第2章「山岳地帯の道場」 第4話:風は背中を押して
魔族の襲撃から一夜が明け、風刃道場は静けさを取り戻していた。
崩れた屋根は応急処置が施され、焦げ跡の残る庭には朝の光が射し込んでいる。アキラはまだうずくまったまま、昨夜の戦いの余韻を思い返していた。
「あんな風に……動けたのは、初めてだった」
風斬の鍵が宿った聖剣は、今も淡く呼吸するように光を放っていた。だがその輝きは、ただの力ではない。仲間との“絆”が導いた、共鳴の証だった。
「アキラ、調子はどう?」
ミナが小さな薬草入りのスープを持ってやって来る。アキラは苦笑しながら受け取った。
「うん、もう平気。ありがとう。ミナの結界がなかったら、今ごろ俺、ザヴァルにやられてたよ」
「……私だって、怖かった。でも、あなたが先に動いてくれたから……私も、信じて魔法を撃てたの」
言葉に詰まりながらも、まっすぐな視線だった。アキラは小さく頷いた。
「……信じてくれて、ありがとう」
そのとき、庭の一角から木刀の音が聞こえた。リオが、いつものように黙々と素振りをしていた。だが、その動きにはこれまでにない鋭さが宿っている。
「アイツも、変わったな……」
「ええ。きっと、あの夜を超えて、何かが変わったんだと思う」
その後、三人は道場の修復を手伝いながら、最後の修行を続けた。
ジンザは以前よりも口数を減らし、弟子たちの動きを見守る時間が増えた。アキラの風舞剣はすでに初歩を脱し、彼なりの型が芽生え始めていた。
ある夕暮れ、ジンザはアキラを一人、道場の裏手の崖へと呼び出した。
「風間アキラ。お前に、最後の言葉を贈ろう」
夕陽を背にした老剣士の姿は、どこか儚げだった。
「剣は、力ではなく意志だ。意志なき刃は、いずれ人を傷つける。だが——信じるもののために振るわれた剣は、決して折れぬ」
ジンザは腰の木刀を抜き、アキラに差し出した。
「これは、かつて我が師から授けられた試練の剣。風舞剣を継ぐ者の証として、今、お前に預けよう」
アキラは震える手でそれを受け取った。
「……ありがとうございます。必ず、この剣に恥じぬように」
ジンザは一度だけ微笑み、アキラの肩を軽く叩いた。
「そして——忘れるな。お前はもう、一人ではない」
◇
数日後、風刃道場を発つ日。
荷をまとめ、道場の門をくぐろうとする三人を、ジンザは見送るために立っていた。
「風間アキラ、リオ、ミナ。お前たちは試練を乗り越え、鍵を得た。その勇気と絆に、心から敬意を表す」
アキラたちは一礼し、山道へと足を踏み出す。
その背中に、風が吹いた。
——それはまるで、道場そのものが、彼らの旅立ちを祝福しているかのようだった。