第2章「山岳地帯の道場」 第2話:風刃道場と老剣士の掟
山頂に建つ風刃道場は、自然と一体化したような静寂に包まれていた。
風は鳴き、空は澄み、雲が流れる。木造の建物の柱には、何百年も刻まれた風雨の痕跡があり、そこにただ立っているだけで背筋が伸びるような威圧感を醸していた。
「……ここが、風斬の鍵がある場所……」
アキラがつぶやく。
その目の前に立っていたのは、ひとりの老人。白髪を背に束ね、深緑の道着に身を包み、腰には一振りの木刀——だがその立ち姿は、剣士として一切の隙がなかった。
「名を聞こう。貴様ら、何者か」
低く響く声。老剣士は、微動だにせず三人を睨み据える。
「俺は風間アキラ。聖剣ソウルバーストの使い手……らしい」
アキラが言い終わらぬうちに、風がうなった。
次の瞬間、老人は消えた。
「——っ!」
リオが即座に反応し、前に出て拳を振るうが、老人の木刀はその拳に触れずして気流を切り裂いた。見えぬ斬撃が、空間ごと押し返す。
「な……!」
アキラの背筋に冷たい汗が流れた。剣を抜く間もなく、気圧の変化だけで身体が硬直する。
「お前の覚悟、技、心……見極めねば通すわけにはいかん」
老剣士——その名はジンザ。
かつて聖剣に仕えた英雄の一人であり、今なお「風の守人」としてこの地に残る者だった。
「試練を受ける覚悟があるならば、道場に入るがよい。さもなくば、ここで引き返せ」
リオが唸るように言った。
「なんて老人だ……だが、悪くねぇ」
ミナも静かに頷く。
「ここが、私たちの次の学びの場だとしたら、逃げる理由はありません」
アキラも剣を握りしめた。
「やるしかないんだろ? だったら、やってやるさ」
◇
道場の修行は、予想を遥かに超えて過酷だった。
朝は日の出前に叩き起こされ、凍てつく水での洗顔と体力作り。
その後、丸太担ぎ、斜面走り、呼吸法と気流感知の瞑想、そして剣技の鍛錬。風舞剣の構えは無数にあり、ジンザは一つひとつに対して実戦で叩き込むように教えた。
「剣とは、風だ。受け流し、切り裂き、残響を残す」
アキラは何度も倒れ、剣を落とし、指を裂いた。だが、不思議と挫けなかった。
「……もっと、やれる」
夕暮れ時、ミナが回復魔法で彼の傷を癒す横で、リオはただ黙って木刀を振り続けていた。
夜、道場の裏庭で一人剣を振るアキラに、ジンザが声をかけた。
「なぜ、ここまでして剣を学ぶ?」
アキラは少しだけ考え、答えた。
「俺……今まで、自分に何も誇れるものがなかった。だけどこの世界に来て、初めて誰かのために戦ってみたいって思えたんです」
ジンザの瞳が細められる。
「ならば、見せよ。その“誰か”を守る剣を」
翌日。
ジンザは風斬の鍵を納めた試練の間へと、三人を導いた。
「鍵は、己の風と心が一致せぬ者には応えぬ」
その空間は、巨大な洞窟のような石室。天井は開かれ、強風が渦巻いていた。
中心には浮遊する剣型の鍵。そこへ向かって歩を進めるアキラ。
だが、その瞬間。
風が逆巻き、幻影が現れる。
それはアキラ自身——己の弱さ、不安、過去の後悔が形となって襲いかかってきた。
「……また、逃げるのか?」
幻影が囁く。過去のいじめ、家族とのわだかまり、挫折——それらが波となって心を揺さぶる。
「俺は……もう、逃げない!」
アキラは風舞剣を構え、幻影に突き進んだ。剣が風を纏い、幻影を一閃に切り裂く——
瞬間、渦巻く風が収まり、鍵が静かに降りてきた。
「これが……風斬の鍵……」
手に取った瞬間、ソウルバーストが共鳴した。
ジンザは静かにうなずいた。
「その剣に相応しき者よ。次なる試練の地へ行くがよい」
風が、祝福するように彼の背を押した。