再会
「トオル兄ちゃん、大変! シモーヌお姉ちゃんが部屋にいない!」
三人で〈アンリの店〉へ朝食を摂りに出掛けようとシモーヌを呼びに行ったジュリアンが血相を変えて部屋に駆け込んできた。
「トイレにでも行ってんじゃないの?」
ベッドに起き上がった徹が背中をボリボリと掻きながらジュリアンに答える。
「着替えもしないで鍵もかけないでトイレになんか行かないよ。
昨日着てた服だってキチンとたたんで部屋に置いてあるもん。」
「ふ~ん、おかしいな・・・着替えしないで部屋から出るかな?」
ベッドに座った徹が面倒くさそうにそう言って伸びをする。
「お兄ちゃん、まじめに人の話し聞いてる? 絶対におかしいって!
あっ、そうだ。そう言えば・・・ねえ、お兄ちゃん、シモーヌお姉ちゃんのガウンってどんな色だったっけ?」
「はあ・・・ガウンの色?」
「ほら、僕とシモーヌお姉ちゃんがトオル兄ちゃんと初めて会った日、三人でお買い物に
行ったじゃない。あの時、こんなのも必要なんじゃないかってお兄ちゃんが言ってさ、ガウン買ったじゃないか。」
「ああっ、あん時な・・・えーっと、確かブルーじゃなかったか・・・?」
「あっ、そうそう!
・・・それじゃ、昨日の夜中に廊下を歩ってたの、やっぱりシモーヌお姉ちゃんなのかな?」
「なんだそれ、どういう事?」
ジュリアンの話しによれば、昨夜遅くトイレに行こうと起きだしたジュリアンが廊下でブルーのガウンを羽織った人影を見たというのだ。
着替えをするのが面倒でパジャマのまま、部屋の扉から廊下の様子を窺って、誰もいないことを確かめたジュリアンはトイレに駆け込んだのだそうだ。
部屋へ戻ろうとして、トイレの扉から首を出した時、ブルーのガウンを纏った人影が階段を下りて行くのが見えたらしい。
「何だろうと思って僕、すぐに階段のところまで確かめに行ったんだ。でも、もうどこかに行っちゃったみたいで、誰もいなかった。
最初、僕、幽霊じゃないかと思った・・・だって、ゆ~らゆ~ら、ゆ~らゆ~ら、揺れながら動くんだよ。」
ひょっとすると、自分が見たのがシモーヌだったのではないか・・・。
ジュリアンはそう言って不安そうな目を徹に向けた。
「う~ん・・・しかしなあ。
なあジュリアン。もう少し待ってみないか。ケロっとして帰って来るかもしれないじゃないか。」
徹の言葉にジュリアンが不承不承に頷く。
しかしその日、シモーヌは帰って来なかった。
「ヤン。おめえ、今日は工房休め。
おめえが言ってたあのアパルトマンな、七階のひと部屋借りてきたぞ。
二日三日でいいって言ってんのに、ジャンの野郎・・・あの業突張りの大家がよ〝最低でも一週間!〟の一点張りよ・・・腹立つ。
おいヤン。おめえ今からあそこへ行って今晩はあの部屋に泊まれ。
いつ疼きがくるか分かったもんじゃねえ。時間旅行のチャンスを逃したら大変だ。
俺たちのせいでしくじったらご先祖様に言い訳が立たねえ。
俺も仕事が終わったらルイーズと顔出してみようと思ってるけど、待ってなくていいからな。俺たちのことは気にするんじゃねえぞ。行けると思ったらすぐに行け。
ひ孫だか玄孫か知らねえが、その娘のこと、くれぐれも頼んだぞ。」
ミシュルは独断専行型であった。
康之の意見を聞きもしないで百年後のブノア家の建物、今はアパルトマンになっているその建物の最上階のひと部屋を〝疼きがきた〟と言う康之のために押さえてきたというのだ。
ミシュルが康之の肩に腕をまわして耳元に口を寄せた。
「今度は絶ッテーにしくじるな。」
康之は部屋に備え付けられたベッドの上で身じろぎもせずに疼きがくるのを待っていた。
真っ暗闇の中で、ルイーズが準備してくれたロウソクの炎が燭台をのせた椅子の上でゆらゆらと揺れている。康之は思い詰めた表情で揺れる炎を見つめていた。
ミシェルが借りてくれた部屋は康之が初めてパリで泊まった部屋のすぐ隣のようだった。
深夜を過ぎた頃、階段を上がってくる足音が聞こえて康之は聞き耳を立てた。
〝誰だ、こんな時間に・・・〟
その直後、扉が鳴るガタガタという音で康之は縮み上がった。
〝な、なんだ? 勘弁してくれよ。〟
誰かが扉を開けようとしているらしい。しかし内側からカンヌキが掛けられた扉は開くはずもない。ガタガタとただ不気味な音をたてるばかりだ。
康之はバッグから小型の懐中電灯を引っ張り出すとロウソクの炎を吹き消した。
暗闇の中、扉は鳴り続けている。
足音を殺して扉の脇に身を寄せた康之が外の気配をうかがう。
扉をガタガタと鳴らす音に混じって荒い息づかいが聞こえる。
意を決した康之は扉が開かないように身体を内側から押し付けると、音を立てないようにゆっくりとカンヌキを外した。
一呼吸おいて一気に扉を引き開ける。
そして扉の外に立っている相手の顔にライトの光を浴びせた。
「いったいどこへ行ったんだ?」
「だいたいなんでそんな時間にふらふら出歩いてたの・・・?」
セルジュが部屋に駆けつけると、徹たち三人は顔を突き合わせて途方にくれた。
腕組みをして部屋の中を歩き廻っていたセルジュが独り言のようにつぶやく。
「しかし・・・着替えもしてないってことは、自分の意思でどこかへ行ったんじゃないのかも・・・」
「自分の意思じゃないってことは、どこかに迷い込んじゃって、そこから出てこれなくなったか。それとも・・・誰かに連れて行かれた・・・?」
「大変! シモーヌお姉ちゃん、誘拐されちゃったの?」
いきなり立ち上がったジュリアンが徹を見つめる。
「落ち着けって。考えてみろよ。もしも誘拐だったら、犯人から身代金の要求とかの連絡があるはずだろう? でも、そんなもんはどこからもきてない・・
今、言ったのはあくまで可能性の話だ。」
「偶然どこかに紛れ込んだとするなら、考えられる行き先は一箇所だけですね。」
確信に満ちた顔でセルジュが二人にそう言った。
「ジュリアン坊ちゃんの話を聞いて思ったんですが、シモーヌお嬢さんは何かの拍子に時間を飛び越えて、もとの時代に戻ったんじゃないでしょうか・・・
この建物には、我々が考えもしないようなところに入口があるのかも・・・。」
「ああっ、なるほど!」と二人が同時に声を上げた。
「そうか。あの時、あそこの階段に時間旅行の入口があったんだ!」
ジュリアンが同意を求めるように徹とセルジュの顔をのぞき込んだ。
「・・・シモーヌ?」
手のひらでライトの光を遮った女を見て康之は愕然とした。
以前にも同じようなことがあったのだ。
シモーヌのいる2012年にタイムスリップするタイミングを逃すまいとした康之がロランに頼み込んでブノア家に泊めてもらった晩のことだ。
夜中に、まるで幽霊のように現れたシモーヌは康之が朝、目を覚ますと煙のように消えていた。
そして今、目の前に立つ女もその時のシモーヌと同じ姿で立っていた。
康之が慌ててライトの光を顔から逃すと、女はゆっくりと手を下ろし、康之の顔をまじまじと見つめて、ほっとしたような表情が浮べた。
次の瞬間、膝から崩れ落ちるように女の身体が沈む。
ライトを放り出した康之はそれを両手で支え、静かに床に横たえた。
安堵のため息を漏らして女を見下ろす。
安らかな表情を顔に浮かべた女は紛れもなくシモーヌであった。
ベッドの上で目を覚まして、シモーヌは辺りを見回した。
〝あれっ・・・ここ、どこ・・・?〟
ホテルの自分の部屋と似てはいるのだが、どこか違うようだ。
そして、ある異変に気が付いて悲鳴を上げそうになった。
見たこともないような袋に身体をすっぽりと入れられ、後ろから誰かにだき抱えられているのだ。
必死の思いで悲鳴を飲み込んで、恐る恐る後ろをのぞき込む。
一人の男が自分の肩に額を押し付けているのが目に入って、シモーヌは一瞬身体を強ばらせた。
息を詰めて男の様子を探る。どうやら眠っているようだ。
〝今のうちに逃げださないと・・・〟
なんとかして袋から出ようと、もぞもぞと身体を動かすのだがどうすることもできない。
シモーヌの動きが伝わったのか、それまで規則的に続いていた男の寝息が聞こえなくなった。どうやら眠りから覚めかけているようだ。
寝言が低く聞こえてくる。
シモーヌは自分が目覚めていることを悟られまいとして動きを止めた。
「・・/zz(-_-)゜zzz…○¥■△@・・シモーヌ・・♯〒※.」
男の寝言の中に自分の名前を聞いたシモーヌがはっと息を呑む。
そして肩から男の額が離れるのを感じてきつく目を閉じ、次に起こることをじっと待った。
沈黙の時間が流れるなか、恐怖に耐えかねたシモーヌが薄く目をあけると、そこには毎晩のように夢に見ていた康之の微笑む顔があった。
目を見開いて大きく息を吸い込んだシモーヌは驚きの表情を浮かべたままガックリと首を折ってベッドに顔を埋めた。
ベッドの上で目を覚ましたシモーヌは目の前にいる康之を見つけると虚ろな表情のまま首を傾げた。
〝私・・・まだ夢を見てるのかしら・・・?〟
「僕のことが分かるかい?」
康之にそう言われ、シモーヌが頷く。
それを見た康之が〝ふう~っ〟と詰めていた息を抜いてシモーヌの額にかかる前髪をそっとかきあげた。
「・・・ヤン・・・本当にヤンなの?」
康之はそれに頷くとシモーヌを羽交い締めにでもするかのように抱きしめた。
シモーヌが康之の胸に顔を埋める。
シモーヌの目から涙が一筋、零れおちた。
「しかし、いったいどうしちゃったんだい?
どうやってここに来たか覚えてないって、どういうことなんだろう・・・?」
康之の話を一通り聞き終えたシモーヌは宙の一点を見つめたまま黙り込んでいた。
どうしてこんなことになったのか、まるで見当が付かないのだ。
シモーヌは自分がどうやってここへ来たのか、一切覚えていなかった。
康之の話では、前にも一度、康之のいる1910年に現れたと言うのだが、それもまったく覚えていない。
シモーヌが覚えているのは、夢の中で康之に逢って二人で過ごしたということだけである。しかし康之が言うには、突然夜中に部屋に入ってきて、朝、気が付くと姿を消していたということらしい。
だから今回は眠っているあいだにいなくならないよう、後ろから抱えていたのだそうだ。そしてシモーヌが包まれていた袋は、シモーヌを拘束するためのものではなく、シュラフという寝具の一種で、シモーヌが風邪をひかないようにと、眠っているシモーヌをその中に寝かせたということであった。
「えっ! 岡本に会った・・・」
話の途中で康之はぶっ飛んだ声を上げると、目を丸くしてシモーヌを見つめた。
「そう。それで私たち二人でトオルのお世話になって・・・」
シモーヌの話を聞いて、今度は康之が驚きの声を上げる番だった。
シモーヌは自分が迷い込んだ2012年での出来事を康之に話して聞かせた。
「やっぱりジュリアンは、俺たちの時代に行ってたんだ・・・。
・・・ジュリアンを連れ戻しに、早く向こうの時代へ行かなきゃな。
でも、ここから直接行けるんだろうか?。
それとも1910年を経由するってことになるのかな・・・」
考えが煮つまって気持ちを吹っ切るように康之が顔を上げると、シモーヌは康之の肩に顔を埋めて静かな寝息を立てていた。
「おおっ、間に合ったか!
ルイーズ、まだいたぞ。
いや、実はな、工房で特製のパンを焼いたんだ。
これ、土産に持って・・・あれっ、そいつは誰だ・・・?」
部屋に入って来るなり、康之の姿を見つけてうれしそうな声を上げたミシェルがベッドの上で毛布にくるまったシモーヌに気付いて息を呑んだ。
うわずった声を出して、後ろに立つルイーズを振り返る。
ルイーズは目を見開いたまま固まっていた。
「ふ~ん・・・しっかし、そんな事がなあ・・・」
康之の話を聞いたミシェルとルイーズはお互い顔を見合わせると、二人一緒にシモーヌの寝顔をのぞき込んだ。
康之は二人にどういう訳か分からないが、シモーヌが時間を飛び越えてこちらの時代に来てしまったらしいことを伝えたのだった。
「あんた・・・見てごらんよ、この子の顔・・・」
ルイーズにそう言われてミシェルがコクコクと頷く。
「・・・ああ、確にな。若い時のおめえを見てるみてえだ・・・しわ一つねえ.や」
シモーヌの寝顔から目を離しもせずに、ルイーズがミシェルの脇腹に肘を叩き込んだ。
「ほ~らっ、シモーヌ。これがあなたのひ孫よ。」
うめき声をあげるミシェルにひと睨みをくれた.ルイーズが赤ん坊のシモーヌをベッドで眠るシモーヌに近づける。
赤ん坊のシモーヌは自分のひ孫にあたるシモーヌの顔の近くでキャッキャッと声をあげ、グーに握った両手をうれしそうに揺らした。
「おおっ、よく来た。
さあ、入ってくれ。おーいルイーズ。来たぞ~っ。ヤンとシモーヌだ。」
扉を開けたミシェルは大声でルイーズに呼びかけると、両手を拡げて康之とシモーヌをいっぺんに抱きしめた。
「ささっ、入った入った。」
赤ん坊のシモーヌを抱いて玄関に出てきたルイーズを目にしたシモーヌが息を呑んで動きを止める。
ニッコリと微笑みを浮かべたルイーズが静かにシモーヌに頷いた。
「さあ、遠慮すんなよ二人とも!
今日はなんだかクリスマスと正月が一緒に来ちまったみてえだな。」
見るとテーブルには、フォアグラとシャンパン、そして生ガギといった派手な料理が所狭しと並んでいる。
自分たちの玄孫にあたるシモーヌを康之が泊まっていた部屋で目にしたミシェルとルイーズの二人は、シモーヌが目を覚ましたら、二人揃って自分たちを訪ねて来ることを康之に約束させていたのだった。
康之から話しを聞いたシモーヌは驚きのあまり卒倒しそうになった。
ここが1810年で、康之はこの時代で自分の高祖父たち夫婦の世話になっているとシモーヌに告げたのだった。
「なあ、シモーヌ。おまえ、歳は幾つんなる?」
「はい。今年で十八になります・・・んっ、今年・・・?」
「ああ、ヤンから聞いてる。まっ、細けえことはこの際気にすんな。」
「あんたねえ、女の子に歳なんか聞かないの!」
「なに言ってんだよ。構わねえだろう。俺たちの・・・ひ孫、ひこ孫・・・?」
「そんなのどっちだっていいじゃない、子孫には違いないんだから。
でも、どうしてシモーヌって名前になったのかしらね?
この子もシモーヌっていう名前なのよ。」
ルイーズが膝に載せたシモーヌに視線を落として首を傾ける。
「私、シモーヌおばあちゃんのひ孫になります。
小さい時にシモーヌおばあちゃんの娘にあたる私のおばあちゃん・・・ミレーユおばあちゃんから聞いた話ですが、シモーヌおばあちゃんは旦那さんと二人で両親がやっていたパン屋を継いだそうです。
若い時から商売の才能があって、パリでパン屋を三軒も開いていたんだって、おばあちゃんが言ってました。
私の時代には一軒になりましたが、シモーヌおばあちゃんはその礎を作った立派な人だったって聞いています。
私が生まれた時、ミレーユおばあちゃんが私に、自分のお母さんの名前をつけてくれたんです。」
シモーヌの話を聞いたミシェルとルイーズはポカンと口を開けてお互い顔を見合わせると、二人揃って赤ん坊のシモーヌを見おろした。
赤ん坊のシモーヌはルイーズの膝の上でキャッキャッとうれしそうに笑っている。
ミシェルが急に大きな笑い声を上げた。
ひとしきり笑った後、両手を伸ばしてルイーズの膝からシモーヌを抱きあげる。
「シモーヌっ、でかした。よくやった!
聞いたかルイーズ。このシモーヌがなあ。」
ルイーズはミシェルを見上げると、うれしそうに何度も頷いた。
「さあ二人とも、遠慮しねえで盛大にやってくれ。」
そう言ってミシェルがみんなのカップに酒を注ぐ。そして自分のカップにも溢れんばかりに注ぎ込んだかと思うと、それを一気に飲み干した。
「そうだ、シモーヌ。それで、俺たちのことは、なんか聞いてねえか?」
再びカップを酒で満たしたミシェルが上機嫌でシモーヌに顔を向ける。
シモーヌは一瞬困ったような表情を浮かべると、言いにくそうに口を開いた。
「・・・それが、実は・・・聞いた覚えがないんです・・・すみません。」
消え入りそうな声でそう言うとシモーヌは申し訳なさそうに下を向いた。
「・・・あっ、そうなの・・・。聞いてねえか・・・」
「あんた、いいじゃないの私たちのことなんか。シモーヌの話が聞けたんだから。
だいたい両親がやってたパン屋を継いだっていうんだから、聞かなくたってたいがい見当は付くじゃない。」
ミシェルはルイーズに顔を向けると、うれしそうに〝ふふっ〟と笑った。
「ちげえねえ。ルイーズの言う通りだ。」
そして何やら想像を巡らすような顔でしきりに頷いていたミシェルが一同を見回す。
「俺、今日は仕事休もうかと思ってたんだ。だって玄孫が訪ねて来ためでてえ日だからな。
でも、やっぱ仕事行ってくる。
このシモーヌがパン屋の礎を築くってえんなら、その礎の元、キッチリと俺が固めといてやらねえとな!
よしっ、俺はやるぞーっ。」
ガッツポーズで雄叫びを上げたミシェルが康之に顔を向ける。
「おい、ヤン。疼きがねえんだったら、おめえも来るか?」
「もちろんっ!」
そう答えた康之の肩をうれしそうにバシバシと叩いていたミシェルが急に手を止めて真顔になった。
そして康之をじっと見つめて顎に手をあてる。
「・・・聞こう聞こうと思ってたんだけど、二人はひょっとして・・・
その、なんだ・・・将来を誓い合った仲とか・・・なの?」
その言葉にシモーヌがポッと頬を染めて下を向いた。
それを見たミシェルとルイーズがお互い顔を見合わせる。
そして二人同時に笑い声を上げた。
「なんだよ、それならそうと最初から言えばいいじゃねえか!
なんだ、俺たちゃみんな家族かよ。」
〝えっ!〟
確かにその可能性はある。この先どうなるかは分からないのだ。
その考えに思い至って、うろたえている康之の首に突然ミシェルがガシッと腕をまわした。ヘッドロックをカマされた状態で康之がミシェルに顔を向ける。
康之と目が合うと、目尻を下げたミシェルが肘にはさんだ康之の頭をぐらぐらと揺すった。
「おい、ヤン。女に恥かかせんじゃあねえ。なに照れてんだ、おめえは!
心配すんな。パンを焼く腕は俺がキッチリおめえに叩き込んでやる。
その代わり、おめえは俺たちの六代目か七代目が知らねえが、おめえとシモーヌの子供にそれをしっかりと伝えてくれ、頼んだぞ!」
ヘッドロックをカマされた康之が救いを求めてシモーヌとルイーズに顔を向ける。
康之の目に映った二人はまるで双子の姉妹のようだった。
ルイーズがおどけたような表情を浮かべている。
その顔には〝観念しなさいっ〟と極太のゴシック体で書いてあるように康之には見えた。
「駆け落ちーっ?」とアンリが裏返った声を上げた。
「・・・なんで?」とクラリスが目を瞠る。
「クラリス。あなた反対なの・・・二人が一緒になるの。」
「反対もなにも、そんな話まったく聞いてないもん・・・」
アンリがテーブルの脇に立つロジェを冷たい目で睨む。
「おい、ロジェ。今の話、本当なんだろうな?」
ロジェを睨みつけたまま、アンリが片眉を釣り上げた。
「あっ、いや・・・あの・・・」
「おまえ、なんか隠してんだろ?」
うわずった声で答えたロジェの顔にアンリがジリジリと自分の顔を寄せる。
思わず頭を後ろに引くと、背後で仁王立ちになったカロリーヌの胸元に頭がぶつかって、ロジェは逃げ場を失ったことを知った。
カロリーヌの低い声が頭の上に落ちてくる。
「ロジェ。あなた、いったい何を知ってるの?」
苦し紛れに口をついて出た嘘のおかげで、〝どつぼ〟に嵌ったことを悟ったロジェはオロオロと視線を泳がせた。
〝どうしよう・・・本当のこと言ったって絶対に信じないだろうし・・・〟
三人に囲まれ、冷たい視線の集中砲火を浴びたロジェは、銃撃が更に勢いを増す寸前に腹をくくった。
「ゴメンなさい。嘘言いました。」
ロジェは大声で素直に謝ると、探るような上目遣いで三人を見回した。
「ホントのこと言います。ヤンとシモーヌはジュリアンを連れ戻しに行ったんだ。」
「なにーっ!」
アンリが裏返った声を張り上げた。
「ジュリアン、無事なの?」
「連れ戻しに行ったって、ど、どこに?」
クラリスとカトリーヌの声がだぶる。
「僕、知らない。」
自分に詰め寄る三人にロジェはあっさりとそう言った。




