6-1 助手の事情
予定と予想が合致しないというのは、よくあることだが、たいていは予想が当たるよりも予定どおり運んでくれたほうがありがたい。なぜなら、概ね、予定のほうが予想よりも楽観に基づいているからだ。そもそも、道に迷うことをはっきりと予定に組み込むことはないだろう。ただ、「余裕を持って」などという名目で包括的に組み込まれている時間には、それが入っていそうだ――種々のトラブルのひとつとして。とはいえ、迷う確率の高い人と低い人がいるのは確かで、前者は最初から「迷走時間」というのを確保しておいたほうがいいのかもしれない。事前にそんな予定を立てては、なんだか移動するのが億劫になりそうだが、予定どおり迷うのと予定外に迷うのとでは、精神衛生上の違いはあるはず。「迷う」というのが予定に入っていれば、「迷わない」というポジティブな予想を立てることもでき、気分も軽やかに出発できるというもの。たとえ予想が外れても予定どおりになるのだから……。
そんな詮無い考察を、イライラを紛らすためにしていたのは、迷わないつもりだったのに、案の定、道に迷ったリンディ。そのかいあってか、セデイトによる瘴気にあてられることなく、どうにか、セデイターズ・オフィスの灯りを見た。
「着いた……」
予定と違って予想どおり迷ったものの、予想に反してそれほどでもなかったので、セデイターがオフィスに到着した時間は、さほど遅くなることはなかった。この時刻、セレンディアではそろそろセデイト完了の受付終了となる出張所も多いが、ルウィッセの出張所は日付が変わるまでは受付をしており、まだかなり余裕がある。これも、セデイターを呼び込むためにこの国で図られている便宜の一環で、それもやはり、リンディの姉ユリーシャの助言が影響を与えた結果といえる。
なお、リンディがふだん入り浸っているセレンディア魔法省の第九課は、魔法省本部建物内ということもあって、他の部署の終業よりも一時間遅い時間までしか受け付けていない。その代わり、その後の時間には、セデイターの瘴気処理とセデイト済み対象者の収容をする必要性から、魔法省付属病院にて仮受付を行っている。こちらはさすがに病院につき、一晩中対応しており、その点では便利だ。そして、正式なセデイト完了報告は、九課が開いてから行うこととなる。
さて、リンディはセデイト完了報告、対象者の医療機関への転送、自らの瘴気処理を済ませると、少し落ち着いてから、ティアの部屋へと向かうことにした。予告した時間を過ぎたら旅館のほうへは戻らない旨、事前に姉に伝えておいたので、今夜はオフィス二階の宿泊施設に泊まるつもりだ。その際には、少ない部屋を一人一人に割り当てるわけにはいかないことから、特に問題がなければ助手と同宿するよう、前もってオフィス管理者より頼まれている。本日はオフィスに泊まりの彼女によれば、ティアは先に帰ってきており、すでに部屋に戻っているらしい――道に迷って遠回りしている間に追い越されたわけだ。事情はさておき、放置してきてしまったのは事実なので、ここに無事帰っているのなら……まぁ、最低限の安心は得られた。
階段を上り、リンディはティアの泊まっている部屋の前に立つ。調子はどうだろうか……まさか、もう眠っている……なんてことは……あるかも。手続きとかで、戻ってからけっこう経ってるし……そうなると、締め出しってことも……。事前にここへ泊まるって言ってなかったからなぁ……終わってから言うつもりだったし……。それよりも、また「来ないで」とか言われたら……どうしようもない。そうなると……空き部屋がなければ、このままオフィスで過ごすなんてことになるのか……お風呂にも入れずに……。そんな悪い予想を巡らせるとげんなりする……。
ともかく、ここで暗澹たる気分で立っていても仕方がない。リンディは、部屋の呼び鈴を鳴らす……が、先のような、「はーい」という返事はない。それでも、ドアの前に人が来た気配はあり、すぐに扉は開かれた。
「あ」
上げた声は小さめながら、部屋の主は驚いた表情をしている。不用心なことに、今回は覗き穴からの確認をしなかったようだ。そして、悲鳴……は、ない。逃げ出しもしない。
「えーと……」ほっとしたものの、どう声をかければいいか……。わからないから、直に本題へ。「泊めてくれない?」
「え……」
向こうも、どう対応すべきか……そして、どんな顔をすべきかわからない様子。目の前にいるのは、さっき「来ないで!」と自分が叫んだ相手だ……。
「いや?」
「いいんですか……わたしなんかと……」
それは、こっちが聞きたいような……。「なんか」というのは別にして。
「まぁ……そっちがよければ」
「わたしに選ぶ資格なんて……ありません」
ティアは言い切った。……それって、遠回しの拒否? 言い回しに少しイラッとするリンディ。
「つまり……ほんとはいやなんだ?」
「え? と、とんでもない。嫌われるのはわたしです」
なんだか、相手から自身への認識に関して、双方ともに食い違いがある。「いやー!」とか叫んだのは、この助手なのに……。でも、まぁ……ほんとに嫌がっていないのなら……。
「とりあえず、入っていい?」
リンディは、まだ入室させてもらっていない。
「あ、はい……すみません。どうぞ」
入り口に立ちふさがっていたティアは、大げさに脇へ避け、道を空ける。
「……どーも」
触れられるのを避けるため……? そんな見方がちらっと湧き上がりつつも、リンディはまっすぐ部屋の中へ。すでに入ったことのある部屋は、別段変わったところもなく、目新しい点はない。それなのに、さっき入ったときとは違って感じる。
「お茶入れてきますね」
「あ……うん、お願い」
マスターの返事を待つ前に、助手はキッチンのほうへ。顔を合わせたくないのだろうか……。思考にポジティブな要素が浮かんでこない。そして、困ったことに……空腹なのにあまり食欲がわかない。これによって、食道楽は自分が抱えているストレスを実感する。……これはまずい。とにかく早くはっきりさせなければ、おいしいご飯が食べられない。切り出し難くても、戻ってきたらすぐに話を始めよう……。
テーブルに移動して席についたリンディがどう話すか考えていると、間もなくティアがお茶を運んできた。
「お待たせしました……セレ茶で……」
「いいよ。ありがと」
軽く微笑むリンディの視線を避けるようにして、助手はおずおずとティーセットを差し出す。そして、マスターの対面に、距離を取るかのように、しずしずと腰掛ける。
「失礼します……」
これは、避けられてる感が……否定できない。
「……近づきたくない?」
「はい……」
「そう……」
はっきり言われてしまった……。さすがにめげるリンディ。そして、さらにティアからぼそぼそと発せられる言葉は……。
「汚い……」
「は?」
な……なに、それ? 聞き間違い?
「わたしが……」
「え?」
「美しい……」
「あぁ?」なんかもう、失礼……を越えて、頭にきた。「はっきり言ってくれるっ?」
「あの……ですから……」一気に言い切るティア。「わたしみたいな汚いゲロ女が、お美しいリンディ様のお側に近づくのは申し訳なくて……」
しばしの間。
「あのねぇ……」何はともあれ、自分が中傷されたわけではない……。リンディ脱力、怒りは霧消。それにしても……面倒だ。「お風呂入ったんでしょ?」
「はい……すみません……お先にいただきました」
「なら、いいじゃないの」
下を向いて面倒な助手がつぶやく。
「でも、ゲロ臭が……」
丁寧なのに、なんて単語だ。自分を卑下して? リンディは立ち上がる。
「どれ」テーブルを挟んで体を伸ばし、うつむいたままの自称ゲロ女の首筋へ、顔を近づける。「別に臭わない。石けんのいい香り……」
「ひえ!」途中で気づいたティアは驚いて顔を上げ、上気するとそのまま脱力。「はにゃーぁ」
いすから、ずるずるとずり落ちていく。セデイターはなすすべなく、それをただ見つめるのみ。やがて助手はゆっくりと尻から着地。床にぺたんと座ったまま、呆然としている。
「あー、もう」反対側に回って、リンディはいすをどかす。「しっかりしてよ」
酔っ払いかよ。テーブル端の下に座り込んだティアを引っ張り出すべく、屈んでからそのわきの下へと両腕を通したところ……それに気付いた本人から声が漏れる。
「ふひぃ」
ゴン。
「あ」
この事態を避けようとしていたリンディの気遣いは裏目に出た。ティアは前かがみになって、テーブルに打ち付けた頭を押さえる……。もう、この際……介護者は、この隙に負傷者を後ろへ、ぐっと引っ張る。
「うう……」テーブルから離された助手は、頭頂部を痛がりつつも、自分を羽交い締めのように抱えているマスターの体を感じた。「ふにゃぁ」
痛がりながら脱力するという……なんとも器用な神経回路だ。後者よりも前者を重視したリンディが腕を離すと、ティアは頭を押さえたまま前傾していく。大したことはなさそうだが、介護人は後方で屈んだまま待機。
「あー、もしかして……」わきの下、弱い人?「くすぐったかった?」
「いえ……幸せでした……」
? もしかして、頭の打ち所が……。
「……大丈夫?」
「はい。とっても……痛気持ちいいです」
微笑んで頭を上げるティア。ここには、ぶつけるものはない。その功労者による、ただ今の努力は無駄にならなかったわけだが、避けられなかった打撃の影響が気になる。なんだか様子が変だし……ん? 思えば、こいつの様子が変なのはよくあることか……。て、ことは……これは正常? それとも……? そもそも、この助手の正常な状態がいったいどれなのかさっぱりわからず、判断のしようがない。とりあえず中味は置いておいて、外側だけ確認しておくか。
「怪我は?」
リンディが後ろからティアの頭に触れると、また始まった。
「ふにぃー」
脱力である。これはおかしい、やっぱりおかしい。しかし、打撲の影響ではない。別に怪我はない。つまり、やっぱり……もともとおかしい。……もう追求するのはやめ。踏み込まないほうが身のため。スルーしよう。
「えーと……じゃ、まぁ……席に戻ろう」
「はい」
助手は素直に従って、いすを戻す。そして、ふたりはもとの席に着き、一息つく。
「えーと……何の話だっけ?」
訳のわからない話を、訳のわからない反応で上書きされ、わからなくなった。
「わたしのゲ……」
思い出した……その単語はもういい。リンディは、声を上げて上書きする。
「ああ、それそれ」まずは、なだめよう。「……お風呂入ったんだよね。石けんのいい匂いがするもんね……どんな石けんだった?」
誤魔化しから入った。
「え? あの……ふつうの石けんで……すみません、石けんにあまり詳しくなくて……あまり見てなかったですし……」
「あー、そう?」こっちだって、石けんなんて、特にこだわりはないけど。「じゃ、あたしが後で使ってみるね」
すると、ティアがおののく。
「も……もしかして……」
「なに?」
「ここで、お風呂に入られるんですか?」
「……そのつもりだけど?」
「そ、そんな……では、わたしはその間どうしたら……」もじもじし始めたティアが、声を張り上げる。「あ!」
「え?」
「浴室の無菌化してこないと……」
さすがに、ティアの反応パターンが、リンディにもだんだん読めてきた――つまりは、過剰。
「……無菌化ねぇ」
「消毒はしてなくて……使ってから、洗浄はしてきましたけど……」
ここの設備は整っており、魔法科学のおかげで短時間できれいに洗浄できる。それで十分であり、バスルームをクリーンルームにする必要はない。
「なら、いいでしょ?」
「でも、ゲロ女の後ですから……」
「……だから、もう……そういう言い方はやめなさい」
柄にもなく口調がマスターっぽい。助手は居住まいを正す。
「は、はひ」
「その辺の事情は、あとで聞くから……」待てよ。引っ張る必要ある? 食事の前にはっきりさせよう……食事のために。「いや、今聞く。話して」
「怒られちゃいました……えへ」
なぜか喜んでいる助手。
「……聞いてる?」
「あ、聞いてます、話します」
「どうぞ」
「実は……」
長い話になりそうだ……あの時、あれほどの反応をしたんだから……。お風呂入ってからにしたほうがよかったかな……。そのあと、晩ごはんは……まさか、食いっぱぐれることはないよな……。
「ちょっと待って」
「はい」
「話、長い?」
「長くもできます」
「……てことは、短くもできるの?」
「はい。一言でいうなら、わたし……瘴気が見えるんです」
まるで、不意打ち。
「え?」
「あの……瘴気が見えてしまうんです……すごく……不気味に……うっ」
眉をひそめ、口に手を当てるティア。……どうやら、また思い出したようだ。
「だ、大丈夫?」
乗り出して、顔を覗き込むリンディ。それを見て……。
「はにゅ」また軽く脱力。それが効を奏し、持ち直す。「……大丈夫です」
こういう反応には、どうしても慣れないが……さっさと話を進めたい。セデイターは体勢を戻して座り直す。
「……で、瘴気が見えるって言ったよね? 肉眼でってこと?」
「はい。本来、見えるものではないのですが……」
瘴気は肉眼にて視認できるものではない。人類の視覚的能力では、無理。
「そのはずだけど?」
ゆえに、セデイターは瘴気を視覚的に表示するスコープを使う。生物の中には、見えるものもあるらしい。魔族など、人外の血でも入っていれば可能かも……。しかし、ティアは、それには当たらない。
「専門の医師によれば……本当に見えているのではなく、瘴気を感知すると、私の場合、それを視覚として認識する……ということらしいです」
共感覚というやつだ。一例としては、音が色としても感じられる、など。ティアのケースでは、不確かな感覚である「瘴気を感じる」というのが、より明白かつ優勢な感覚である「視覚」のほうに置き換えられて感じられることになる。
「ふーん……そんなこともあるんだ……。医者には診てもらったんだね」
「はい。子供の頃に」
いろいろあったんだろうな、とは思うが、リンディはそこには触れない。そういったところに踏み込むのも踏み込まれるのも好みではない。ここで話しているのは、現在のことだ。そして、今、思い当たることがある。
「……てことは、あいつを見つけたのは、その能力で?」
広場でセデイト対象者を見つけたこと。
「はい、そうです。あまり離れると駄目ですが、対象者の瘴気は強いので、すぐわかります」
だから、対象者を見つけるのは簡単とか「豪語」していたわけね……なるほど。ネタを明かせばそういうこと。単に事実を述べたまでで、大口を叩いたわけではないと。一つ誤解は解けた。しかし、それなら、その能力って……。
「便利だね、それ」
セデイターとしては率直な感想だが、助手は眉をひそめる。
「そういう面もありますが……」
「あ、そうか……気持ち悪いんだよね?」
撤回したものの、どういうふうに見えるのか見当も付かない他人には、いまいちピンと来ない。
「きれいに見えれば……よかったんですけど」
にこっと笑うティアが痛々しく見え、リンディは軽口を反省。しかし、実際のところ、気持ち悪くならないようなものであれば、便利なものになっただろう……。いったい、どれほど不気味に見える……? それを想像しようとして、その場面に気づく。
「あたしがセデイトしたとき……」
そう、それがこの話の始まりだった。
「はい……」
「見えたよね……?」
セデイトは、被術者の瘴気を術者へと移動させる魔法。その際、被術者が体内に蓄積している瘴気を取り出し、それを術者が一時的に体にまとうことになる。それがばっちり見えるということは……。
「かなり……凄まじく……」
ティアが顔をしかめる……。でも、「マスター」として、ここで聞いておかなければ……。
「どんなふうに? できれば詳しく……」
「それは……」ためらいつつも、表現を開始。「黒い……もこもこが……あいつからマスターに移動して……全身を覆って……それから、中からぐちょぐちょが……出てきて……マスターにまとわり付いている、もこもこに絡みついて……ぐちょもこになって……それから、それが……だんだん、べちょべちょのぐちゃぐちゃになって……濃厚になると……ねじれながら、まだらに……くすんで発光……うっ」
このままでは、再リバースだ――聞かされる側には、想像しがたく、黒いこと以外はどんなものかさっぱりわからないが。
「あ、もういい。もういいから」
「うう……ぇう」
これは瀬戸際か。リンディはあわてて立ち上がり、ティアの傍らへ。
「これ、薬。飲んで」
不本意ながら、ここへ戻ってからまだ着替えていなかったことが幸いし、セデイト時には服のポケットに常備している薬が入っていた。
「すみません」受け取って口に入れた助手は、すぐに落ちついた。「はぁ」
さすが緊急用の即効性魔法薬――小粒の錠剤で、飲み込んだ途端に溶け、精神の安定とそれに伴う身体の異常を解消する。お値段的に懐に響くものの、惨劇を繰り返さなかったことで、セデイターはよしとする。
「……まぁ……事情はわかったよ」
助手の詳しい描写に基づいて可能な限り想像すると、セデイトは相当に不気味な行為だ。そんなものを全身にまとうだなんて……。もちろん、これは瘴気が実際にそういうものということではなく、あくまでもティアが「視覚」としてそう感じるというだけ。それでも、話を聞く前にセデイトできてよかった……。とはいえ、瘴気を検知する感覚に基づいているのだから、その挙動に関してはあながち間違っていないのかも……。まぁ、このことはあえて追求しないようにしよう。セデイターがスコープを通して見る瘴気は、黒味がかった靄のようなものでしかない。ティアの描写が正しいのなら、それ以上、精密に見えてほしくはない。そんな技術の進歩は願い下げだ。
ともあれ、それだけはっきり「見える」彼女が、セデイト対象者を「見つけるのは簡単」なのは、大いに納得できる。そして、まだセデイト経験がないというのも、うなずける。気持ち悪くて、とてもじゃないけどできないわけだ。それで今回、助手をやって慣れようということなんだろうな……。
「わたし……初めて見たセデイト現場は、マスターのなんです……」
「あー……それはそれは……」
よりによって……。それで、だいたい、どういう事態になったのか想像できる。
「戻しました……」
まぁ、そうだろうな……。かける言葉もない。
「……」
「偶然だったんです……対象者を追っていたら、あの憧れのリンディ様がいらっしゃって……」
「へ、へぇー」どうも、こういう形容や敬称は……居心地が悪い。「あ、あのさ」
「はい」
「お風呂入ってきていい?」
もともと、話はできるだけ短く済ますつもりだったのが、話に入ってしまっていた。
「あ、そうでした。すみません、話が長くなって……え? お風呂?」
「そうだけど?」
「ど、どうしましょう……わたし……」
まさか、まだ気にしている?
「消毒は不要ね」
「あ、はい。そのことではなく……わたしはどうしたら……」
「どうって……もう入ったんでしょ?」
そして、ご丁寧に浴室を洗浄してきた。
「はい」
「じゃ、待っててくれる?」
「こ、この部屋で?」
「他にある?」
「で、でも……わたし……マスターがそこで……お風呂に入っているときに、この部屋に……」上気したティアが、両頬に手を当てる。「どうしましょう……」
意味はわかった。しかし、めんどくさい。こっちがどうしよう。
「……そうだ。食事の用意を頼んでくれない?」
このオフィスの宿泊施設でも、今晩宿直するオフィス管理者が、その辺りの便宜を図る。
「あ、はい」マスターからの指示を受け、ティアの顔が引き締まる。助手としてのモードに入った。「承知いたしました」
「デリバリーは……まだできるよね」時間的にまだ可能。「そうだなぁ……ティアが見繕ってくれる?」
人任せなんて、この食道楽にしては異例のこと。
「え? わたしがですか?」
「お願い。じゃ、あたしはお風呂に入ってくる」
リンディは、入浴準備のため席を立つ。
「は、はい……」困った表情の助手。「あの、お好みは……?」
「安くておいしいもの。任せた」
そのまま浴室へと向かう。……本当は任せたくはない。でも、そこに集中させれば、ティアが余計なことを考えることもないだろう。面倒くささへのリンディの対応許容範囲は、本日分はもうほとんどない。よって、何を頼むか不安ながら、ここは助手のセンスに任せてみる。今日の経験から、普通のことなら並み以上にこなすことを期待して。




