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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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59-3 やきもち(中編2)

 静かになった廊下で私は大きなため息をつく。

 こんなことで拗ねてホントに自分勝手だな。……でも、どうしたらいいかわからないほどモヤモヤが心の中に広がってる。


「さっさとシャワー浴びて寝ちゃおうかな……」

 それで明日になったら何事もなかったようにしよう。そしたら和樹さんは詳しいことは聞いてこないだろうし。聞かれても「皆と会えたのが嬉しくて、帰る頃は寂しくなっちゃっの」と言えばきっと納得してくれる。そうと決まれば早くシャワーを浴びよう、と私は足早に着替えを取りに行ってから、浴室へと向かいシャワーを浴びた。



 髪を乾かし歯磨きも終えた私は寝る前の水分補給をするためにリビングへと行く。

 ガチャっとドアを開くと、いつの間にか帰ってきていた和樹さんがソファーに座っていてしっかりと目が合う。


「……お風呂、お湯はりましたから冷めないうちにどうぞ」

 シャワーを浴びている間に彼のためにとお湯はりはしておいたのだ。

「ありがとう。お風呂に入る前にゆかりさんの話聞かせてくれる?」

 和樹さんはこっちにおいでと手招きをする。


 失敗した、と思った。水分補給に来ずそのまま寝室に行ってしまえばよかった。

 私は聞こえなかったふりをして、キッチンへと向かい冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出す。ミネラルウォーターを飲む間も後ろからは、彼からの視線を強く感じていた。

 これを冷蔵庫にしまったら「おやすみ」って言って寝室に向かおう。聞こえないふりしたりと逃げるような真似で最低だけど、今の私にはこうすることしか出来ないんだから。

 ミネラルウォーターを冷蔵庫にしまい、意を決したかのようにくるりと振り返りリビングの入り口へと歩き出す。


「おやすみなさい」

「えっ? ちょっとゆかりさん!?」

 入り口のノブを掴み視線を合わせず言うと、和樹さんは慌てたような声を出す。しかし私は、そのままドアを開きリビングから出てドアを閉め寝室へと向かおうとした……のだけれど寝室の入り口の前で彼に捕まってしまった。


 右手は寝室のドアノブを掴み左手はがっしりと和樹さんに握られていて、どうしたものかと考える。


「ゆかりさん? どうしたの?」

 どうしよう、どうしよう。……仕方ない。

「ちょっと寂しくなっちゃっただけです」

「何が寂しいの?」

「……と、友達みんなと会えたのが嬉しくて、帰る頃は寂しくなっちゃったの」

 ドアノブを見つめたまま答えると、和樹さんの手によってぐいっと顔を強制的に彼の方へと向かされてしまった。

 綺麗な瞳が真っ直ぐと私を見る。だけど、私はソレから目を反らした。


「どうして反らすの?」

「……」

 だって和樹さんは鋭いから、目を見られたら絶対に嘘ついてることがバレちゃうもん。


「ねえ、僕何かした?」

「……」

「何で黙るの? 帰り道からいきなり黙って、僕が喋っても相槌だけでまったく喋ろうとしないし」

「……」

「何があったか話して? ゆかりさんの笑顔を見られないのは寂しいよ」

 ぎゅっと握られた手に力が籠められる。

 寂しい、か。それだったら私も寂しいですよ、和樹さん。


 いつもいつも私だけがやきもち妬いて、私ばかりが彼のことを好きなんだろうなぁって思っちゃう。お互いの“好き”っていう重りを天秤に掛けたら、私の重りの方が絶対に重くて、絶対にお互いの重りが釣り合うことはない。

 わかってる。やきもちが愛されるうえで必要ではないことなんて。それでも一ミリも妬いてもらえないのはやっぱり寂しいの。


「もしかして、僕のこと嫌いになった?」


 違う 違う 違う 違う。


「嫌いになんかならない! 好きで好きでたまらない。私ばっかりが……私ばっかりが和樹さんを好きなの!」

「えっ?」

 あぁ、もう駄目だ……。


「どうして和樹さんはやきもち妬いてくれないの? 私が男の人と話していても! お客さんから連絡先渡される所を見ても! 何が“コケそうになるところを助けてもらえてよかったね”よ! 妻が夫以外に触れられてるのを見ても何とも思わないんですか? ……少しはやきもち妬いてよ! 私ばっかりがやきもち妬いて、私ばっかりが和樹さんを好きみたいで寂しいんです!」


 困惑する和樹さんを見上げ、一気に捲し立てた私は握られた彼の手を無理矢理ほどく。

「お風呂! お風呂冷めちゃうからささっと入ってください! お風呂に入らない人は寝室には立ち入り禁止ですからねっ! おやすみなさい!」

 と言って逃げるように寝室に入りドアを閉める。ドアの向こうからは遠ざかる足音が聞こえた。

 ノロノロと歩きベッドに腰かける。



 言ってしまった。

 それも勢いよく捲し立ててしまった。

 私がああ言ったことで、きっと和樹さんは優しいから今後は妬いたふりをしてくれるんだろうなぁ。……だから言いたくなかったんだ。


 はぁ、と盛大にため息をつきベッドサイドのランプを点けサイドテーブルに置いといたスマホを手にとる。

 もう寝よう。彼がお風呂から上がるまでは時間があるからその前にとっとと寝てしまおう。そして何事もなかったように明日はちゃんと笑おう。それで、昨日のことは忘れてくださいって言おう。

 大丈夫。明日起きたときにはこのモヤモヤはなくなってちゃんと笑えるはず。例えモヤモヤが残っていてもちゃんと笑わなきゃ。


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