後日譚
――後日譚――
「いきなりですみません。奥様はこの女性に見覚えがありますか?」
所轄の警察署に呼び出された男の妻は刑事にとある写真を見せられた。
その写真は防犯カメラに録画された動画の1コマを切り取ったもので、やや不鮮明ながら長い黒髪をストレートに下げている女の姿が写っていた。
……誰? 全然知らない……。
いくら写真を凝視してもその人物が誰なのか? 一体何の関係があって見せられているのかすら分からなかったので、男の妻は刑事に不思議そうに尋ね返した。
「……いいえ。この方がどうかしたのでしょうか?」
「旦那様が……亡くなられる直前、駅のホームの防犯カメラがこの女性を捉えていたんですよ」
そんなことは写真を見れば分かります。
喉まで出かかった言葉を飲み下し、もったいぶるように慎重な刑事を見つめる。
「……どういうことでしょうか?」
「……まだ詳しいことは分かりませんが、現場にいた目撃者の証言と合わせると、どうやら旦那様はこの女性から逃げていた様なのです。それもかなり必死な様子で」
「えっ?」
「それで推測ですが誤ってホームから転落し……」
思わず刑事の言葉を遮った。
私の……私の夫はただの自殺として処理されたはずじゃないの!?
「――一体誰なんですかこの人は!?」
「それは我々も現在捜査中です」
煮え切らない刑事の対応に、逆に冷静になった男の妻はあるものを取り出した。
それは男が亡くなる前日に拾い上げた得体の知れないあの“四角くて小さな黒い箱のようなもの”だった。
「そう……ですか。……あの、刑事さん。関係の無いことかもしれないのですが、夫が……亡くなる前日の夜に上着のポケットからこれが落ちてきたんですけど……」
本当は捨てようと思っていたがあの日は“色々”と忙しく、エプロンのポケットに入れたまますっかり忘れてしまい、今に至るという訳だった。
刑事はそれを手に取ると瞬時に目付きを鋭利なものへと変えた。どんなものでも見逃さないといった刑事特有の鋭い眼光だ。
「……これは!」
程なくして刑事は顔を上げた。
どうやら正体が分かったようだ。
刑事の様子を見て男の妻が間髪を入れずに尋ねる。
「刑事さん! それは一体なんなのでしょうか?」
「……超小型サイズのGPS発信機です。見たところ我々が捜査で使用するものと同型のタイプのものですね」
「GPS発信機? ど、どうして夫の上着のポケットにそんなものが……?」
男の妻も大きく動揺していたが、それ以上に内心では刑事の方が狼狽していた。
――こりゃあ間違いなく警察機関でしか使われていないタイプのGPS発信機だ。備品管理番号を見る限り……“桜田門”の……それもキャリア組の物だな……。どういうこった?
刑事は長年の現場勤務によって培われた勘と様々な情報、証拠を組み合わせて思考を巡らす。
怪しい女は害者を追いかけていた。こりゃあ複数の目撃者が証言している。
仏さんは何者かにGPS発信機を仕込まれていた。これもある範囲の特定は出来た。“桜田門”のキャリア組に、だ。
さてめんどくせぇのが、その“桜田門”のキャリア組のやつがなんで仏さんにGPS発信機を付ける必要があったかを調べることだな。うちも一枚岩じゃねぇから、“桜田門”のお偉いさんがやってることなんて、所轄に知らされる訳ねぇしなぁ。
第一仏さんの身辺は洗ったが、目ぇ付けられるようなことはなにもなかったからなぁ。
取り敢えずGPS発信機の使用者の照会を掛けとくか。
……まぁ、このGPS発信機が怪しい女に繋がったら恐らくは……そいつが……。
「すみませんが私には分かりかねます。……ただ、何かの手がかりになるかもしれないのでこちらで一旦預からせていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ」
「それでは本日はご多忙のところ御呼び立てして申し訳ありませんでした。何か進展がありましたらまたご連絡させていただきます」
「……は、はい」
男の妻は刑事の様子を見てひとつだけ理解できたことがあった。
それは写真の女が限りなく犯人に近い被疑者であることだった。
最愛の夫を失い、精神状態が不安定な妻にはそれだけで十分だった。
火の無いところに煙は立たぬ。怪しいからこそ疑われるのだ。
疑わしきは罰せず。違う! 疑われた時点で罪なのだ。
あなた、分かりましたよ。私が必ずあなたの無念を晴らします。
「……あの女は誰だ? 許さない……ぜったいに……絶対に……ゼッタイニ……………………コロシテヤル」
――END――
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