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お母様の言うとおり!  作者: ふみ
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閑話:大人達の思惑、ゲームの裏側

コツコツと靴が廊下を叩く音が高い天井に響く。大理石の敷かれた廊下は数人が並んで歩いても余裕があるほど広い。足を止めないまま備え付けられた窓から外を見れば、屋敷を取り巻くように懐かしい街が広がっていて、遠くに緩やかな山並みとよく晴れた空が見えた。


アウストラリス王国の北端に位置するこのノーザンクロス領は、王国の中でも標高が高く、冷涼な気候で知られる避暑地として人気の高い領地である。それに加え、南のサザンクロス領と並んで人口や面積だけでなく、貿易や外交面でも対外影響力の大きい都市で、そこを治めるノーザンクロス侯爵家もやり手で過去に宰相や大臣を何人も輩出している名家として有名である。


その廊下を進む足に迷いはない。屋敷を訪ねてすぐに訪れるよう言われたのは、当主の執務室だった。


「失礼致します」

「入りなさい」

「待っていたよ、ご苦労だったねアリア」


ノックの音に続いて返ってきた返事に、アリアは扉を開け頭を下げて入室する。

部屋の中にはこのノーザンクロスの前領主、ギェナー・ノーザンクロスと、その息子である現領主のファワリス・ノーザンクロス。そしてあと一人、ソファに座る彼等の後ろにお仕着せを来た侍女が一人立っていた。


「……何故、お姉様がここにいらしゃるのですか」

「可愛い妹が心配で…!」

「………」

「…やぁね、そんなに恐い顔をしないで。半分は冗談よ……私も報告があって戻ってきていたの」

「はぁ……お姉様は特使として隣国へ行っていたのでは?」

「あちらの内政が大分不安定になってきているからマリアには一度戻ってきてもらったんだ。出国できなくなっても困るしね」

「………」


アリアの側まで来た侍女の格好をした姉は、その腕をアリアの腕に絡め「久しぶりのアリアだわ~」と笑う。


「それで…ミモザは変わりないか?」


そんな調子のいい姉の姿を半目で見ていたアリアに、そう問いかけたのはファワリスだ。


「はい、ミモザお嬢様は先日学園であった演習で足を痛めておりましたが、今はもう回復されてお元気に過ごしてらっしゃいます」

「あぁ…確か演習中に高ランクの魔物が出たんだってね、城でも噂になっていた」

「本来北の森には生息しない筈の魔物がどうして出たのか、原因は分かっていないそうです。お嬢様は魔物に襲われ森に迷われたそうですが、第二王子殿下に救われたそうです」

「……カウスの倅か」

「父上、陛下ですよ」

「ここには身内しかおらん。どう呼ぼうが構わないだろう」


眼光鋭く国王を呼び捨てにした前領主のギェナーは、ところどころに朱が混じる白髪を後ろへ撫で付けた厳格そうな老人だ。前国王の治世では宰相の職を務め、前国王とは学生時代は同じ釜の飯を食べた公私共に仲の良い友であるとも聞いた。引退後も前国王の側近として支え、国に貢献してきたその功績は大きいのだという。


「後遺症や傷跡などは残らなかったのか?」

「はい、ただの捻挫のようです。怪我自体は安静にしていればすぐ良くなったそうですが…」

「他に何か?」

「…先日学園へ様子をお伺いに行った時に、随分と物思いに耽っていらっしゃるようでしたので聞いたのですが……考え込んだり赤くなったり頭を振ったり…かなり落ち着かないご様子でしたので、もしかすると第二王子殿下に関わることで何かあったのかもしれません」


ミモザが怪我をしたと侯爵家に知らせがあってすぐに、アリアは侯爵に了承を得てミモザの具合を確かめに学園へ向かった。いつもなら笑顔で迎えてくれる主が、ぼんやりと赤い顔で考え込んでいる姿に何かあったのだと推測するのは易しい。


「第二王子か…表立ってはないが、王太子に劣らず優秀で次期王座に押すような輩もいるらしいな。ミモザに執心していると聞いていたが、やはり今もそうなのか?」

「はい。旦那様の仰るとおり、第二王子殿下は文武に優れ人望も厚く、人柄は朗らかだと学園でも男女関係なく慕われているそうです。王太子殿下同様に未だ婚約者をお決めになっていないことから令嬢方からの人気は非常に高いのですが、ご本人様はミモザお嬢様にしか興味がないようです」

「…やはり、あの時ミモザを連れ出していれば……」


本来ならばリディアが亡くなり、ミモザが侯爵家で虐げられるようになった時点で、この家に引き取るべきだった。しかしそれをしなかったのは、一重にノーザンクロス家が、サザンクロス家への影響力を失わないようにするためであった。

隣国ハダルとの国境を接するサザンクロスは、貿易の要であると同時に、ハダルへの牽制もその役割の一つとしている。

ハダルは国土の半分ほどを山地が占め、平地が少ない、雨が少なく乾燥した地域であった。作物が育ちにくく、その年の気候によってはすぐに民の困窮につながったため、その昔は温暖な平地を求めて他国に侵略を繰り返していた国だ。しかし食糧難で弱った国がまともに戦える筈もなく、ハダルは敗戦を繰り返し疲弊していった。最後の戦争から数年が経ち国民をこれ以上苦しめるわけにはいかないと、その疲弊しきった国を継ぎ立て直したのがハダルの前国王だ。

前国王は自らの姉妹を周辺国の要人へ嫁がせ恭順の意思を示し、その見返りに援助を求めた。その時にアウストラリス国に嫁いできたのが、ハダル前国王の妹であるミアプラ王女だった。当時宰相をしていたギェナーの妻となった彼女は、あけすけに言えば援助と引き換えにその身を他国に送られた人身御供のようなものだったが、アリアが幼い頃この屋敷で見ていた王女はギェナーの隣でいつも幸せそうに笑っていたから、大人になりそんな事情があったと知って驚いたものだ。

はじめは食料の確保をアウストラリスはじめ周辺国に頼っていたハダルだったが、乾燥地帯でも育ちやすい植物の育成のための技術援助などによって、少しずつその現状は改善してきている。しかし国内には未だ昔のように「戦争で温暖な領土を奪えばいい」という主張をする強硬派もおり、それを抑えていたのがミアプラ王女の存在だった。自国の姫が嫁いだ国に侵攻は出来ぬと穏健派と強硬派は常に水面下で拮抗している状態だったらしい。

数年前に王女が亡くなり、再びハダルでは強硬派が勢力をつけはじめていた。万が一ハダルの侵攻が始まれば真っ先に被害が及ぶのは、国南の国境を接しているサザンクロス領である。それを予見していたギェナーは前国王や重臣達の意向もあり、自分とミアプラ王女の娘であるリディアをサザンクロス侯爵家へ嫁がせていた。ハダルの目と鼻の先に王女の血を引く娘を置き、かの国の抑止力とする政治的な意味合いの大きい婚姻ではあったが、リディアも「自分がいることで戦争が起きずに済むのなら」と納得してサザンクロス家へ嫁いだのである。


つまりミモザは亡くなったリディアの代わりに、ハダルに対して抑止力としてそこに在ることを本人も知らないままに強いられてきたのだ。


「我々の思惑で、あの子には辛い思いをさせてしまいましたね」

「…そうだな……あの男はどうしている?」

「侯爵様は………そうですね…相変わらず仕事以外の言動は愚かで馬鹿としか言い様がありません。仕事はちゃんとしておりますよ。ただそれ以外がどうしようもないほど馬鹿なだけで」

「相変わらずか…どうしてああ仕事以外は無能なのだ…」


リディアとの婚姻は、政治的な意味だけでなくその能力を買ったからこそのものだったのに。


「…後妻の子に婿を取りミモザを嫁に出すつもりなのだとのたまう位なのだから、仕事の方も無能なのでは?…それともミモザをあそこに留め置く以上の理由が何かあるのでしょうか?」

「…もしミモザが王家へ嫁いだならば、それを理由に不可侵条約でも結ぶつもりなのかもしれんな」

「…ミモザお嬢様は今でも度々王城へ呼ばれてらっしゃいます。本人は気づいておりませんがおそらく王城で王子妃教育を受けさせられているのだと思います。王家からはっきりと打診があった訳ではないようですが、もしかしたら侯爵様との間に内密の約定のようなものがあるのかもしれません」

「…あの男はミモザの能力を知っているのか?」

「侯爵様はもちろん、第二王子殿下も国王陛下もそれはご存じではないと思います」

「王家はミモザの能力を知っているからこそ第二王子の婚約者にと望んでいる訳ではないのか?」

「そうですね…今の王城の鑑定士ではおそらくミモザお嬢様の能力を完全に把握することはできないと思います。ただ…学園へは監視もかねて魔法省から人員を送っているようですが」


はっきりと婚約の打診がないのは、未だ王家がミモザの能力を把握できていないからではないかとアリアは思っている。

ミモザの持つ思考操作の能力が知られれば、王家は決して手放そうとはしないだろう。

王位を継ぐことのない第二王子は国王の補佐として外交を担うことも多い。その妃ならばその席に同席しても不自然ではない。思考誘導を使えば此方に有利に交渉を進めることだってできるし、魅了や暗示を使い要人を篭絡することだって可能だ。そんな力を持つミモザを未だに囲い込んでいないのだから、学園にいる監視もお粗末であると言える。


「未だにミモザの能力を知らんというのに、何故手放そうとせん…王家の目的は何だ?まさか冥王に対抗する措置として利用しようなどと考えている訳ではあるまい。いくら第二王子自身がミモザに惚れているとはいえ、ただの王子妃ならば政略的にもっとその地位に相応しい人間だっているだろう」

「………親心なのでは?それに第二王子の孤立する原因を作ってしまった罪滅ぼしも」


それまで黙っていた姉がギェナーに向かって口を開く。


「親というものは子供には幸せになってもらいたいと思うものですよ、違いますか?」

「だがミモザは第二王子に嫁ぐことを望んでいないのではないか?」

「…お嬢様も殿下のことを憎からず思ってらっしゃると思いますよ。少なくともあのご様子を見れば時間の問題かと」

「しかし…」

「父上はミモザにお嫁に行ってほしくないだけでしょう?」


息子であるファワリスに苦笑しながら指摘されて、ギェナーは眉間に皺を寄せる。


「はは…あの子はリディアにそっくりですからね…お嫁にやりたくない気持ちは分かります」

「まぁ…二人とも過保護が過ぎますわ」


目線で頷きあう親子を見てアリアも苦笑する。


「侯爵様はミモザお嬢様が第二王子と良好な関係を続けている以上は、口を出してくることはないと思います。…まぁあの愚か者に大したことが出きるとも思えませんが」

「手厳しいのね」

「当たり前でしょう」


アリアにとっては大切な主を裏切った憎い相手だ。仕方なく監視しているが、本来ならばちぎって投げてドブ川にでも突き落としてしかるべき相手なのだから。


「現状で仕事ができているのなら十分としよう…ハダルの情勢が不安定な以上、国境を接しているサザンクロスは重要な拠点だ。…万が一冥王復活のどさくさに紛れて国境が破られたなどということになったら目も当てられん」


ギェナーの言葉にアリアは不服を飲みこんで頷いた。


「………もうすぐ夏季休暇がはじまるのだろう?ミモザはサザンクロスに帰省するのか?あの家での待遇は改善されているのか?」

「アクルお嬢様はミモザお嬢様にとてもよく懐いて慕ってらっしゃいます。というか家にいるとベッタリくっついて離れないほどです。ミモザお嬢様もそんな風に慕ってくれるアクルお嬢様が可愛いのでしょう。家ではお二人でよく楽しそうにお話をされてらっしゃいます。アクルお嬢様がそんな調子なので、リギル様も今はほとんどミモザお嬢様に辛く当たったりなどはしていません。精々つーんと顔を背けるくらいですね。過去の自らの行いに対して数年前から罪悪感を覚えてらっしゃる様子は見受けられましたが“これ猫ちゃん用と間違えて買ってしまったの、貴女が始末なさい!べ、別にミモザに買ってきた訳じゃないわ!!”と、わざわざ街へ出向いて買ってきたハンカチやアクセサリーを私に押し付けてきたり、アクルお嬢様がミモザお嬢様にクッキーを焼いて送っているのですが、その三回に一回くらいはリギル様がご自分で作られたものをアクルお嬢様の名前で送ったり…かなりツンデレを拗らせているようですね。まぁあの歳になればアクルお嬢様ほど素直になれないのでしょうが…ミモザお嬢様と関わられたことで変わっていったアクルお嬢様を見て、ご自分も考えを改められたのかもしれません」

「それはまた、随分…変わられたのだな…」

「あの子の頑張りが報われたのですね」


ファワリスの引き攣った顔と、姉の満足そうな顔を順番に見て、一人険しい顔をしているギェナーに視線を戻す。


「…アクルお嬢様は、折角学園から帰ってきているミモザお嬢様が毎年此方に避暑に行かれてしまうのを寂しく思っているようでした。それでもやはり自分はノーザンクロス家には行く資格がないと分かってらっしゃるようで…ミモザお嬢様について行きたそうにはしていましたが、それを口に出したりはしませんでした」

「……そうか……ならば今年は一緒に連れてきなさい」

「よろしいのですか?」

「構わん、己と母親の罪を自覚している分あの男よりまともだろう」


どこか疲れたように視線を自らの膝に落としたギェナーは一度目を瞑ってから再び開いた。


「…監視を続けろ。学園にいる王家の犬についても此方で調べておこう」

「犬ですか…」

「みすみす王家にあの子を掻っ攫われるのは我慢ならん」

「爺バカもほどほどにしないとミモザに嫌われますよ」


息子に呆れたように言われて「ふん」と鼻を鳴らしたギェナーに話が終ったことを悟り、退室の許可を得る。

ノーザンクロス家への避暑のことを帰ってミモザにも伝えなければならない。


「すぐ帰るの?」

「はい」

「じゃあ玄関まで見送るわ」


ギェナーから退室の許可をもらったため、アリアは主人達に頭を下げ執務室を後にした。











アリア達の去った後、部屋には沈黙が落ちる。


「…意外でした」

「何がだ」

「あの女の子供をここに連れて来いなんて言うのが」


ファワリスは苦笑しながら、父であるギェナーにそう言った。


リギルとアクルは大事な娘であるリディアを苦しめた原因だったから。


「ふん…昔からあの子は一度懐に入れた者には甘いからな…今更わしがあの二人を糾弾したところで喜びはすまいて」


それどころか悲しむかもしれない。娘によく似た孫娘の姿を思い描いて、ギェナーは少しだけその表情を弛ませた。


「…あの男のしたことを許すのですか?」

「勘違いするな…わしはあの子を裏切った奴を許してはおらん……自身を含めてな……」


ギェナーは先程までの表情が嘘のように、厳しい顔で窓の外を睨んだ。南向きの窓からは街が見える。そのずっと先には王都があり、更にその先にはサザンクロス領がある。


「どんな理由があったにせよ、リディアを苦しめミモザを虐げたことは許せはせん。もしもの時は国境防衛の先頭に立って働いてもらう。戦闘の中で自らの血溜まりの中で生きながらえる苦しみを味わうがいいさ」



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