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2話『メカクレの先には』

 放課後、部活動に沸き立つ校舎を背に俺は下校する。優はバスケ部という充実野郎っぷり。

 季節は春、五月、新しいクラスでの友人の確保が終わり、そろそろ授業にも慣れてくる月。 


 高校生にとってそれなりに憂鬱な月ではないだろうか。まぁ俺は優と引き続き同じクラスだし、オタ趣味の友人の確保にも成功している。それなりに上々な滑り出しではないだろうか。


 学校生活というものはそれなりに残酷で、友人の確保に失敗すれば拷問に近い生活を送る事になる。休み時間は次の教科書を取り出して待機するだけだし、昼休みは一人で弁当を食べ、膨大な半時間を孤独に耐えるだけの時間だ。


 これじゃ数人の不登校が出てもなんら不思議は無いと思う。自分の心に嘘をつき、愛想笑いを覚え、友人との絆に依存しなければ戦い抜けない。

 俺は恵まれていた。優という本音で語り合える友人と、オタ趣味というコミュニケーションツールのおかげで友達の確保は容易だからだ。


 ふと、落ち武者の事が脳裏をよぎった。きっと寂しいのだろうなと薄っぺらく考える。だからといって友人になろうとはとても思えないし、自分で戦ってみせろと無責任に思う。誰もかれも自分の居場所の確保に必死なのだ。高校生という生き物は。


「……待って、下さい! お願いだからっ……!」


 俺も高校生活の中で息継ぎに必死なのだ。目立つ行動は避けたいし、出ない釘は打たれないのだし。

 そこまで利己的に思いつめて、自分の頭でっかちさにうんざりする。俺ってどうしてもっと素直に寂しいだの楽しいだの思えないんだろう……。


「大人しくしててよぉ! 下着を盗むだけだろ! 迷惑かけてないじゃん! 直接触るわけじゃないんだから!」


 何だこの酷すぎる理論は。俺は考え事をやめ前を見ると、ジャージ姿の男が全力疾走してきていた。


 髪の毛はボサボサの肩まで、いい感じにメタボで油ギッシュ。生理的に中々くるものがある。


「返して下さい、お願いですからっ! ど、どろぼ~~っ!」


 どろぼうという単語で理解した。典型的な下着泥棒おっかけシーンですね。


「直接触るわけじゃない! ボクが悪いわけじゃない! 迷惑なんてかけてない! 黒子ちゃんに迷惑はかけてない!」


 言い聞かせるように下着泥棒は喚きながら走ってくる。距離はあと十メートル程。殴り合いの喧嘩などした事が無い俺は瞬時に目利きを行う。

 相手はメタボ、疲労困憊中、筋肉も見た感じなさそう、何より同族の匂いがする。つまり、俺より弱そうって事だ!


 俺はヘタレ思考全開で教科書満載の学生鞄を構える。拳なんて使わない。だって痛そうだし。

 時々後ろを振り返りながら走る下着泥棒は俺に気づく様子は無い。今だ!


「やーいっ!」


 迫力もクソもない声で鞄を振りかぶる。あ、でも顔面は可愛そうだしな、という考えが脳裏によぎる。という事で俺は相手の股間めがけて鞄を振り下ろした。


「うほぉおおおおおおおぉおおおい!」


 瞬時に後悔した。顔面のほうが良かったと。近年稀に見る超クリティカルヒットで下着泥棒の股間に鞄が直撃したのだ。俺も思わず股間がヒュンッとなる。


「何でだよぉおお! 何でだよぉおおおお! ぐぅおぇあぁぃいイイゐっ!」


 下着泥棒は手にパンツを握り締めながら痛みに悶え、アスファルトに転がる。チラっと見えるそれの柄は、縞だった。その瞬間、俺の怒りは怒髪天。


「縞パンを侮辱してんじゃねぇっ!」


 下着泥棒の手首をがっしと踏みつける。だってコイツは、縞パンを力づくで自分のものにしようとした。それは縞パン愛好家として絶対に許される行為ではない。ヒラリと宙に舞う縞パンを俺はしっかり握り締める。


「黄色縞か、中々イイ趣味をしているな」


 そういえば三次元で縞パンをみるのは初めてだ。なるほど、中々いい。


「あのぅ……」


 幼稚な柄に潜む清楚な清潔感。それは処女にも似た愛しさと切なさのコントラスト。


「縞パンっていいですよね」


 とびきり爽やかな笑顔を浮かべながら俺は縞パンを握り締め、持ち主へと振り返った。


「かえして、ください……」

「げえっ! 落ち武者!」


 そこには表情こそ見えないものの、明らかに恥ずかしい雰囲気な落ち武者がいたのだった。


「ありがとう、ございました」


 公園のベンチに俺と落ち武者は並んで座っている。

 あれからしばらくして、警察が到着して下着泥棒を連れていった。きっと現場にいた男性全員の股間はヒュンッてなっていただろう。それぐらいの惨状である。

 警官からは褒め称えられ、周囲の人々からは拍手を送られた。ヒーロー気分で悦に浸っていたが、落ち武者はずっと俯いて恥ずかしそうにしているのだった。


 それはそうだ、だってよりにもよってクラスメートの異性に下着を握り締められたのだから。すぐに声を裏返しながら返却したが、ずっと落ち武者は喋らなかった。


「いや、お礼なんて言われる筋合いは無い。だってあんなにはっきりと落ち武者って言っちゃったし」


 面と向かって、結構大きな声で侮蔑の呼称で呼んでしまったのだ。いくら相手がクラスの空気的存在だとしても、人として酷い事を口走ったと思う。


「それに恥ずかしい思いもさせたしな。本当にごめん……ごめんなさい」

「あ、朝倉くんは謝るような事何もしてないですっ! 私こそまっさきに返してだなんて…… 本当にごめんなさい!」


 律儀に俺に対して謝ってくる落ち武者――いや、虹雪さんは真面目な子なのだなと俺は見直す。思っていたよりも普通の感性で、普通の会話を行えるじゃないか。

「ごめんなさいよりかは、まだありがとうのほうが嬉しいな、そっちのほうが前向きだ」

「あ、はい、ありがとうございます……」


 そうやたらと早口でいった虹雪さんは、大きく溜息をついた。

 そしてまた沈黙が流れる。


「あの、さ。すごい変な事聞くけど、あの泥棒って今回が初めてなのか? なんだか誰でも良かった、って感じじゃなさそうだったんだけど」


 我ながら立ち入った事を聞いているな、と感じる。だがこれしか話題が思いつかない。


「はい……一ヶ月前ぐらいでしょうか、週に一回ぐらいの割合でくるようになってきて……深夜に盗みに来る事もあれば、夕方、私が家から帰ると窓の外に人影を感じて……急いでベランダに出ると下着が無くなってて……」


 辛そうな口調で虹雪さんが喋る。そんな人の風上にもおけない奴がいるなんて。

「郵便受けに手紙が入っていた事もあって……手紙の中には髪の毛が入っていたりして」

「もういいよ」


 俺は耐え切れなくなって虹雪さんの言葉を遮った。なんだかこのままだと虹雪さんが泣いてしまいそうで。

 視線が合っているのかどうか分からないけど、虹雪さんの方を見る。

 最低じゃないか、俺。


 可愛そうなものを見るような目で虹雪さんを見て、心の何処かで優越感に浸っていた。自分よりも劣っている人間を見て、タチが悪い安心感を得ていたのだ。

 そして話してみると予想以上に普通の女の子で、そんな普通の女の子がストーカーまがいの被害を受けている。


 ひょっとして俺の思っている事や考えている事って、最低で最悪なもんじゃないか、と。

 捨てられた子猫がさらに鞭打たれているのを、嘲笑って見ているもんじゃないか、と。


 その事実に、自分が、自分という身勝手さが非常に小さく感じた。

 だから、上辺だけでも優しく振舞わなければ堪らなかった。


「多分もう大丈夫だから……辛かったな」


 薄っぺら過ぎる酷い台詞。彼女の事情を全て知ったかなような図々しい台詞。反吐が出る。


「え」


 そんな酷く汚い台詞を聞いて、彼女は少し放心する。

 しばらくの沈黙。


「ありがとう……ございます……」


 そういった彼女の言葉は、何故か涙に濡れていた。

 ちょっとちょっとちょっとちょっと。


「あ、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 虹雪さんは何故か泣いていた。前髪に閉ざされた瞳から明らかに涙が零れている。

 だってスカートに何かしらの液体が落ちてるんだもん! 分かった! 鼻水だろ! きっと花粉症なんだ彼女は! いや大変だねぇー! とオンナノコノナミダに耐性が全く無い俺はものすっごく焦る。

 彼女はハンカチを取り出す。そして邪魔な前髪を耳にかける。



 透き通る陶器のような綺麗な肌と、愛らしい双眸が虹雪黒子に隠されていた。



「えっ?」


 テレビでも見ないような、端正な顔立ちに、柔らかそうな唇。そして長い睫と澄んだ瞳が完璧にそこに存在していた。ちょっとまてよ、虹雪って今朝の評価ではスタイルは良かったよな? あれ? 待て、この事実から総合すると。


 虹雪黒子は超美少女って事、か?

 そして黒髪ロングだ、よく見ると彼女の髪はサラサラとシルクのようだし、なんともいえない甘い香りがする。俺の中でカチンカチンとパズルが組み合わさっていく。


 なんだ虹雪さん、お前ってやつぁ、すごい可愛いじゃないか。

 それなのにそれなのに何でどうして、その財産を無駄に秘匿してるんだ。そんなの人類の損失じゃないか、許される行為じゃない。


「も、もったいねぇええええええっ!」


 思わず叫んでいた。虹雪さんは涙を拭く手を止めて、驚愕に瞳孔を開く。


「虹雪さん! なんでそんな前髪で顔隠してんだよもったいねぇ!」


 あうあう、と小動物のような表情と、涙目で俺を見つめ返す虹雪さん。


「だ、だって自信ないし、私変な顔だからっ」


 涙目と困った表情とあろう事か上目遣いで俺の瞳を見つめる。


「だーっ! 何言ってんだよ。虹雪さんはそんなに可愛いじゃないか!」


 虹雪さんがベンチから慌てた様子で立ち上がる。前髪のカーテンを外した彼女のその姿は、完全完璧の美少女だった。おまけに頬染めのオプションまでついている。

「おかしいだろ、スタイルだっていいし! こんなん雑誌のグラビアでも見たことねーぞ!」


 俺は興奮のあまり捲くしたてる。


「おまけに縞パン……だと? そしてその涙目をやめろ! 可愛くて気が狂うっつーの!」

「か、からかってるんですか?」


 首まで真っ赤にした彼女は咄嗟に前髪のバリアを展開しようとする。その手を俺は強引に止めた。


「ひうっ」

「やめろ、そのバリアは人類の敵だ! 数少ない美少女を隠されてたまるかよっ!」


 真っ赤な顔を背けて、その愛らしい瞳は俺の真っ直ぐな視線を避けた。


「ほんとうに、からかってないんですか?」


 俺は彼女の手を強く握り、この上無く力強く彼女に告げる。


「マジで虹雪さんは可愛い。俺はこんな可愛い女の子を生まれてこのかた見たことがない!」


 勢いと、もったいない精神で俺は言い切った。だってこんな可愛い子が埋もれてるなんて人類の損失だ。


「――ッ! ぅあうぅあうっ!」


 物凄い力で俺の手を振りほどき、虹雪さんは体全体を真っ赤にして(少なくとも俺にはそう見えた)脱兎の如く駆けていった。


「ふぅっ、ふぅっ、ハァハァはぁはぁ、たまらんですばい」


 いいぞ虹雪さん、そうやって恥ずかしさのあまり逃げてしまうのも高ポイントだぜ。

 いやしかしマジで可愛かったなぁ、うちのクラスにあんな美少女がいるなんて。これは盲点だった。俺はいい仕事をしたな、縞パン委員会にも誇れる仕事をした。グッジョブ俺、俺最高!


 しかし涙目の破壊力もやばかったな、涙目ってなんであんなに可愛いんだろう。犯罪だぜ全く。

 あれでもなんで涙目だったんだっけ?


「あ、れ?」


 なんだか俺はとてつもないミスをやらかしたのかもしれないような気がする。確か俺が薄っぺらい台詞を吐いて、それで確か虹雪さんが泣き始めてたんだよな。

 それで俺は何をした? 慰めるわけでもなく可愛い可愛いって連呼したよな?


「あれー、俺ちょっと最悪過ぎないか……?」


 冷静に考えて、常識的に考えて、

 舌噛んで死ねよ俺!

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