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1話『机にうつ伏せの青春』

「この前デート中にモトカレに会ってさー」


 またか、と俺は自分の机で寝ながら呟く。


「その上カレが一円単位でワリカンしようとか言ってきてさー」


 高校生らしくていいじゃねぇか、と俺は再度呟く。

 そもそもモトカレとかいうワードそのものがもう受け付けないのであって。

 モトカレということは前に相手がいたというわけで。自分には到底縁の無い話だ。


「なぁ優、うちのクラスの現状を見る限り、大和撫子を天然記念物に登録しといたほうがいいんじゃないか?」

 

 俺はそっと自分の机に腰掛けていた友人、宇治原優(うじはら ゆう)に話しかける。


「あはは、それは名案だな」

「……これだからリアル充実野朗略してリア充は、余裕があっていいですなー」

「だからその言い方やめろって、僕と時音もそんなに変わらないじゃないか」


 ちょっと軽口を叩いても優は眉一つ動かさずに答える、くえない奴。

 そして時音と呼ばれた冴えない男子高校生、それが俺、朝倉時音(あさくら じおん)

 カタカナでかくとジオンだ。なんていうかジーク! とか叫びたくならないだろうか。

 ステータス的にはただのオタ、ちなみにギャルゲ専攻。

 俺は中途半端な進学校に進み、部活にも入らず、クラスの賑やかグループにも属しなかった。いわゆるオタク枠に腰を落ち着けて三次元女子との接点が無い高校生活を送っている。


「いや……彼女がいる時点で俺とお前の間にきっと一生分かり合えない高い壁があるんだよ」

「恥ずかしいからやめろよ、遥の事をいじるのは」

「さりげなく呼び捨てで読んでる時点でもう、ね。なんていうか、もう……ね」


 この彼女つきと交わす会話は無い。といっても数少ない俺の友人だから大切にはするのだが。

 宇治原優、色んなステータスがAクラスな男子。容姿とか成績とか性格とか。イケメンで成績が良いだけならちょっと僻むだけの存在だが、面倒見が良くて情に厚い好青年である。

 それに、俺の友達としては超異端な事に、交際している女子がいるのだ。そのせいで俺は何故か朝っぱらからコイバナらしきものをしている。


 あー、深夜アニメの話がしたい。


「お前も誰かと付き合ってみればいいじゃん。そうすれば色んな価値観が変わってくるかもよ」

「価値観を変える、とか自分本位の身勝手な考えで人と付き合うなんてそんな」

「どうしてオタって面倒くさいところで純情なんだろうな……」


 ほっとけ、こちとら幾多の純愛ADVをこなしてきたと思ってるんだ。


「優、見渡してごらん、三次元って怖いところじゃん?」


 顔を上げ、朝のホームルーム前の浮ついた教室を見渡す。

 まず最初に目につくのが、芸能人には及ばないがそれなりに可愛いラインである女子のグループ。

 文化祭、体育祭の時に異常な発言力の強いグループであり、ほとんどが男子と付き合っている。


「まぁ顔は可愛い、合格ラインだ。二次元には大きく劣るがな。それでも俺様の合格ラインは超えている。だが問題は……」


 彼女達の可愛らしい笑顔からこぼれる。


「私も三ヶ月もカレシいないんですど……こんなに長いの初めて」

「おかしいよねーちぃちゃんにカレシいないなんておかしいよねー」

「それよりカラオケいかない? オールしようよ!」


 幾多のドス黒い言霊。


「優くん、私怖いの! どうして彼女達は自分達が全力で尻軽であるとアピールしているの? どうして理想と現実ってこんなに遠いの? アタシもう二次元に早退していいの?」

「確かに男の理想像からは程遠い存在かもね」


 尻軽軍団から目を背けた俺は、次に大人しめなグループに目を向ける。


「クラスに二、三人はいるあんまり喋らない女子。そいつらが集まってグループを作る。そうやって形成されたグループは決まって腐ってる割合が高い」


 俺は集まっていた彼女らに耳を傾ける。


「やべぇよなー! ついに金さんくっついたねー! あれはもう作者狙ってると見た!」

「鼻血出るわなー! 杉野ボイスモエスなぁ」


 耳と脳が痛い。


「あいつらってなんであんなに声でかいんだろうなぁ」

「ちょっとしたアピールのつもりなんじゃないかな? 誰に対してのアピールかは知らないけど」


 そして決まって、そのグループはイマイチ可愛くない子が大半だ。どうして女子は同じ可愛さの子とグループを組むのだろうか。イマイチと可愛いの取り合わせは今まで見たことがない。イケメンとブサメンの友人関係は何度も見たことがあるのに。


「優、俺は外見で人を判断するわけじゃない。でも例えばさ、茶髪にヘソピアスにくわえタバコの人が人を外見で判断するな! って言ってもさ」


「分かるよ、確実にマイナスからのスタートになるね、やっぱり外見は内面も写し出すと思う」


 俺は驚いた表情と、僅かな羨望で優を見上げる。


「聖人君子優からの言葉とは思えないな」

「僕も若い男だからね、性格重視とかは綺麗事かなと思ってるよ」


 綺麗に整った顔で苦笑する優。そんな優の彼女である遥さんは性格も外見も美少女。

 典型的な充実人間である優と駄目人間である俺が友人をやってる理由は、俺が優の正直さに惹かれている部分が大きい。誰に対しても平等で、正直な宇治原優は俺の自慢の友人であった。


「綺麗事、そうだよ、なんの妥協も諦めも無しに女の子と付き合うなんて綺麗事だ」


 俺は再度自分の机に寝る体制に入る。

 結局、恋愛なんて妥協と諦めの結晶なんだ。と、交際経験の無い俺は結論づけた。

 きっと俺は逃げてるんだろう。ものすご~く上から目線で彼女を評価ししたのは、きっと自分と違って恋を実践している妬み。


 よーするに羨ましいのだ、認めたくないけど。自分が諦めたものを楽しそうに享受している彼女らが悔しいのだ。はぁ俺は朝っぱらから妬みだの享受だの小難しい事を考え過ぎだ。寝よう寝よう。


「それでも、誰かを好きになったり思われたりするのは素晴らしい事だよ」

 それを素面で言ってのける優に恐れおののきながら、俺は夜更かしの代償を払おうと眠ろうとした。


「あれ、今日は虹雪さんは休みかな?」


 クラス全員とのコミュニケーションを大切にする優が呟く。優は少しの欠席で他人の心配ができるお人よしであった。


「落ち武者の心配までするとはな」


 虹雪黒子(にじゆき くろこ)、通称落ち武者。尻軽軍団、大人しめグループのどちらにも属さない女子。

 先ほどの話題にも上らない程の論外系女子であり、俺は彼女が授業中以外で喋っている姿を見たことが無い。


「落ち武者って、その言い方はやめろって言ってるだろ」


 彼女に話しかける事ができるのは、この高校において優ただ一人のみ。それも挨拶程度。ここからも優の完璧人間っぷりが伺えるだろう。

 そんな絶海の孤島系女子、虹雪黒子の最大の特徴は……そこまで考えるとどふんと机に何か当たる感触が、続けざまに教室の地面に僅かな振動。


「虹雪さん、大丈夫?」


 優が話しかけた先には、落ち武者の虹雪黒子が尻餅をついていた。男の本能的にスカートを凝視するが、長~いスカートに阻まれてパンチラは覗けない。

 そう、長いのだ。スカートと。


「大丈夫げふっ!」


 前髪が。それで前が見えるのか疑問に思うほど。


「ほんとに、大丈夫です、げふっ」


 軽く咽て、虹雪黒子が立ち上がる。明らかに長すぎるスカートと長すぎる黒髪と長すぎる前髪を重力に引っ張られながら。バラエティに出てくる落ち武者のようだ。っていうかげふってなんだよ。

 黒髪は評価できる。黒髪ロングは三次元では絶滅危惧種だからな。だがそのスカートは……ごめん無理、ダサい。


 瞬時に俺の脳内会議が始まり、判決が決まる――無い、と。

 俺は再度試すように、落ち武者虹雪黒子を嘗め回すように下から見る。

 上履きは学校指定だから評価のしようがない、次は足の太さを見ようとするのだがスカートがそれを阻む。腰は細い、胸は少し大きいようだ。ふむ、スタイルはいいようだな。


 だが結局前髪に阻まれて肝心要の顔が見えない。全体的に野暮ったい雰囲気を醸し出しているし、周りと合わせる気の無い長すぎる前髪と、長すぎるスカートは明らかに減点対象だろう。


「ふぅ……残念だ。黒髪ロングさんよ」


 そうぽつりと呟いて脳内会議の判決を確認する。その呟きにびくっと虹雪黒子は体を震わせると、恥ずかしそうに自分の席に向かっていく。


「うーん、僕は結構可愛くていい女の子だと思うんだけど」

「周りの外見に合わせようとせず、前髪とスカートのカーテンを作ってるような女の子を? あーゆうのをケーワイっていうんじゃね?」

「時音、そのへんにしとけよ。さっきからお前は人の悪口しか言ってないぞ」


 優が僅かに怒った所でようやく先生が教室に入ってくる。教室の音量と温度はフェードアウトしていき、高校生の一日が始まる。

 俺だって言いたくていってるんじゃない。


 ぽいっと愚痴を教室に投げた。


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