36-3 同窓会での報告(後編)
「で? それからどうなったの」
「えっと、冗談だと思って、最初は注意したんだけど……彼が冗談っぽく食い下がるからそれに乗ったら……」
「うんうん」
「言質とられてサインしてくれって婚姻届を出してきた」
「………………」
私たちは沈黙した。
「……まあ、そこまでしないと無理だよね」
「……うん。この子と結婚するにはこれしかないわ」
「結婚OKしたってことはあんたも旦那のこと好きだったんだ?」
「えへへ……プロポーズされてから気持ちに気づいたんだ」
照れたように笑うゆかりに、私たちはなんともいえない顔をした。
鈍すぎるにもほどがあるだろう。
「それで、あんたはプロポーズにOKしたと」
「一応。でも私、恋人に憧れがあったから、結婚を前提におつきあいってことに落ち着いて」
「ああ。まあいきなり結婚はねえ」
「ていうかあんたずっと彼氏いなかったんだ……」
私たちは相変わらずのゆかりに彼氏がいなかったことに納得し、そしてあらためて粘り強く結婚前提のおつきあいまでに持って行った彼女の旦那に拍手を送りたい気持ちになった。
「どれくらいの期間つきあって結婚したの?」
「三ヶ月」
「短いっ!」
「あんた三ヶ月で恋人関係に満足したんだ?」
「えーっと……プロポーズされた翌月から一緒に暮らすことになって」
「いきなり同棲!?」
「展開早すぎない!?」
つきあう前にプロポーズも展開が早いが、OKしてからとんとん拍子にことが進んでいる。
「私もそう思ったんだけど、彼、忙しくてあんまり家に帰れない人で、同棲したほうが長く一緒にいられるからって」
「おお、いいねえ」
「でもいきなり同棲して幻滅したりされたりしなかった?」
「んー……それはなかったかな。起きてる時間にあんまり帰ってこないし……」
「そんなに忙しいんだ? 寂しくないの?」
「寂しくないといったら嘘になるけど、最初にそう聞いてたから。デートも全然できなくってねえ」
ゆかりはのほほんと笑う。
「これは普通の恋人らしいことはできないなーと思ってたら、彼からまたプロポーズされたの。夫婦になってからでも恋人らしいことはできるからって」
「へー」
旦那、ゆかりを逃がすまいと必死な感じがするのは気のせいだろうか。いや、ここまで苦労したのだから必死になるのは当然か。
「私は一年くらいは恋人でいたかったんだけど、まあそれならいいかなって」
「あんた恋人期間三ヶ月でよかったんだ」
「あこがれがあったという割には短いな」
「ま、まあ、それで結婚した訳ね。いつ頃結婚したの?」
「籍入れたのは半月前だよ」
「新婚ほやほやじゃん! 式は? まだなら私出席したい!」
「私も! イケメンの旦那見てみたい!」
「あー……ごめん、式は二人きりですることにしたんだ」
ほんとごめんね、と両手を合わせるゆかりに、私たちはがっかりした。
「ざんねーん。でも石川さんに先を越されるとはなぁ」
「確かに! この子お見合いでしか結婚できないと思ってたのに」
「ええ!? なんで!?」
「いや、何でもくそもないでしょ……」
驚くゆかりに、私は冷ややかにツッコんだ。
「でも、まあゆかりが幸せそうで何よりだよ」
「そうだね。おめでとう」
私たちの祝いの言葉に、ゆかりは嬉しそうに笑ってお礼を言った。
そんな和やかな空気に、水を差す輩がいた。
「でもさあ、そんな仕事ばっかりのやつと結婚して石川は幸せなわけ?」
呂律の回っていない声に振り返ると、酒の入ったグラスを持った武内がいた。顔が赤く、目が据わっていて誰から見ても悪酔いしていることがわかる。
「武内くん、飲み過ぎなんじゃない? 大丈夫?」
「石川さあ。よく考えてみろよ。そんな社畜と一緒にいても幸せになれねえって。どうせ給料もたいしたことないんだろ? 俺なんか大企業に勤めてるけどホワイトだから定時で帰れるし」
心配するゆかりに、武内は自分を売り込みに入った。
いや、もう人妻なんだから諦めろよ。
私は思ったが、なんか怖いので言葉にはしないでおく。こいつ、酒が入るといつもこうなのだろうか。
「幸せだよ。確かに忙しくて体壊さないか心配だけど……だから私ができるだけサポートしたいの」
「俺とどっちがイケメン?」
「え?」
「だーかーらー、俺とおまえの旦那とどっちがイケメンなんだって聞いてんだよ」
「夫かな」
ゆかりはにこやかに即答した。
それはもう迷うことなく、考えることなく即答した。武内がかわいそうになるくらいに。
「っ、でも収入は俺の方が上だろ!?」
悔しそうに怒鳴る武内に、ゆかりも、私たちもびくりと震えた。
「おい、武内。もうやめろ」
「石川は結婚してるんだから諦めろよ」
彼と仲のよかった同級生の男二人が何かをわめいている武内を引きずっていく。
「だ、大丈夫かな、武内くん」
「あんたにフラれて悔しいだけだよ。あいつ、フラれたことなさそうだし」
おろおろとするゆかりに、私は言った。
「でもイケメンでも酒癖悪いのは勘弁だわ」
「確かに。ちょっとがっかり」
武内が勝手に自分自身の評価を落としたところで、私たちはようやく他のみんなとも近況報告をしあって、恩師に挨拶に行ったりと同窓会を楽しんだ。
「ゆかりは二次会どうするの? 行くでしょ?」
「ううん。私、もう帰るね。二次会は参加しないって約束だから」
同窓会が終わり、これから二次会に向かうところだった。
ホテルから出たあたりで私がゆかりに尋ねると、彼女は首を横に振る。
「約束って旦那と?」
「うん。夜遅くなると危ないからって」
「大事にされてるんだねえ」
私と友人がうらやましさをにじませると、ゆかりは照れた風に笑う。
「それ大事にされてるんじゃなくて束縛されてんじゃねーの?」
再び入ってきた嫌な声に、私は眉根を寄せて振り返った。
そこにはやはり武内がいて、さっきよりは酔いは覚めているようだが不機嫌そうだった。
「それ絶対束縛だよ。そ・く・ば・く! 俺だったらそんなことしないけどなぁ」
「へー。武内は奥さんが夜遅くまで出歩いてても心配しないんだ」
「てめえには言ってねえだろ! 引っ込んでろ!」
私が嫌みを言うと、武内は舌打ちをして睨みつけてきた。
「石川ぁ。旦那なんかほっといて二次会行こうぜ? 大丈夫だって、俺が送ってやるから」
武内はゆかりの肩を抱くと、にやりと下品に笑った。
「いや……いいよ。私、もう帰るから」
ゆかりの顔が引きつり、身をよじって武内から離れようとするが、彼は調子に乗って顔を近づける。
「いいからいいから。遠慮すんなって」
「ちょっと、武内! いい加減にしなよ」
「うるせ――――いでででで!」
下品な笑いを浮かべていた武内の顔がゆがんで、絶叫した。
気づくと、ゆかりの肩を抱いていた武内の手首を、陽に焼けた大きな手が思い切り掴んでいる。
「僕の妻に触らないでもらえますか」
地を這うような、不機嫌そうな声だった。
見ると、背の高い男性が、にこやかに武内の手をひねり上げている。
彼は他とは比べものにならないほどイケメンで、イケメンだと思っていた武内がかすんで見える。外見は少しチャラそうなのにグレーの高そうなスーツ姿が様になっていた。
ていうか今、ゆかりのことを妻と言ったか。では、これが。
「あ、和樹さん!」
ぱあ、と花が咲くようにゆかりが笑う。
「どうしたんですか? お仕事は?」
「今日は珍しく早く終わりまして。だからゆかりさんを迎えにきたんです」
ほんのり頬を染めるゆかりに、にこにこと彼女の旦那は答える。なんだか甘い雰囲気であるが、ゆかりの旦那は武内の手をひねり上げたままである。
それにようやく気づいたゆかりが慌てて叫ぶ。
「あ、武内くんを放してあげて! 私は大丈夫ですから!」
ゆかりの言葉に彼女の旦那はあっさりと武内を放した。
解放された武内は涙目でゆかりの旦那を睨む。
「何すんだてめえ!」
「君のほうこそ、僕の妻に何をしていたんですか?」
ゆかりの旦那は「僕の妻」にアクセントをつけ、そしてにっこりと笑うがその目の奥は笑っていない。武内の顔が引きつった。
「ちょ、ちょっと肩を触っただけだろうが」
「ちょっと? あんなに体を密着させといて?」
ゆかりの旦那の笑顔が消えた。まるで蛇ににらまれた蛙のごとく、武内は冷や汗を流す。
しかし武内は負けじとゆかりの旦那を睨み続ける。そして鼻で笑った。
「イケメンのくせに余裕がないんだな。心が狭くて嫉妬深い男は嫌われるぜ?」
「否定はできませんね。なんせゆかりさんは魅力的ですから」
「ええ!? そんなことないですよ! 和樹さんのほうが魅力的です!」
「ゆかりさんのほうが魅力的です。……本当は今日、同窓会に行ってほしくなかった。だって、ゆかりさんのこと好きだった男くらいいたでしょうし……。彼の言うとおり僕は心が狭くて嫉妬深いんですよ」
「……私だって、一緒に出かけると、女の人みんな和樹さんのこと見てて、それだけで嫌だな、って思っちゃいますもん。私の和樹さんなのに、って。私のほうが嫉妬深いです」
「それ、本当ですか? 嬉しいです。ゆかりさんが嫉妬してくれるなんて」
「和樹さん……」
なんだこれ。
一触即発かと思いきやいきなり二人の世界に入ってしまった新婚夫婦は周りにももいろオーラとハートを飛ばしまくっていた。
私たちは遠い目でそれを見て、そして一人置いていかれて呆然とする武内の肩をたたくと、聞こえていなさそうなゆかりに一応声をかけて二次会へと向かった。
とまあ、こんな結婚報告がございまして。
明日から前後編で和樹さんの「フラグクラッシャー回避計画」です。
ドタバタプロポーズの裏の奮闘? で、いいのかな?




