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「エドガー様⁉︎」
私が驚いていると、お父様が咳払いして私とエドガー様の間に入り言ってくる。
「フリージア、君と第二王子との婚約は昨日付けで白紙になったよ」
「えっ⁉︎」
驚きすぎて思わず口を開けてしまう。すると、お父様は頬を緩ませるが、すぐに眉間に皺を寄せ言ってきた。
「当たり前だ。フリージアの忠告を聞かず危険な毒婦をずっと側に置いていたのだからな。おかげで私の愛しい娘を殺されかけたんだ。本来なら婚約白紙だけでは許されないぞ」
「……お父様、でも大丈夫だったのですか? この婚約は王命でしたのよ……。何か王家からお咎めはなかったのですか?」
「そこは問題ない。今回の件、かなりの貴族が後ろ盾をしてくれてな」
お父様はセーラ様とアイリス様と、一瞬だけエドガー様を見た。私は三人にすぐに頭を下げる。
「皆様、ありがとうございます」
「気にしないで下さい。これからも仲良くするフリージア様には幸せになって欲しいですからね」
「そうですわ。私も辺境伯にお話ししたら喜んで王家に脅し……口添えしてくれましたわ」
アイリス様とセーラ様が笑顔で言ってくると、エドガー様もお父様の後ろから顔だけ出してくる。
「うちも母が頑張ってくれたんだ。ローグライト公爵夫人と共にね」
「お母様が?」
「ふふふ、久しぶりに王宮に乗り込んであげたわよ。まあ、王妃様も流石に申し訳なさそうにしていて、第二王子側に問題有りという事であっという間に白紙にできたわ」
「私が休んでいる間にそんな事が……」
「あなたが休んでる間に終わらせたかったのよ。あなたはまた我慢してしまうでしょう」
「お母様……本当に何もできない娘で申し訳ありません」
「何言ってるの。あなたは確かに自分で抱え込んでしまったかもしれない。でも、それに気づかなかった私達や周りの大人達が一番悪いのよ。それにあなたの人徳のおかげで沢山の方が動いたのよ。誇りなさい」
「……は、はい」
私はお母様にそう言われ嬉しくなり涙が出てきてしまう。するとエドガー様がゆっくりと近づきハンカチを差し出してくれた。
「ありがとうございます。エドガー様」
「いや、それと様はやめてくれないか?」
「ふふふ、そうね。エドガー」
私が微笑みながらそう言うと、エドガーは目を丸くした。更にしばらく私を見つめた後、すぐに緊張した表情になり私の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「フリージア、落ち着いたら二人きりでゆっくり話をしたい。良いかな?」
そうエドガーが言ってきたので今度は私が目を丸くした。だって、言葉の意味が私にはわかってしまったからだ。私はニヤけそうな顔を必死に崩さない様に頷く。
「……はい」
すると、エドガーはほっとしたようになり、皆笑顔になった。若干お父様はこめかみをひくつかせ歯軋りしてたけれど……
◇
怪我も治り、久しぶりに学院に登校したのだが、沢山の人達が私のところに来てくれ挨拶をしてくれた。
「さすがはフリージア様ですわね」
「ええ、改めてフリージア様の人気を理解しましたわ」
「ふふふ、大袈裟よ」
私はそう言いながらも会いたくない第二王子達のいた席をチラッと見る。どうやらまだ来ていないようだった。
ほっとしながらもこれから会う機会があるのかと憂鬱になっていると、セーラ様が小声で言ってきた。
「ジラール・ブランド伯爵令息はお金が払えなくなり退学しましたわ。ちなみに現在は半分まで削られた領地で細々とやってるそうです。それから、ベント・ダリル子爵令息は廃嫡されて今は王都の近くにある小さな町の酒場で働いてます」
「そうだったのね……」
二人がした事は問題があったけど、結果を聞くと可哀想になってしまう。そんな事を思っているとアイリス様が微笑みながら言ってきた。
「フリージア様が気にされる事ではないですわ。彼らに合った場所にいけたという事ですわよ。それより、第二王子はしばらく謹慎中だったのですが、今日解けているはずなんですがね」
「……そう、いらっしゃるのね」
やはり、王族ですからそこまで厳しくはないですものね。私は溜め息を吐いていると後ろに座っていたエドガーが声をかけてきた。
「安心して、俺が常に側にいるから」
「エドガー……」
私はエドガーに言われ嬉しくなると同時にドキドキしてしまう。なんせ、今日はエドガーに大事な話があると言われているのである。だから、いつも以上に入念に身だしなみは整えているのだ。
はあっ、どうしよう。今からドキドキしていたら身がもたないわ……
私がそんな事を思っていると、教室の扉が勢いよく開き、第二王子が入ってきたのだ。そして、私を見るなり近づいてきて微笑んできた。
「ああ、フリージア、良かった! 心配したんだよ! もう体は良くなったのかい?」
「……皆様のおかげで」
「良かったよ。一緒になる前に君を失うなんて私には耐えられないからね!」
第二王子はそう言って私を見てくる。正直、自分の耳を疑ってしまった。思わず周りを見ると私と同じ様に驚いた表情をしていたので、同じ言葉が聞こえていたのだろう。だから、私は第二王子に言った。
「あの、私との婚約は白紙になっているはずなのですが……」
すると第二王子は目を見開き私を睨む。
「あんな紙切れで私達の愛が引き裂かれるわけがないだろう!」
「いえ、公的文書なので大事なものですよ。それに私と第二王子の婚約は王命です。つまり、政略結婚なんですよ」
「セイリャクケッコン?」
「はい、王家は我がローグライト公爵家の後ろ盾が欲しかったのです。だから、第二王子と私を王命により婚約させたのです。ちなみに当初は第三王子が私の婚約者になる予定だったのですが、あまりにも頭が良かったので第一王子に何かあった時にと取りやめて第二王子になったのです」
「な、な、なんだって……」
「その様子ですと、やはりお忘れなんですね。まあ、とにかく私の事は今後、家名でお呼び下さい。第二王子と違って私は大切な方を悲しませたくありませんので……」
私は横に来ていたエドガーを見ると、私に微笑んでくる。そんな私達を見た第二王子は何か言おうとしてきたが、エドガーやセーラ様、アイリス様や教室中の皆様に睨まれ怯えた顔になり、逃げるように教室を飛び出していった。
その後、第二王子は戻ってこなく私は楽しい一日を終える。
◇
学院から帰ると私はエドガーにすぐに会いに行った。
「フリージア……あの日、君が階段から落ちた後に俺に言ってきた言葉は死ぬほど嬉しかった」
「えっ、もしかして声に出ていたの⁉︎」
「うん、ばっちりね」
エドガーは嬉しそうな表情を浮かべると、胸ポケットから細長いケースを出して開けてきた。私は中身を見て驚いてしまう。
「ブルースターダイヤモンド……」
それは現在、一番希少価値が高いと言われるブルースターダイヤモンドにゴールドのチェーンが付いたネックレスだった。
「隣国で買っておいたんだ。いつでも君に渡せるようにね」
「エドガー……」
「フリージア、俺と将来一緒になって欲しい」
「はい、喜んで」
私はすぐに答えるとエドガーは驚いた後に私を抱きしめてきた。
「すぐに返事が来るとは思わなかった」
「あなたがお見舞いに来た日にしたかったのよ」
「そうなのかい⁉︎」
「ええ、そうよ」
「なんだ、そうと知ってればあの日に言いたかったのに……。フリージアと一緒にいられる貴重な時間を無駄にしてしまったよ……」
「ふふふ、なら、これから濃い時間にすれば良いのよ」
私がそう言うとエドガーは嬉しそうに頷く。そう、王命さえなければもっと早くからエドガーと一緒になれたのだ。だから、これからのエドガーとの時間は濃い時間にしていかないといけない。
取り戻さないといけないわ。
私は大好きな人の顔を見つめながらそう心に誓うのだった。
fin.