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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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54 これも以心伝心

 主菜は豚ロース肉の味噌カツ。

 副菜その一はピーマンのにんにく醤油の煮びたし。鰹節をたっぷりとふりかける。

 副菜その二はじゃこに大葉と梅肉を和えたもの。

 汁物は、主菜に味噌を使ったからとうふとわかめ、そしてねぎのすまし汁にしよう。

 出張中はなかなか野菜を食べられなかったと嘆いていたから旬の野菜をサラダボウルいっぱいに盛りつけたサラダを作る。味つけは、塩昆布とごま油……サラダに青じそを刻んで入れるから濃い味のドレッシングは不要のはず。

 酒のアテには、以前作ったら毎回リクエストしてくれるようになったふわふわのだし巻きたまごを用意する。


 両手に提げたスーパーの袋には、彼の好物の食材がたくさん入っている。その重みがゆかりの口元を綻ばせていた。

 ゆかりの夫である和樹から三ヶ月の海外出張任務を終えて久々に帰宅できそうだと連絡があったのは昨晩のことだった。しかも、三日間の休暇つきだと就寝直前にメッセージを見てしまったものだから興奮してしまってなかなか寝つけなかった。幸いにも翌日は、ゆかりの勤め先である喫茶いしかわは臨時休業だったから、別段問題はなかった。

 目が冴えながらも夫に振る舞う献立を考えていたらゆかりはいつの間にか眠りに落ちていた。そして、いつもよりゆっくり朝を過ごしたゆかりは冷蔵庫の中身を確認してから買い出しに出かけた。



 買い出しから帰宅すると、時刻はそろそろ正午を迎えようとしていた。昼食を簡単に済ませたら、さっそく調理に取りかかろう。

 買い求めた食材をテーブルに並べながら、調理の段取りを決めていく。

 今日の夕飯だけでなく、明日の夕飯の仕込みもしてしまいたい。いつもより凝った料理でお疲れの旦那さまを慰労するのだ!

 プロの料理人には敵わなくても、ゆかりとて喫茶店でお客様に提供できるくらいの料理は日々作っているのだ。その腕を大事な人に存分に振るわなければいつ振るう。


 そういえば肝心の旦那さまは何時頃帰宅の予定なのだろうか。できれば彼の帰宅に合わせて出来立ての料理を食卓に並べたい。スマホを取り出したゆかりはメッセージアプリを起動させた。


「……え?」

 目をぱちくりするも、届いたメッセージの内容が変わるわけがなかった。


 一時間前に新着メッセージが一件。

 内容は「今職場を出たよ。買い物してから帰るから。喫茶店のシフト、今日は何時まで?」だった。そういえばお店が臨時休業になったのを彼に伝えるのを忘れていた。

 何一つ準備が済んでいないシンクの前であたふたしていると、リビングの隅でじゃれていたはずのブランが玄関の方向をじっと見つめていた。動物である彼は人間のゆかりよりもずっと聴覚が優れている。和樹の足音を聞き分けたに違いない。


「え、うわ、もう帰って来る!?」

「ただいまー」


 夫はゆかりが不在でも「ただいま」と言うらしい。初めて知った。和樹の声にブランが弾丸のようにリビングを飛び出して行くのが見えた。帰宅時に両手が塞がっていたから廊下に続く扉を閉め忘れていたのだ。


「ははは! 忘れられてなくてよかった」


 廊下から聞こえる快活な笑い声に、元気に帰ってきたのだと察してほっとする。


「おかえりなさい、和樹さん」

「ただいま。今日休みだったの?」


 ブランに顔面を舐められながら登場した和樹は、ゆかりがいることに驚いた様子はなかった。おそらく、帰宅してすぐに家の中に人の気配があることに気づいていたのだろう。

 少々頬がこけたように見えるが、三ヶ月前見送った姿とさほど変わりはなくてゆかりはほっと胸を撫で下ろした。


「お店の業務用冷蔵庫の調子が悪くなっちゃって、業者のかたにみてもらうことになって。それで急遽休みになったの。知らせるの忘れちゃってた」

「そういうことか」


 和樹は左手にブランを抱え、右手はスーパーの袋を提げていた。見るからに、食材がぱんぱんに入っている。


「和樹さんもしかして……お夕飯作ってくれるつもりでした?」

「ご明察。そういうゆかりさんもだよね」


 和樹はブランを床に下ろすと、ガサガサと袋を漁って食材をテーブルに並べていった。

 ルッコラに、カマンベールチーズ、茹でればもちもちになるペンネパスタが一袋に、新鮮なあさりがたくさん。完熟トマトを煮込んだソースにコンソメや舞茸も出てきた。どれもこれも、ゆかりの好物ばかりだ。

 机の半分が和樹の好物で、もう半分はゆかりの好物で埋めつくされている。


 互いの食材を見比べれば、それぞれ相手の好物を買っているのは一目瞭然だった。


「……仲良しですね、私たち」

「ある意味以心伝心ともいえるかな」

 顔を見合わせた夫婦は同じタイミングで吹き出して、笑い出した。


 その後は一緒に互いの好物をたくさん作って、一緒にたらふく食べて、旦那さんからの熱烈なリクエストに根負けして一緒にお風呂入ることになって、三ヶ月分の時間を埋め合わせるように存分に仲良くしたのだった。


 休暇期間は久々のゆかりさん成分を存分に堪能しまくったことでしょう。ひっついて離れてくれなかったんじゃないかしら。


 それにしても、三ヶ月も離れざるを得ない仕事を押し付けてきた上司、あとで大変そうだなぁ……(苦笑)

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