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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第二章 暇だったゴールデンウィーク
14/79

14.GW初日──お嬢の訪問(1)

 『バイトの詳細は後日送る』という傍武(はたけ)の言葉を信じて待つこと数日、案の定一向に連絡は無いまま迎えたゴールデンウィーク初日。


 いつシフトが入るか分からない以上他に予定を入れることも出来ずに朝から待機していた咲希(さき)は、長袖長ズボンのジャージという部屋着のまま自宅の玄関で固まっていた。


「おはようございます、河館(かわだて)さん」


 明るい声でそう言って会釈をする夏愛(なつめ)に二回ほど瞬きをしてから恐る恐る言葉を返す。


「おはようございます。⋯⋯じゃなくて、どうして神原(みはら)さんがここに⋯⋯?」


 現在の時刻は午前十時。朝と昼の間の微妙な時間に夏愛が訪ねてくる理由が分からず無意識に頬が引きつる。


「あれ、私ちゃんと連絡したと思うんですけど⋯⋯」


 そう言われてみて初めて記憶の隅っこで何かが引っかかった。そういえば三日ほど前に夏愛から『この前河館さんのお家にお邪魔させていただいた時に忘れ物をしてしまったみたいなので、取りに行かせてもらってもいいですか?』というメッセージが届き、それを承諾したような気がする。


 はっきり言って完全に忘れていた。


「⋯⋯やっぱり都合、悪かったでしょうか⋯⋯?」


 眉を下げて見るからにしゅんとしてしまった夏愛に罪悪感を感じ、慌てて否定する。


「いや、そんなことは無いですよ!?⋯⋯少し待っててください、すぐに取ってくるので」


 連絡があった直後に部屋中を捜索してソファの下で発見した夏愛の落し物を取りに部屋に戻る。


「ん⋯⋯?」


 リビングの扉を開けた時、何か重要なことを忘れているような嫌な感覚がしてキッチンの方を見た瞬間に思考が停止した。


 玄関から聞こえた「河館さん?何かが焦げたような臭いが⋯⋯」という声にハッと我に返り、慌てて証拠を隠滅しようと"それ"を流しに放り込んだ。





「お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」


 部屋着から普段着に着替えた咲希は机を挟んで反対側のソファに座る夏愛に向かって頭を下げていた。


「いえ、別に謝らなくても⋯⋯火事とかじゃなくて良かったです。ちょっとびっくりはしましたけど」


 夏愛はこう言っているが、焦げ臭さからとっさに火事を疑って消防に通報されそうになったのはかなり心臓に悪かった。


 とはいえ悪いのは咲希のため文句は言えない。


「えっと⋯⋯そ、その栞、普段から持ち歩いてるんですか?」


 あまりの気まずさに話題を変えようと、夏愛の落し物についての話を切り出した。


「そうですね、手帳に挟んで持っていることが多いと思います。⋯⋯滅多に落とすことは無いはずなんですけど⋯⋯」


 後半は若干言いにくそうに聞こえたが、見るからにしっかりしている夏愛のことだ。そんなほいほい落とされても困る、というか咲希の抱いていたイメージ通りで何となく安心する。


「なるほど。何か思い入れが?」


 そう尋ねると夏愛の白百合色の瞳がほんの少しだけ揺れ、数秒ほど間を開けて言葉を漏らした。


「⋯⋯母に、貰ったものなんです」


 そっと胸の前で栞を抱えた夏愛はそれにこもった思い出を優しく包み慈しむような、そんな穏やかな表情をしていた。


 触れたら壊れてしまいそうなくらい繊細な硝子細工のように、どこか儚い夏愛の姿は最初に出会った時以来久々に見た気がする。


 今の夏愛にかける言葉はこれ以外に思いつかなかった。


「なら、大事にしないとですね」


「⋯⋯はい」




 

「ところで、河館さんはお料理苦手なんですか?」


 その問いかけに咲希の目が泳ぐ。折角話を逸らすのに成功したのに結局戻ってきてしまった。


「いや、普通の料理ならそれなりに出来はするんですけど、その⋯⋯お菓子作りだけがどうも苦手で⋯⋯」


 別に自慢することでも無いが咲希はたまに自炊をしているため料理はある程度できる。もちろんそんな手の込んだものは作れないのだが、それでも充分生活できるくらいの腕はあると自負している。


 しかし何故かお菓子作りだけが苦手なのだ。上手く膨らまなかったり固くなりすぎたり生焼けだったり黒焦げだったり⋯⋯。レシピ通りにやっているはずなのにどれだけやっても上手くいかない。


 今日は暇つぶしも兼ねて久々にチャレンジしてみたのだが結果は言うまでもない。生成された炭は今流しのビニール袋に封印されている。


「⋯⋯なるほど」


 そう言って何かを考え始めた夏愛に、てっきり呆れられるものだとばかり思っていた咲希は彼女が何をしようとしているのか分からず困惑する。


 しばらくして顔を上げた夏愛は、疑問符を浮かべる咲希にとある提案をするのだった。

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