12.一人だと心配です
「雨、止んでくれて良かったですね」
夏愛を見送るために玄関先まで出てきた咲希は、一足先に外に出ていた彼女にそう声をかけた。
こちらを向いて待っていた夏愛は少し間を空けて返答する。
「そうですね。⋯⋯やっぱり雨は嫌いです」
それ自体はありふれた、なんて事ない言葉だったのだが、雨が嫌いと言った夏愛の表情がやけに暗く見えてしまい思わず言葉に詰まる。
「嫌い、ですか⋯⋯?」
「⋯⋯あまりいい思い出が無いので」
夏愛はそう言って苦笑を浮かべていた。
「河館さん、今日はありがとうございました。お茶会も楽しかったです。ご馳走様でした」
意図的に話を逸らされた気がするが、夏愛が話したくないことをわざわざ掘り返すほど人間性は捨てていない。ここは合わせるのが正解だろう。
「僕の方こそありがとうございました。いろいろ連れ回してしまって申し訳ない⋯⋯」
そう言って頭を下げる。本来礼を言うべきなのはこちらなのだ。
「また機会があればよろしくお願いしますね」
「も、もちろん⋯⋯?」
夏愛からの思わぬ提案に二つ返事で了承してしまったがよくよく考えてみればこれはそれなりに大きな意味を持つ言葉のはずで、自分なんかに言っていいものではないのではと思ってしまった。
必要以上に関係を持ちたくないのはやまやまなのだがこれを断るのも夏愛に悪い。今日より少し離れた距離感で接するようにしよう、と咲希は決意した。
「⋯⋯あ、そうだ河館さん」
「はい?」
何かを思い出したらしい夏愛がこちらに近づいてくる。
「スマホ、出してください」
「え、何で⋯⋯」
「いいから早く」
「わ、分かりました⋯⋯」
突然の夏愛の圧に抵抗することも出来ず、ポケットから取り出したスマホを手渡す。
夏愛は「なんでロック掛けてないんですか⋯⋯」と呟きながら、バッグから自分のスマホを取り出していた。
「これをこうして⋯⋯⋯⋯、できました」
「あの、何を⋯⋯?」
夏愛は自分のスマホと咲希のスマホで何かをやったらしく、戻ってきたそれを見て思わず目を見張る。
「何かあったら連絡してください。お昼と夜なら大体すぐに返信できると思うので」
チャットアプリに追加されていたのは見慣れないアイコン──夏愛の連絡先だった。
「いや、どうしてこんな⋯⋯」
何故夏愛の方からこんなことをしてくれたのか分からず咲希は困惑するしか無いのだが、対する夏愛は明るい顔をしていた。
「河館さん、一人だと何だか心配です。腕のこともありますし、困ったことがあったら頼ってほしいです」
そう言ってふんわりと笑うのだから、咲希はあまりの衝撃に目を泳がせながら「分かりました⋯⋯」と返すのが限界だった。
「それでは失礼します」
「⋯⋯あの、神原さん」
今度こそ帰ろうとしていた夏愛は咲希の言葉に首を傾げる。
何となく、思ったことを口に出した。
「どこかで会ったことありましたっけ⋯⋯?」
その問いかけに夏愛は一瞬考えるような素振りを見せた後、口許に弧を描いた。
「どうでしょうね?⋯⋯世界は広いですから」
人差し指を唇に当てて悪戯っぽく笑う少女を直視できず、咲希は思わず目を逸らした。




