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スローダウン

「一曲…歌えだと!どうして、俺が!」


強引な美佳のやり方にムカついたけど…


やる曲がジョリーと聞いて、少し悩んでしまった。


あの曲は、片桐も好きだからだ。


「だからと言って〜ライブに呼べるかよ」


俺は、頭をかいた。


もう半分以上…参加する気になっている自分に、俺は気付いた。


「今回は…断りにくいな…」


心のどこかで、美佳に後ろめたい気持ちがあった。


一度でも同じステージ立てば、少しは気持ちも晴れるだろう。


「仕方ないか」


俺が、歌うことを心の中で承諾しかけた時、 後ろから声がした。


「太一!」


「うん?」


俺が振り返ると、後ろに息を切らした総司が立っていた。


「総司…どうして、ここに!?」


俺は少し驚いてしまった。


総司の家は、この辺りでない。


駅でいうと、学校を挟んで、同じくらい反対方向に向かわないといけない。


「た…」


総司は拳を握りしめると、


「太一!」


俺に向かって突進してきた。


「どうして、お前は!」


握りしめた拳を、俺の顔面に叩き込もうとしたけど、 俺は簡単に避けた。


残念ながら、総司に運動神経はない。


勢い余って、こけそうになった総司に、俺は手を伸ばした。


腕を掴んだ俺を睨むと、総司は俺の手を振り払った。


「触るな!」


よろけながらも、総司は俺を睨み付け、


「どうしてなんだよ!」


叫んだ。


俺はさっぱり…意味がわからずに、また頭をかいた。


「それは、こっちの台詞だ。どうして、殴りかかられなくちゃならないんだ。理由を言えよ」


何の理由もなく、こういうことをするやつとは思っていない。


「総司。何が……!?」


総司に近づこうとした俺は、足を止めた。


相変わらず睨んでいるけど…それだけではなかったのだ。


その睨む目に、涙が滲んでいた。


「総司…」


俺には、その涙の理由がわからなかった。


でも、俺に否があるなら…謝った方がいい。


「…ご、ごめん…。昼休み、お前らから逃げて」


理由としたら、それしか思い浮かばなかった。


「だってさ…仕方ないだろ」


俺は、総司から目をそらした。


「どうして…どうして!」


総司は瞳に涙を溜め、


「あんな闇を背負った女がいいだよ!」


また殴りかかってきた。


そんなことをする総司に驚きながらも、俺は簡単に避けた。


「闇?」


俺は眉を寄せた。


「あんな女!」


俺は、理解した。誰のことかを。


「総司!」


「太一!」


俺は、総司を睨み、


「それでも、俺は!好きになったんだよ」


今度はバランスを崩すことなく、総司は振り向きざま、腕を突きだした。


「自分の闇も拭えないのに!他人の闇まで、背負えるか!」


鬼のような形相で襲いかかる総司を見ていると、俺は次第に切なくなってきた。


「総司…」


俺は避けることをやめ、総司の拳を手で受け止めた。


「昔の女のことを、引きずってる癖に!」


それでも、拳を押し込んで来る総司。


「…」


俺は、総司を見つめた。


総司の口から出た…本音は、正しかったんだろう。


だけど。


俺は、総司の拳を握りしめ、総司に顔を近づけた。


「総司!今の俺を見ろ!」


俺の言葉に、総司は顔を上げた。


目が合う二人。


俺は総司の目を見つめ、


「俺の中にあった…もう闇はないよ」


「あ…」


総司も気付いたみたいだ。


俺は、言葉を続けた。


「俺の闇を払ってくれたのは、片桐だ!今度は、俺が…片桐の闇を払ってやりたい」


大きく見開いた総司の目から、溜まっていた涙が一気に流れた。


「わかってくれ」


俺は頼むように、総司に頭を下げた。


「…」


総司は俯くと、しばらく無言になった。


だけど、丸まった背中が小刻みに震えていることに…俺は気づいていた。


「総司…」


「…だとしても!」


総司は、俺の手から強引に拳を抜くと、ふらつきながら、後ろ足で俺から離れ、


「許せない!」


先程より強く俺を睨んだ。


「総司…」


「あんな女のせいで…」


総司は、唇を噛み締め、


「太一のせいで!」


拳を握り締め、


「美佳が傷つくことは許せない!」


絶叫した。


そして、今度は…殴りかかることなく、総司は俺に背を向けて、走り出した。


「総司!」


もう俺の方を、振り返ることはなかった。


なぜならば、握り締めた拳は…俺だけでなく、自分に対してもだったからだ。


誰を殴っても、どうしょうもない拳を握り締めながら、総司はその場から走り去った。





「な、なんなんだよ」


総司が見えなくなるまで、見送った俺は…深く考えるのをやめた。


そこから導く真実を、頭に残すことが嫌だったからだ。


できるだけ…考えないように。


ずるいかもしれないけど、それがいい。


頭を混乱させようと、激しく頭をかいた俺は、再び家路へと向かった。


歩く俺の頭の中で、ジョリーが鳴り響いていた。


こんな時は、片桐に会って抱き締めたら、一発で元気になるのに…。


だけど、恋人でもない片桐に会いにいくのは、迷惑だ。


携帯も持っていないから…声も聞けない。


「我慢するか…」


とぼとぼと…俺の歩く速度が遅くなっていった。


自分でも気付かずに。



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