苦笑い
リビングに入ると、蒸し返る熱気に、
鞄も買い物袋も手にしたまま、
エアコンのスイッチを入れる。
季節は残暑を迎えていた。
慶太とは行き違いで言い合う事はあったけど、
大きなケンカをする事もなく、
毎日を過ごしていた。
キッチンに立ち、夕食の支度を始める。
エアコンがまだ効いていないから、
汗がまだ引かない。
手早く支度を進め、ようやく汗が引いた頃、
玄関の扉が開き、額に汗を浮かべた慶太が
カウンター越しに置いたリビングテーブルの
椅子に腰掛ける。
「手伝おうか?」
キッチンの中を覗き込み、そう言う慶太に
もう出来るから大丈夫と伝え、
着替えてくるように促したと同時に
テーブルに置いたスマホが着信を知らせる。
「郁、電話。」
「誰だろ、学校かな?何かあったのかな。
ごめん、慶太、見てくれない?」
慶太は画面を確認したまま、動きを止める。
「慶太?」
誰から?と聞く前に、「京太」と、
一言だけ答えた。
その声色から伝わるのは明らかな不機嫌さで、
京太からの着信はあれ以来はじめての事だった。
驚いたけど、まずは、目の前の慶太が先だ。
「慶太が出ればいいよ。
私から連絡したわけじゃないから、
それに、今さら、何かがあるとは思えない。」
そう応えると、慶太は既に鳴り止んだスマホを
私に手渡した。
「郁に掛かってきた電話だろ、
俺が出るのは違うでしょ。
やましい事がないのは分かってるよ、
こんな所に置いて、しかも、
誰からか見てくれ、なんて言うんだから。」
そっか、と受け取ると、
慶太はあーっと声をあげ、
「ごめん、俺、すっげー心狭い、
兄ちゃんからだって、イライラしてる、
ごめん、ちょっと先にシャワー浴びてくるわ。」
そう言うと、苦笑いを浮かべてリビングを出た。




