第32話 月光の下【死の秒読み】
「ガーディナ、お茶」
クローヴィンスが言った。
「ゼルダ、お茶」
ヴァン・ガーディナが言った。
マリが、最終的にぼく!? と身構えるも、クローヴィンスが突っ伏した。
「ガーディナ、アホか! ゼルダを使うな! 俺はな、ちょっと席外せって言ったんだ」
不服そうに眉を顰めて、仕方なく、ヴァン・ガーディナが立ち上がった。
「あまり、いい気分じゃないな」
「ま、そうだろうな。我慢しろ。帰る前に、おまえを皇太子に仕立てるなら、ゼルダに話があってな。気になるなら立ち聞きしてろ、その代わり、終わるまで入ってくるなよ」
立ち聞きしてろ、には少し驚いた顔をして、その次には、ヴァン・ガーディナも表情を緩めた。
「ん」
「さてと、ゼルダ、おまえに教えておきたい事がある。アルディナンの兄上が死んだ時だ、ガーディナがな、『死の秒読み』に入った」
驚愕するゼルダに、クローヴィンスが頷いて、珍しく真面目な顔をして話を続けた。
「その意味は多分、俺よりおまえの方が知ってんだろう。当時はちょっとした騒ぎになったんだぜ? ガーディナのやつ、『死の秒読み』に入った状態で塔の最上階まで登りやがって、飛び降りそうだってんで、誰が助けに行くんだってな」
それは、騒ぎにもなるだろう。『死の秒読み』に入っているなら、いつ飛び降りてもおかしくない。
「父上が行った。狂気に陥ったガーディナに、死呪文を放たれる恐れもあったのに、迷わず助けに行かれて、無事に、連れ戻された」
ゼルダは目を見張り、複雑な心境になって、ガーネットの瞳を翳らせた。
『死の秒読み』に入ったのがゼルダでも、父皇帝は命まで懸けてくれただろうか――
到底、そこまで愛されているとは思えない。それなのに、あの冷酷な父皇帝が、兄皇子のことはそこまで愛しているのだ。
「その父上の話なんだが、ガーディナはどうもな、記憶に封印をかけてるらしい。アーシャ様のことも、兄上のことも、死んだ後、忘れてておかしかった事、あったろ」
「え……」
イルメスの話を聞いた時にも違和感は覚えたけれど、ヴァン・ガーディナは、ゼルダの前でだけ、忘れたフリをしていたのじゃないのだ。
「ゼルダ、なんつーかな。ガーディナの記憶を刺激すると、また、『死の秒読み』に入る恐れがあるらしい。俺はよく知らねぇが、あれって本人だけじゃなくて、傍にいる奴にもとばっちりがいくんだろう? おまえの命に関わるからな。まぁ、あんまガーディナの心に踏み込んでやるんじゃねぇ。ガーディナが忘れたっつったら、忘れたで納得しとけ。なんだっけな、『冥門』? ガーディナは開けるんだぜ、遠隔地に。自分がそこにいるっつー自己暗示を織り込んでかけるそうだ」
「そんな馬鹿な、いくら自己暗示に長けたって、失敗すれば兄上の命がない! 『冥門』は本来、己を中心に開くんです!」
「だから、ガーディナが本気で、失敗なんてお構いなしだから、『冥門』が開くんだろう?」
死霊術師として、ゼルダに言えることはなかった。クローヴィンスの指摘通りで、間違いない。
「ガーディナが皇帝になるなら、おまえ、側近として長い付き合いになるだろう。知っておいた方がいいと思ってな。ガーディナは優秀だが心が欠けてる、氷細工みてーで非常にやっかいだ。下手に触れば砕ける、ほっといても駄目だ、明るい陽だまりに数刻もあれば消えちまう。ゼルダ、支えてやれよ?」





