたのだが、流石に休憩しようと兄に声をかけようとして……隣にいないことに気づいた。
兄が出ていったのでは、と一瞬ヒヤリと寒気が彼女の背中を襲ったが、それは杞憂だったとすぐに分かった。
「シャロン、本は読み終えたのかな?」
「お嬢様、お久しぶりです〜。ご依頼とかございませんか?」
オルフェウスの声が聞こえ、更に別のテノールの声が聞こえたからだ。
(聞き覚えのある声ね、誰だったかしら?)
シャロンがリビングの椅子に座って首を傾げている間に部屋に入ってきた男達───愛しい兄と、長めの金髪の胡散臭い人間───を見て、シャロンは目を大きく開けた。
「オルフェウス様!と、……ユアン?何故ここに?」
「彼はランプを届けに来てくれたんだよ。もしかして知り合い、なのかな。」
(あたかも俺と初対面のような口ぶり、白々しい……)
ユアンの白い目を飄々と受け流しながら、あくまでも『蒼羽』との関係を隠したいオルフェウスは、片手に持った小包をシャロンに分かるように掲げてみせる。
「え、ええ。知り合いというか、以前酔っ払い達から助けてくれた人がいたと話したでしょう?その方ですわ。」
「ああ、その時の。妻が世話になったね。どうもありがとう、ユアン君。」
(依頼主様ウッッザァ!とか言いませんけど!ええ、俺はS級維持の為なら笑顔に徹することくらい余裕……!)
「イエ、タマタマトオリカカッタダケデ。……と、それよりお嬢様。その本、魔導についての本ですね?」
ピキリと笑顔を凍らせ何とか言い切ったユアンは、この地獄の雰囲気から抜け出そうと、とりあえず別の話題を提供した。
「え?ええ、そうよ。魔導の才能があるって言われたから勉強し始めたのだけど、なかなか上手くいかなくて……」
「ふむ。お嬢様、こういう時の俺です。」
(なんだかイヤな予感がするわね。)
シャロンの胡散臭い物を見る目を華麗にかわし、ユアンが無駄にキラキラしい顔面をずずいとシャロンに近づけた。
「俺が手とり足とり、教えて差し上げますよ……?」
もちろん、依頼料は頂きますけど。
清々しい笑顔で言い切ったユアンは、シャロンが社交界にいた時でも見たことがないほどの厚かましさを持っていた。
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