4-1a. 悪夢の夜
ようやく、一通りの指示を終え、ゼルダが帰り支度をしていた時だった。
ヴァン・ガーディナに退庁の許可を取りに行った者が、ノックをしても返事がないと、困惑してゼルダの方を頼ってきた。
時間が時間なので、宿直を指示された者以外は帰っていいと許可して、ゼルダは急ぎ、兄皇子の執務室に向かった。
確かに、ノックをしても返事がない。
失礼しますと声だけかけて、許可のないまま、ゼルダは兄皇子の執務室に足を踏み入れた。他の者がやったら大事ながら、この辺り、ゼルダだけは許されている。叱られはしても、その程度だった。
部屋にヴァン・ガーディナの姿はなく、窓と続き部屋の寝室への扉が開いていて、風に揺れていた。
言い知れない、不吉な予感がゼルダの胸を掠めた。
兄皇子もさすがに、魔力を使い尽くしたはずだ。今この時に、もしも、侵入者があったなら――
まさかとその考えを打ち消しながら、寝室に足を踏み入れてみると、とりあえず無事な兄皇子の姿があって、ゼルダはほっとした。
眠るつもりはなかったのだろう。ヴァン・ガーディナは寝台に倒れ込み、カーディガンのまま、毛布も掛けていなかった。
ぐったりして、ほとんど昏睡しているようだった。無理をし過ぎたのだ。
「兄上、帰邸しましょう?」
ぐっと、眠ったままのヴァン・ガーディナの手が、ゼルダの腕をつかんだ。
苦しいのか、ひどく強く。
兄皇子がただ疲れているだけなら、このまま寝かせておけばよかった。ゼルダやヴァン・ガーディナが領主館に泊まっても、差し障りはない。
けれど、ただならぬ兄皇子の様子に、ゼルダは放っておけず、ヴァン・ガーディナを悪夢から揺り起こそうとした。
「兄上」
冥門を開きながら死を免れた死霊術師はいないし、だから、前例はないものの、同じ死霊術の奥義とされる死呪文を放った死霊術師が見る悪夢は、ただの悪夢ではないから。
クレールで、魔術王を討ち取った夜に見た夢なんて、ゼルダは思い出したくもなかった。死呪文を放った死霊術師が見る夢を、『冥夜の悪夢』と呼ぶ。
冥王の忠実な下僕である夜の夢魔が、冥界に魅入られた死霊術師の魂を喰らうために見せる悪夢とも伝えられている。
いずれにせよ、兄皇子の眠りは決して、安らかなものではないようだったから。





