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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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59-4 やきもち(後編)

 ちょっとだけ、ベッド上の攻防前哨戦らしきものを書いているので、苦手なかたはご注意を。

 目覚ましのアプリを設定しスマホをサイドテーブルに置いたその時。

 勢いよく寝室のドアが開き和樹さんが入ってきた。


 ドアを閉めベッドに向かってくる彼は、先ほどまでのワイシャツにスラックス姿とは違い、半袖Tシャツにハーフパンツ姿。そしてタオルドライされただけのようで髪が湿っている。どうやらこの短時間でお風呂に入ったようだ。……いやいや早すぎでしょ! 和樹さんが来る前に寝ちゃおうと思ってたのに、なんで今日に限ってそんなに早いのよ!

 この状況で今すぐ横になって寝たふりなんて通用するわけもなく俯いて「どうしよう」と心の中で叫んでいると、ベッドに腰かけた私の前に来た彼に……押し倒された。


 突然のことに驚いていると、ギシッとベッドの軋む音をたてながら和樹さんが私の右腕へと顔を近付ける。


「え? ちょっ。痛っ!」

 思いっきりではないけど、がぶりと噛まれ痛みが走る。


「か、和樹さん? ~~っ!」

 今度は噛まれた場所を強く吸われた。

 唇を離した和樹さんの顔が腕から離れていき自分の腕を見ると、そこには微か歯形と赤い印がつけられている。


「目、反らさないで」

 恐る恐る和樹さんの方を向く。


「何とも思わないわけないだろ」

「え?」

 意味がわからずキョトンとすると唇を塞がれ、いとも簡単に侵入してきた彼の舌に口内を舐められる。程なくして唇を離した和樹さんは私の右腕に顔を移動させると、またそこを強く吸う。


 そうだ。そこは友人に掴まれた場所だ。


 けれども一体何のために……? そう思っていると腕から顔が離れていき、彼の瞳に私の顔が映し出された。


「僕だってやきもち妬くよ」

「……へ?」

 間抜けな声が出た。

 え? 今なんて言ったの? ……やきもち妬くよって言ったの? ……いやいや、そんなの嘘でしょ。


「嘘じゃないから」

 ピシャリと言われる。この人は私の心が読めるのかしら。


「で、でも。そんな素振り見たことないもん!」

「当たり前だろ! やきもち妬く格好悪い自分なんて見せたくなかったんだから! だから表面的には何とも思ってないような余裕のある顔をしてたけど……」


 和樹さんは右手を自分の胸元に当てる。

「本当はこの中は真っ黒な感情しかなかった」

 苦し気に言う。


「仕事だとわかっていても僕以外の男に笑ってる所を見ると苦しかった。連絡先渡されるところだって見てて嫌だった。二度とゆかりさんの前に姿を現すなって言いたかった。でも、喫茶いしかわにとって大切な客にそんなこと言えない。言えるわけがなかった」

 あの時にっこりとしていたのに、まさかそんな風に思っていたなんて……。


「今日だって。ゆかりさんと友人が楽しそうに話していて嫌だったし、僕以外の男がゆかりさんに触れて……殴ってやろうかと思った」

「助けてもらっただけなのに?」

「それでも自分以外の男がゆかりさんに触れるのは嫌だと思ってしまう。それくらい僕は独占欲が強いんだ」


 胸元から手を離した和樹さんは私の頬をするりと撫でる。

 ……知らなかった。そんなふうに思っていたなんて。


「それに怖かったんだ」

 ポツリと呟かれた言葉に小首を傾げる。


「僕以外の男と話して、もしゆかりさんの気持ちがそいつに向かってしまったら……そう、いつも不安で怖かった」

「そ、そんな話しただけで気持ちが変わるわけないじゃないですか」

 そう言った私に、彼は目を伏せる。


「それでも怖いんだ。僕は仕事の関係上話せることが少ないから、僕以外の男と話すとき、ゆかりさんは自分ばかりが喋ることなく相手の話を聞いたりもできる。たったこれだけの理由で僕は自分に自信が無くなってしまうんだ。……やきもち妬く格好悪い自分を見せたくなかっただけじゃなく、こうやって自分に自信のない弱い一面を見せるのも嫌だったから今までずっと何とも思ってないふりをしてた。ホント格好悪いよな」

 フッと自嘲気味に笑う。


 初めて喫茶いしかわに来店した頃からいつだって真っ直ぐで自信に満ち溢れている目をしていたから、この人に弱い部分なんてないと思っていた。

 でも、それは私が勝手に思い込んでいただけだったんだ。


 ああ、愛しいなぁ。

 初めて知った彼の弱い一面に、胸の奥底から愛しい気持ちが溢れる。

 私ばっかり好きが大きくなっていくと思っていたけど、そんなことなかった。お互いの“好き”はいつだって釣り合っていたんだ。


「何とも思ってないふりなんてしないでください。やきもち妬いてる姿を見せてください」

 手を伸ばし、未だ目を伏せたままの彼の頬に触れる。

「やきもち妬かれるほど愛されて私は幸せですよ」


 バッと勢いよく和樹さんが私を見る。

 いつも言われる側だった台詞を彼に言える日が来るなんて思ってなかった。


「格好悪いなんて思いません。気持ちを隠さず、ありのままの和樹さんを私に見せてください」

「……僕以外の男を褒めたり、芸能人にカッコいいってゆかりさんが言うだけで妬く男が本当に格好悪くないって言える?」


 えっ、あの時も妬いてたの!? 一緒になって褒めてたし、私が俳優に向かって黄色い声援送っても興味なさそうだったのに! 本当に分かりにくい! ……でも、嬉しい。


「言えますよ。妬いてくれて嬉しい」

 にこりと笑って言うと、和樹さんの唇が私の唇に押し付けられた。

「嬉しいって思ってくれるなら、最初から何とも思ってないふりなんてしなければよかった」

 唇を離した和樹さんが言う。


「そうですよ。最初から妬いてる姿を見せてくれていたら、私もわざわざ妬かせる方法なんて試さなかっ……」

「え? なに?」

「ううん。何でもないです!」


 ぶんぶんと首を横に振る。

 あぶない、あぶない。妬かせる方法を試したなんて知られたら怒られそう……うん、これは秘密にしておこう。


 キョトンとする和樹さんに笑顔を貫き通すと「ならいいんだけど」と言って彼は頬擦りをしてくる。小さな子どもが甘えているようで可愛くて。大きな背中に手を回し、片方の手でまだ湿り気のある頭を撫でる。


「ごめんね」

 突然発せられた謝罪の言葉に頭の中で「?」が浮かぶ。


「最初から妬いてる姿を見せていたら、ゆかりさんに寂しい思いをさせなかったんだよね」

「ふふっ。もう寂しくないから。私ばっかりが好きじゃないってわかって嬉しいから謝らないでいいですよ」


 自分の気持ちを言ってよかった。そのおかげで彼の気持ちを知ることができたんだから。

 あのとき気持ちを言っていなかったら、私はずっと心の中にモヤモヤを抱え、彼からはずっと弱い一面を見せてもらうことができなかった。


「愛してる。和樹さんの全部を愛してます」

 ぎゅうっと大きな背中を抱きしめると、和樹さんは私の頬にチュッとキスをする。

「愛してるよ、ゆかりさん」

 優しい声が耳元に響く。

 幸せで泣きそうになっていると、もぞもぞと和樹さんの体が顔が下に下がっていく。


「……っ!」

 また右腕を強く吸われた。


「ちょっ、ちょっと和樹さん!」

 場所を少しずらし再び強く吸ってくる和樹さんの頭をぺしっと叩くと、腕から唇を離した彼が私を見る。


「なに?」

「なに? はこっちのセリフです! なんなんですか、さっきから!」

「消毒」

「へ?」

 もう一度「消毒」と言いながら私の右腕にキスをする。


「ゆかりさんに触れていいのは僕だけなのに。それなのにアイツはゆかりさんに触れた。だから消毒しておかないと」

 顔をあげた和樹さんは笑っているけど……まったく目が笑っていない。

 しかも『アイツ』って言ったよ。さっきまでは『友人』って呼び方してたのに。


「怒ってるんです?」

「……アイツはゆかりさんが何でもないところでコケる癖を僕よりも先に知っていたんだろ。それもムカつく」

 ふてくされた顔で和樹さんが言う。

 彼のこんな顔は初めて見るのでときめいてしまう。やきもち妬くとこんな顔するんだ。可愛いなぁ、と口元が緩むのを必死に堪えると「ねえ、ゆかりさん」と名前を呼ばれる。


「なぁに?」

「アイツと話してるゆかりさん、凄く楽しそうだった。さっき帰るのが寂しくなったって言ってたのは、アイツともっと話していたかったから?」

 ふてくされ顔から一転、今度は眉を下げ不安げな顔になる。


「違いますよ。和樹さんが心配するようなことは一切ありません!」

「……ホント?」

「ホント! 私が愛してるのは和樹さんで、それはこれから先もずーっと変わりません! だから、不安にならないでください」

 よしよしと頭を撫でると彼は嬉しそうに目を細める。……可愛い!

 彼の癖のある髪はまだ湿っていて、少し冷たい。


「和樹さん、髪乾かしてきたら?」

「ん? 面倒くさいからいい」

「もうっ! 面倒くさがらない!」

「嫌だ。時間がもったいない」

「髪乾かすのなんて直ぐ終わるじゃない! 短いんだから時間掛からな……」


 私の言葉は押し付けられた和樹さんの唇によって遮られた。食らいつくようなキスをしながら彼の片手がTシャツの中に侵入してくる。


「ス、ストップ!」

 キスから逃げて侵入してくる彼の手を制止すると、ムスッとした顔をされる。


「何で止めるの?」

「か、髪……」

「時間がもったいないって言った。今すぐ抱きたい」

 駄目? と聞く瞳の奥に熱を持った彼。


 ずるい。

 そんな目で見られたら。言われたら。駄目なんて言えるわけがないじゃない。


 小さく首を横に振ると和樹さんは微笑みべろりと私の唇を舐める。

「先に言っておくけど、今日は優しくできないかも。やきもち妬きすぎて抑えられそうにない」


 ごめんね、と言って再び私の唇にキスをする。

 熱くて甘くて。蕩けそうなキスに彼の手を制止している私の手の力が抜けた。


 ということで、ふたりを知っている周囲の皆さんは和樹さんは独占欲強い=絶対嫉妬深いはず! と思っているのに、ゆかりさんだけピントがずれててなんとかヤキモチをやかせたがるお話でした。


 気付いたら長くなっちゃって、4回に分けましたけど、このくらいなら大丈夫ですかね?


 次回は素直にヤキモチ見せるようになった和樹さんのぽんこつぶりを少し。

 あ、これは一話完結ですよ。

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