母の教えその24「私の妹がこんなに可愛いわけが…あるに決まっているわ!!」
生徒だけでなく学園の関係者にとっても、衝撃が大きかった野外演習から一月ほどが経っていた。
スピカの癒しの魔法で体の傷はすぐに良くなったが、色んなことが起こりすぎて考え過ぎたミモザはアルコルと未だに上手く話せないでいる。
毎日必ずミモザのところへ顔を出しては、あの優しげな顔で無自覚に甘さを振りまくアルコルに、ミモザはただただ顔を赤くして狼狽えることしかできなかった。
アルコルの姿を見かければ胸の動悸を自覚し、目が合えば心臓が痛くなり、話そうと口を開けば言葉を噛む。困ったように笑うその顔にめまいを覚えたと思えば、「大丈夫?」と心配そうにとられた手を振りほどいて逃げ出してしまう始末で。そんなことをしたら失礼だと分かっているのに恥ずかしくてどうしようもなくなってしまう。
自分はこんなにも意気地なしだっただろうかと、ほとほと自分が情けなくなってくる。
そんなミモザと正反対なのは、あの日アクルに会わせてほしいと言っていたアルカイドだった。アルカイドはあの演習から三日と空けずにミモザの元へやってきて「これを渡してほしい」とアクル宛の手紙を持ってきた。フェクダに劣らず満身創痍の状態だったというのに、あまりの回復の早さに驚いてしまった。
味気ない白一色の封筒だったが、きっと演習から帰ってすぐに書いたに違いないそれには彼の誠意が詰っているのだろう。
ミモザはアクル宛てに手紙を書き、アルカイドのそれよりも一回り大きい封筒に、自分の手紙と一緒にそれを入れてすぐにサザンクロスへ送った。
数日しないうちに来たアクルからの返信には、手紙を預かったことへの礼とアルカイドに返事を返したいという旨が書いてあった。手紙の文字の端々からはアクルの嬉しそうな気持ちを感じることができた。だからミモザは「今度は私を通さず送ってみたら?」と取りあえず見守ることにしたのだった。
学園で会ったアルカイドは必死に取り繕っていたが、どこかそわそわと嬉しそうにミモザに礼を言ってきたので、まだ一月だが二人の文通は今のところ順調らしい。
季節は雨の多い時期が明け、気温も高くなり、じっと教室の椅子に座っているだけでも汗ばむような陽気になっていた。
校舎の入り口をくぐり外へ出る。照りつけた強い日差しに思わずミモザは手を額にかざした。細めた目で見上げた空は青く、大きな入道雲が天に高く丈を伸ばしている。
レモンには「黒は熱を吸収するんだぞ、なんで黒猫にしたんだ」と、恨み言を言われてしまったので寮の部屋に一時置いてきた。ミモザも帽子を持ってくればよかったと思いながら、学園の入り口の一つを目指して歩き出す。
この一月で変わったのはそれだけではない。
本来ならば北の森に生息しない筈の高位魔物が出現したことは、すぐに王家や省庁各位に報告され各領の貴族の知るところとなった。自らの子息、息女が在学している者からは学園側の責任を問う声があがったが、学園側から学園の創設理念や現れた魔物の強大さを説かれれば、誰も彼もが身内の保身に走っている状況ではないのだと閉口せざるを得なかった。
次いで多かったのが不安を訴える者だったと言う。天使の生まれ変わりであるスピカが浄化を続けているにも関わらず、今回のような魔物が出現したことは誰しもの心に暗い影を落としたのだろう。いつどこにまた高位の魔物が出現するかもしれない。しかし冥王に対抗できると言われているのは伝承の天使と七騎士だけ。それ以外の人間は身に降りかかった火の粉をしのぐだけの備えをしておくことくらいしか出来ない。
国の重臣達が出した結論も同じものだ。有事に備え連絡指揮系統を把握しておくこと、民の安全確保、食料や医療物資の調達などを各領へ通達した。
学園側に対しても授業時間が増やされ、生徒達の魔法や剣技などの指導が足早に進められた。伝承の天使や七騎士でなくても、魔法や武術を使える者は多いほうがいいという国の方針の表れだろう。不満を唱える者もいたが、生徒達の多くは異を唱えることはなかった。皆あの演習で多かれ少なかれ今すべきことを学んだのだろうと思う。最近では授業だけでなく、自主的に鍛錬したり、教員に教えを請う生徒もいるらしい。
生徒達のその様子に学園の教員達も考えるところがあったらしい。できる限りは学生らしいこともさせてやりたいと声が上がるようになり、縮小された行事もあるが、中止される予定だった学園祭や降星祭などはそのまま実行されることになった。
そして縮小された行事の一つが、明日からはじまる夏季休暇だった。
本来ならば一月近く与えられる休暇が、今年は半分ほどの日程に縮小されている。毎年ミモザは夏になると母親の生家であるノーザンクロス家を訪れていたので、今年も顔を見せに行かなければと思っていたが、一度サザンクロスに戻ってからだと日程が間に合わないことに気付いて、結局学園から直接ノーザンクロス領へ向かうことにした。
数日前に実家から荷物を届けにきたアリアから「今年はアクルお嬢様もご一緒するように、とのことです」と言付けを受けていたため、夏季休暇の始まる今日、サザンクロスから学園へ向かっているアクルを迎えるため、学園の外部入口へ向かっていた。
(アクル……大丈夫かしら……)
歩きながらミモザは、恐らく今頃馬車の中でそわそわと落ち着きなくしているであろう妹に思いを馳せる。
毎年ノーザンクロスへ行くときは、ミモザ一人で行っていた。母やその実家のノーザンクロス家にとって、義母やアクルは決して歓迎できるものではないだろう。彼女達のしたこと、その存在が母を苦しめたことを思えば家同士の争いに発展してもおかしくはなかった。母の父、つまりミモザにとっては祖父になるが、祖父ほどの人がどうして黙って母やミモザの不遇を見過ごしていたのか、幼い頃は分かっていなかった。しかし成長して自分の身に流れる血筋を理解すればその理由も何となくは分かる気がした。ミモザの祖母は隣国の王女だった人だ、おそらく母も自分も脅威となりうるかもしれない隣国への牽制として国境のサザンクロスにいることを必要とされていたのだろう。
今のミモザはそれに対して恨んでいるわけではないが、ゲームのミモザは実の祖父にまで自分の不遇を黙認されていたのをどう思っていたのだろう。父親と義母、義妹からの無視や虐めに加え、味方だと思っていた母方の家による黙認。ゲームのミモザが捻じ曲がる原因はここにもあったのだと思う。
お爺様も、亡くなったお婆様も悪い人ではなかった。訪れる度「困っていることはないか」と真摯に話を聞いてくれたし、父親に放っておかれるミモザの為に本や宝飾品などを「この家に置いておけばいい、使う時があったらすぐに届けてやるから」と買い与えてくれることもあった。何よりミモザの事を心配する眼差しが母と同じだったから、ミモザは今逆にアクルをノーザンクロスへ連れて行くのをためらっていた。
(お爺様達がアクルに酷いことをするとは思わないけれど……)
いくら表面上取り繕ったところでそういう悪意の綻びは意外に見えてしまうものだ。
それに一緒に行くかどうかアクルに手紙を送ったときも、アクルは何度も「私なんかが本当に行ってもよいものでしょうか?」とか「私には足を踏み入れる資格がありません」と、不安を書いて寄越していたのだ。
(…もし無理そうだったら、アクルはこのまま帰しましょう…)
今のミモザにとってはアクルは大事な妹で。そう思えるようになったのは、アクル自身が親達の事情を理解して、今の自分の立ち位置に相応しくあれるよう努力をしてきたのを知っているからだ。だから親のしたことで直接関係ないアクルが傷付いたり悲しんだりするのを見たくなかった。
ここへ着いた時のアクルの様子を見て、不安が強いようだったらこのままサザンクロスへ引き返すように言おうと、ミモザは部外者入園口の職員へ声をかけた。
「サザンクロス侯爵家の馬車は7番ゲートに先程ご到着されていましたよ」
「ありがとうございます」
半円状にいくつもの小さな門が集まった乗り合い場の向こう側に、見慣れた実家の馬車を見つける。そちらに向って歩を進めていくと、丁度開いた扉からアクルが姿を現したところだった。
「アクル」
「お姉さまっ!」
ミモザを見つけてぱっと顔を明るくしたアクルは、御者の手をほどくとすぐにミモザに駆け寄ってきて抱きついた。
「もうお怪我は大丈夫ですの?魔物の噂はサザンクロスまで届いておりました、私お姉さまが心配で…!」
「ふふっ、もう怪我は大丈夫よ。久しぶりね、いつもお菓子をありがとう」
「来年学園へ入学したら毎日でも作って差し上げられるのに…早く来年にならないかしら」
「もう来年の話?」
「だって早くお姉さまと一緒に学園へ通いたいんですもの!」
来年のことを言えば鬼が笑うと言うが、まだ長雨が明けたばかりだと言うのにそんなことを言うアクルに、ミモザもつい笑みがこぼれた。
今年に入ってから魔力判定を受けたアクルは、水の魔力を持っていることが確認され、来年にはルミナスに入学することが決まっていた。
「学園てとても大きいのね、それに人もたくさん」
「うん、私も最初は驚いたわ。今日はこれから夏季休暇で帰省する生徒が多いから、迎えの人や学園を出る人で余計に込み合っているかもしれないわね」
ミモザ達が話している間にも入園口には次々と馬車が到着し、また同じように出て行くのが見えた。
「ねぇお姉さま、私学園の中を見てみたいわ」
「そうね…ここでは邪魔になってしまうから、少し移動しましょうか」
実家の馬車についてきた御者にこの場を離れる旨を伝えて、アクルと並んで歩き出す。はじめてみる学園が珍しいのかアクルは頬を染めてきょろきょろと辺りを見回している。
「わぁ…!素敵なお庭…あの噴水の向こうに見えるのが校舎ですの?」
「そうよ、私が今授業を受けている教室は丁度あの校舎の二階の中ほどよ」
「そうで…あっ、今噴水の色が変わりましたわ!きれい、星が湧き出ているみたい」
「内側に星座が彫ってあるの、真ん中の像は伝承の天使を表しているそうよ…向こうの校舎にカフェテリアもあるけど行ってみる?」
「行きたい!!」
目をきらきらとさせて表情を明るくするアクルに、ミモザはアクルが思ったより沈み込んでいなくて良かったと思った。
「ねぇアクル、手紙にも書いたけどノーザンクロスへ行くのが辛かったら本当に無理はしなくていいのよ」
「!」
アクルの喜びに水を差すようで胸が痛んだが、やはりきちんと確認しなければならないと思う。
「貴女があそこに行くのは相応しくないとか、お爺様やファワリス叔父様が貴女に何かすると思っているわけじゃないの…ただ、貴女が少しでも不安だと思っているなら…」
「お姉さまは、私がノーザンクロスへ行くのは嫌じゃないの?」
「嫌じゃないわ、ただ貴女が嫌な思いをするんじゃないかって心配なの…」
「…お姉さまが傍にいてくれるのなら、私頑張れると思うの」
「アクル…」
立ち止まったアクルは、ミモザに向き直って顔を見上げる。
「手紙にも書いたけれど…私はお姉さまのお母様の実家にどの面下げて行くのかと自分でも今でも思っているわ。私がお母様を大事に想うように、お姉さまも、お姉さまのお爺様も、きっとお姉さまのお母様のことが大事だったはず…それなのに私達のせいでそれを壊してしまった。とりかえしのつかないことをしたの…恨まれても、罵られても仕方ないわ」
「………」
「今日この日、今この時になっても、私なんかがノーザンクロス家へ行くのは許されないことだって思ってる。謝って済むことじゃないけど…けれど、私お姉さまの家族にちゃんと謝りたいの」
「アクル…」
「…アルカイド様から手紙をもらったでしょう?『一方的な謝罪ですまない』って何度も書いてあったの。確かに謝りたいと思うのは罪悪感を持っているほうの一方的な自己満足かもしれないけれど…でも私は、アルカイド様が真摯に向き合ってくださって嬉しかったの…だから私もちゃんと謝りたいって思った。今回ノーザンクロス家から私も招待してくださったって聞いて、たとえ許してもらえなくても…私の話を聞いてくださる機会をもらえるのなら、私も真摯に向き合わなければいけないと思ったの…だって、私はこれからもずっと、ずっとお姉さまの妹でいたいから」
「っ…アクル…そこまで…」
正直アクルがそこまで考えているとは思っていなかった。良くも悪くも素直であの父と母を大事にしている子だ。あの親達のしたことにここまで思いつめて考えていたとは思わなかったから、アクルの成長が嬉しい半分、ずっとそうして悩んでいたことに気付けなかったことをミモザは悔やんだ。
きっと何年もの間、ずっと罪悪感を心の中に押し込めてきたのだろう。ミモザと関わるほど、姉と呼ぶたびに、何度も思い起こされる罪悪感を隠して、それでもミモザに笑いかけて慕ってくれていたアクルにミモザは自分の目にじわりと涙が浮かぶのが分かった。
「ごめんなさいアクル…私自分のことばかりで貴女の気持ちを考えていなかった…」
「違うわ、お姉さま…私が謝って楽になりたい気持ちもきっと少しはあると思う」
「ううん、私は貴女がそこまで私のことを考えてくれていたことが嬉しいの…」
「お姉さま…」
「アクル、私もずっと貴女の姉でいたい」
「っ…はい!お姉さまはずっと私の自慢のお姉さまです!」
元気よく返事をしたアクルと手を取り合って笑い合うと、ここ一月ずっと張っていた気が軽くなった気がした。守っているつもりだったのに、いつの間にか守られていたことに気がついてミモザは胸が一杯になった。
アクルの覚悟に報えるよう、ノーザンクロスに着いたら出来る限りアクルの傍にいよう。
ミモザがそう心の中で決意をしていると、ミモザの肩越しに何かを見つけたらしいアクルが「あ」と小さく声を洩らした。
「アクル、どうし…」
「ミモザ」
「っ!?」
呼びかけられたその声にミモザはばっと振り返る。
「あ…ぅ…」
「姿が見えなかったからもう帰ってしまったかと思った、会えて良かった」
「あ、アルコル様…」
「アクル嬢、こんにちは」
「殿下、ご無沙汰しております。メグレズ様も、姉がいつもお世話になっております」
「いえ、ミモザ嬢にはこちらこそいつもお世話になっています」
アルコルに礼をとり、その一歩後ろにいたメグレズと話し始めたアクルをつい目で追っていたら再び名を呼ばれて、ミモザは肩を跳ねさせる。
「っあ、待って…!」
「っ…」
おそらく真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、思わずたじろぐと慌てたアルコルがミモザの手を掴んだ。
「あ、あのっ…私…」
「…意識してくれるの嬉しいけど、逃げられると寂しい…」
「っ…」
「このまま休暇に入ったら会えなくなるから…少し話をさせて欲しいんだ」
「いいかな…?」と困った顔で笑うアルコルに、余計に顔の熱が上がった気がして何とか頷く。
「ミモザはこれからサザンクロスへ帰るの?」
「…いえ、今年は休暇が短いので、真っ直ぐ母の実家へアクルと一緒に向かう予定です」
あれからアルコルを前にすると満足に返答もできなくなってしまっていた。答えの分かっている質問に答えるだけならば、まともに喋れることだけが唯一の救いだと思う。
「そうか…母君の実家といえばノーザンクロスだったね。もしサザンクロスに帰るのであれば途中まで一緒に行けたんだけど…」
「え…アルコル様は王城ではなくどちらかに行かれるのですか?」
「あぁ、隣国へ陛下の親書を届けに行かなければならないんだ」
「隣国…ハダルですか?」
「うん」
「そう、ですか……」
ハダルは一応は不戦条約を結んでいる友好国ではあるが、先程ミモザが思いを馳せたように牽制という意味で母やミモザがサザンクロスに留め置かれる原因になっている対外的に注意が必要な国だ。
「かの国には未だに戦争を推し進めようとする強硬派が存在するそうですね…危険ではないのですか?」
「友好国の体を取っている国の特使を粗末に扱うことはないと思う」
「護衛の方も同行されるのですよね?まさかメグレズ様と二人だけとかではありませんよね?」
「…今回の親書は内々のものだから大所帯ではないけれど、護衛はついているし、私もいざとなれば自分の身くらいは守れるから、大丈夫だよ」
「それは大丈夫とは言えないのでは…いざとなった時のことを考えねばならないほどかの国の状況は切迫しているのですか?本当にそんなところに貴方様が行っても大丈夫なのですか?アルコル様の身に何かあれば……アルコル様?」
「…あ、あぁ、ごめん…」
いつの間にか掴まれていた筈の手を逆に握り返す勢いで喋っていたミモザは、はっとして身を引こうとするも、柔らかく握り込まれた手を引かれて動きを止める。
「さっきまで恥ずかしがってたのに……私の身を心配してそうやって沢山話してくれるところが好きだなって…思って…」
「っ!?」
忘れていた頬の熱が一気に戻ってきてミモザは固まる。
「わ、私は真面目に言っているのですよ!」
「うん……わかってる、ありがとう」
「う…」
そんなミモザの様子にアルコルは優しげに目を細めて、ミモザの前に膝をついた。
「ミモザ、休暇開けの学園祭のダンスパーティーで、どうか私と踊ってくれませんか?」
「あ…」
「休暇が明けるまで会えそうもないから、先に申し込んでおきたくて…」
「だからあなたがもう帰ってしまったかと焦って探していたんだ」と恥ずかしそうに目を伏せたアルコルに、ミモザははくはくと空気を食む。
「返事は急がないとか言って…隣国に行っている間に他の誰かが申し込むんじゃないかと思ったら、我慢がならなくて…」
「う…ぁ…え、と…」
「ミモザはもうパートナーを決めてしまった?」
「い…いいえ…」
「誰か踊りたい人はいる?」
「っ…」
ミモザはそんなの目の前にいるアルコルに決まっていると心の中で思って、そんな現金な自分の考えが口から出そうになって慌てて閉口する。
「返事を急かしている訳じゃないんだ……けど、もしミモザが望む相手がまだいないのであれば、今度の学園祭でのパートナーは私に務めさせてくれますか?」
返事など考えるまでもなく決まっている。アルコルのこういうお願いに抗えた試しがほとんどないこともそうだが、自分の心はとうにアルコルに傾いているのだから。
ミモザの無言を相手がどう取ったかは分からなかったが、少しだけ不安そうにミモザを見上げてくるアルコルに、最近は見ていなかった垂れた耳と尻尾の幻影を見つけてしまい、やっぱりミモザはすぐに白旗を上げることになった。
「…本当に私で良いのですか?」
「ミモザがいい」
「本当の本当に…?」
「うん、本当の本当に…昔、私と踊るのは楽しいと言ってくれた、あなたと踊りたい」
「っ……」
昔自分が言った何気ない一言を覚えていてくれたことに、ミモザは胸が一杯になる。
訪れたお城でいつもミモザを笑顔で迎えてくれた王子様。
勉強もダンスもいつだって一生懸命で、頑張っている姿に何度も励まされた。その頃からずっとミモザはアルコルと踊るのが大好きなのだから。
「………はい、お受けいたします」
じっと見つめてくるアルコルの視線に耐えられず、小さくなる声で頷いた。
「…はぁ…」
「……?」
「良かった…振られるかもって緊張してたから…」
安堵した表情を顔一杯に浮かべて、立ち上がったアルコルは握ったままのミモザの手を自分の頬に押し付けて目を閉じて息を吐く。
「っぁ…アルコル様…!あの…!」
「……アル、ミモザ嬢が卒倒しそうだからもうその辺で止めてやってくれ」
「!!?」
その声にすっかり今まで忘れていたが、その場にメグレズとアクルも居たことを思い出したミモザは頭が爆発しそうになるのが分かった。
「いや、だって嬉しくて…」
「嬉しくても駄目です……節度を守るんでしょう?」
メグレズに注意されミモザの手を離したアルコルは、ちょっとだけばつが悪そうに頬を掻いた後、自分の制服からロザリオを外してミモザの手に握らせた。
「これを持っていてほしい」
手の中の王家の紋章が彫られたそれを見て、ミモザは恐れ多いような、恥ずかしいような複雑な気持ちになった。
ルミナスの制服にはお守りという意味での「飾りロザリオ」がついている。基本のロザリオは校章が彫られているが、貴族や商家はそれぞれの家紋を彫っているものを使用していることも多い。今ミモザの腰の辺りに下っているロザリオにも、サザンクロス家の紋章が彫られている。
学園祭で男子生徒がパートナーの申し込みと同じく自分のロザリオを贈るのは「あなたが意中の相手です」という意思表示で、女子生徒が自分以外のロザリオをつけているのは「もうパートナーが決まっています」ということを他の人間に知らせるためであると言われている。
婚約者同士だと女子生徒が入学時から相手のロザリオをつけていたりする場合もあるのだが『学園祭でパートナーから贈られたロザリオを身につけてダンスをすると二人の絆が永遠となる』という学園のジンクスがあり、婚約していてもあえて学園祭まではロザリオを贈らない家も多いらしい。
「でもこれだと、アルコル様の〝お守り″がなくなってしまいますね…」
相手にあげてしまったら本来の「お守り」としての意味をなさないのではないかと、このジンクスを聞いたときからミモザは疑問に思っていた。今までジンクスなんてそういうものかと思っていたが、アルコルがこれから隣国へ行くということを聞いてミモザの中で不安が大きくなる。
ミモザはアルコルから預かったロザリオを制服に取り付け、代わりに自分のロザリオを外して両手でアルコルに差し出した。
「…アルコル様、隣国へ行っている間だけでもいいので、どうかこれを私の代わりにお連れ願えないでしょうか?」
「これは、ミモザのだろう?」
「はい、遠く離れたアウストラリスの地にいる私には、隣国で公務に励まれる貴方様を傍でお支えすることができませんから…だからせめてお守りくらいは持っていて欲しいのです」
本来交換するものではないが、ミモザはこのままアルコルを送り出したくないと思った。
「……ありがとう」
そっとミモザの手からそれを受け取ると、アルコルは嬉しそうにそれを自分の制服へと取り付けた。
「ハダルへ向かうときは制服から外して持って行くよ」
「はい…無事にお戻りになるのをお待ちしております…」
実際にお守りなど気休めでしかないことは分かっている。けれども少なからず危険を伴う場所へ向かうアルコルにミモザが出来ることと言ったらこれぐらいしかない。
「ミモザも道中気をつけて」
「はい…」
アルコルの胸元で揺れる自分のロザリオが目に入り、ミモザは落ち着かない気持ちになって目をそっと伏せた。顔が赤いのが分かる。
己の無力さを痛感するとともに、心配のあまりつい自分のロザリオを押し付けてしまったが、これではアルコルが自分のものだと主張しているようなものではないかと、ミモザは今更に恥ずかしくなった。
そして恥ずかしさから現実逃避しかけたミモザは「お姉さま」と呼ばれ、漸くアクルの存在を思い出してハッと振り向いた。
アルコルの前で狼狽える自分に呆れられてしまったかとアクルを見ると、そこにはいつの日かのスピカに被る、目をキラキラとさせ頬を染めてうっとりとしている妹の姿があった。
「…素敵…王子様から求婚されるなんて、さすがお姉さま…!」
「ちっ違うから!!今のは求婚じゃないから!!」
「いいえ!王子殿下の瞳にはお姉さまへの愛をしっかりと感じたわ!」
「あ、アクルお願い落ち着いて…!」
こういう時になんて言えばいいんだろう。確か母は自分が窮地に立たされたときに『もうやめて私のライフはゼロよ!!』とか叫んでいた気がする。
スピカもそうだが、年頃の女の子というのはやはりこういった人の恋路が大好きなのだろう。ミモザだって大好きだが、それが自分のこととなれば話は別だった。
「大きい意味では間違いではないけどね」
「きゃあぁっ!!やっぱり!!」
「もうっ…アルコル様!!」
アルコルにまで追い討ちをかけられて、ミモザは真っ赤な顔で必死に興奮するアクルを宥めるしかなかった。
アルコル達が立ち去ってからも興奮冷めやらぬアクルを宥めながら、ミモザ達はカフェテリアへと向かった。
学園御用達の紅茶とスイーツを目にしたアクルの興味がそちらに移ったことに安堵しながら、ミモザは平静を装って紅茶を一口飲む。
人の集まるカフェテリアでもアクルの興奮が収まらず、アルコルから学園祭のダンスのパートナーに申し込まれたことを誰かに聞かれたらどうしようと危惧していたミモザだったが、明日から休暇ということで皆出発の準備で忙しいのか、思ったより人はまばらだったのに救われた。
「わぁ…このパンケーキすっごく美味しい…!」
「見た目も可愛いわよね」
「かわいい!絵に描いて残しておきたいわ!」
「そうすれば家でも盛り付けの真似ができるもの」とパンケーキを頬張り幸せそうに笑うアクルに、ミモザもまた幸せな気分になり微笑んだ。確かにお菓子作りが得意なアクルならこのパンケーキも再現できてしまいそうだ。
「お姉さまのもおいしそう」
「食べてみる?」
「うん!お姉さまありがとう!」
「アクル嬢…?」
ミモザがアクルの前に自分の皿を差し出してやった時、後ろからアクルの名前を呼ぶ声がした。
「……?」
「な…」
知り合いのいない筈の学園でいきなり自分の名前を呼ばれきょとんとしたアクルと、振り返ってその人物を認めたミモザはつい眉根を寄せる。
「アルカイド様…」
「え…アルカイド様?」
ミモザが洩らした名前に、アクルが気付いて反応する。
「急に立ち止まってどうしましたアルカイド様?…あっ、ミモザ様!」
「スピカ、と……」
アルカイドの後ろから姿を見せたのはスピカと、その後ろでばつが悪そうに頭を下げたドゥーベだった。
「ミモザ様、まだお帰りになっていなかったんですね」
固まったままのアルカイドを追い越し、ミモザの前まできたスピカは嬉しそうに両手を胸の前で組んで言った。
「え、えぇ…妹が来ていて、昼過ぎに出発する予定なの」
「そうなんですね……もしかしてこちらの方が妹さんですか?」
「えぇ、私の妹のアクルよ…アクル、此方は私の友人のスピカとその幼馴染のドゥーベ様」
「様はいらない、俺もどうかスピカと同じ呼び捨てにしてくれ」
「アクル様、私のこともどうぞスピカと呼んでください」
「…ではお言葉に甘えて名前で呼ばせていただきます。はじめまして、アクル・サザンクロスと申します。皆様のことは姉からの手紙でお話を聞いておりました。どうぞお見知りおきください」
立ち上がったアクルが礼儀正しくスピカにお辞儀をするのを見ながらミモザは、自分も立ち上がって、未だ固まったままアクルを凝視しているアルカイドの横へ移動して腕をそっと小突く。
ハッとしたアルカイドは狼狽えたように「決して邪な目で見ていた訳では」とかミモザに慌てて釈明をした。別に咎めるつもりはなく、ただ呆然とアクルを見つめて固まっていたから気つけてやっただけなのだが、赤くなった頬と釈明の内容を鑑みるに後でどんな目で見ていたのかをよく問い詰めた方がいいかもしれないとミモザは思った。
母も昔「ねぇアリア、もしも好きな人ができたら教えてね、私貴女に変な虫がつかないか心配なの」と言って、アリアに残念なものを見るような目で見られていたが、それについてはミモザも何となく母の言いたかったことが分かった気がした。
「お姉さま?」
「あぁごめんなさい、アクル」
思わず半目でアルカイドを見ていたミモザにアクルが首を傾げる。そしてアクルがミモザの隣のアルカイドに視線を移した。その目には恐怖や嫌悪は見られず、記憶の中の幼い姿からの変貌にただ驚いているように見えた。
「もう分かっているかもしれないけど、此方がアルカイド様よ」
「お久しぶりです、アクルです…あの、お手紙をありがとうございました」
「い、いや……俺の方こそ、急に手紙を書くなど…不躾なことをして済まなかった」
「いいえ、貴方様のお心を知ることができて良かったと思います。アルカイド様、随分と背が高くなられたのですね…髪も伸ばしていらっしゃるのですか?何だか見違えてしまって、最初どなたか分からなかったんです…許してくださいませ」
「許すなど…俺こそ、君がこんなにかわ……ぐぅっ…なん、なんでもない…!」
胸の前で手を組み首を横に傾けて見上げてくるアクルに頬を染めていたアルカイドの足をミモザは誰にも見られないように強く踏みつけた。悪役令嬢と言うのはこういうスペックが高いようで、初めて役に立ったわねとミモザは内心でうんうんと頷く。
ミモザには「あんた」でアクルには「君」とは。これは益々腰を据えて問い詰めねばならないようだ。
「どうかなさいましたアルカイド様?」
「い、いや…」
足の痛みを悟られないようにアクルに引き攣った笑いを返したアルカイドを横目で見ながら、ミモザはスピカに座るよう薦めながら「スピカ達はどうしてここに?」と聞いた。
「さっきまで学園内を浄化で回っていたんです」
ミモザ達と同じテーブルにスピカが座り、その隣のテーブルにアルカイドとドゥーベが座る。
「学園内にもそんなに穢れが…?」
「王都の街に比べれば少ないですけど、人が居ない場所ってどうやら溜まりやすいらしいってフェクダ先生が言っていて…それで休暇前の生徒が居なくなった教室とかを手の空いてる私達が見回ってたんです」
「三人で大丈夫だったの?」
「学園内は王都の街に比べれば穢れが少ないので…フェクダ先生は学園長からあの魔物を調べるよう言われているみたいで忙しいし、メグレズ様とアリオトさんはお仕事だしとりあえず三人で。王太子様とメラク様が執務が終わり次第来てくれるって言ってたから、残りはそれからってことにして、それまでちょっと休憩です」
「それは大変ね…」
七騎士が二人しかこの場にいないということはスピカにとっても危険なことである。いくらドゥーベが未知の力を持っているとは言っても、それが毎回必ず発揮されるとは限らないのだから。
「学園も冥王のことで大変なのですね…」
ミモザとスピカの話を聞いていたアクルが肩を落として言った。
「私、休暇開けの学園祭を楽しみにしていたけれど、情勢によってはなくなってしまうかもしれないのですね…」
「学園祭…そう、ですね…」
「ダンスパーティは無理だけど、学園祭には学園の生徒じゃなくても遊びに来られますもの」
ルミナスの学園祭は貴族も通う学園だからか観劇や音楽祭も催される。学園の敷地内に小さな市が立ち、その日だけは外部の人間も出入りできるようになっている。
「えっ、ダンスパーティーがあるんですか?」
「そうね、後夜祭として生徒のみが参加できるパーティーがあるわ」
「どうしよう、私ダンスなんてできません…全員参加しなきゃいけないんですか?」
「強制ではないけれど大体みんな参加すると思うわ…それにスピカは救世の天使として出席するよう言われるんじゃないかしら?」
「そんな…ドレスだって持ってないのに…」
途方に暮れたようにスピカが肩を落とす。そんなスピカを見ながらミモザはゲームのシナリオに思いを馳せる。
『あのねミモザ、学園祭のダンスパーティーはその時に踊った相手とエンディングを迎えることが確定するっていう重大なイベントの一つよ。スチルも凝っててどのキャラもすっごく素敵だったわ!ヒロインは夏季休暇から学園祭までの間にエンディングを目指す相手にダンスを教わって、ドレスもその攻略対象から贈られるの』
母が言っていた通りならスピカが今悩んでいるようなことは解決してしまいそうだが、実際はシナリオからは大分外れてきているので何とも言えない。
「やっぱり欠席しては駄目でしょうか…」
「そんな…お姉さま、何とかならないの…?」
「うーん…ドレスは何とかなるにしても、ダンスはやっぱり練習するしかないんじゃないかしら…休暇明けでよければ私と練習する?」
「本当ですかっ?」
「えぇ、教えるのが私でよければなんだけど…」
「お願いします!!」
スピカに誰か意中の人がいればそれでもいいが、できるだけシナリオからは遠ざかっておきたい気持ち半分、あとは不安がっている友人を放っておけなかったのが半分といった気持ちでミモザはスピカにそう提案してみた。
スピカはこれからこういった貴族特有の行事に出席することが増えるだろうし、基礎だけでも覚えておいても損はないと思って言ったのもある。
この場にレモンが居れば「また余計なお節介を」と怒られていたかもしれない。
フェクダの言っていたことを思い出して横目でドゥーベの様子を確認してみたが、特に変わった様子はないが、ドゥーベはただぼんやりとスピカを見ていた。
「えっと…ドゥーベ、貴方はどうするの?」
「え」
いきなりミモザから話かけられたドゥーベは驚いて肩を跳ねさせた。さっき呼び捨てでいいと言われたので、初めて名前を呼んでみたのだが、すごく驚かれてしまったようだ。
はっきり聞いたわけではないが今までのスピカの言動を見ていて、多分スピカがそういった意味で一番好意を抱いている相手はドゥーベなのではないかとミモザは思っている。
ミモザの事でドゥーベと仲違いしてしまったときもかなり落ち込んでいたし、絶対的に信頼していたからこそ許せなかったのだろうとも。ドゥーベの方もスピカのことを大事に想っているのは言わずもがなだ。
(ドゥーベのルートは財も身分も持たない自分はヒロインには相応しくないって身を引こうとするけれど、それをヒロインが一途に想い続けてエンディングを迎えるんだったわよね…)
勿論終盤で第二王子のクーデターを阻止する流れは他の攻略対象と変わらないが、ミモザ達がクーデターなど起こさずスピカやドゥーベに協力していれば、エンディングはゲームのシナリオとはまた違った形になるのではないだろうか。
ミモザは母の日記を思い出しながら考える。じっと紫色の目に見つめられ、少し居心地が悪くなりながらも「貴方は踊れるの?」と聞いた。
「俺も…参加しなければいけないんでしょうか?」
「…そうだな、おそらく参加するように言われるだろうな」
ミモザが口を開く前にアルカイドが助け舟を出してくれる。
「裏方とかでは駄目なんですか?」
「七騎士として出るように言われると思うぞ。出席する以上おそらくダンスの練習もしておいた方がいい」
「そう、ですか…」
アルカイドの言葉に困ったように思案しながら黙してしまったドゥーベを見て、スピカはどこかそわそわと目を伏せた。それを見てミモザは、やっぱりスピカはドゥーベと一緒に踊りたいのではないかと思った。
もし、スピカがドゥーベとパーティーに出たいのなら二人に協力してもよいとミモザは思っている。シナリオから遠ざかり、スピカも幸せになり、その上注意すべき人物であるドゥーベの信頼も少しでも得られれば上々だと思う。
ただミモザがその提案をしてもいいものかとも思う。ドゥーベの中でミモザがどういう位置にいるのか分からないが、自分が誤って糾弾した相手から善意を向けられても困惑するか、身構えるかで素直に受け取ってもらえない気がする。前回のように誤解されるのは避けたい。
スピカ自身がドゥーベと踊りたいと言ってくれれば協力できるのにと思うが、ミモザのことを心配してくれるあの子が、一度ミモザを傷つけたドゥーベを自ら関わらせるようなことを言わないだろうとも。同じ理由でアルカイドもしかり。ミモザは内心やきもきと考えを巡らせていた。
「…お姉さま、彼もスピカと一緒に練習をしたらいいのではないでしょうか?」
「!」
誰もが黙ってしまったとき、そう言ったのはアクルだった。
思い悩んでいたミモザはその言葉にパァッと頭上に光が差したようだと思って、最良の助け舟に内心拍手を送る。
「そ、そうね、スピカも相手がいた方が分かりやすいと思うし…」
「えっ…」
「だが…」
「二人が嫌じゃなければなんだけど…」
「い、嫌じゃないです!でも…」
「…俺にはあなたに教えを請う資格はない」
「………」
アクルの言葉に一瞬嬉しそうな顔をしたスピカだったが、すぐに顔を曇らせてミモザにそう聞いてきた。ドゥーベもまた「そう言ってくれてありがたいが…」とすぐに断ろうとした。
「どうして?身分を気にしているのなら大丈夫よ、お姉さまは身分で差別をするような人ではないわ」
「いや…そうではなくて…」
「?」
アクルは学園でミモザの身に起きたことを知らない。ドゥーベが平民であることを理由に遠慮しているのだと思っているようだった。アクルの言葉に困ったように此方を見たドゥーベに、ミモザは「アクルには言っては駄目」と伝えるように、見えないように口の前に人差し指を持ってきて、それを解いてから口を開く。
「ならば、アリオトさんにも協力して頂きましょう」
「は?」
「貴族に教わるのが気がひけるというのなら、私やアルカイド様では駄目でしょう?アリオトさんは貴族ではないけど大手商会の商人としてあちこちの貴族のパーティーなどにも呼ばれているからダンスはお上手な筈よ。同じ七騎士のアリオトさんなら貴方も教わる時にあまり気を使わずに済むでしょう?」
「しかし…」
「フェクダ先生でもいいけれど…背格好が貴方とは違いすぎるから、参考にするにはアリオトさんが適任だと思うわ。私とアリオトさんが踊っているのを見ればイメージしやすいと思うの。…それにスピカの初めてのダンスパーティーをできるだけ楽しいものにしてあげたいわ。ダンスに対する不安だけでも取り除いてあげたいの。だから貴方も協力してくれると嬉しいわ」
「………わかった」
そうミモザに言われて、視線を動かした先に不安そうな顔をするスピカを見たドゥーベはそう言って頷いた。ドゥーベは「よろしく頼む」とミモザに頭を下げ、不安そうなスピカに「一緒にがんばろうな」と言って微笑んで手を伸ばしてその頭を撫でた。
顔を赤くしたスピカは「子供扱いしないで」と怒ったようにその手を払いのけていたが、ドゥーベと同じように「よろしくお願いします」と頭を下げたスピカはやはりどこか嬉しそうに見えた
(よかったね、スピカ…)
ドゥーベが納得してくれたことにほっと胸を撫で下ろしていると、「おい」とアルカイドが小さな声でミモザに話しかける。
「…それ、第二王子じゃなくて平気なのか?」
「何がですの?」
「その、ダンスの練習の相手がアリオトで…」
「だってアルコル様は王族ですよ?ドゥーベが余計に萎縮してしまうではありませんの」
「そうじゃなくて…」
「それにアルコル様はお忙しいもの、私の都合でダンスの練習に付き合ってくださいとは言えませんわ」
「……そんなことはないと思うが」
「?…今なんておっしゃいましたの?」
「……いや、いい」
アルカイドの質問の意図が分からずミモザが首を捻っていると、「教えてもらえるのは嬉しいけど…」とスピカが口を開いた。
「上手く踊れるのか…学園祭楽しみにしてたのに、ちょっとだけ急に気が重くなりました…」
しゅんとして下を向いたスピカだったが、次の瞬間には何かに気付いたように顔を上げた。
「あ…でもパーティーに出ればミモザ様達がドレスで踊ってるところ見られるんですよね?」
「え…そ、そうね…」
「そうなの!お姉さま第二王子殿下にダンスを申し込まれているのよ!!」
「えっ、やっぱり第二王子様と踊られるんですね!!素敵!!」
「あなたもそう思う!?素敵よね!!」
アクルと手を取り合ってきゃあきゃあと悲鳴を上げるスピカと、先程の興奮がまた戻ってきてしまったらしいアクルに、ミモザは慌てて二人を宥める羽目になった。
「アクル、スピカも、もうちょっと声を抑えて…」
「殿下のロザリオをつけて踊るお姉さま…きっと会場中の注目の的でしょうね…!!」
「殿下の?」
「学園のジンクスを知っている?」
「知りませんが、すごい素敵な予感がします…!」
「学園祭でパートナーから贈られたロザリオを身につけてダンスをすると、その二人の絆が永遠になるんですって!」
「きゃああ!!…見たい、絶対見たい…!!」
「二人とも、お願い、落ち着いて…」
「ミモザ様、私ダンスの練習がんばります!!よろしくお願いします!!」
「え、えぇ…」
急に元気になったスピカとは正反対に、今度はアクルがしゅんと肩を落とした。
「いいなぁ…私は参加できないので、後でしっかりとお姉さまと殿下の様子を教えて下さいませね、スピカ?」
学園祭は一般の人間も入れるが、後夜祭のダンスパーティーは生徒とそのパートナーに選ばれた人物しか参加は許されていない。したがって生徒ではないアクルが参加するためには、この学園の生徒の誰かにパートナーとして伴ってもらわねばならないのだ。
「………っ俺が…!」
「え」
ガタッと急に立ち上がったアルカイドが、アクルに向かって手を差し出す。
「俺が……その……俺と…」
言葉を逡巡して視線をめぐらせたアルカイドと目が合う。
アクルをはじめ、スピカも、ドゥーベすら驚いて、ただアルカイドを呆然と見ていた。
ダンスパーティに行けない事に気を落としてしょんぼりしているアクルを、なんとかしてやりたいと思う気持ちは分かる。小柄で可愛くて料理上手で、素直で明るくて心根の優しい自慢の妹だ。数年ぶりに再会して恋に落ちてしまう気持ちも分からないでもない。ただそれを許せるかというのは別の問題で。
ミモザと目が合って、ばつが悪そうな顔をしてすぐにさっと目を伏せてしまったアルカイドは、意を決したようにもう一度顔を上げた。
「ミモザ嬢、どうか妹御を後夜祭へ誘う許可をもらえないだろうか…!!」
「………まず私に確認したのは及第点としましょう」
やはり彼とは話し合いが必要なようだと、ミモザはアクルの前に差し出されたままだったアルカイドの手をぴしゃりと叩き落した。




