4-1 セデイターズ・オフィス
こちらルウィッセ王国のセデイター向け専門の出張所は、ごく最近より各所にて開設が始まっており、同国魔法省と厚生省の共同管轄の下、そのものずばり「セデイターズ・オフィス」と名付けられている。いち早くセデイターの導入を決めたセレンディアには遅れたものの、友好国であるがゆえにそのノウハウを取り入れ、システムの構築が効率的に行われたため、今ではむしろこちらのほうが優れている面もある。具体的には、セデイト関連において、向こうの縦割り行政にはないような省同士の連携がなされており、国土面積が狭いことも相まって、問題への対応が素早く、情報面での信頼性も高い点だろう。
まだ自国ではセデイターが養成できないことから、隣国より彼らを呼び寄せようと各種の便宜を図っており、専門オフィスの設置もその一環である。それらのシステム整備には、サンドラの助言やユリーシャの関与があったのだが、そのことをリンディは知らない。
さて、そのセデイターであるリンディは、すでに最寄のオフィスに連絡して、本日助手と会うアポイントメントをきっちり確認している。彼女にしては生真面目に手順を踏んでいるが、いまだ顔も知らないような助手との面会に乗り気なわけではない――それよりも、はるかに重要な件がある。それは、とりもなおさず、姉と同行できること。というのも、件のオフィスでは、このたび結界張替え作業を執り行うことが決定しており、その結界除去を行うナユカの助手をユリーシャが務めることになっているからだ。
そこまでの行程は、馬車にて朝遅く出ても昼前までには余裕で着く距離であり、日帰り可能ではあるものの、それは時間の無駄につき、一行は帰宅せずに宿泊する予定。ここのオフィスにも、セレンディアの出張所のような宿泊用の部屋が設置されているとはいえ、たとえ「お忍び」という形であっても、さすがに王族のユリーシャが泊まるわけにもいかない。本人がよくても周囲が許さないのが、そういった立場にある者の自由にならないところである。それに、そもそもそこの宿泊施設は、この度、結界を張りに来る結界士たちが使うかも知れず、その一角を占有して彼らに不便な思いをさせるのは、彼女の本意ではない。
そんなユリーシャには、王族の規定により、護衛が最低限二人同宿する決まりになっているのだが、今回はいつも帯同している付き人兼護衛の女性に加えてリンディがその任に当たり、出張所近くの宿に泊まることとなった。どこに宿泊するのであれ、姉と泊まれるのなら、リンディには喜ばしいこと。間違いなくご褒美といえよう。
同伴するユリーシャ付きエスコートは、名を「アシュトゥラ」、呼び名を「トゥーラ」といい、リンディとは顔見知りで、姉妹が出かけるときには、この三人の組み合わせになることが多い。その際、リンディも今回のようにやはり護衛の役割を担うことから、役目を過不足なく果たすために、互いの能力特性については周知している。セデイターは魔導士系なので、その相方は当然、肉体派。彼女は種々の格闘技に通じており、いわば総合格闘家というところ。状況に応じた技を駆使できる点で、有能なボディガードである。各種武器を扱う能力も高いが、ユリーシャがそれを好まないので、隠し持って携行しているのは、折り畳み式の警棒程度。ヒーラーであり、防御魔法においても優れた使い手であるユリーシャも加えれば、この三者のユニットとしての護身能力は高水準にあるといえるだろう。
加えて、この度は、魔法を無効化するナユカもいることから、彼女がうまく立ち回れば、魔法防御力は盤石となろう。とはいえ、魔法戦闘に関してまったくの素人である異世界人は、リンディ並びにユリーシャから、そして、もちろん、事前にフィリスやサンドラからも、もしも何かがあっても不用意に前へ出ないようにとの御達しを受けているので、その勘定には入っていない――もとより、その能力は、ここではリンディとユリーシャ以外には秘匿されている。ただ、この娘は咄嗟に体が動くタイプゆえに、軽挙妄動を戒められてはいても、いざとなったら、また自ら魔法の盾にならないとも限らず、リンディにとっては逆に心配の種だ。その際にナユカが物理攻撃を受けることのみならず、たとえ無事であっても、そのようなことをさせてしまったことが後にフィリスへと知れたら、その逆鱗に触れること必至である。
幸いなことに、政情の安定したこの国で、王族が襲撃されるような事態に遭遇する可能性は低く、これまで、ユリーシャがそんな危険にさらされた経験はない。そして、本日もその例に漏れず、朝出発した四人と御者(男で、こちらも実は護衛。ボディチェック時など、男が必要な場合もあるので)は、大過なくセデイターズ・オフィスに到着した。
事前にただの「結界破壊士の助手」として自分を遇するようにとユリーシャが申し伝えておいたにもかかわらず、出迎えた出張所責任者は、どうしても、それ以上の処遇へと傾きがちになっている。そもそも、「助手」にエスコートがついている時点で普通ではないのだから、やむを得ない部分もあるとユリーシャ本人も理解はしているが、それがリンディの本職、すなわち、護衛ではなくセデイト稼業に変な影響を与えるのは、好ましいことではない――それが、良きにつけ、悪しきにつけ。そこで、ユリーシャは、オフィスの管理責任者と一通り挨拶を交わしたところで、不必要に丁重な扱いを受ける前に、いち早く職務の話へ移ることにした。
「それで……早速ですが、結界張替えの件で……」
ナユカの助手という立場なので、「先生」に合わせて、ここでの会話はセレンディー語である。
「はい。では、こちらへお越しください。詳細を説明いたします……それで、えーと……」いったん停止する管理責任者。「何とお呼びすれば……」
「『助手』で、お願いします」
「いえ、それだと他の助手の方と混同してしまうので……」
午後に来る他の結界士たちの中にも、助手を連れてくる者はいるだろう。
「では、『リース』とお呼びください」これは、ユリーシャが御忍びのときによく使う呼び名である。「それから、こちらは『クスノキ先生』で」
「やっぱり『先生』?」
先に反応したリンディを、最近、セレンディアでそう呼ばれがちなナユカがちらっと見る。……この国でもその敬称を使われるのは、なるべく避けたい。
「あの……『先生』でなくても……できれば、ふつうに……」
「そう?」自分と似たような悩みを、ユリーシャは見て取った。「では、『クスノキ結界士』でどうかしら?」
「それなら……まぁ……」破壊するほうしかできないため、いまだ「結界士」と呼ばれることに若干の違和感を感じるが、「先生」よりは何倍もましだ。「それで……」
「では、そのようにお願いできます?」
微笑むユリーシャに頭を下げる責任者。
「承知いたしました」本当は会釈にとどめてほしい「助手」の苦笑を見て、管理者が彼女の要望を思い出した。「あ。以後、気をつけます」
「ごめんなさいね、かえって気を遣わせて。それでは、結界……と、その前に」ユリーシャはセデイターと目を合わせてから、視線を管理責任者に戻す。「リンディの助手さんは、もういらした?」
「助手のフィブレさんですね? もうお着きになっています。宿泊室でお待ちです」
ということなので、姉は妹に向き直る。
「リンリ……リンディは、先にそちらに行ったらどうかしら? お待たせしても悪いし……」
「うん……まぁ……そうかな……」いまだ気乗りしないセデイター。「それじゃ……」
「二階の二号室ですので、ご案内しま……」
オフィス管理者を、ユリーシャがさえぎる。
「大丈夫です。あちらは面識があるとのことですし」
「そうなの?」
聞き返しながらも、そうだろうとは思うリンディ。気になるのは、姉がなぜそれを知っているか……。まぁ、サンドラから何かを聞かされたに違いない。どれだけ筒抜けなのだろう……いろいろ……まずいこととか……。
そんなセデイターの隣へ、その助手への好奇心を抑えられないナユカが付ける。
「では、行きましょう」
「ユーカさ……クスノキ『先生』は、こっちね」
自分の「助手」に引き止められた結界破壊士は、姉の背中を見送るリンディのほうへ後ろ髪を引かれつつも、結界破りの打ち合わせへと連れられてゆく。




