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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
33/61

閑話:悪役令嬢の義妹


コツコツと歩くたびに石の廊下が音を鳴らした。


見慣れない床と同じく目の前を歩く名前も知らない侍女に、否が応にもここが自分の来るべき場所ではないことを思い知らされる。


「失礼します」


侍女が声をかけたのは、邸の中ほどより更に奥の両開きの大きな木の扉だ。中からはくぐもった返事しか聞こえなかったが、この邸の侍女にはしっかりと聞こえたらしい。

扉の半分を開けてくれた侍女が「お入りください」と頭を下げる。


入ろうとして一歩が踏み出せない。


固まった自分に、扉を開けてくれた侍女がそっと背中を押して「大丈夫ですよ」と微笑む。

その表情がどことなくアリアに似ていて、少しだけ肩の力が抜けた自分は「ありがとう」と緊張して震えてしまう声を自覚しながら、手をぎゅっと握って目の前の重厚な扉を潜った。












小さい頃、母と二人で暮らしていた小さな家から、ある日突然大きなお屋敷に連れてこられた。幼心にその屋敷はお城のようで。




今までの生活に不満はなかった。そういうものだと思っていたから。けれどその屋敷での生活は、今までの暮らしはなんだったのかと思えるほどの絢爛さに満ちていた。

今まで時々しか会いに来てくれなかったお父様が毎日居て、小さな家にいたときは寂しそうな顔をしていたお母様は毎日笑うようになって。私自身も素敵なお部屋や綺麗なドレスを与えられた。望めばそれが与えられて、嫌と言えばそれは目の前からすぐに消えてなくなった。まるで魔法のようで、本物のお姫様になったようだと思っていた。



けれどその魔法には一つだけ綻びがあった。




『これが娘のミモザだ』



紹介されたのは一人の少女。


白い肌に映える赤みがかったオレンジ色の髪に、澄んだ緑色の瞳。顔立ちはとても整っていて、背もすらりと高く自分と年が一つしか違わないというのにとても大人びて見えた。


ずるい。


この少女はずっとこのお城のようなお屋敷で何不自由なく暮らしてきて、父親が毎日当たり前に居て、母親から毎日笑いかけられて育ってきたんだ。

そう思ったら憎らしくて、父親がその少女を「娘」だって言ったのも許せなくて、わざと父親に擦り寄って自分の方が愛されているのだと見せ付けてやった。

父親から愛らしいと褒められ、母親からは誇らしいと称えられ、最高の気分だった。

なのにあの少女は気がついた時には姿を消していて、お前なんか眼中にないのよと言われているようで、悔しくてものすごく腹が立った。


姉となったその少女は、それからもちっとも私のことを見ようとしなかった。


可哀相と罵倒しても、ドレスや宝石を奪っても、食事を駄目にしても。いつだって怒りもせず悪意を横に流すだけ。絶望して諦めてしまっているだけなのかとも思ったが、乾いた洗濯物を嬉しそうに取り込む姿や、楽しそうに掃除をする様子を見ているととてもそうは思えなかった。

使用人達にも好かれていて、私が嫌がらせをしても影で庇われていて。勉強を教えてくれる講師だって「お姉様はすぐにお出来になりましたよ」って私のことを馬鹿にしてくる。

母からは使用人のように扱われ、父からは冷遇されて、あんな子よりもずっと自分の方がこの家に必要とされているのに。


悔しい。


どうして、悪いのはその子なのよ。どうして皆あんな子を庇うの。

あの子は私がもらう筈だったものを全部持ってるのに、私はずっとそれを我慢してきて、やっと、やっと手に入れたのに。私の幸せを邪魔してるのはあの子なのよ。



『ミモザお嬢様がお城のお茶会へ?』

『えぇ、その何でも今度のお茶会は第二王子の婚約者探しが目的だそうよ』

『ミモザお嬢様はアクルお嬢様と違ってご聡明だから、王子殿下に見初められてしまうかもしれませんね』



使用人たちがそう話しているのを聞いて、腹が立つよりも先にいてもたってもいられなくて、父親に自分も参加したいと言いに行った。


私の方があの子よりも優れているんだから。王子様だって姉でなくこの私を選ぶに決まっている。


そんな風に思い込んで、父親が宥めるのも聞かずに無理矢理お茶会へ参加した。結局王子は期待はずれの容姿をしていて、これなら別に選ばれなくてもいいと浅慮にも不敬を働いた。

そしてその時に自分を助けたのは、散々嫌っていた姉だった。

その時は助けられたなんてちっとも思っていなくて、お城から帰ってきてから急に厳しくなった勉強も、父親から言い渡された外出禁止も、全部あの姉のせいだと逆恨みをしていた。

だから姉があの第二王子に気に入られたと聞いてもざまぁみろと思ったのだ。第二王子は問題だらけ。いい噂なんて一つもない相手だったからこそ、今度こそ姉が打ちひしがれる姿を想像して内心で笑っていた。


『ミモザお嬢様、殿下と仲がおよろしいのですって』

『お嬢様と出会って、あの殿下が態度を改められたそうよ』


けれどしばらくしないうちにそんな使用人達の噂話が聞こえて、またしてもその期待を裏切られて地団駄を踏んだ。

窓の外を見れば姉の侍女が両手に花を抱えて姉の部屋へと向かって歩いているのが見える。


どうして、と零れた言葉に返事はない。

気付いた時には姉の部屋に押しかけて、喚き散らしていた。


『いつも偉そうに文句を言ってくるけど本当は私のことがうらやましかったんでしょう?』


自分の持っているものを低劣にひけらかして。

相手の大切にしているものを醜悪に貶めて。

浅ましく身勝手な優越感に浸って。



『謝りなさい!!』



だから、それがどんなにみっともなくて愚かなことなのか、そう姉に叱られるまでちっとも分かっていなかった。


いつだって怒らず、ただ仕方ないと言わんばかりに向けられた悪意を流していた姉が、その目に自分を映して怒りをぶつけている。


叱られた途端、頭の中が真っ白になって、どうしていいか分からなくなって、ただ感情のまま泣き喚いてしまったのを覚えている。

今思い出しても、姉の言うことはもっともで何一つ反論ができない。きっと姉はそうして当たり前のことをずっと諭してくれていたんだと、漸くその時になって気がついた。ずっと自分が耳を塞いで聞かなかっただけなのだと、理解した。


そしてそんなどうしようもない自分を慰めてくれたのも他の誰でもない姉なのだ。


今まで散々理不尽に虐げてきた私に、姉は優しかった。


そして、そんな姉に優しくされて、私はどうしていいか分からなくなった。



お姉さまは私のことが嫌いじゃないの?あんなに酷いことをしてきた私にどうして優しくしてくれるの?



少しずつ自分の中で考えが変わり始めたのはその頃だったかもしれない。


『もう少し話をしてみない?』


そう言われたが、急に話なんて出来るわけがない。だからそっと影から姉を見ることにした。

遠目から見た姉はやっぱりとても綺麗で、誰に対しても優しくて、自分の中に羨望とか劣等感とか、モヤモヤしたものが溜まることもあったけれど、そんな中で姉が時折寂しそうな顔をしていることに気がついた。


お姉さまが寂しい?


こんなに立派なお屋敷で暮らしていて、王家にも嫁げるような身分と恵まれた外見を持っていて、誰からも好かれているのに?


第二王子に城へ呼ばれるようになってから、姉が使用人のように働くことは少なくなっていた。それでも姉は使用人が困っていれば手を差し伸べたし、自ら混じって働いていることもあった。そして一人になると、ぼんやりと遠くを見て寂しそうにしている。


気付いてしまったものが信じられなくて、ただ遠巻きに姉を眺めるだけの日々が終ったのは、自分の婚約の話を聞いたときだった。


『婚約者……私に…?』

『そうだ』


父親に呼ばれた部屋で、その話を聞いたときに真っ先に浮かんだのは、昔屋敷で泣いていた母の姿と寂しそうな姉の姿だった。


『イーター伯爵の三男で、騎士見習いをしている。年はお前よりも二つ上だな』


そう説明されながら見せてもらった絵姿には赤髪の凛々しい少年がいた。


『イーター伯は自領から騎士を何名も輩出している武勲に優れた家でね、国境を守る我が領としては縁をつないでおきたいと思っていたんだ。……政略結婚にはなるが、彼は優秀だと聞くし、見目も悪くない。きっとお前も気に入るだろう』


はじめその絵姿に見惚れていた自分は、父親の言葉でふと我に返った。


政略結婚。


マナーの先生が言っていた。侯爵家の令嬢になったのだからいつかは家の為に他家と縁をつないで結婚しなければいけないのだと。


『私の言う通りにしていればお前は必ず幸せになる』


政略結婚をしたお父様は幸せになれなかったんじゃないの?だからお母様と私を選んでくれたんじゃないの?それなのにお父様は私に政略結婚をしろと言うの?アルカイド様がお父様のようにならないってどうして言えるの?


初めて父親に対して不信感を覚えた瞬間だったと思う。


もし相手が自分でない他の誰かを想っていたら、もしその人が子供を生んだら、その人は昔の母のように一人で泣くのだろうか。それにもし自分に子供が生まれて、その子供を残して逝くようなことになったら、その子はお姉さまのように一人ぼっちで耐えて生きなければならないのだろうか。


そこまで考えて、漸く姉の寂しそうな顔の理由に気がついた。


『アレには王家と婚姻を結び侯爵家を出て行ってもらうつもりでいる。お前が婿を迎え侯爵家の跡を継ぐんだ』


大切な母親がいなくなり、その家にアクル達が入ってきて。父親が自分の母親を裏切っていたのを知って、姉はどう思ったのだろう。

実の父親に冷遇され、見ない振りをされて、知らないうちに家を追い出されることまで勝手に決められていて。いや、知っていたのかもしれない。もうこの家に居場所がないことを知っていたから、あんな顔をしていたのではないか。


自分のことばかりで、姉の気持ちなんて考えていなかった。

自分の幸せを守るため、魔法が解けないよう、ずっと酷いことをしてきた。



はじめて、自分のことが嫌いだと思った。




気付いてしまったことに蓋をしてしまいこんでしまいたい気持ちと、今までのことを謝りたい気持ちとで板ばさみになり、心の中にチクチクと取れない棘が刺さってしまったみたいだった。

それでも王城でアルカイドと対面した時ですら、まだ少しだけ傲慢な気持ちは残っていて。

そういう気持ちが相手にも分かってしまったのかもしれない。だから「俺はお前と結婚なんかしないからな」と言われて、あんなに嫌われてしまったのかもしれないと思う。


彼の言葉に頭が真っ白になってしまったのは覚えている。何か言わなければと、焦るほど言葉が出てこない。怒ればいいのか、謝ればいいのか。それでもぶつけられた言葉が痛くて、言い返せなくて、涙が溢れた。

気がついたら姉に抱きしめられていて、ずっと「大丈夫よ」と優しい声で慰められていた。その声と自分を背に庇う姉の後姿に酷く安堵を覚えた。そして一瞬で姉がアルカイドを地面に沈めたことに、驚きすぎて涙が止まったことも、全部覚えている。


蹲る相手に、姉は容赦せずに言った。


『力だけを見れば女性は男性よりも弱いかもしれませんが、騎士が求める強さというのは力の強さだけをさすのですか?』



言い淀んだ相手の言葉を遮るように、姉は今彼が言った言葉がどれだけ愚かしいことなのかを説いた。自分の時もそうだった。何がいけないのかきちんと諭してくれていた。



『そもそも縁談が気に入らないのならこんな形でなくもっと穏便に断れた筈です。大体、貴方も貴族なら政略結婚も覚悟しなければいけないはずですわ!それを何自分だけが被害者のように振舞っているの?』



私の言いたかったことを、お姉さまは代わりに言ってくれた。



『アクルはね政略結婚の相手である貴方とうまくやっていけるか不安で一杯になりながらも侯爵家の娘としてこの場に来たのよ!!』



父も分かってくれなかったことを、他の誰でもないお姉さまは理解してくれていた。



『次期侯爵家当主となるかもしれない貴方を支えるべく知識やマナーを学び、貴方に気に入られるよう身だしなみを整え、少しでも貴方といい関係を築けるよう努力していたのを私は知っているわ!』



うん、私、アルカイド様に好きになってもらえるようにがんばったの。駄目だったけど。



『この年で結婚相手を決められるのは嫌だ?ふざけないで。そんな理由で懸命に努力をしたこの子を傷つけたのであれば、こっちだってようやく心を開いてくれはじめた大事な妹を貴方のような挨拶もエスコートも満足にできず貴族のルールの初歩の初歩も理解していないどころか身勝手な持論を振り回し挙句手を上げようとする無礼で短慮な輩の婚約者になど絶対にやりたくないわ!!』



お姉さまが私のこと、そんな風に思ってくれてたなんて、全然知らなかったの。



酷いことしたのに優しくされて、どうせその優しいのも外側だけなんでしょって思ってた。本当は私の事なんか大嫌いで、ただあの家で穏やかに過ごしたいから諍いを起こさないように振舞ってただけなんだって。



妹だって、大事なんだって、そんな風に言ってもらえるなんて思わなかった。



気がついたら止まった涙はまたぼろぼろと溢れてきて、自分はただ馬鹿みたいに姉に向かって「ごめんなさい」と繰り返すことしかできなくて。


自分勝手で、人の気持ちを考えていなかった。誰かを貶めて比べることで自分の幸せを量っていた。自分の間違いを認められなかった。叱られて尚、傲慢さを捨て切れなかった。優しくされたのにそれを信じられなかった自分が本当に嫌で、嫌で仕方なくなって。



私は自分が大嫌いになった。








「……それでも、お姉さまはそんな私のことを“大好きよ”って言ってくれるんです」

「………」



『アクル、このクッキーとってもおいしいわ!本当に料理が上手ね!』


『お勉強もしっかりしなくては駄目よ、一緒に王城へ行けるよう頑張りましょう?』


『ありがとう、大好きよ』



姉がそう言ってくれるから、私を認めてくれたから。どうしようもない自分を、少しだけ許せた気がした。

やり直したいと本気で思った。魔法なんてなくったっていい。ちゃんと胸を張ってお姉さまの妹だって言えるようになりたいと思った。


「今更どの面下げてと思われるかもしれません。私達は取り返しのつかないことをしました。お姉さまやお姉さまのお母様に酷いことをしてきました、その事実は消えません……謝って済むことじゃないのはわかっています。けれど、たとえ許してもらえなくても、ちゃんと謝りたかった…ごめんなさい、自分勝手でごめんなさい…それでもまだ、お姉さまの妹でいたいんです、お姉さまが大好きなんです…本当に身勝手で、ごめんなさい…」

「………そうか」


テーブルを挟んで座っていた人物が零した大きな溜め息に身を竦める。


許されることじゃないのも、相手にとって身勝手な言い分だということも分かっている。


立ち上がってすぐ傍まできた人物は、身を竦ませた自分の頭をぽんぽんとその大きな手で撫でた。


「……お姉さまのお爺様?」

「お爺様でいいよ」

「でも…」

「年寄りの言うことは聞くものだ」


この侯爵家の前当主であるギェナーの見上げたその顔は、困ったように笑っていた。

その顔が、どことなくアクルを窘める時の姉に似ていて、知らず肩に入っていた力が抜けるのが分かった。


「わしが何故君をここに呼んだか分かるかい?」

「…いいえ」

「君がミモザの妹だからだよ」

「!」


ギェナーの言葉に弾かれたようにその顔を見た。


「君はミモザを好きになってくれた、変わろうとしてくれた。だからわしはその努力に出来る限り報いようと思う」

「お爺様…」

「許すことはできない…だが、君が悔恨に苛まれながら…それでもミモザの妹でありたいと思うのであれば、もう責めはせん」

「それは…」


どういうことなのかと問いかけようとした矢先、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「アクル!!」

「お姉さま?」


ノックもままならず両開きの扉を両方開け放って、入り口で息を切らせた姉がアクルの姿を捉える。すぐに駆け寄ってきた姉はソファに座る自分を抱きしめると「良かった…!!」と震える声で言った。


「お、お姉さま」

「どこへ行っていたの、一人で、私、探して…!!」

「ご、ごめんなさい…ちょっと迷ってしまって…」


何故か涙目でアクルの肩を掴んで叱る姉に、ぎょっとしてアクルは謝った。


「はっは…落ち着きなさいミモザ、お前の大事な妹を誰も苛めたりせんよ」

「お、お爺様…すみませ…そんなつもりでは…」

「分かっている」


「君の姉は心配性だな」とぱちりとウインクをしたギェナーに、その時になって漸くアクルは姉が自分を心配して必死になって探していたのだと気がついた。涙目の姉の横顔に、自分の目にもじわりと涙が浮かぶのが分かった。


「お姉さま…」

「アクル…?」

「わたし、お姉さまが大好きです」


突然にアクルが言った言葉に一瞬涙をひっこめた姉は、次の瞬間笑って「私も大好きよ」と言ってくれた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] まじで、アクルが可愛くて、いい話で泣きました。こういう、キャラのサイドストーリー大好物です。本当に尊い!!! [一言] これからも投稿頑張ってください!!
[一言] 泣かされました がんばれ  アルク
[良い点] アクルの心情に目が潤みました。 お爺様に認められて良かったですね。 [気になる点] 父親が同じなのですよね? 義妹は兄弟の伴侶、母親違いの妹は異母妹です。
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