#03 開戦
Retuose到着
荷台には岩塩と薬草が積まれていた。 この街道の何処かで取れるのだろう。
そして、この積み荷は老人がRetuoseの住人である証で、地元の軍人にも顔が利くはずだ。 そうでなければ、馬車を引いて隔離防壁内には入れてもらえないだろう。
馬車は静かな街道を進み、夜が明ける少し前に町に入った。
「よう、爺さん。 今日は早えじゃねぇか」
「ああ、おはよう。 ちょっと急用でな。 通してくれるか」
「ああ、またな」
ジーナの予想した通りだった。
馬車は検問所の前を止まりもせずに通り抜けた。 憲兵は幌の中をのぞきもしなかった。 ジーナは薄っすらと目を開けたサテラに、『Retouseに着いたわよ』と囁いた。
親切な老人は町の宿屋の入り口まで親切にジーナたちを送ってくれた。
それどころか、老人はサテラを宿の椅子まで運ぶのを手伝ってくれた。
ジーナは親切な老人に頭を深々と下げた。
そして、老人が手を振りながら去っていき、その姿が見えなくなるまでジーナは宿の前で見送った。
ジーナはそそくさと宿の帳簿に2人の名前を書き込み、2日分の宿代と別料金の食費を支払った。
サテラの意識は戻った。 だが、とても動ける状態ではないし、ジーナも休息が必要だ。 自分たちが休まなくてはいけないことは分かっていた。
ジーナはサテラを抱えて部屋に入ると、案内してくれた宿の女将にサテラのために軽い食事をと頼み、サテラを介抱してベッドに寝かせた。
ジーナに身体を拭かれながら、細い声でサテラは『すみません… お手を煩わせてしまって…』と言った。
『私こそごめんね… 無茶をさせて。 今はとにかく休んで』ジーナはそう言ってサテラの頬に触れて、彼女の目を手でふさいで目を閉じるように促した。
ノックもなくドアが開いて、宿の女将が食事をのせたサービスワゴンをガラガラと押してきた。
女将は大急ぎでお粥を作ってきてくれたのだ。 頼んでいないジーナの朝食まで一緒に運んでくれたのは、女将の気遣いだろう。
女将はサテラが裸なのに気付くと、慌てて頭を下げてドアを閉めて出て行った。
サテラは、ジーナに抱きかかえられながらお粥を半分ほど食べて、深い眠りについた。
ジーナも朝食を食べられるだけ胃の中に入れると、サテラの隣で横になった。
しばらくして、また、ノックもなくドアが開き、女将が部屋に入ってきた。
女将は水と2つ重なったコップをテーブルに置くと、ゆっくりと静かに開かれていた天戸と窓を閉め、カーテンを引いて、食器を下げながら、電気を消して出て行った。
実は、馬車の老人にしろ、この女将にしろ、彼女たちがこんなにも親切なのには訳がある。
それは、ジーナが意図せずに馬車の老人に対して、『王都に帰る途中――』と言ったからなのだ。 この国では、王都に住む者と辺境に住む者とでは、“格”が違うのだ。
たとえジーナたちが住んでいる場所が王都の一番の底辺の“下町”でも同じことだ。 女将たちに王都の何処かなど分かるはずもない。 王都は“王都”なのだ。
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この日の午後15時30分、RetuoseにもRyhtaiとの開戦を告げる知らせが届いた。
閉じられた窓と分厚いカーテンは、外の音を遮った。
親切な女将のおかげで騒々しい午後の騒動も、休息が必要なジーナたちの耳には届かなかった。