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ときめく夢

「…で、どうして、ここにいる」


昼休み。


いつの如く、選曲に忙しい純一の横で、俺はアル・クーパーのCDを指で挟んで、回していた。


「冷たいなあ〜。一応、幽霊でも、部員だぜ」


俺の言葉に、純一は鼻を鳴らした。


「そういうことは、部員らしいことをしてからに言ってほしいな


「だから…」


俺はCDを、純一の前に差し出した。


「これ、かけてよ」


純一は、アル・クーパーのCDを見て、ため息をつき、


「好きだな」


俺から、CDを受け取った。


「だから言っただろ?この曲を歌うんだと、その為に憶えなくちゃならないだよ」


「それは…わかったが」


純一はCDをセットしながら、


「家で聴けよな」


文句を言った。


「仕方ないだろ。持ってないんだから」


俺は腕を首の後ろに回すと、パイプイスにもたれた。


「買えよな」


純一はジョリーをかけながら、もう次の曲を選曲していた。


「まあ〜そうなんだけど」


俺は、空になったCDケースを見ながら、


「近くのCDショップには、なかったんだよなあ〜。多分、もっと大きな店にいかないと、売ってないんだろうな」


俺は、ため息をついた。



校内に、ジョリーが流れた。


天使の羽が落ちてくるような滑らかなイントロが、すべての人達を包む。


その優しさに気付くか…気付かないのは、その人による。


どんなにそばに、優しさがあっても、 人は気付かないことが多い。



「この曲は…」


昼食を終えて、渡り廊下へと向かっていた片桐は、廊下の途中で足を止めた。


自然と微笑むと、


「また…あいつか」


また歩き出した。


歌詞は…悲しい曲のはずが、何だか心が弾んだ。


だけど、バックの美しいメロディが、心地よかった。


今、この学校で…この曲をいいと思ってるのは、 多分…あいつの自分だけ。


それが、嬉しかった。


笑顔を浮かべながら、廊下を歩いていると、前から誰かが来た。


その子は、自分に気付くと、少し足を止めたが、すぐに歩きだした。


そして、すれ違った後、凍りついたように足を止めた。


「え?」


すれ違った生徒は、振り返り…片桐の背中を見送った。


「どうして?」


片桐とすれ違ったのは、美佳だった。


思わず、最初に足を止めてしまったのは、片桐が笑顔だったから。


無愛想ではないけど、いつもクールなイメージがある片桐が、楽しそうだったから。


そして、すれ違ってから…もう一度足を止めたのは、片桐が鼻唄を口ずさんでいたから。


メロディだけだったけど、それは今かかっている…ジョリーだった。


美佳が片桐の背中を見送っている途中で、ジョリーは終わった。


「知ってるの?」


ジョリーは太一の好きな曲。


だから、太一とライブでやることを決めた。


美佳は嫌な胸騒ぎを感じながらも、ぎゅっと胸を抱き締めると、自分の予感を否定した。


ほぼ毎日かかっているのだから、好きになる人もいるだろう。


「そうよ…そうだ…」


美佳は、目で片桐の後ろ姿を追うのをやめた。


「絶対!」


自分に言い聞かせるように力強く言うと、美佳は歩きだした。


「単なる偶然」


心の底では、そう思っていない。


だけど、認めたくなかった。


だから、美佳は唇を噛み締めた。


(悔しい…)


心の中で、無意識に呟いた。


ジョリーって曲は、特別な曲だった。


太一と自分を繋ぐ。


あの晩…太一が感動したと、自分に語った曲こそ…ジョリー。


放送部の純一から、太一がよくかけていると聞いていたから、間違いない。


美佳は、ジョリーを叩く為に、ドラマーになったのだ。


自分の大切な絆を汚されたように、美佳は感じていた。






渡り廊下に来た片桐は、大きく息を吸った。


吹き抜ける風が、気持ちいい。


いつもの定位置にもたれると、ぼおっとグラウンドを見た。


楽しそうにはしゃぐ生徒達の様子を眺めているだけで、片桐は満足だった。


まだ学生として、過ごせる時間。


この時間が終わったら、社会に出て…1人で生きていかなければならない。


本当は働きながら、夜間高校に通うつもりだったけど、 両親が普通の高校に入学させた。


あまりにも、娘を不憫だと思ったのだろう。


大学も行かしたいようだけど、片桐にその気がなかった。


まあ…勉強しかすることがないから、成績は上がっているのだけど。


「はあ〜」


片桐の口から、少し本音のため息が出た時、 俺は渡り廊下に来た。


「何?心配事?」


少しだけ距離を開けて、渡り廊下の手摺にもたれた俺に驚きながらも顔を向け、片桐は微笑んだ。


「大丈夫…ありがとう」


「…」


すぐに、顔をグラウンドに向ける片桐。


大丈夫と言っても、どこか悲しみが漂っている片桐の横顔を見つめ、俺はしばし無言になった。


吹き抜ける風を、何度か見送った後、俺は空を見上げた。


雲ひとつない…晴天だ。


「また…かけてたね」


「え?」


突然、話かけられて、俺は少し驚いた。


「あの曲」


「ああ」


俺は片桐に視線を向けると、こちらを見てクスッと笑う彼女がいた。


「気付いてた?」


俺はちょっと恥ずかしくなって、片桐の視線から逃げた。


「まあね。こう何度もかけられたら」


片桐は悪戯ぽく、手摺に頬杖をつくと、赤くなっている俺を見た。


「す、好きなんだろ?」


ちょっとしどろもどろになる俺がおかしいのか…片桐は笑い、


「そう…好きよ」


片桐は少し、真剣な口調で言った。


好きという言葉に反応して、俺は片桐に視線を戻した。


真っ直ぐな瞳が、俺を見ていた。


俺は息を飲み込むと、 吸い込まれそうな瞳から目をそらした。


(やばい)


俺の心臓が激しく、動いていた。


俺は胸を抑え、


(キスしたくなった)


片桐から少しだけ離れた。


(学校なのに…)


止まらなくなりそうだ。


思い切り…抱き締めたくなった。



俺は何とか、この動揺を悟られないように、話を続けた。


「ど、どうして…好きなんだ?」


「どうして!?」


片桐は俺の質問に、頬杖をやめると身を起こし、驚いた顔をした。


そんなことをきかれると思ってなかったのだろう。


だけど、すぐに片桐は返事をした。


「理由はないわ」


「え!」


思いがけない答えに、俺は片桐を見た。


片桐はまたクスッと笑うと、 俺に近づき…至近距離から見上げた。


「理由なんていらないでしょ?好きになるのに」


俺は後ろに身を反らしながら、片桐の目を見つめていた。


綺麗な色だ。


淡い色。


俺は、身を起こした。


学校じゃなかったら、絶対抱き締めていた。


すると、片桐は一歩下がり、


「とにかく…好きなの。どこで聴いたかも忘れたけど…あの曲が、好き」


初めて聴いたきっかけを思いだそうと、首を傾げる片桐に、


「もう…いいよ」


俺は笑いかけた。


そして、いつのまにか…優しい表情になり、片桐を見つめ、


「理由なんて、必要なかった。今、好きなんだから」


俺は、自分に言い聞かせていた。


過去はどうでもいいと。


だから、未来の話をしょう。


「片桐…」


「はい」


妙に真剣な俺の様子に、片桐は姿勢を正した。


「俺…今度、この曲をライブで歌うんだ。だから…見に来てほしい」


「ライブ?」


びっくりする片桐に、静かに頷くと、


「一曲だけだけど…人前で歌う。でも、その歌は…片桐1人だけに向けて、歌うから」


と言ってから、俺ははっとした。


(なんか…重かったか。それともキザか…。お前の為だけなんて…)


俺は心の中で、頭を抱え、


(ひ、引かれてないか)


勇気を振り絞って、片桐を見ると、彼女はまた手摺にもたれていた。


そして、遠く見ながら…呟くように言った。


「あの曲は…悲しい曲よ」


俺は、息が詰まりそうになった。


そんな悲しい曲を、あたしの為に歌うのですか。


彼女の横顔が、そう言っていた。


だから、俺は叫んだ。


「例え、悲しい曲だとしても!俺が幸せにしてみせる!」


俺は、英語の歌詞なんて理解していない。


その曲が、どういう背景で作られたかも、詳しくは知らない。


だけど、この曲の美しさと優しさを感じている。


「例え…悲しい曲でも!俺は幸せにしてみせる」


何か…おかしな口調になったけど、言いたいことはそうだ。


驚いた片桐が、目を丸くして、俺を見ていた。


そして、しばらくしてからふきだした。


「何か…曲にプロポーズしてるみたいね」


「え」


「アハハハ」


お腹を抱えて、笑う彼女。


「な、何だよ」


俺はあまりに笑うものだから、顔を真っ赤にした。


恥ずかしさに思わず、逃げ出したくなったけど…足が動かなかったのは、 笑う片桐の様子に見とれていたからだ。


お腹を抱えて笑う片桐は、どう見ても…普通の高校生…いや、綺麗な高校生だ。


(こんな…片桐を初めて見た)


俺は、自然な姿の片桐を初めて見れたような気がした。


このままずっと…見ていたかったけど、 昼休みが終わるチャイムが鳴り響いた。


片桐は何とか笑いを止めると、笑い過ぎて出た涙を指で拭った。


そして、歩きだすと、


「楽しみにしてるわ」


すれ違いざま、耳元で囁くように言った。


「う、うん…」


俺は、子供のように頷いた。


片桐の余韻に包まれて、俺は教室に戻るのが、少し遅れてしまった。





「おい!」


最後の授業の終わりとともに、俺は席を立ち、


美佳の横に立った。


「練習するんだろ?」


「え」


俺の言葉に、教科書を片付けていた美佳の動きが止まった。


驚いて見上げた美佳の目に、俺の後ろを通り過ぎる片桐の姿が映った。


俺よりも、片桐の動きを目で追った美佳は、片桐が教室を出るのを確認すると、


「いっしょに帰らないんだ…」


呟くように言った。


「何言ってんだよ!ライブまで、そんなに時間がないんだろ。早く練習するぞ」


「お、おう」


突然やる気を出した俺に戸惑いながら、美佳は慌てて席を立った。



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